VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野 佑

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第5章

第5章58幕 帰郷<homecoming>

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 『無犯都市 カルミナ』を通り抜ける際、レクレールに遭遇するということもありましたが他に大きなイベントなく私達は『無犯都市 カルミナ』を出ました。
 「来た時より、随分体が軽いし、景色もいいな」
 サツキの言う通りで、景色の色合いもさらに豊かになり、ここ数日見ていたものが全て夢だったのではないか、と錯覚してしまうほどでした。
 「あのおどろおどろしいのも実は嫌いじゃなかったりー」
 「心臓つよいね」
 ステイシーはまぁどっちでもいいみたいですね。
 「おっと、ポータルから誰か来るようだ」
 サツキが転移門の方を指さしながら言いました。
 その声を聴いた私達もそちらへ視線を向けます。
 「おっ。チェリー久しぶり」
 「てれさなさん! 久しぶり」
 てれさなが一人でやってきたようでした。
 「一人なの?」
 「いや。待ち合わせ」
 「もしかしてもこちねるさんと?」
 「あたり」
 もこちねるが一人だったのを多少疑問に思ってはいたのですが、これで納得できました。
 「現実世界のほうでやることあって遅れた。これから戻るの?」
 「うん。もこちねるさんならこの先の都市を抜けて、もっと行ったところの火山洞窟を抜けた先の都市にいるとおもうよ」
 「そっか。ありがと。またね」
 「またね」
 私達の横をするっと通っていくてれさなを見送り、私達は転移門に触れ、転移しました。

 「はぁー。何かどっと疲れたよー」
 「わかる。あたしもなんかこう急に疲労が」
 やはり長くいると何か弊害でもあるのでしょうか。私もこちらに戻って来て突然身体が重くなった気がします。
 「向こうでは補正が掛かっていたからではないだろうか。おそらく性向度マイナス1000の人が受ける恩恵を受けていたと考えられる」
 そういうサツキも少し服を重そうに着ています。
 「あれね。宇宙飛行士、が帰って来て、ツライって」
 「そうかも」
 プチ宇宙飛行士気分を味わいながらも私達はホームのある『騎士国家 ヨルデン』に帰るため、一度『精霊都市 エレスティアナ』へと向かいます。
 二度転移しなければいけないのは手間ですが、しかたありません。

 二度目の転移で『騎士国家 ヨルデン』のホーム前まで戻ってきた私達は、溜まった疲労を解消すべく、お風呂に入ることにしました。
 「うーん。ここのお風呂もいいけどもうちょっと豪華なお風呂がいいな」
 エルマがぽつりと呟いた言葉で私は閃きます。
 「王城のお風呂行っちゃう?」
 「さんせーい!」
 「僕はここでいいやー。女の子だけで行っておいでー」
 「なぁに気にすることはない。ステイシーだってあれだけ可愛くなれるんだ。一緒にくるかい?」
 「それで行くわけないよねー?」
 ははは、と笑いながら私達はホームに立ち寄り、入浴道具だけを持って王城へと向かいます。

 顔パスで通れるので、軽く衛兵に挨拶をし、王城内部へと入った私達は浴場のある場所までわき目も振らず歩いていきます。
 女給や執事、交渉に来た商人や貴族などともすれ違いざまに挨拶を交わしつつ歩くとすぐに大浴場まで到着します。
 「ところで、ワタシ達もご一緒して大丈夫だったんだろうか」
 「大丈夫だよ。たぶん」
 脱衣所に入り、装備を解除しているとサツキから不安そうな声が聞こえてきますが、適当に返し、私は浴場の扉をガラッと開けます。
 「チェリー様。エルマ様。マオ様。サツキ様。お疲れ様でございます。湯浴みの準備できております」
 そこには数人の女給が立っており、私達の入浴を歓迎してく入れました。

 女給にされるがまま私はシャカシャカと身体を洗われ、湯船にポイされます。
 これですよこれ! さいっこうですね!
 私が心の中で叫びながら湯船の縁に頭をのせていると、この浴場を初めて使用するサツキの困惑した顔が目に入ります。
 ふっ。この素晴らしさを知ってしまったら、キミはもう戻れないよ、サツキ。
 そう心の中だけで言葉を発し、私は一人ニヤニヤします。

 湯船から頭を出していると先ほど身体を洗ってくれた女給が私の頭を洗い始めました。
 「私達が来るって知って準備してくれたんですか?」
 「ええ。国王様とのお約束ですから。痒い所はないですか?」
 「あっ。そこ! あー」
 人間気持ちいいと語彙力が消失しますね。

 程よく身体も温まり、疲れも取れたので上がることにします。
 「先に上がるね」
 「マオも、あがるわ。のぼせ、ちゃいそうよ」
 「あぁ。ワタシはもうしばらくここにいたい、そんな気分だ」
 スライムみたいにぐったりしているサツキと完全に寝始めたエルマを置いて私とマオは浴場を後にしました。

 脱衣所で装備を着用した後に、ふと最近ずっと同じメイド服ばかりをアバター表示していたので少し飽きてきたと感じてしまいました。
 適当にインベントリに放り込んである変装用の私服を取り出し、そちらをアバター表示します。
 「メイド服じゃ、ないのね」
 「ちょっと飽きちゃった」
 「お買い物、いく?」
 「行きたいかも」
 「きまり、ね。ふふっ」
 やべぇ。マオ可愛い。まぁ知ってましたけど。

 マオも新しい洋服が欲しいとのことで一緒にお買い物をするためメインストリートまでやってきました。
 「そう言えばマオはアバター表示のアクセサリー持ってないよね?」
 「ないわ。どこに、売ってる、の?」
 「市場かな。後はたぶんプレイヤーの経営する洋服屋さんになら置いてあると思うよ」
 「欲しい、わ」
 しばらくメインストリートを歩き、お店を見つけます。
 「んーと。あそこ有名なお店らしいよ」
 掲示板に書き込まれていた有名店を見つけ、入店します。
 「いらっしゃいませぇ。『仕立屋 ふるりら』へようこそぉ」
 誰かが声をあげると、他の従業員も声をあげます。
 「わぁ。可愛いのね」
 心なしかマオの目がキラキラしているように感じます。
 「アバター表示のアクセサリーありますか?」
 「はぁい。ございますよぉ。すぐお持ち致しますねぇ」
 一番近くにいた従業員に声をかけるとぽてぽて走って取りに行ってくれました。
 折角ですし、マオにプレゼントしちゃいましょうか。
 「お待たせしましたぁ。こちらが〔ヴィジュアル・オーヴァーライト〕ですねぇ。指輪からブレスレット、ネックレス、ピアス、髪飾りなどなど、幅広くご用意してございますよぉ」
 「あっ! これ可愛い!」
 私はそう言ってネックレスを手に取ります。
 「猫ちゃんのトップいいですよねぇ。私の自信作なんですぅ」
 「えっ? あなたが作ったんですか?」
 「はぁい。申し遅れましたぁ。私『仕立屋 ふるりら』オーナーのぉ、ふるりらと申しますぅ」
 従業員かと思ったらオーナーさんだったようです。
 「チェリーです。あの子は愛猫姫です」
 「名前に猫ちゃん入っているんですねぇ。可愛くていいですぅ。こちらプレゼントですかぁ?」
 「はい。一応そのつもりでいます」
 「ならサプライズしちゃいましょぉ」
 そういったふるりらが猫のネックレスをくるくると指に巻き付け、ふっと息を吹きかけました。
 するとポンッという音とともに、ネックレスが猫へと変身しました。
 「わっ! すごい」
 「うふ。≪手品≫のスキルですぅ」
 猫へと変身したネックレスがマオの足元へと歩いていきにゃぁんと頬をスリスリします。
 「あら。可愛いわ」
 そう言ってマオはしゃがみこみ、猫を触ります。
 現実でも猫を飼っていると言っていたので、なかなか上手に撫でていました。
 しばらく猫と戯れるマオを見ていると、猫がぴょんとマオの肩に乗り、頬にスリスリし始めます。
 「うふふ」
 するとポンッと音を立てて、マオの首にきらりと光るネックレスが装備されました。
 「これで、ずっと、一緒ね」
 そう言って笑うマオは今日一番可愛かったです。

 『仕立屋 ふるりら』には様々な洋服が売られていました。
 私の目に留まったのはクラシッカル・ロリータのドレスが置いてある一角でした。
 そちらの棚へ近づき、眺めていると、とても好みのものがあったので手に取ります。
 「それ可愛いですよねぇ。染色もできますよぉ」
 「ありがとうございます。可愛いですね」
 全体は濃い青のドレスですが、スカートが二枚になっていて、一枚目のテールロングスカートの正面から二枚目の白いスカートが覗くのがとても可愛く見えました。首元に軽めのリボンが付いていてそれが全体を引き締めるようで、私は購入を決めました。
 「これにします」
 「ありがとうございますぅ。染色は如何しますかぁ?」
 「おすすめのカラーとかありますか?」
 「そうですねぇ。チェリーさんならやはり桃色なんてどうでしょう?」
 「可愛いですね。でも似合いますかね?」
 「必ず似合いますよぉ。もし気に入らなければ染色のしなおしも無料で致しますぅ」
 「ではお願いします」
 「かしこまりましたぁ。5分少々お待ちくださいねぇ」
 そう言って服を持ってふるりらは裏へ消えていきました。

 その間マオも自分の洋服を選んでいたようでした。
 今まではアバター装備ができなかったので、武器の見た目とあまり合わない服でしたが、アバターになるならと、武器にも合うものを探していたようです。
 「チェリー。これ、どう、かしら?」
 「可愛い!」
 マオが手に持ち、あてがっていたのは和風のドレスのように見えます。下部分がふんわりと膨らみ、全体に猫などの動物が刺繍されています。
 「扇子っていう武器にも合うし、いいよ」
 「チェリー、それ面白い、わ」
 ふふと笑いながら、カウンターまで持って行きました。

 「おまたせいたしましたぁ。こちらチェリーさんのですね。マオさん染色はしますかぁ?」
 「このままで、いいわ」
 「かしこまりましたぁ。では他に何か買う物はおありですかぁ?」
 「私はないです」
 「マオもないわ」
 「ではお会計しますねぇ」
 マオの〔ヴィジュアル・オーヴァーライト〕と私の服を合わせて300万金でした。
 「〔ヴィジュアル・オーヴァーライト〕って相場下がったんですか?」
 「そうなんですぅ。スキルで生成できるのが判明したんですよぉ」
 「そうなんですね」
 大体十分の一程度まで下がったとふるりらは言っていました。

 「着て帰りますかぁ?」
 「そうします」
 「マオも、そうする、わ」
 マオに〔ヴィジュアル・オーヴァーライト〕の使い方をふるりらが教えている間に私はアバターとして購入した服を設定します。
 「やっぱりよくお似合いですねぇ」
 「そうですか?」
 私はそのまま歩いて鏡を見ます。
 あっ。思ったより似合ってない。
 メイド服を着用し続けていたせいでしょうか。
 「可愛いわ」
 マオからもそう言われ、もしかして似合うのかな? などと思いながらもしばらくはこれを着て過ごしてみようと思います。
 その間マオも使い方をマスターしたようで、服装を変えていました。
 「どう、かしら?」
 「超似合ってる」
 「ふふ、ありがと」
 「あっ。チェリーさん。このおリボン付きのヒールシューズはいかがですかぁ?」
 「あっ好き。めっちゃ好き」
 「こちら差し上げますよぉ」
 「いいんですかっ?」
 突然の申し出にびっくりして聞き返してしまいました。
 「はぁい。チェリーさんのお店にはお世話になっていますからぁ」
 「あっ。もしかして『セーラム ヨルデン支店』に?」
 「はぁい。大助かりですぅ」

 そう言えば私の知らぬ間に『セーラム』が『騎士国家 ヨルデン』に進出していたんですよね。国王の力だと思いますが。どうやって連絡したのか分かりませんが、『精霊都市 エレスティアナ』でお世話になったクルミが物流部門長という役職を得て、生き生きと働いていることをこないだ聞きました。
 支店長はやはり、ラビでした。
 従業員としてシドニーもついてきてくれたみたいです。
 色々な人の力が集まり『セーラム ヨルデン支部』がオープンしてしまったのですが、私がそれを知ったのは、オープンから一週間以上経った後でした。
 しかし、私が『花の街 ヴァンヘイデン』に戻ることなく、『セーラム』の商品が確認できるので結構嬉しかったりします。

 「最近顔出してないから、あとで行ってこようかな?」
 「是非そうしてあげてくださぁい。シドニーさんが寂しそうにしていましたよぉ」
 「ありがとうございます」
 そして私は受け取った靴をアバターとして登録しました。
 「ではまたいらしてくださぁい」
 「はい。また来ます」
 「また、くるわね」
 ふるりらに手を振りながら、私達は『仕立屋 ふるりら』を後にしました。

 「ちょっと『セーラム』に寄っていい?」
 「いいわ」
 ここからそう遠くない場所なので、新しい服の着心地を確かめながら歩いていきます。
                                      to be continued...
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