VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野 佑

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第5章

第5章49幕 粘性<viscosity>

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 「待ちやがれっ! うぅっ!?」
 声を出すために息を吸い込んだクーリが突然胸を押さえて苦しみ始めます。
 「吸わないで」
 「息を止めて!」
 空蝉とステイシーが大声を出します。
 二人は大丈夫のようです。
 空蝉はマスクの効果、ステイシーはデバフ打ち消しのアクセサリーの効果で防いだのかもしれません。
 私は紫色の空気はやばい予感しかしなかったのですぐに息を止めていたのでセーフです。
 「他に吸ったのは?」
 「すまない、風下で少し吸ってしまった」
 「あたしも」
 サツキとエルマの二人が風下側に立っていたので少し吸い込んでしまったようです。
 しかし、大きく吸い込んだクーリほど酷い状況ではなさそうです。
 そちらの治療をステイシーに任せ、私はクーリの治療を行います。
 「≪オーヴァー・キュア≫」
 状態異常を治療できるスキルを発動しますが、一向に顔色が良くなりません。
 それどころかみるみる呼吸が浅くなり、今にでも止まってしまいそうです。
 「いや……。無理だ……。神経……」
 そしてクーリはそう言い残しデスペナルティーになってしまいました。

 「駄目だー。こっちも治療できない」
 「一度宿屋に連れて言って休ませよ。スキルじゃ治らない物かもしれないよ」
 マンチカンの提案を聞き、私はサツキを抱きかかえます。
 「よっしょ」
 「おい」
 「ん?」
 「ふっ……何でもない。すまないね」
 「気にしないで」
 エルマはマンチカンにお米様抱っこされていました。

 「どうしたんですか!?」
 宿泊客が突然、二人のぐったりした女性を抱えて運んでくれば流石の宿屋NPCでも驚きは隠せないようです。
 余談ですが、このゲームの宿屋NPCは精神力が尋常ではなく、宿泊客が≪部位欠損≫して帰って来ても、平然としています。
 なぜ≪部位欠損≫で驚かないのに、抱っこしているくらいで驚くのかは分かりませんが。
 「すごい顔色の悪さ……」
 あっ。そっちね。
 確かに、エルマとサツキの顔はみるみる白くなっていき、今は牛乳と比べても分からないほど白くなっています。
 「ちょっとね……色々……」
 「サツキしゃべらないで」
 「ごめんよ……」
 事情を説明している暇がないので、とりあえず私の部屋に担ぎ込み、布団に放り込みます。
 「助かる……幾分か……楽だ」
 「死にそう……ツライ……苦しい……」
 うわ言のようにぶつぶつ呟く二人をこのままにしておくわけにはいかないので、マオを回収し、ここで看護させることにしました。
 その護衛として鶏骨ちゅぱ太郎を残し、私とステイシー、マンチカンと空蝉とベルガは宿屋を出ます。

 「どうしよう。なんだかんだ9人もいた戦力が5人に……あっ。犬面の本物は?」
 「すでにデスペナルティーかな。しかも犬面は罪人判定されていてね。しばらく戻ってこれないはずだよ。というか、私達のメンバーは私と空蝉を除いてみんな罪人判定だけどね」
 そう言えば性向度マイナスの盗賊集団でしたね。
 「とりあえず、この5人で行動する方がよさそうですね。あまり分散させてはいけない気がします」
 ベルガがそう提案をしたこともあり、私達は一緒に行動することになりました。

 「チェリー≪探知≫に掛かかったかな?」
 「いや。全然」
 マンチカンにそう聞かれ、私は答えを返します。
 「≪隠蔽≫か≪隠形≫か……どちらにしろ高すぎ」
 空蝉も≪索敵≫系スキルで怪しい部分を見ているようですが、痕跡すら見つかりません。
 「僕の≪広域探知≫でもだめー」
 「僕の≪残香≫でも駄目です」
 つまり、マンチカン以外の4人が各々別のスキルで探しているが見つからないということです。
 さすがにこれはかくれんぼに強すぎですね。
 エルマだったらすぐ見つけられたのに……。
 私はここにいないエルマの顔を思い浮かべながら、文句を心の中で言いました。

 「まずは一人でもはぐれないようにすることでしょうか」
 そう言ってベルガが長い縄をインベントリから取り出します。
 「いえ。縛られる方が好きです」
 なんも言ってねぇよ。
 その縄で全員の腰辺りを繋ぎます。
 「ふぅーふぅー」
 自分一人だけ、マンチカンにきつく締めてもらったベルガは放っておきましょう。
 「これで突然成りすまされても大丈夫かな。とりあえずこのまま探そうよ」
 マンチカンが先頭を歩いていて、そう言いながら、家の角を曲がります。
 縄で繋がっているため、私達もそちらに曲がっていきます。
 「あっふ!」
 無視無視。

 「信じられない」
 私の前を歩いていたマンチカンと空蝉が地面を見ながら言いました。
 私も少し横に頭をひょこと出し、そちらを確認します。
 するとそこには、地面が大きな穴を開け、その縁はどろどろに液状化し、地下通路へと滴り落ちていました。
 「まずい!」
 「まずい」
 私と空蝉は察してしまったのですぐに飛び降ります。
 縄で繋がれたマンチカン、ベルガ、ステイシーも一緒にですが。
 「ぐあっ!」
 「いたー」
 「一言欲しかったよ」
 着地に失敗した三人からの声に返す余裕はなかったので、そのまま空蝉と走り出します。

 目の前の壁も液状化し、一直線の道が形成されていたので、そちらに入り、追いかけます。
 「まってー。これ罠かもー」
 ステイシーが後ろからそう声をかけてきます。
 「罠でもこれは行かないといけませんね。すでにこのトンネルに入ったことは知られています。となるととる行動は……」
 「塞ぐ」
 ベルガのセリフの一番おいしい所を空蝉が奪います。
 概ねその通りでしょう。
 閉鎖空間に閉じ込めるのは有効な手段です。
 酸素不足による≪酸欠≫や直線状に油を撒いておき燃やす。
 これだけで人数の差を覆せます。
 「いざとなったら転移するしかないかー」
 ステイシーが呟いたその声に返事をしたのは先ほど聞いた、誰かの声でした。
 「それもいいですねぇ! 転移! そういうの大好きです! ≪ポイジェネイド・フィールディング・コリドー≫」
 初めて耳にした魔法名と足元に伝ってくる粘度のある液体に背筋がゾッとします。
 「ではでは! 制限時間1時間! ここから脱出してください! いやー! こういうの大好きです! ではスタート! ≪ファースト・ポイジェネイド≫」
 「どういうことですか?」
 ベルガがそう問うと、返事が返ってきます。
 「ですからこのトンネルから逃げ出してください! 手段は問いませんよ! 一時間後に〔龍の恵〕を持つ御爺さんはこの世界から消えます! こういうの大好きなんです! ≪テレパス・マイ・アイズ≫」
 何者かは視覚を強制的に同調させるスキルで、自分の視界を見せてきました。
 そしてそこにいたのは、枠の中にぎゅうぎゅうに詰め込まれたNPCでした。その周りは今私達が踏んでいる粘性の液体でヌルヌルしています。
 「状況がわかりましたか! ではお願いします!」
 ブツンと≪感覚同調≫系スキルの切断時に感じる違和感を感じました。
 すると私達の視界は自分の元へ帰ってきました。
 「いう通りにするしかないねー」
 「そうだよね。何とか脱出しないと」
 ステイシーと私がそう話すと、空蝉達も似たような会話をしていました。
 「とりあえず、この粘液を見てね。いくよ」
 マンチカンが縄の端っこをポイと投げ捨て、地面の粘液に浸すと、ジュワと一瞬で縄が消滅しました。
 「どういう理屈か分からないけど、私達の足はまだ溶けてないよ。一時間したら溶けるかも」
 「その可能性は高い。脱出手段を考えるべき」
 「ちょっと溶けてみたいですね」
 ベルガは性癖を押さえてください。あとあなた変態一派だったんですね。

 「駄目だー。≪テレポート≫できないー」
 「≪テレポート≫はダメだけど他の魔法が使えるね。気分は多少楽かな」
 ステイシーとともに発動可能なスキルを調べていると、背後からマンチカンの声が聞こえました。
 「駄目か。壊せない」
 私達は魔法系スキルでの脱出を、マンチカンは物理系スキルで物理的にトンネルを破壊するつもりのようです。
 「こっちもだめだった」
 「こっちもだよ」
 そう二人でおでこをくっつけあい、落胆を表します。
 『どこまで聞かれてるか分からないからさ。手短に話すね』
 『なに?』
 『この毒に触れない様に、氷で足場を作るのはどう?』
 『悪くない案だと思うけど、うまくいくかな?』
 『やってみてよ』
 『分かった』
 短い時間、ひそひそ声で話した私とマンチカンでしたが、粘液のようなこれを凍らせるには少し工夫が必要そうですね。
 私はインベントリの中に入れてある、【ブリザードブーツ】を着用します。
 久々に履くとひんやりしていて気持ちいいですね。
 「≪フリーズ≫」
 そして地面を伝う粘液を凍らせました。
                                      to be continued...
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