3 / 88
本編
2.奏
しおりを挟む
基本的に出不精な私が訪れる場所は片手で数えられるほど少ない。
平日は家か学校か音楽事務所か、その3択だ。
学校が終われば、ほぼ毎日私は事務所へと足を伸ばし曲を作る。
「お前は本当良い歌作るよな、千依。ぽんこつだけど」
「大塚さんってば本当失礼だよね」
「千歳、お前はもう少し妹離れしろ。いちいちつっかかんな」
専属マネージャーの大塚さんは、見た目こそ鋭く見えるものの気さくで人情味ある優しい人だった。
この道21年のベテランで音楽や芸能界に関する知識も深く、そしてうっかり婚期を逃してしまったと本人が嘆くくらいには仕事熱心な人だ。
私達が仕事をする上で一番信頼している人でもある。
奏の所属する音楽事務所は決して大きなわけではない。量より質重視がモットーらしく、所属タレントも他の大手と比べればすごく少ない。
その分、所属タレントに対するフォローは手厚かった。だからこそ何とか私も自分らしく仕事をさせてもらえている。
「千歳くんが歌詞を練り直してくれたんです。大塚さん、これどう思いますか?」
「話を回してくれるのは嬉しいが、お前達の曲なんだからお前達の納得いくようやれば良い」
「でもさ大塚さん、俺達まだ未成年で世の中よく分かってないし。世間に出しても大丈夫な出来になってるの、これ? 大人の意見が知りたいんだよね」
「まあ、そういうことなら見るだけ見させてもらうが。俺は音楽に関してはお前らにアドバイスできるほどのものは持ってないぞ?」
「嘘ばっか。名の知れた敏腕マネージャーが何言ってるのさ」
大塚さんには本当にマネージャーの域を越えて支えられていた。
デビューを果たしてまだ2年、アーティストとしても人としてもまだまだ未熟な私達。
世の中を理解しきれていないことは誰よりも私達が一番よく分かっていた。
だからたとえ自分達にとっては会心の出来であっても、ひとつひとつ確認していかなければ不安が残るのが現状だ。
若かろうと未熟だろうとプロの世界は容赦ない。
一旦売れればずっと安泰の世界ではなくて、流れはどの業界よりも早い。
上がったと思えば落ちるのも簡単な、そういう厳しい世界だ。
だからジャケット撮影も作曲も作詞もレコーディングも、千歳くんのモデル仕事ひとつとったって手抜きなんてとても出来ない。
そしてそれでも欠けてしまう客観的な視点は大塚さんが埋めてくれていた。
「あ、あのね。あと他にこういう曲も作ってみたんです。千歳くんがイメージ浮かんだって言ってて、それをちょっと脚色させてもらったんだけど」
「おー、しっかしお前は本当仕事熱心だな。俺達もやりがいがあって楽しいわ」
「の割にいっつも怒ってるけどね、大塚さん」
「当たり前だ、お前達は今が育て時なんだからな。俺が厳しくしないでどうする」
こうして私達の立場を理解し、支えてくれるスタッフさんがいる。
意欲的に音楽に取り組めるのもこんな環境のおかげだった。
「ちーの曲、今回も超良曲だよ大塚さん。本っ当ちーは天才だよ、少し話しただけでここまで形にできるんだから」
「それは千歳くんの発想がすごく素敵だからだよ? それに私にも分かるように説明してくれるから作りやすいの」
「違う違う、俺そんなにすごいことしてないもん。ちーの才能だって」
「ううん、千歳くんの才能だと思うな」
「……おい、そこのシスコンブラコン兄妹。2人の世界に入るな」
千歳くんは表舞台で圧巻のパフォーマンスを見せる。
その華奢な体には考えられないほど迫力のあるライブをこなす。
表舞台で人を惹きつけるのが千歳くんの仕事だとするならば、私の仕事はそんな千歳くんの魅力を最大限引き出すこと。
千歳くんがより輝くように、楽しめるように、歌に想いを込められるように、その道筋を音楽で示すのが役割だ。
「でも、まだまだ」
私の曲はまだ千歳くんの才能を引き出しきれていないと思うから。
あの日、私の心を揺さぶり引っ張り上げてくれた力強い音。
魅力に溢れ、人の心を鷲掴みにしてみせた偉大な”先輩”。
思い出すたびに私の作る歌達はまだまだ遠いと感じる。
けれどいつかきっと。
千歳くんならば届くと信じているから。
自分が足を引っ張り続けてはいられない。
「向上心があるのは良いことだ。が、思い詰めてその才能潰すなよ、千依」
「……俺も頑張らないとな」
いつものように気合を入れる私に、2人は否定せず寄り添ってくれる。
温かく優しい空間、私の守るべき場所。
ぐっと自分の手を握れば、大塚さんがにやりと笑った。
「うし、気合も入ったところで仕事するか。千依、今日は長丁場だぞ」
「は、はい! よろしく、お願いします……っ」
「ちー泣かせたら容赦しないからね、大塚さん」
「良いからお前は休め。新曲出来てからはお前の方が激務なんだから」
そして私は今日も奏としての日常を過ごす。
大好きな私の居場所で音を紡ぐ。
「ちー」
「千歳くん?」
「曲出来あがんの楽しみにしてる。でも無理だけはしたら駄目だからね」
「うん、ありがとう。千歳くんも体労ってね、千歳くんは体が資本なんだから」
「はは、大丈夫だよ。俺はちーの分も養分たっくさんもらって生まれてんだから」
優しくポンポンと頭を撫でてくれる千歳くん。
いつだって私の気持つを最優先にしてくれる同い年の兄。
ブラコンと散々言われるけれど、これはどうしたってブラコンにもなってしまうと思う。
仮眠に入った千歳くんを見送る私の顔は笑顔で、清々しい気持ちで気合いをいれることが出来た。
「よし!」
「んじゃ、やるか」
「はいっ」
そして大塚さんの言葉を皮きりに私の世界は音一色になる
そうなれば他のことなんて見えないし聞こえない。
唯一私に舞い降りてくれた特技を、今はただ存分に活かすだけ。
今日も時間は矢のように早く過ぎていった。
平日は家か学校か音楽事務所か、その3択だ。
学校が終われば、ほぼ毎日私は事務所へと足を伸ばし曲を作る。
「お前は本当良い歌作るよな、千依。ぽんこつだけど」
「大塚さんってば本当失礼だよね」
「千歳、お前はもう少し妹離れしろ。いちいちつっかかんな」
専属マネージャーの大塚さんは、見た目こそ鋭く見えるものの気さくで人情味ある優しい人だった。
この道21年のベテランで音楽や芸能界に関する知識も深く、そしてうっかり婚期を逃してしまったと本人が嘆くくらいには仕事熱心な人だ。
私達が仕事をする上で一番信頼している人でもある。
奏の所属する音楽事務所は決して大きなわけではない。量より質重視がモットーらしく、所属タレントも他の大手と比べればすごく少ない。
その分、所属タレントに対するフォローは手厚かった。だからこそ何とか私も自分らしく仕事をさせてもらえている。
「千歳くんが歌詞を練り直してくれたんです。大塚さん、これどう思いますか?」
「話を回してくれるのは嬉しいが、お前達の曲なんだからお前達の納得いくようやれば良い」
「でもさ大塚さん、俺達まだ未成年で世の中よく分かってないし。世間に出しても大丈夫な出来になってるの、これ? 大人の意見が知りたいんだよね」
「まあ、そういうことなら見るだけ見させてもらうが。俺は音楽に関してはお前らにアドバイスできるほどのものは持ってないぞ?」
「嘘ばっか。名の知れた敏腕マネージャーが何言ってるのさ」
大塚さんには本当にマネージャーの域を越えて支えられていた。
デビューを果たしてまだ2年、アーティストとしても人としてもまだまだ未熟な私達。
世の中を理解しきれていないことは誰よりも私達が一番よく分かっていた。
だからたとえ自分達にとっては会心の出来であっても、ひとつひとつ確認していかなければ不安が残るのが現状だ。
若かろうと未熟だろうとプロの世界は容赦ない。
一旦売れればずっと安泰の世界ではなくて、流れはどの業界よりも早い。
上がったと思えば落ちるのも簡単な、そういう厳しい世界だ。
だからジャケット撮影も作曲も作詞もレコーディングも、千歳くんのモデル仕事ひとつとったって手抜きなんてとても出来ない。
そしてそれでも欠けてしまう客観的な視点は大塚さんが埋めてくれていた。
「あ、あのね。あと他にこういう曲も作ってみたんです。千歳くんがイメージ浮かんだって言ってて、それをちょっと脚色させてもらったんだけど」
「おー、しっかしお前は本当仕事熱心だな。俺達もやりがいがあって楽しいわ」
「の割にいっつも怒ってるけどね、大塚さん」
「当たり前だ、お前達は今が育て時なんだからな。俺が厳しくしないでどうする」
こうして私達の立場を理解し、支えてくれるスタッフさんがいる。
意欲的に音楽に取り組めるのもこんな環境のおかげだった。
「ちーの曲、今回も超良曲だよ大塚さん。本っ当ちーは天才だよ、少し話しただけでここまで形にできるんだから」
「それは千歳くんの発想がすごく素敵だからだよ? それに私にも分かるように説明してくれるから作りやすいの」
「違う違う、俺そんなにすごいことしてないもん。ちーの才能だって」
「ううん、千歳くんの才能だと思うな」
「……おい、そこのシスコンブラコン兄妹。2人の世界に入るな」
千歳くんは表舞台で圧巻のパフォーマンスを見せる。
その華奢な体には考えられないほど迫力のあるライブをこなす。
表舞台で人を惹きつけるのが千歳くんの仕事だとするならば、私の仕事はそんな千歳くんの魅力を最大限引き出すこと。
千歳くんがより輝くように、楽しめるように、歌に想いを込められるように、その道筋を音楽で示すのが役割だ。
「でも、まだまだ」
私の曲はまだ千歳くんの才能を引き出しきれていないと思うから。
あの日、私の心を揺さぶり引っ張り上げてくれた力強い音。
魅力に溢れ、人の心を鷲掴みにしてみせた偉大な”先輩”。
思い出すたびに私の作る歌達はまだまだ遠いと感じる。
けれどいつかきっと。
千歳くんならば届くと信じているから。
自分が足を引っ張り続けてはいられない。
「向上心があるのは良いことだ。が、思い詰めてその才能潰すなよ、千依」
「……俺も頑張らないとな」
いつものように気合を入れる私に、2人は否定せず寄り添ってくれる。
温かく優しい空間、私の守るべき場所。
ぐっと自分の手を握れば、大塚さんがにやりと笑った。
「うし、気合も入ったところで仕事するか。千依、今日は長丁場だぞ」
「は、はい! よろしく、お願いします……っ」
「ちー泣かせたら容赦しないからね、大塚さん」
「良いからお前は休め。新曲出来てからはお前の方が激務なんだから」
そして私は今日も奏としての日常を過ごす。
大好きな私の居場所で音を紡ぐ。
「ちー」
「千歳くん?」
「曲出来あがんの楽しみにしてる。でも無理だけはしたら駄目だからね」
「うん、ありがとう。千歳くんも体労ってね、千歳くんは体が資本なんだから」
「はは、大丈夫だよ。俺はちーの分も養分たっくさんもらって生まれてんだから」
優しくポンポンと頭を撫でてくれる千歳くん。
いつだって私の気持つを最優先にしてくれる同い年の兄。
ブラコンと散々言われるけれど、これはどうしたってブラコンにもなってしまうと思う。
仮眠に入った千歳くんを見送る私の顔は笑顔で、清々しい気持ちで気合いをいれることが出来た。
「よし!」
「んじゃ、やるか」
「はいっ」
そして大塚さんの言葉を皮きりに私の世界は音一色になる
そうなれば他のことなんて見えないし聞こえない。
唯一私に舞い降りてくれた特技を、今はただ存分に活かすだけ。
今日も時間は矢のように早く過ぎていった。
0
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる