どうしてこんな拍手喝采

ソラ

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能ある鷹は爪を隠す

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世界はちょっとねじ曲がってる。
この世で一番汚いものほどきれいだというのだから相当だ。別にまぁそれがおかしいとも思わない。この世で一番汚いものは外は綺麗だからだ。

「耳鳴りが?2回くらい?」

「はい」

いつものように淡々と聞かれたことを答えた。

「1回目は?」

「店の喧騒にまみれて」

「二回目は?」

「…不意に」

「そうか、君が今いる環境はこれまでと全く違う。全部入れ替えたほうがいい、いい機会だ。」

先生の言葉に、俺は小さく頷いた。中学の時から俺を診てくれている先生は、「やっとだね」とつぶやいた。

「……そこの人と話がしたい。梅之介くんは残りなさい。他は一旦外へ」

「私も残るわよ。ちょっと聞きたいことあるし」

楓さんと梅之介さんと政宗さん以外、俺を含めた全員が部屋を出た。
中で何を話してるのかわからない。

「冰澄さん、大丈夫っすか体調の方…」

「大丈夫です……えっと、それよりその俺が倒してしまった方々は」

気がかりだったのは、ここに来るまでに正当防衛といえば聞こえはいいが、倒してしまった方々だった。

「ハハッ、気にせんでくださいあれくらい。」

「しかし驚きました。何か武術をご経験されてたんですか?」

いつも通りの冷静な北谷さんは、眼鏡を上げながら俺に尋ねた。

「むかしちょっと、護身術とかくらいですけど……」

「護身術にしては冰澄結構強いだろ」

「謙遜しすぎですよ。先輩のほうが強いじゃないですか!」

「明人のほうが強いけどな」

明人先輩の名前に「まぁ…そこは」とつぶやいた。



*****************

(視点:政宗)


「イレギュラー、今の冰澄はその状態だ」

冰澄の働く店の店長…たしか、小柳梅之介とかいう名前だった。
小柳は、タバコに火をつけながらつぶやいた。その瞳は遠くを見ている。

「不規則、変則的、ってことね」

楓の言葉に医者が返事を返した。

不規則、変則的。

「さっきみたいに、少しだけでも過去にかするようなものがあった場合、普段平常に保てている"体"は崩れます。」

「…体、は?」

「本人の心情には全く害はありません、今と過去を割り切っています。でも体の方は本能に従順ですよ。」

医者の答えに、俺は顔をしかめた。

「さっきのは何が原因だったのよ?喧嘩なんてしょっちゅう見てるでしょ?」

「怒声と、物が壊れた音、でしょうね。」

確かに部屋には壊れたパイプ椅子が転がっている。これが壊れる音と怒声がリンクして過去に体が反応したということになる。

「…それと、何かショックなことでもあったんでしょうね。耳鳴りが二回、珍しいんですけど、あの子はショックを受けると同時に耳鳴りを伴います。」

「証拠は?」

医者は俺に答えを教えるのを渋った。

「実例はあります。ですがあの子のプライバシーです。言いません」

言えない、ではなく、"言わない"と嫌でもわからせる言葉だ。なかなかに気に入った。ここで冰澄のことについてなんでも話すようなやつなれば主治医などという地位からは外していた。

俺は、タバコを灰皿に押し付けて立ち上がった。

「これからもあいつの診察を続けていい。」

「もちろんです。……ああ、それと今あの子を養ってるのはあなたと聞きましたが?」

「ああ、俺だ。それがなんだ」

「学費を払ってあげてください。これ以上圧力をかけすぎると、壊れますから」

「……それはかまわん。もともと来月にでも切り替えようとしてたところだ。」

医者に淡々と答えてから冰澄がいるであろう店の表へ足を進めた。

冰澄について知らないことが多すぎる。だから苛立ちも募る。どうしてこんな感情が俺の中にあるのかはもうわかっている。冰澄が好きだ。
この世界に入ってもう二度と見れないだろうと思っていたものを冰澄は俺に見せた。
真っ直ぐな背筋で、俺の目に焼き付けた。

自分の方が細くて重いもん抱えてるくせに、俺の腕引いて、身を呈してかばって。

何やってんだクソガキって思った。

だけど俺の腕を強く握りしめて、まるで死ねないと語るような目に、初めて俺が何も持たずに生きてきたことがわかった。


「冰澄、帰るぞ」

案の定、もう閉店し客の一人もいない店内に冰澄はいた。
その隣に冰澄の高校での先輩だといい小柳誓が、北谷と片桐に威嚇をしていた。

「ガキ、ヤクザもんに威嚇なんざするもんじゃねーぞ、片桐、北谷、冰澄と車戻れ」

「はい」

「ッス」

「あ、えと…」

「冰澄、戻っとけ、すぐ行く」

「はい…」

北谷と片桐に連れられ渋々といった表情で店を出た冰澄を確認してから、小柳誓に向き直った。

「留年食らったんだってな」

「あ゛?」

「そう威嚇するなよ。……冰澄がいるから留年したのか」

「だったら?てめぇに関係あんのかよ?」

牙が見えそうなほどの顔にふっと笑いがこぼれた。

「番犬が欲しかった。あいつが学校にいるときはさすがに片桐も入れねぇしな。」

「……俺は冰澄に借りがあんだよ」

「奇遇だな、俺もだ」

タバコから漂う煙を見ながら、つぶやいた。
小柳誓は、小さく驚いた表情をこぼしたがすぐに威嚇へと変わった。

「……お前のこと認めたわけじゃねぇからな。兄貴だって認めてねぇぞこんなの」

「つくづく冰澄至上主義な兄弟だなてめぇら。めんどくさい」

「認めねーからな!冰澄がお前といて幸せっていうまで認めねーぞ!!」

後ろで吠える煩わしい番犬を置いて、店を出た。小柳兄弟は今の所敵ではない。店に楓がいるのは好都合だ。昔は楓も大暴れしてた化け物だ。

「バイトは週三にさせるか…。」

「組長、冰澄さんが寝そうなのでできれば早くお願いします」

「……北谷、てめぇ冰澄が来てから言うこと言うようになったじゃねぇか」

「お褒めにあずかり光栄です」

「褒めてねーよ」

北谷がそう言いながら灰皿を差し出してきたので、煙草をそれに押し付けた。

「冰澄、眠いか?」

「ぇ…?」

「……眠そうな顔しやがって」

眠気に惚けた顔になる冰澄の額に唇を寄せる。

どう言えば、伝わるだろうか。生まれてこのかた、愛情を人に伝える術など教わらなかった。育児放棄虐待、最低を絵に描いたような親の下に生まれ、普通に生きるなんて無縁だった。

誰かが誰かに告白しただの、興味の一切を示さなかった。

どの言葉が一番冰澄に響く。
どの行動がどれだけ冰澄に触れれる。

最近、そんなことしか考えていないことに気づいていた。
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