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「……見た?」
「…………、」
「正直に!」
「…………見た。」
「そっか、」

 そっぽを向いて、声をかみつぶした僕。
 アキラは口に手を当てて、造った明るさで笑って見せた。
 そんなアキラ、見たことが無かった。

 緊張と罪悪感。焦燥と混乱。
 押し寄せる感情の波に、吐き出さないよう両手を充てた。押しつけた。
 とうに呑み込んだハズの林檎飴が、腹の中でのたうち回っているようだった。

 必死でこらえる僕に、アキラはこめかみを掻く。
 やがてわざとらしく深呼吸をしてみせると、口を開いた。

「……気にすんなよな。いつかは、どうせ言うし」

 両手を充てたまま、物言えぬ僕はうなずく。
 今はアキラの番だ。
 うねりを上げてこみ上げてくる疑問や感情の数々を、必死でとどめ続けた。

「ホラ、中学はスカートだろ? 秋には修学旅行もあるし、」

 そうだ。確かにそうだ。どのみち彼女は、彼を捨てる覚悟を決めていたんだ。

「――ただその……なんつーの。怖かった……的な?」

 ソレを聴いた途端、手は決壊した。

「なんで?」

 瞳孔が開いた。開ききっていた。突き刺すように向けた視線は、脅しているようにも感じた。陽炎を飛ばすほどに強めた語気で、僕はアキラに、"彼女" に一歩、近づいた。

「……え、」

 たじろぐ彼女、僕はまた一歩近づく。

「いや、だって――」

 うろたえる彼女、最期の一歩を踏み潰す。
「う――"、」

 逃がさない。
 行き場を失い空を切る褐色を、折れる勢いで握り締めた。

「あ"!」

 弱く、痛々しい声が漏れる。知ったことか。今それどころじゃ無いんだ!

「なんで。」

 もう一度、今度は睨まず、凄まず、脅さず。けれど決して離さず。僕は彼女の目を見つめた。

「うぅ、うぅ……う"う"う"う"ぅ"ぅ」

 アキラは決壊した。アーモンドをグシャグシャに歪めて、下唇を思い切り噛みしめた。裾を二、三度握りしめて、伸ばして。
 最期にもう一度、鼻で深呼吸をして。
 ようやく僕を見た。強く、睨んで、口を開いた。

「怖いに――怖いに決まってんだろ!! 毎日毎日ポニーテールポニーテール。やれ給食の食い方がどうしただのペンの持ち方がなんだの……ッキモいんだよ!! …………男なら、同性なら! 一番近くに居れるとッ、想ったんだよ! 悪いか!!」

 彼女は大声で戦慄いた。
 初めて聴く強さの声に、普段のどこか抜けた男の高さは、一ミリとして遺らなかった。
 ただ激情に震える、悲痛にのたうつ、少女の号哭だけがそこにはあった。

「ご、ゴメン……」
「やだ。ぜっだいゆるざん"……」
「ど、どうすれば良い?」

 苦し紛れの提案、前で掴んだ袖。肩を縮ませる男を、彼女は潤ませた細めた目で睨む。
 下を向くこと一秒、ほんの僅かに唇を舐めた。

「……好き?」
「え、?」
「オレのコト、」
「そ、そりゃモチロン……だいたい嫌いなヤツとこんな――

「好き?」

 強かった。
 恐ろしかった。
 こしゃくな逃げなど絶対に許さない。僕はその声を知っていた。そりゃそうだ。さっき出したばかりなんだから。

「す……すき。」
「んふ!」

 聴いたことのない笑い声に前を向く。
 見たことの無い垂れ方をした目尻と、上がり方をした口角。僕は即座に下を向いた。
「ホントにすき?」
「、ホントに好き」
「だいすき?」
「だいすき」

「アイツとどっち?」
「…………あ、えっ、アイツ?」

 誰か解らなかった。
 "アイツ" がじゃない。
 隣同士、あんなに仲良くしていた子をアイツと呼ぶ、目の前の少女が解らなかった。
 もう一度前を向く。
 今度は手で隠して、指の隙間から覗く。
 しかし、そこに少女はいなかった。
 眉を落とし、不安に口を結ぶ、悪友の顔だけがソコにあった。
 横髪をいじり、合わない僕の目を探して、おろおろと顔を動かしていた。
 ズルいぞ!と、思わず喉が振りかぶった。

「アキラだよ! アキラ! そんな顔しないでくれ!」 

 指示を無視して投げた。
 一人混ざってきた弟に、下から投げるようだった。
 直ぐに戻ってしまうと言うのに。もうやけくそだった。

「ふ、ふっ。ふふ! 」

 開けた視界の中、またしても少女が現れた。
 あふれ出す歪んだ笑いを、破裂しないよう少しずつガス抜きするような。ひっくりかえる高温。止まらない手足。揺れる視線。病人にすら見えた。

「……じゃ、そろそろ」
「?、どうしたの」
「いや、オレ、おしっこ……」

 だんだんと赤らんだ頬、丸めた両手は口を隠す。徐々に弱まっていく。声が、喉の奥に隠れていく。

「、っご、ゴメン!」

 羞恥にもだえる彼女の顔に、僕は慌てて後ろを向いた。

「い、いいよ。」

 向けた背中に声が置かれる。決して、投げつけられることは無い。
 壊れそうな優しさに、僕はようやく気付いた。
 背中の向こう。もうすでに、あの粗野で快活な悪友は、跡形も無く溶けてしまったのだと。

 布がうちそよめく。靴がコンクリートを擦る。小さな鼻息が続く。
 何てことない。何ともない。言い聞かせれども耳が向かう。止まらない。空っぽの箱の中、徐々に林檎が実ってしまう。

 なんて単純で、薄情で、適当なヤツなんだと。我ながら拳が震えた。
 けれどそんな小さなプライドは、次の瞬間、跡形も無く踏み潰された。


「……見る?」
 
 背中に、声が置かれた。
 音色も、高さも変わらないハズなのに。声はいつまでも反響した。

 震えだす口を必死に押さえて。僕は声を出した。

「……みる、」


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ココまで読んでくれてありがとうございます。続きは明日!
※次回から R-18 です。ご確認ください。

読みづらい! つまらない! モヤモヤする! 様々な意見をお願いします。目です。とにかく目が足りません。皆様のキレイな目をお貸しくださると、幸いです。
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