ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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本編

2.奏

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基本的に出不精な私が訪れる場所は片手で数えられるほど少ない。
平日は家か学校か音楽事務所か、その3択だ。
学校が終われば、ほぼ毎日私は事務所へと足を伸ばし曲を作る。

「お前は本当良い歌作るよな、千依。ぽんこつだけど」
「大塚さんってば本当失礼だよね」
「千歳、お前はもう少し妹離れしろ。いちいちつっかかんな」

専属マネージャーの大塚さんは、見た目こそ鋭く見えるものの気さくで人情味ある優しい人だった。
この道21年のベテランで音楽や芸能界に関する知識も深く、そしてうっかり婚期を逃してしまったと本人が嘆くくらいには仕事熱心な人だ。
私達が仕事をする上で一番信頼している人でもある。

奏の所属する音楽事務所は決して大きなわけではない。量より質重視がモットーらしく、所属タレントも他の大手と比べればすごく少ない。
その分、所属タレントに対するフォローは手厚かった。だからこそ何とか私も自分らしく仕事をさせてもらえている。

「千歳くんが歌詞を練り直してくれたんです。大塚さん、これどう思いますか?」
「話を回してくれるのは嬉しいが、お前達の曲なんだからお前達の納得いくようやれば良い」
「でもさ大塚さん、俺達まだ未成年で世の中よく分かってないし。世間に出しても大丈夫な出来になってるの、これ? 大人の意見が知りたいんだよね」
「まあ、そういうことなら見るだけ見させてもらうが。俺は音楽に関してはお前らにアドバイスできるほどのものは持ってないぞ?」
「嘘ばっか。名の知れた敏腕マネージャーが何言ってるのさ」

大塚さんには本当にマネージャーの域を越えて支えられていた。
デビューを果たしてまだ2年、アーティストとしても人としてもまだまだ未熟な私達。
世の中を理解しきれていないことは誰よりも私達が一番よく分かっていた。
だからたとえ自分達にとっては会心の出来であっても、ひとつひとつ確認していかなければ不安が残るのが現状だ。
若かろうと未熟だろうとプロの世界は容赦ない。
一旦売れればずっと安泰の世界ではなくて、流れはどの業界よりも早い。
上がったと思えば落ちるのも簡単な、そういう厳しい世界だ。
だからジャケット撮影も作曲も作詞もレコーディングも、千歳くんのモデル仕事ひとつとったって手抜きなんてとても出来ない。
そしてそれでも欠けてしまう客観的な視点は大塚さんが埋めてくれていた。

「あ、あのね。あと他にこういう曲も作ってみたんです。千歳くんがイメージ浮かんだって言ってて、それをちょっと脚色させてもらったんだけど」
「おー、しっかしお前は本当仕事熱心だな。俺達もやりがいがあって楽しいわ」
「の割にいっつも怒ってるけどね、大塚さん」
「当たり前だ、お前達は今が育て時なんだからな。俺が厳しくしないでどうする」

こうして私達の立場を理解し、支えてくれるスタッフさんがいる。
意欲的に音楽に取り組めるのもこんな環境のおかげだった。

「ちーの曲、今回も超良曲だよ大塚さん。本っ当ちーは天才だよ、少し話しただけでここまで形にできるんだから」
「それは千歳くんの発想がすごく素敵だからだよ? それに私にも分かるように説明してくれるから作りやすいの」
「違う違う、俺そんなにすごいことしてないもん。ちーの才能だって」
「ううん、千歳くんの才能だと思うな」
「……おい、そこのシスコンブラコン兄妹。2人の世界に入るな」

千歳くんは表舞台で圧巻のパフォーマンスを見せる。
その華奢な体には考えられないほど迫力のあるライブをこなす。
表舞台で人を惹きつけるのが千歳くんの仕事だとするならば、私の仕事はそんな千歳くんの魅力を最大限引き出すこと。
千歳くんがより輝くように、楽しめるように、歌に想いを込められるように、その道筋を音楽で示すのが役割だ。

「でも、まだまだ」

私の曲はまだ千歳くんの才能を引き出しきれていないと思うから。
あの日、私の心を揺さぶり引っ張り上げてくれた力強い音。
魅力に溢れ、人の心を鷲掴みにしてみせた偉大な”先輩”。
思い出すたびに私の作る歌達はまだまだ遠いと感じる。
けれどいつかきっと。
千歳くんならば届くと信じているから。
自分が足を引っ張り続けてはいられない。

「向上心があるのは良いことだ。が、思い詰めてその才能潰すなよ、千依」
「……俺も頑張らないとな」

いつものように気合を入れる私に、2人は否定せず寄り添ってくれる。
温かく優しい空間、私の守るべき場所。
ぐっと自分の手を握れば、大塚さんがにやりと笑った。

「うし、気合も入ったところで仕事するか。千依、今日は長丁場だぞ」
「は、はい! よろしく、お願いします……っ」
「ちー泣かせたら容赦しないからね、大塚さん」
「良いからお前は休め。新曲出来てからはお前の方が激務なんだから」

そして私は今日も奏としての日常を過ごす。
大好きな私の居場所で音を紡ぐ。

「ちー」
「千歳くん?」
「曲出来あがんの楽しみにしてる。でも無理だけはしたら駄目だからね」
「うん、ありがとう。千歳くんも体労ってね、千歳くんは体が資本なんだから」
「はは、大丈夫だよ。俺はちーの分も養分たっくさんもらって生まれてんだから」

優しくポンポンと頭を撫でてくれる千歳くん。
いつだって私の気持つを最優先にしてくれる同い年の兄。
ブラコンと散々言われるけれど、これはどうしたってブラコンにもなってしまうと思う。
仮眠に入った千歳くんを見送る私の顔は笑顔で、清々しい気持ちで気合いをいれることが出来た。

「よし!」
「んじゃ、やるか」
「はいっ」

そして大塚さんの言葉を皮きりに私の世界は音一色になる
そうなれば他のことなんて見えないし聞こえない。
唯一私に舞い降りてくれた特技を、今はただ存分に活かすだけ。
今日も時間は矢のように早く過ぎていった。





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