どうしてこんな拍手喝采

ソラ

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バイト先から出て数分、俺は白い息を吐き出した。ビル風に頬を切られながら、帰路を歩いていた。呆然と、空を仰いだ。

波津 冰澄(ハツ ヒスミ)

16歳最後の夜、いつも通りだった。




家の鍵を開けて中に入る。まだ真っ暗なそこを怪訝に思いながら中に入った。
この時間にはもう叔父は帰ってきているはずだった。

電気をつけても誰もいない。
マフラーを取って、机の上を見た。不気味な白い封筒。束で置かれた大金に、俺は「…マジかよ」とつぶやいた。

白い封筒の中は手紙で、叔父さんの字で堂々夜逃げします。と書かれていた。

「…夜逃げって。」

急いで家を出た、出たところで叔父の姿はない。その代わり見慣れない高級な車があった。

「その様子じゃ、夜逃げか」

中から、住宅街に不釣り合いなイケメンが出てきた。俺より、30センチは高い。
俺が小さいだけなのかもしれない。
黒のスーツを着こなす、男の目を俺はぼんやりと見た。

いつもと変わらない誕生日のはずだった。なにせ、叔父はよからぬ仕事をしては俺に暴力を振るような人だから、祝われることもなく、ただ暴力のプレゼントを受けるだけだった。

「お前の、叔父、どこいった。」

低い声がぼんやり頭に流れる。

「おい!ちったぁ答えろ!嬲り殺されてぇのか!?」

黒いスーツの男の隣、スキンヘッドのサングラスのおじさんは大声で怒鳴った。
これでは、近所に迷惑だ。

「あの、中に、どうぞ」

ゆったりと家を指す、スキンヘッドのおじさんはぽかーんと俺を見た。

「…随分、状況が読めない女だな」

「あの、男です」

次は黒いスーツのお兄さんが面食らった顔をした。

ふわりと風が吹いて前髪がなびく、キラリと見慣れないものが見えた気がした。
目を細め、住宅街で一番高いマンションを見た。

「…あ」

小さく声をこぼしながら、黒いスーツのお兄さんとスキンヘッドのおじさんの腕を掴んでいきおいよく自分の方へ引いて自分の後ろに放り投げた。

「てめっ、なにす…」

大きな音は立てないで、俺の腹部を何かが貫通した。本当にこんなことあるんだなとぼんやり考えながら後ろに倒れていく。空をもう一度仰ぐ。また音を立てずに肩を貫通したのは、弾丸と呼ばれるものだろう。

「北谷ぃ!マンションだ!!」

スキンヘッドのおじさんが車の中の人に叫んだ。

「北谷だ!狙撃された!一番高いマンションだ!いいからさっさと行け!」

電話をしているお兄さんは北谷さんというのか。俺はドサリと倒れこんだ。といっても黒いスーツのお兄さんが支えてくれた。

「片桐だ、狙撃された。組長じゃねーよ。…北谷でもねぇ。ガキだ。ああ、そうだよ。波津のとこのガキだ。」

スキンヘッドのおじさんは片桐というのか、…叔父さんの知り合いかなぁ。

車の陰に隠れるように黒いスーツのお兄さんが俺を支える。

「おい、おい。」

頬を軽く叩かれて視線を黒いスーツのお兄さんに向けた。
なんだか体が重い。鉛とはこのことを言うのか。

「だからガキが組長助けたんだろォが!!」

片桐さん、は電話の向こうに怒鳴った。
組長、ってこのお兄さんのことかな。

叔父さん闇金にも手出してたのかな。

いつも通りの誕生日が、変わっていく、破天荒な人生だな。

「おい、聞こえるか?」

聞こえます、と言おうとしてもうまく口が動かなかった。とにかく聞こえてることを伝えようと俺の手の上にあった大きな手に指先を触れさせる。

「聞こえてるんだな?聞こえてたらもう一回触れ」

言われた通り、もう一度指先で手に触れる。
意外にも暖かくて驚いた。それに少し安心したせいか、涙腺が緩んだ。

「泣いとけ、いいな?絶対に寝るな。」

お兄さんの目を見たまま泣いていた。

「組長!!山田んとこの医者がいるらしいっす!!」

「運ぶぞ。ドア開けろ」

「っす」

流されるまま流されて車に乗せられる。

あーあ、明日もバイトあるのに。学校もあるのに。せっかくの音楽の授業が。折角17歳になるのに。

うとうとと、景色がぼやけてきた。それに気づいたお兄さんは俺の頬を摘んだ。

「目を閉じるな。寝るな。意識もて」

「組長、携帯酸素あります。」

「かせ」

よく病院でみる酸素マスクが目に入った。
ぼやけた視界は徐々に暗くなっていく。

そしたら、自分が今どこにいるのかわからなくなった。状況も読み込めない。頭の片隅には家に置いてきた犬だけだ。
きちんと今日ご飯をあげていない。

思い出して俺は力強くお兄さんの腕を握りしめた。

肩と腹部に激痛が来て、顔をしかめながら唸る。

「…それでいい。」

「組長、もうすぐです」

ひたすら唸りながら俺はお兄さんの腕を握り続けた。
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