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そこからスタート
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微かな話し声に脳が覚醒する。
片目づつ目を開けば、天井が見えた。随分と高い天井だ。
視線を横にずらせば、男二人が話をしている。一人は知っている。北谷さん、電話をしていた人だ。もう一人は年配の方だ。
「珍しいじゃないか、あの組長が」
「ええ、まぁ。やはり庇ったことが大きいのでは……起きました?」
「お?意識が戻ったか」
話の途中で北谷さんと目があった。白衣を着た年配の方が俺をみる。手のひらを俺の前で左右で動かした。
「よしよし、焦点も合ってるな。」
「連絡してきます。」
北谷さんが部屋を出て行った。
「気分が悪いとかはあるか?」
「…だい、じょうぶ」
「よし、意識もしっかりしてきたな。」
「あの、ここ」
「ここか?ここは、俺の診療所だ、仮だけどな。俺は、医者の山田太郎だ、仮だけどな。」
仮、ということは本名ではないのだろう。
俺はゆっくり起き上がった。左肩は重くて動かない。
「左肩と左腹部を貫通してた。弾が入ったままじゃなくてよかったな。あと打撲と切り傷もあったから治療しといたぞ」
「…ありがとうございます。あの、お金…」
ここまで治療してもらったから、さぞ高額なのだろうけど、お金は払わないと。
「その辺は心配いりません。」
「おーう、北谷、連絡ついたか」
「こちらに向かっているようです。…波津さん、金銭的な面はご心配なく治療費はこちらで払います。」
北谷さんの言葉にあっけに取られた。俺は小さく「でも」とつぶやくが、北谷さんは「結構です」と堂々言った。
「治療費に関してはこちらの責任ですので…ああ、でも波津の…あなたの叔父の借金については組長本人に直談判していただきたい。」
「わかりました、北谷さん?です、よね?」
「はい、北谷雅仁(キタダニマサヒト)と申します。」
「波津冰澄と言います」
「はい把握しております。」
北谷さんは小さく頷いた。
山田さんにお茶をもらってふぅと息を吐き出す。視界をちらつく髪を耳にかけた時、あることを思い出して俺は目を見開いた。
「俺…帰ります」
「…いやその体じゃ今は動かないほうがいい。」
「組長にどこにも行かせるなと指示を受けております。」
「でも、帰らないと。」
俺はゆっくりと地面に足をつける。ひんやりとした感触に一瞬身震いをするがそのまま、立ち上がった。
「動くな、まだ治りきってないんだ。」
山田さんに制止をかけられた。
「でも…行かないと。犬が」
「犬…?」
「家に、ご飯をあげてなくて」
そう犬だ。北谷さんと山田さんは顔を見合わせた。
「俺の、家族で、だから」
「…冰澄さん、寝てください蒼白です。」
「傷口開いてねぇーよな?」
フラフラと足元が歪んで見える。脳に酸素が回らない感覚。物事を考えることを放棄していた。
…ああ、でも犬が。
「冰澄さん!」
一歩足が出れば続くように足が出る。北谷さんの言葉に止まることなく足が進んでいた。
「おい、怪我人。傷口開いていくほど急ぎの用か?」
低い声、頭に焼きつく。下に向いていた視界のなかに真新しい黒い靴が見えた。たかそうな靴だ。たいそうな金持ちだろう。
それと同時に、タッタッと独特の音が聞こえた。
「シロ」
俺の足元に来て座ったのは、家で飼っていた、犬のシロだ。大型犬で、今はまだ子供だけど、きっと大きくなるんだろう。
「シロ、ごめんね。ご飯あげれてなかったよね。君のために頑張ったんだ。君が家にいることを思い出して、…死んじゃったら君もひとりだから。」
シロを抱き上げて顔を埋める。
暖かくてふわふわしている。
…誰が連れて来てくれたんだろうと思って顔を上げた。僕の前には黒いスーツの、あの時のお兄さんだ。
「連れて来てくれて、ありがとうございます」
「…ああ。飯はやっといた。」
「すみません、そんなことまで」
「おいおい、解決したんならベッドに戻れ、まだ完治してねーっていうか少しも治ってねーだろうが」
山田さんの押されてベッドに戻るシロは俺の足の上でゆったりと寝転んだ。
「…山田、容態は?」
「あー、まず腹部と、肩んとこは貫通してた、急所は外れてる。だがまぁ庇ってこれくらい的確に当ててんだ、お前が、打たれたとしてたら、即死だな。」
「そうか」
「それと、…打撲と切り傷、も治療しておいた」
「…打撲と切り傷?」
俺は二人の会話を姿を見て聞いていたのだけれど、自然と目をそらし、シロを撫でた。
普通に過ごすはずだった今日、誕生日の日に病院で過ごすなんて物珍しい。
学校へ行って、さして友人もいるわけがなく、バイトをして帰る、殴られてから、死んだように眠る。
ループの連続だ。
「波津に…お前の叔父に殴られでもしたか?」
妙に真剣な顔で俺に問うお兄さんに俺は小さく頷いた。
「不安定な人だから、仕方がないと思う。別に死ぬほどじゃなかった」
重なっていく暴力は、俺にとっては日常に変わりつつあった。
「…お前の叔父はあるルートで金を借りてた。厄介なルートだ。それも俺の組のやつが借りたように見せかけやがった」
「普通の闇金、じゃないんですね」
闇金に普通もあったもんじゃないが叔父が何かしでかしたことはわかった。
「それとうちの組からお前名義で金を貸してる。」
…そうか、だから家に来たのか。
俺の名で金を借りるということは、俺が借りたも同然だ。
「厄介なルートで借りた金、お前名義で借りた金は、総額8000万利仕込みだ。もうここまで膨れ上がったらてめぇの命で落とし前つけさせようと思ったが、夜逃げってわけだ。」
「…8000万」
「そのうち4000万はあいつの保険金でなんとかなるが残り4000万は、どうにかしてもらわねーと困るな」
4000万など、そんな大金学生位の俺が持ち合わせているわけもない。それどころか家計は火の車だ。
「…働きます」
学校をやめれば、なんとか働く時間はできる。
「叔父が…迷惑をおかけしました。」
「いや……。なぁ、取引しねぇか?」
「…組長?」
俺より先に北谷さんが驚いた。
「学生が働いても稼げる額なんざ知れてる。その間だって利子は増え続ける、普通考えたら無謀ってわけだ」
組長、さんは、切れ長の鋭い目で俺を見た。吸い込まれそうなほど、綺麗な黒色だなぁと思わず見つめてしまう。
よくよく見れば、全体的に整っているのだ。
切れ長の目もそうだが、輪郭全てが整っている。どこかのモデルか何かと言われれば納得してしまうほどだ。
肩幅も広く、服の上からでも鍛えていることが手に取るようにわかった。
「あの、取引って」
「ああ、お前を4000万で買いたい。」
北谷さんが「は?」と山田さんが「おー!」と言った。俺はお二人のように反応できずポカンと口を開いたままだった。
「か、…買う?」
「ああ、俺はお前を買いたい4000万で、だけどお前は借金がある、4000万。俺は4000万払わないが、お前を手に入れる。そっちは借金が帳消しになるが俺の所有物になる。」
「それは…?」
つい混乱してしまい、首をかしげた。
これから仕事三昧で、俺の理想だった家庭菜園は無理かななんて思っていた頃に舞い込んできた、また理想とかけ離れた出来事。
「…ああ、わからねぇか。つまり…」
組長さんの手が俺の後頭部を支えて引き寄せた。途端、テレビや本でしか見たことのないことが今まさに自分に起こった。
キス、されてる?
脳内では理解したつもりだがどこかまだ混乱していた。
「ん…っふ…ぅ」
そろそろ息が苦しくなってきたと思って、組長さんの肩を軽く押すがすぐに掴まれてしまいもうどうしようもなくなった。
頭が…ぼうっと
「おいおいおいおいおい!!酸欠に追い込むな!」
「あ?今いいとこだったんだぞ」
「そいつ顔面蒼白!」
山田さんのおかげで息はできたが組長さんは不機嫌になってしまったみたいだ。
兎にも角にもどうやら組長さんは俺を買って、そういう…性的なことをしたいというわけだ。
「あの…俺男です」
「知ってる。波津冰澄、男、16いや、17歳、誕生日は今日、12月24日。高校は、西乃芽山学園、特待生で合格、授業料その他諸々免除…だろ?」
調べたのであればすごい情報網だ。
たかが高校生の情報、だからこそすぐ出たのかもしれない。
「俺と取引するか?」
きっと、すぐ捨てられるのだろうと確信した。本当は、ゆっくりと家庭菜園や、ああ、そうだシロの夕方の散歩とか、俺はバイトで行けてないから、変わらない日常をループしていたかった。
仕方がない。
「…メリットはないと思うんですけど。」
「大有りだな。まだお前は知らなくていいが…取引成立でいいな?」
「はい」
シロがくーんと鳴いた。俺は笑顔で心の中でいう「大丈夫だよ」そう、大丈夫。
「…北谷、あのアパート解約しとけ。それと片桐呼べ。」
「はい、かしこまりました。」
「…冰澄」
名前を呼ばれて顔を上げた。
「悪かったな。巻き込んで。」
組長さんはタバコを出しながら苦虫を噛み殺したような表情をした。確かにあの夜も、緊迫した表情だったが、今は本当に悩ましそうな表情をしている。
「あの」
「?」
「お名前は…?俺は波津冰澄です。改めましてよろしくお願いします。」
「…あ、あぁ、俺は東 政宗(アズママサムネ)だ。」
「よろしくお願いします」
東 政宗さん。なんだか名前までもが威厳があってかっこいい。俺とは正反対のタイプの方だ。
「北谷、マンションに生活用品類の手配しろ」
「西のマンションですか?」
「北で構わん。」
「…北ですか?」
「ああ、何か問題でもあるか?」
「いえ…了解しました。すぐ手配します。」
北谷さんはそう言うと一礼して部屋を出て行った。
入れ違いで、スキンヘッドの、片桐さんが息を切らしながら入ってきた。
「組長、お待たせしました。」
「ああ、冰澄、こいつは片桐だ。このなりだが…まぁ一番常識があるやつだ。」
「片桐さん…。初めまして波津冰澄です」
「あ、片桐四郎です。先日は失礼なことを…助けて頂きありがとうございました。」
呆気にとられた。深々とお辞儀をされたのだ。なんだか自分が悪いことをしてるような気分になる。
「こちらこそご迷惑をおかけしまして」
一礼して、小さく笑う。片桐さんは目を丸くした。
「組長、この子は本当に波津んとこの人間ですか?」
「今さら何言ってんだ。」
「いや…実に…まぁ…なんもありません」
「そうか、それより今日からお前はこいつに付け。」
「はい…は?」
片桐さんはまた目を丸くした。シロがくぁっとあくびをこぼす。マイペースだなぁ。
東さんは、そっけなく、片桐さんに事情短く説明する。話が進むにつれ片桐さんの表情は険しくなる一方で、東さんは顔色一つ変えずに淡々と話した。
「組長…囲うってことでいいんですね?」
「ああ」
「命かけてお守りします。」
話が飛躍しているように感じたのは俺だけ…?
首をかしげると、山田さんが「こういう世界だ」と小声で俺に告げた。
片目づつ目を開けば、天井が見えた。随分と高い天井だ。
視線を横にずらせば、男二人が話をしている。一人は知っている。北谷さん、電話をしていた人だ。もう一人は年配の方だ。
「珍しいじゃないか、あの組長が」
「ええ、まぁ。やはり庇ったことが大きいのでは……起きました?」
「お?意識が戻ったか」
話の途中で北谷さんと目があった。白衣を着た年配の方が俺をみる。手のひらを俺の前で左右で動かした。
「よしよし、焦点も合ってるな。」
「連絡してきます。」
北谷さんが部屋を出て行った。
「気分が悪いとかはあるか?」
「…だい、じょうぶ」
「よし、意識もしっかりしてきたな。」
「あの、ここ」
「ここか?ここは、俺の診療所だ、仮だけどな。俺は、医者の山田太郎だ、仮だけどな。」
仮、ということは本名ではないのだろう。
俺はゆっくり起き上がった。左肩は重くて動かない。
「左肩と左腹部を貫通してた。弾が入ったままじゃなくてよかったな。あと打撲と切り傷もあったから治療しといたぞ」
「…ありがとうございます。あの、お金…」
ここまで治療してもらったから、さぞ高額なのだろうけど、お金は払わないと。
「その辺は心配いりません。」
「おーう、北谷、連絡ついたか」
「こちらに向かっているようです。…波津さん、金銭的な面はご心配なく治療費はこちらで払います。」
北谷さんの言葉にあっけに取られた。俺は小さく「でも」とつぶやくが、北谷さんは「結構です」と堂々言った。
「治療費に関してはこちらの責任ですので…ああ、でも波津の…あなたの叔父の借金については組長本人に直談判していただきたい。」
「わかりました、北谷さん?です、よね?」
「はい、北谷雅仁(キタダニマサヒト)と申します。」
「波津冰澄と言います」
「はい把握しております。」
北谷さんは小さく頷いた。
山田さんにお茶をもらってふぅと息を吐き出す。視界をちらつく髪を耳にかけた時、あることを思い出して俺は目を見開いた。
「俺…帰ります」
「…いやその体じゃ今は動かないほうがいい。」
「組長にどこにも行かせるなと指示を受けております。」
「でも、帰らないと。」
俺はゆっくりと地面に足をつける。ひんやりとした感触に一瞬身震いをするがそのまま、立ち上がった。
「動くな、まだ治りきってないんだ。」
山田さんに制止をかけられた。
「でも…行かないと。犬が」
「犬…?」
「家に、ご飯をあげてなくて」
そう犬だ。北谷さんと山田さんは顔を見合わせた。
「俺の、家族で、だから」
「…冰澄さん、寝てください蒼白です。」
「傷口開いてねぇーよな?」
フラフラと足元が歪んで見える。脳に酸素が回らない感覚。物事を考えることを放棄していた。
…ああ、でも犬が。
「冰澄さん!」
一歩足が出れば続くように足が出る。北谷さんの言葉に止まることなく足が進んでいた。
「おい、怪我人。傷口開いていくほど急ぎの用か?」
低い声、頭に焼きつく。下に向いていた視界のなかに真新しい黒い靴が見えた。たかそうな靴だ。たいそうな金持ちだろう。
それと同時に、タッタッと独特の音が聞こえた。
「シロ」
俺の足元に来て座ったのは、家で飼っていた、犬のシロだ。大型犬で、今はまだ子供だけど、きっと大きくなるんだろう。
「シロ、ごめんね。ご飯あげれてなかったよね。君のために頑張ったんだ。君が家にいることを思い出して、…死んじゃったら君もひとりだから。」
シロを抱き上げて顔を埋める。
暖かくてふわふわしている。
…誰が連れて来てくれたんだろうと思って顔を上げた。僕の前には黒いスーツの、あの時のお兄さんだ。
「連れて来てくれて、ありがとうございます」
「…ああ。飯はやっといた。」
「すみません、そんなことまで」
「おいおい、解決したんならベッドに戻れ、まだ完治してねーっていうか少しも治ってねーだろうが」
山田さんの押されてベッドに戻るシロは俺の足の上でゆったりと寝転んだ。
「…山田、容態は?」
「あー、まず腹部と、肩んとこは貫通してた、急所は外れてる。だがまぁ庇ってこれくらい的確に当ててんだ、お前が、打たれたとしてたら、即死だな。」
「そうか」
「それと、…打撲と切り傷、も治療しておいた」
「…打撲と切り傷?」
俺は二人の会話を姿を見て聞いていたのだけれど、自然と目をそらし、シロを撫でた。
普通に過ごすはずだった今日、誕生日の日に病院で過ごすなんて物珍しい。
学校へ行って、さして友人もいるわけがなく、バイトをして帰る、殴られてから、死んだように眠る。
ループの連続だ。
「波津に…お前の叔父に殴られでもしたか?」
妙に真剣な顔で俺に問うお兄さんに俺は小さく頷いた。
「不安定な人だから、仕方がないと思う。別に死ぬほどじゃなかった」
重なっていく暴力は、俺にとっては日常に変わりつつあった。
「…お前の叔父はあるルートで金を借りてた。厄介なルートだ。それも俺の組のやつが借りたように見せかけやがった」
「普通の闇金、じゃないんですね」
闇金に普通もあったもんじゃないが叔父が何かしでかしたことはわかった。
「それとうちの組からお前名義で金を貸してる。」
…そうか、だから家に来たのか。
俺の名で金を借りるということは、俺が借りたも同然だ。
「厄介なルートで借りた金、お前名義で借りた金は、総額8000万利仕込みだ。もうここまで膨れ上がったらてめぇの命で落とし前つけさせようと思ったが、夜逃げってわけだ。」
「…8000万」
「そのうち4000万はあいつの保険金でなんとかなるが残り4000万は、どうにかしてもらわねーと困るな」
4000万など、そんな大金学生位の俺が持ち合わせているわけもない。それどころか家計は火の車だ。
「…働きます」
学校をやめれば、なんとか働く時間はできる。
「叔父が…迷惑をおかけしました。」
「いや……。なぁ、取引しねぇか?」
「…組長?」
俺より先に北谷さんが驚いた。
「学生が働いても稼げる額なんざ知れてる。その間だって利子は増え続ける、普通考えたら無謀ってわけだ」
組長、さんは、切れ長の鋭い目で俺を見た。吸い込まれそうなほど、綺麗な黒色だなぁと思わず見つめてしまう。
よくよく見れば、全体的に整っているのだ。
切れ長の目もそうだが、輪郭全てが整っている。どこかのモデルか何かと言われれば納得してしまうほどだ。
肩幅も広く、服の上からでも鍛えていることが手に取るようにわかった。
「あの、取引って」
「ああ、お前を4000万で買いたい。」
北谷さんが「は?」と山田さんが「おー!」と言った。俺はお二人のように反応できずポカンと口を開いたままだった。
「か、…買う?」
「ああ、俺はお前を買いたい4000万で、だけどお前は借金がある、4000万。俺は4000万払わないが、お前を手に入れる。そっちは借金が帳消しになるが俺の所有物になる。」
「それは…?」
つい混乱してしまい、首をかしげた。
これから仕事三昧で、俺の理想だった家庭菜園は無理かななんて思っていた頃に舞い込んできた、また理想とかけ離れた出来事。
「…ああ、わからねぇか。つまり…」
組長さんの手が俺の後頭部を支えて引き寄せた。途端、テレビや本でしか見たことのないことが今まさに自分に起こった。
キス、されてる?
脳内では理解したつもりだがどこかまだ混乱していた。
「ん…っふ…ぅ」
そろそろ息が苦しくなってきたと思って、組長さんの肩を軽く押すがすぐに掴まれてしまいもうどうしようもなくなった。
頭が…ぼうっと
「おいおいおいおいおい!!酸欠に追い込むな!」
「あ?今いいとこだったんだぞ」
「そいつ顔面蒼白!」
山田さんのおかげで息はできたが組長さんは不機嫌になってしまったみたいだ。
兎にも角にもどうやら組長さんは俺を買って、そういう…性的なことをしたいというわけだ。
「あの…俺男です」
「知ってる。波津冰澄、男、16いや、17歳、誕生日は今日、12月24日。高校は、西乃芽山学園、特待生で合格、授業料その他諸々免除…だろ?」
調べたのであればすごい情報網だ。
たかが高校生の情報、だからこそすぐ出たのかもしれない。
「俺と取引するか?」
きっと、すぐ捨てられるのだろうと確信した。本当は、ゆっくりと家庭菜園や、ああ、そうだシロの夕方の散歩とか、俺はバイトで行けてないから、変わらない日常をループしていたかった。
仕方がない。
「…メリットはないと思うんですけど。」
「大有りだな。まだお前は知らなくていいが…取引成立でいいな?」
「はい」
シロがくーんと鳴いた。俺は笑顔で心の中でいう「大丈夫だよ」そう、大丈夫。
「…北谷、あのアパート解約しとけ。それと片桐呼べ。」
「はい、かしこまりました。」
「…冰澄」
名前を呼ばれて顔を上げた。
「悪かったな。巻き込んで。」
組長さんはタバコを出しながら苦虫を噛み殺したような表情をした。確かにあの夜も、緊迫した表情だったが、今は本当に悩ましそうな表情をしている。
「あの」
「?」
「お名前は…?俺は波津冰澄です。改めましてよろしくお願いします。」
「…あ、あぁ、俺は東 政宗(アズママサムネ)だ。」
「よろしくお願いします」
東 政宗さん。なんだか名前までもが威厳があってかっこいい。俺とは正反対のタイプの方だ。
「北谷、マンションに生活用品類の手配しろ」
「西のマンションですか?」
「北で構わん。」
「…北ですか?」
「ああ、何か問題でもあるか?」
「いえ…了解しました。すぐ手配します。」
北谷さんはそう言うと一礼して部屋を出て行った。
入れ違いで、スキンヘッドの、片桐さんが息を切らしながら入ってきた。
「組長、お待たせしました。」
「ああ、冰澄、こいつは片桐だ。このなりだが…まぁ一番常識があるやつだ。」
「片桐さん…。初めまして波津冰澄です」
「あ、片桐四郎です。先日は失礼なことを…助けて頂きありがとうございました。」
呆気にとられた。深々とお辞儀をされたのだ。なんだか自分が悪いことをしてるような気分になる。
「こちらこそご迷惑をおかけしまして」
一礼して、小さく笑う。片桐さんは目を丸くした。
「組長、この子は本当に波津んとこの人間ですか?」
「今さら何言ってんだ。」
「いや…実に…まぁ…なんもありません」
「そうか、それより今日からお前はこいつに付け。」
「はい…は?」
片桐さんはまた目を丸くした。シロがくぁっとあくびをこぼす。マイペースだなぁ。
東さんは、そっけなく、片桐さんに事情短く説明する。話が進むにつれ片桐さんの表情は険しくなる一方で、東さんは顔色一つ変えずに淡々と話した。
「組長…囲うってことでいいんですね?」
「ああ」
「命かけてお守りします。」
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