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番外編
④
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食事が終っててっきり会計を済ませるんだと思っていたら、僕たちは個室を出てそのままロビーに向かった。
「ここにいろよ」
僕にそう一言告げると、フロントまで歩いていく。
フカフカの高そうなソファに座るのは申し訳なくて近くの支柱の傍で僕は鳴人が帰ってくるのを待った。
しばらくしてフロントの人から何かを受け取った鳴人が僕の方に振りかえり、手招きをする。
「どこ行くの?」
「部屋」
「部屋!?このホテルの!?」
「手間がはぶけていいだろ、色々」
なんでもないことのように言って鳴人はエレベーターのボタンを押す。
信じられない。
いくら泊まったことのない僕にだってこのホテルの宿泊料が高いことくらいわかる。
いったいいくらなんだろうなんて考えている間にボタンに灯りがともり、黄金色のエレベーターが静かに開いた。
広いエレベーターに二人きり。
なんだかいつもと違い過ぎて夢の中にいるみたいだ。
「ねえ・・・ここの部屋って高いんじゃないの?」
どうしても気になってそう訊かずにはいられない。
まるで主婦みたいな心配をする僕を振り返り、鳴人がさも当然とばかりにとんでもないことを言い出した。
「てっとり早く二人きりになれる場所はここが一番だろ」
あんまりあっさり言われたもんだから、反論する余地すらなかった。
・・・二人きり。たしかに、二人きりなんだけど。
なんだろう。胸をかきむしりたいくらい恥ずかしい。
どうしてこういうセリフをさらっと言うかなコイツは・・・。
時間が止まったようなエレベーターの中では呼吸すら相手に伝わってしまう気がする。
耳まで真っ赤になってるのがバレてしまわないように、僕は独特の浮遊感を感じながらちょっと後ろに下がった。
そして突然ふっと重力が戻り、エレベーターが目的の階に着いたことを告げるランプが灯る。
静かな音をたてて開いた扉の向こうにはずっと絨毯が敷かれた廊下が続いていた。
その廊下にポツンポツンと部屋の扉が見えるが、その間隔から一部屋の広さがわかる。
もしかしなくても、かなりいい部屋のある階。
「行くぞ」
鳴人の言葉に促されてエレベーターを降りて、一番端の部屋の前まで歩いた。
ポケットから取り出したカードキーを差し込むと、赤く光っていた小さなランプが緑になる。
鳴人の手が金色の取っ手を掴んだ瞬間、信じられないくらい緊張してカッと首筋が燃えた。
・・・なにを考えてるんだろう、僕は。
いつもの部屋じゃないという不安と、この部屋に入ってしまったら本当に鳴人と二人きりになるという期待にも似た高揚感。
とにかく頭の中がいっぱいいっぱいだ。
「どうした?」
「べっ・・・別に、なんでもない」
なんでもないなんて言いながら、僕の顔には明らかになんかあると書いてるに違いない。
案の定、鳴人には僕の気持ちなんてバレバレだった。
「・・・なに今さら緊張してんだ。別に入ってすぐ襲ったりしねえよ」
「そんなこと心配してない!」
図星を指されて真っ赤になりながら部屋の中に足を踏み入れる。
そんな僕を笑いながら、鳴人が背後で扉を閉める音がした。
そして部屋の中に入った瞬間、目の前に広がる景色に僕は言葉を失った。
真っ暗な部屋の中。
カーテンの開け放たれた向こうには宝石みたいなパノラマの夜景が広がっていたのだ。
このホテルは近隣のビルよりもはるかに階数が多い。
だから目の前には遮るものがなにもなくて、本当に街全体が見下ろせているんじゃないかと思うくらいの景色だった。
「・・・すごい」
自分の身長より大きな窓まで歩いていき、すぐ下を見下ろす。
ホテルの前に横づけされるリムジンが小さく動いていた。
高すぎる視界にふと眩暈を覚えて動きを止めると、すぐ後ろに体温を感じた。
光を遮って鏡になった窓に鳴人の顔が映る。
その目はどこか誇らしげで、まるで子供のように輝いていた。
「気に入ったか?」
ここからの景色がこんなに綺麗だと思ってなかった僕は素直に頷く。
足元を見下ろして感じる眩暈よりも、いまこうして鳴人の体温が背中に伝わることのほうがもっとクラクラする。
いつもと全然違う空気。
だからちょっとおかしくなってしまったのかもしれない。
キス、したいだなんて。
誕生日は明日。だけど今日はなんだか鳴人が優しいから、少しくらい調子に乗ってもいいかな。
「?」
窓の外を向いていたカラダごと振り返って、鳴人のジャケットの襟を掴む。
上半身のバランスを崩した鳴人が僕の顔の横に手をついて、近づいた吐息にそっと触れるだけのキスをした。
驚いて顔を上げる鳴人が可笑しくてつい僕も笑ってしまう。
部屋に入るときはあんなに緊張していたのに、今になって襲われてもいいかもなんて思う自分はすごく現金な人間だ。
でもこうして、本当に稀だけど僕から誘えば鳴人はすぐに僕を抱くのに、今日は軽く表情を緩めただけですぐにカラダを離してしまった。
ひんやりとした空気が首筋を通り、熱が遠ざかった寂しさが僕を襲う。
「店じゃなにも飲まなかったし、ルームサービスでも頼むか?」
暗闇の中、危なげない足取りで入口まで戻った鳴人が部屋の灯りをつける。
夜のほのかな光に慣れた目にはそのライトは眩しすぎて、僕は目を細めた。
「・・・酒」
窓際に独り残されたことに少し拗ねた僕はぶっきらぼうに答えた。
ちょっと前に僕は鳴人がいない間に酒を飲んで大失敗したことがあるらしい。
らしい、というのは酔っている間の記憶がまったくなくなってしまっているからで、鳴人から聞いた話ではとんでもない迷惑をかけた上に、普段の僕からは考えつきもしないような痴態を晒してしまったというのだ。
だからいくら誕生祝いだからといって鳴人が僕に酒を飲む許可を出すはずがないと思っていたのに。
「わかった。あんまり強いのはやめとけよ」
テーブルの上に置かれたルームサービスのメニューを僕に手渡して、鳴人は広いソファに腰かけた。
「飲んでいいの?」
「記憶飛ばさない程度にしろよ。お前未成年なんだから今日だけ特別な」
・・・やっぱり今日の鳴人はおかしい。
いつもなら絶対に許してくれないことも許してくれる。
なんだか・・・父さんみたいだ。
「やっぱいらない」
渡されたメニューを机の上に置き、鳴人の隣に座る。
「どうした」
「・・・」
どうかしてるのは鳴人のほうだ。
なんでそんなに優しい目ばっかりで、いつもみたいに俺様じゃない。
もちろん優しいのだって嬉しいけど・・・なんだか調子が狂う。
「健多、先に風呂入ってこいよ」
「一緒に入る」
鳴人の言葉に反射的に出てしまったのはそんな言葉。
自分でも驚いて慌てて鳴人から離れる。
「いや、あの・・・違くて!」
鳴人の目が点になってる。
どうしちゃったんだろう。
おかしい。なんかよくわからないけど、どこかおかしい。
なんか思ってることと言ってることが全然違う。
「えっと・・・その、ひとりで入る、から」
ボソボソと訂正すると、鳴人も立ち上がって部屋に備え付けの電話の前まで歩いていった。
「ああ。俺は受け取る荷物があるからあとで入る」
・・・入らないんだ、一緒に。
自分からひとりで入るなんて訂正したくせに、なぜだかモヤモヤとした気持ちのまま僕は部屋の隅のクローゼットからバスローブをとった。
フロントにかけているのだろう、電話に向かってなにか話している鳴人の横をすり抜けてバスルームに向かう。
ジェットバスの浴槽はひとりで入るには広すぎる。
なんだかよくわからない焦りに駆られながら、僕はシャワーを捻って熱いお湯を浴びた。
「ここにいろよ」
僕にそう一言告げると、フロントまで歩いていく。
フカフカの高そうなソファに座るのは申し訳なくて近くの支柱の傍で僕は鳴人が帰ってくるのを待った。
しばらくしてフロントの人から何かを受け取った鳴人が僕の方に振りかえり、手招きをする。
「どこ行くの?」
「部屋」
「部屋!?このホテルの!?」
「手間がはぶけていいだろ、色々」
なんでもないことのように言って鳴人はエレベーターのボタンを押す。
信じられない。
いくら泊まったことのない僕にだってこのホテルの宿泊料が高いことくらいわかる。
いったいいくらなんだろうなんて考えている間にボタンに灯りがともり、黄金色のエレベーターが静かに開いた。
広いエレベーターに二人きり。
なんだかいつもと違い過ぎて夢の中にいるみたいだ。
「ねえ・・・ここの部屋って高いんじゃないの?」
どうしても気になってそう訊かずにはいられない。
まるで主婦みたいな心配をする僕を振り返り、鳴人がさも当然とばかりにとんでもないことを言い出した。
「てっとり早く二人きりになれる場所はここが一番だろ」
あんまりあっさり言われたもんだから、反論する余地すらなかった。
・・・二人きり。たしかに、二人きりなんだけど。
なんだろう。胸をかきむしりたいくらい恥ずかしい。
どうしてこういうセリフをさらっと言うかなコイツは・・・。
時間が止まったようなエレベーターの中では呼吸すら相手に伝わってしまう気がする。
耳まで真っ赤になってるのがバレてしまわないように、僕は独特の浮遊感を感じながらちょっと後ろに下がった。
そして突然ふっと重力が戻り、エレベーターが目的の階に着いたことを告げるランプが灯る。
静かな音をたてて開いた扉の向こうにはずっと絨毯が敷かれた廊下が続いていた。
その廊下にポツンポツンと部屋の扉が見えるが、その間隔から一部屋の広さがわかる。
もしかしなくても、かなりいい部屋のある階。
「行くぞ」
鳴人の言葉に促されてエレベーターを降りて、一番端の部屋の前まで歩いた。
ポケットから取り出したカードキーを差し込むと、赤く光っていた小さなランプが緑になる。
鳴人の手が金色の取っ手を掴んだ瞬間、信じられないくらい緊張してカッと首筋が燃えた。
・・・なにを考えてるんだろう、僕は。
いつもの部屋じゃないという不安と、この部屋に入ってしまったら本当に鳴人と二人きりになるという期待にも似た高揚感。
とにかく頭の中がいっぱいいっぱいだ。
「どうした?」
「べっ・・・別に、なんでもない」
なんでもないなんて言いながら、僕の顔には明らかになんかあると書いてるに違いない。
案の定、鳴人には僕の気持ちなんてバレバレだった。
「・・・なに今さら緊張してんだ。別に入ってすぐ襲ったりしねえよ」
「そんなこと心配してない!」
図星を指されて真っ赤になりながら部屋の中に足を踏み入れる。
そんな僕を笑いながら、鳴人が背後で扉を閉める音がした。
そして部屋の中に入った瞬間、目の前に広がる景色に僕は言葉を失った。
真っ暗な部屋の中。
カーテンの開け放たれた向こうには宝石みたいなパノラマの夜景が広がっていたのだ。
このホテルは近隣のビルよりもはるかに階数が多い。
だから目の前には遮るものがなにもなくて、本当に街全体が見下ろせているんじゃないかと思うくらいの景色だった。
「・・・すごい」
自分の身長より大きな窓まで歩いていき、すぐ下を見下ろす。
ホテルの前に横づけされるリムジンが小さく動いていた。
高すぎる視界にふと眩暈を覚えて動きを止めると、すぐ後ろに体温を感じた。
光を遮って鏡になった窓に鳴人の顔が映る。
その目はどこか誇らしげで、まるで子供のように輝いていた。
「気に入ったか?」
ここからの景色がこんなに綺麗だと思ってなかった僕は素直に頷く。
足元を見下ろして感じる眩暈よりも、いまこうして鳴人の体温が背中に伝わることのほうがもっとクラクラする。
いつもと全然違う空気。
だからちょっとおかしくなってしまったのかもしれない。
キス、したいだなんて。
誕生日は明日。だけど今日はなんだか鳴人が優しいから、少しくらい調子に乗ってもいいかな。
「?」
窓の外を向いていたカラダごと振り返って、鳴人のジャケットの襟を掴む。
上半身のバランスを崩した鳴人が僕の顔の横に手をついて、近づいた吐息にそっと触れるだけのキスをした。
驚いて顔を上げる鳴人が可笑しくてつい僕も笑ってしまう。
部屋に入るときはあんなに緊張していたのに、今になって襲われてもいいかもなんて思う自分はすごく現金な人間だ。
でもこうして、本当に稀だけど僕から誘えば鳴人はすぐに僕を抱くのに、今日は軽く表情を緩めただけですぐにカラダを離してしまった。
ひんやりとした空気が首筋を通り、熱が遠ざかった寂しさが僕を襲う。
「店じゃなにも飲まなかったし、ルームサービスでも頼むか?」
暗闇の中、危なげない足取りで入口まで戻った鳴人が部屋の灯りをつける。
夜のほのかな光に慣れた目にはそのライトは眩しすぎて、僕は目を細めた。
「・・・酒」
窓際に独り残されたことに少し拗ねた僕はぶっきらぼうに答えた。
ちょっと前に僕は鳴人がいない間に酒を飲んで大失敗したことがあるらしい。
らしい、というのは酔っている間の記憶がまったくなくなってしまっているからで、鳴人から聞いた話ではとんでもない迷惑をかけた上に、普段の僕からは考えつきもしないような痴態を晒してしまったというのだ。
だからいくら誕生祝いだからといって鳴人が僕に酒を飲む許可を出すはずがないと思っていたのに。
「わかった。あんまり強いのはやめとけよ」
テーブルの上に置かれたルームサービスのメニューを僕に手渡して、鳴人は広いソファに腰かけた。
「飲んでいいの?」
「記憶飛ばさない程度にしろよ。お前未成年なんだから今日だけ特別な」
・・・やっぱり今日の鳴人はおかしい。
いつもなら絶対に許してくれないことも許してくれる。
なんだか・・・父さんみたいだ。
「やっぱいらない」
渡されたメニューを机の上に置き、鳴人の隣に座る。
「どうした」
「・・・」
どうかしてるのは鳴人のほうだ。
なんでそんなに優しい目ばっかりで、いつもみたいに俺様じゃない。
もちろん優しいのだって嬉しいけど・・・なんだか調子が狂う。
「健多、先に風呂入ってこいよ」
「一緒に入る」
鳴人の言葉に反射的に出てしまったのはそんな言葉。
自分でも驚いて慌てて鳴人から離れる。
「いや、あの・・・違くて!」
鳴人の目が点になってる。
どうしちゃったんだろう。
おかしい。なんかよくわからないけど、どこかおかしい。
なんか思ってることと言ってることが全然違う。
「えっと・・・その、ひとりで入る、から」
ボソボソと訂正すると、鳴人も立ち上がって部屋に備え付けの電話の前まで歩いていった。
「ああ。俺は受け取る荷物があるからあとで入る」
・・・入らないんだ、一緒に。
自分からひとりで入るなんて訂正したくせに、なぜだかモヤモヤとした気持ちのまま僕は部屋の隅のクローゼットからバスローブをとった。
フロントにかけているのだろう、電話に向かってなにか話している鳴人の横をすり抜けてバスルームに向かう。
ジェットバスの浴槽はひとりで入るには広すぎる。
なんだかよくわからない焦りに駆られながら、僕はシャワーを捻って熱いお湯を浴びた。
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