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本編
3.朝の風景
しおりを挟む曲をひとつ作り上げる作業は、他の人が思うよりもずっと気力を使う。
それが次に売り出す新曲ともなれば方々皆力が入るというもの。
ああでもない、こうでもない、と、そんな話し合いは時に熱が入りすぎて鋭くなったりもする。
そうして出来上がるからこそ、大事に歌い継がれていくんだ。
今回もかなり濃度の濃い時間を過ごした私達は、骨格が出来上がったあたりで皆揃って近くの何かに突っ伏した。
「うあー、体力が持たねえ……歳か、ちくしょうが」
大塚さんがげっそりとした様子で呟いたことは覚えている。
正直に言えば、それしか覚えていない。
曲の骨格は私が作る。そしてその肉付けを楽器隊の人達と一緒に行って伴奏を作り上げる。
その作業はいつも難攻するのだ。
この仕事を初めて2年、曲作りのいろはも伴奏作りの技術も少しずつ向上はしていると思う。
けれど第一線で音楽と接している人達にはまだまだ到底敵わない。
自分の中にある完成形を上手く伝えること、さらに良い形があるのではないかというプロの指摘、どれをとってもスムーズに進むことなんて稀だった。
それぞれの楽器のプロはいつだって的確でそして難しいことでも難なくこなしてしまう。
まだまだ追い付けない私は何とか少しでも吸収しようと必死だ。
だからあまりに脳みそを使いすぎて大体いつもこうして小さな記憶が飛んでしまうのだ。
「で、きた……」
「ちー、お疲れ様。あとは俺に任せて」
「ちーくん……楽しみ……です」
「あー、限界だなこれは。ゆっくり休みな」
いつの間に千歳くんがやってきていたのか、それすら思い出せない。
いつだったか分からないけれど途中から千歳くんも加わっていた記憶はあるけれど、思い出せない。
ぼんやりとした頭は考えることを停止していて自分でも視点があちこちに飛んでいるのが分かる。
ポンポンと頭を撫でられると、たちまち意識は沈んでいった。
「……朝」
そうして気付けばいつも休日が終わっている。
忘れないようにとチェックしている日めくりカレンダーが示す曜日は月曜日。
学校……と、小さく呟いて階段を降りると心底呆れた顔のお母さんがいた。
「あんたは本っ当、仕事になると無茶して。音楽馬鹿ねえ」
「本当母親に似たな、千依は」
「何か含みがあるわね、お父さん?」
「な、なんでもない。ほら千依、飯食え」
「ありがとー」
共働きのお父さんとお母さん。
家事は完全な分業で、今日はお父さんが朝ごはんを作ってくれる。
千歳くんは「げ、今日父さんか飯当番」なんてちょっとした暴言を呟いてお母さんから睨まれていた。
平和ないつも通りの朝に思わず顔も緩む。
そんな私達家族の元にテレビの声が届いたのは全員が食卓についてご飯を食べ始めた頃のことだ。
『次はフォレストの新曲です!』
千歳くんと私はほとんど同時にピタリと動きを止める。
視線はテレビに一直線だ。
フォレスト。憧れの人がかつて所属していたグループ。
あの時は人気絶頂の若手アイドルグループで、今は国民的という称号がついたグループ。
芸能界の中でも特に旬が短いと言われるアイドル業界で、もう5年以上は一線を維持し続けている。
テレビ越しでも彼等の歌う姿はキラキラと輝いて見えた。
「……悔しいけど、いい曲だよねコレ。ったく、本当強敵だなフォレスト」
「いやあ、あれはまだアンタ達には厳しいわ。魅力も深みも足りない足りない」
「う……」
「彼等を見ると本当に技術だけじゃないって思うね。お前たちも頑張らないと」
私達の会話はきっと一般家庭からはズレているんだと思う。
同業者だからこそ、純粋な目ではなく色んな方面で彼等を見る自分達。
失礼な話だけど、フォレストは歌が飛びぬけてるわけでも踊りが秀逸なわけでもない。
けれどそれでも彼等は人を引きつけて離さない。
画面にいると思わず見入ってしまうような、そんな華やかさが彼らにはある。
リュウが去った後でも、フォレストは変わらず強い光を一心に浴びて輝いていた。
…越えたい。
それが私達共通の目標だ。
リュウという人を知ったのは彼がフォレストを脱退したその後で、彼がいたフォレストを私は過去の映像でしか知ることができない。
とても惜しいことをしたと思う。
足を怪我して踊れなくなっただとか、そんな脱退理由なんかも後になって知ったことだ。
ただただ私はあの時、リュウのその笑顔と歌声に惹きつけられ目を奪われた。
今でも鮮烈に思い出すことができる。
いま彼はどこで何をしているんだろうか。
元気で暮らしているだろうか。
いつもそんなことを思う。
もしかしたら、いつか彼は私の作った曲を聴いてくれるかもしれない。
そうしたら、今の私達の曲は彼にちゃんと届いてくれるだろうか。
そんなことも思う。
「負けたくないなあ」
そしてやっぱりいつも口に出てきてしまうそんな本音に自分で苦笑した。
意外と私も負けず嫌いだ。
「ちーは本当リュウが好きだよね」
「えへへ、うん」
「……ぜってえ負けねえ」
「千歳くんなら大丈夫だよ。私も頑張る!」
「ちーは今のまんまでも十分頑張ってるよ。でも一緒に上目指そうな」
「うん!」
何度も何度も繰り返してきたこんな日常。
それでも目標が見えると、背筋もぴんと伸びる。
気合が入るのだ。
「まあ、その前に千依は学校頑張ろうね」
「う……」
「……お父さん、千依のやる気を削がない」
「……そんなつもりは無いんだが。言葉を間違えてしまったか、また」
その前に向き合わなければいけない現実に、顔が下がっていく。
「……う、ん。がんば、る……」
片言になってしまった私に千歳くんとお母さんが同時に息をつく。
申し訳なさそうに見つめて来るお父さんに首を振りながら、ぎゅっと拳を握りしめた。
女子高生としての自分にも、何とか気合を入れたのだった。
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