健多くん

ソラ

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番外編

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事故じゃない。

間違えようもなく今、先生は俺を。

まさかの展開にパニックになった俺は、忙しなく視線を彷徨わせる。

「え・・・ちょっ・・・センセ、どいてよ」

先生は、何も言わない。

ただじっと俺を見下ろして唇を引き結んでる。

最初はふざけてるんだと思った。
でも、すぐにふざけたことをするような人じゃないってことを思い出した。

だったら、コレは?

いつまでも俺を組み敷いて、退かない理由は・・・?

「先生って」

少し。少しだけ縋るような声で言ってみた。

早く退けてほしい。そうじゃないと、なんだか雰囲気に流されてしまいそうだ。

「なんなの・・・」

先生の手のすぐ隣にある俺の耳が、ちょっとずつ熱を帯びてくる。

その熱が乾いた空気を震わせて先生に伝わってしまうんじゃないかと、怖かった。

長い沈黙に耐えきれず、とうとう俺は目を逸らしてしまう。

早く。早く。

『悪い』って言って、離れてよ。

俺の勘違いだって、そういうことにしてよ。

こんなの、どうしていいかわかんない。

「せん、せッ・・・!」

痛いほどの視線を感じながら、俺は小さな声で叫んだ。
押しのけようと先生の胸に伸ばした手。
シャツに触れた指が、ふと温かいものに包まれた。

ハッとして目を開けたときにはもう、俺の手は床に縫い止められていた。

「・・・!」

さっきよりも明らかにマズイ状況に、一瞬思考が停止した。

なにをしているのかと先生の方を見ると、額が触れるほど近くで視線がかち合う。

「な」

「目を閉じてくれ」

「は・・・?」

わかってるんだろうか、この人は。

いまここで俺が目を閉じたら、この先されることを自ら受け入れるってことになる。
それはつまり。

黙ってキスされろってこと?

「な、なんで」

「・・・幸多。目を閉じてくれないか」

お願いだから、とでも続きそうな声音に、全身が粟立った。

俺の好きな、先生の蕩けるような苦み走った声が初めて俺を『幸多』と呼んだ。

・・・そんなことされたら、目を背けられない。

先生がいま、俺をそういう目で見てるってことからも。

俺が、この状況を嫌がってないってことからも。

緊張に睫毛が震える。
どうしていいかわからなくて、でも止めて欲しくない気持ちも確かにあって、俺はきつく目を瞑った。

先生の熱い手のひらが俺の手のひらと合わさる。

指を一本一本絡められ、愛おしいというように優しく撫で擦る。

首の裏から全身に麻酔のような快感が走って、感じたことのない焦燥感に泣きそうになった。

いつまでも降ってこないキスを訝しく思って、そっと目を開ける。

目の前の先生は、ちょっと困ったような、面映ゆいような顔をしていた。

意志の強そうな吊り気味の眉から力が抜けて、口元が俺を見て微笑んでる。

そんな顔を見るのは初めて。そんな顔をするなんてこと全然知らないし、その顔が俺に対して向けられてるんだというなら・・・俺、は。

「ぅ・・・っ」

気がついたらボロリと大粒の涙が零れおちていた。

滲んだ視界の向こうで、先生の穏やかな顔が困惑に歪む。

「松森・・・やっぱり嫌だよな。ごめんな」

俺を気づかうように優しく頭を撫で、先生が離れようとする。

それでも彼は、けっして冗談だとは言わなかった。

最後に、繋がれた指が名残惜しそうにほどけて、俺は慌ててその手を追いかけて握り返した。

先生がはっと息を呑んだ。

空気が詰まった喉の奥で、情けないほどの小さな声を絞り出す。

「ち、がう。行かない、で・・・」

頭の中がパニックだった。

全身の皮膚という皮膚がざわざわして、どこか遠くで飛んで行ってしまうんじゃないかと思うくらいの浮遊感。

ぎゅっと締めつけられた胸が痛くて、俺は先生の指を握る手を精一杯握り締めた。

「早くしてよ・・・もう、痛い・・・」

胸が痛いんだと、そう伝えようとして服の上から心臓を押さえる。

キスされるのを待つなんて初めてだ。

そしてこんなに期待してしまうのも。

「・・・ごめん」

蕩けるような笑みを浮かべ、先生の顔がまた近づいてくる。

いつもは研究室そのものの匂いみたいになってる先生のコロンがふわっと香ってきて、変な感じ。
ここは俺の部屋なのに、先生の存在を強く感じる。
俺だけのために、今、ここにこの人がいるんだと。
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