ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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本編

1.千依とちぃ

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「聞いて聞いて! チトセが雑誌に載ってるの」

金曜日の朝に、その声は響いた。
教室の片隅で縮こまる私の肩がびくりと跳ねる。
寝不足気味で重たいまぶたも一気に上がった。

「またチトセ……、あんた本当好きだね」
「だって顔良し! 歌良し! 頭良し! だもん」
「はいはい、分かったから。とりあえず座りな?」

そろっと視線を上げて声を辿ると、そこにいたのは音楽雑誌片手に楽し気な会話をするクラスメート2人組。
ポニーテールがトレードマークな山岸さんと、肩のあたりで切りそろえられた綺麗な黒髪が印象的な山崎さん。
2人は外見も性格も正反対に見えるけれど相性が良いようでいつも一緒にいる。
教室の中央に自然と馴染んで笑い合うその姿が眩しく映った。

かなでの新曲、すっごい楽しみ! 新曲の時くらいしか露出ないから、少し騒がしくても許してよ」

山岸さんがそんなことを言う。
否応なしに心臓がバクバクと音を立ててしまうのは仕方がない。
こんな会話を聞くことだってもう慣れているはずなのに、未だに私はビクビクしてしまう。
けれど当然私の様子になど気付く様子もなく2人は会話を続けていた。
山崎さんが「奏、ねえ」と呟いたのは直後だ。

「前から思ってたんだけどさ、奏ってチトセしかいないのに何でグループ名あるんだろうね」
「作曲とか編曲担当の相方がいるんだよ。だから正式にはユニットなの」
「ふーん……」
「って、反応薄っ、萌~、もっと関心持とうよ」
「興味ないし」
「うぐ、直球。……いいもん。私は私で1人浮かれてるもん」
「ごめんって。楽しみだね、新曲」

きっと本人達にしてみれば大したことない日常会話なんだろう。
けれどその陰で私は一人バクバクうるさい心臓を抑えるのに必死だ。
変な冷や汗までかいてしまっていること、誰にも気づかれていないだろうか。
そんなことを思いながら教室をきょろきょろと見まわし、それが随分と不審な行動なのだと気付いて慌てて固まる。

チトセ。
それは2年前にデビューを果たした歌手の名前だ。
高校1年という若さでデビューした彼は、その圧倒的な声量と表現力、モデル顔負けの容姿も相まって一気に人気が爆発した。
現在18歳、高校3年生。
親や学校、本人の意向もあって学業と両立しているため、滅多にテレビや雑誌に出てこないことでも有名だ。
だからこそ一年に一度のライブも、新曲が出る時少しだけ出るテレビや雑誌も、かなりのプレミアがついている。
……実を言うと、そんな彼は私の双子の兄だった。
訳あって私の学年は1つ下だし、私の容姿も残念ながら平凡だけど、それでも私達はれっきとした双子だ。
そしてそんな千歳くんと奏を結成している相方、それが実は私だったりする。

”ちぃ”という芸名は奏を応援してくれるファンなら皆知っているそうだ。
影の相方なんて呼ぶ人もいると聞く。
山岸さんの言う通り、私は奏の作曲担当。
もっとも表舞台には一切立っていないから、奏=チトセというイメージが世間にはついているけれど。
実際、奏というブランドは千歳くんが大部分を抱えて成り立っているようなものだ。
私が貢献できているのはごく一部だろう。

「ちぃさん、どんな人なのかなあ? 出てきてくれないかなあ」
「とか言って可愛い女の子だったらどうするのよ。悲鳴がすごそう」
「えー? べっつに私気にしないけどなあ」
「そりゃ、あんたはそうだろうけど」

山岸さんのもっともな言葉にやっぱり過剰反応してしまう私は必死に視線を窓の外へと逃がして深呼吸する。
私がステージに上がらない理由は、ファンの女性たちに気を遣っているからではなくて単純に私自身の事情だ。

極度の人見知りで酷いあがり症。
それが私を表す一番分かりやすい言葉だった。
音楽を作るのが好き、千歳くんと曲を生み出す瞬間が大事だ。
けれど私はステージやテレビカメラの前どころか学校で人と話すことでさえ極度の緊張で疲れ果てる。
その様子を昔から知っている千歳くんが今の状況と照らし合わせて見かねたのか、ストップをかけてくれたのだ。
表の世界は自分が背負うから私は私の好きなところで関わって欲しいと、そう言われている。
ユニットと名乗りながらも、私達のこの形はかなり特異なんだと思う。
けれど千歳くんは嫌な顔ひとつせず私の苦手分野を請け負ってこの環境を作り出してくれた。
本当に感謝してもしきれない。

学校も違う、学年も違う、性別も違えば性格だってまるで違う。
ここまで共通点が無くなれば、私の正体に気付く人はいない。
流石に私達は双子だから、よく見れば顔の造りはかなりよく似ているらしい。
けれど元々二卵性双生児の私達は一般的な双子程は似ていなかった。
千歳くんに比べて私のパーツは位置も形も少しずれて歪んでいる。度のきついメガネは目を小さく見せる。
双子の兄が容姿端麗だからといって妹も容姿端麗とはいかないのだ。
この違いは私の秘密生活を大いに助けてくれた。

「あー、私チトセの声好きなんだよねー。あんなに小さい体で迫力あるんだもん」
「はいはい、あんたのオタクは分かったから」

そう、こうして教室内で普通に話題にのぼる程度には上手く解け込めている。
ヒヤヒヤしているのは私1人くらいのものだった。
何をしても器用に出来なくて、嘘も何もかもすぐにバレる私が未だ上手に隠せているのは奇跡的だ。
現に今だって、にやけかけている自分の表情を抑えることはできていない。
それでも誰も私のことを不審そうには見てこなかった。

「これからの奏が楽しみだなあ。チトセに出会えて私は人生変わったもん」

……ありがとう。
本当はいつも心でそう思っている。
こうして声に出して応援してくれることも、千歳くんの良いところを受け止めてくれたこともとても嬉しい。
いっそ直接お礼を言えたらならば。
そう思いながらも、それが簡単なことではない私はひとり噛み締めるしかできない。

せめて出来ることは精一杯良い音を届けるだけ。
元気を送れるような音、楽しくなれるような曲を千歳くんの声にのせて。
友達作りには残念ながら失敗してしまって相変わらず私は学校で1人だけれど、それでも今私を取り巻く環境はとても優しい。


中島なかじま千依ちえ、18歳。高校2年生。
今日も溢れる音を音符に詰めることに全力を注ぐ、音楽バカです。











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