VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野 佑

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第5章

第5章43幕 避難所<shelter>

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 先ほど老人と別れた場所まで戻ってきた私とサツキは、そこまでの移動中にNPCとすれ違ってはいない事を話していました。
 「いくらNPCが殺されたとはいえ、ここまで会わないというのは不思議じゃないかい?」
 「そうかな? だって殺されるかもしれないのにわざわざ家から出てくる?」
 「いや。出ないだろうね。でも家にもいなそうなんだ」
 そう言ってサツキが現実で言う所のアパートのような建物を指さします。
 「この時間になっているのに電気がどこもついていない。これだけでおかしいと思うけどね」
 「うーん。あっ。灯りを点けたらいるのが分かっちゃうから点けていないとか?」
 「その線もあるだろうね。≪追跡≫の準備ができたよ」
 普段着ている赤い毛皮のコートを脱ぎ、黒いロングコートを着用したサツキがそう言います。
 「じゃぁお願い」
 「あぁ。任せてくれ。≪追跡≫」
 サツキが≪追跡≫を発動すると、全身に黒いもやのようなものが発生し、その靄が地面に広がっていきます。
 そして老人の足跡と杖の後を浮かび上がらせます。
 「よしこっちだな」
 サツキがゆっくりと歩き出したので私も後を追います。

 「うーん。だめだ。ここから先は足跡が残っていないようだ。すまないワタシのスキルレベルではここが限界のようだ」
 そう言ってサツキが≪追跡≫を解除し、いつものコートを格好良く羽織ります。
 「どうやって探そうか。≪探知≫系を使って不動のパーティーに見つかるのは嫌だよね」
 「そうだなー。範囲を絞ることはできないのかい?」
 「範囲を絞るには≪効果減少≫か≪狭域探知プラント・サーチ≫が無いと……」
 「ふむ。じゃぁ仕方ないね。足を使うしかないだろう。昔の刑事は皆そうしたらしい」
 何時から私達刑事になったんだろう。
 「仕方ないよね。がんばろう」

 何軒も家を回り、老人を探します。
 しかし、明らかに人の気配がする家に声をかけても誰も応えは返してくれませんでした。
 こういう時にマナの悪いプレイヤーのせいで……と文句が言いたくなってしまいますが、文句ばかり言っていても仕方がないので、とりあえず足を動かします。

 「これでこの区画は最後か」
 「そうだね。次はあっちの区画に行ってみようか」
 私がそう言って指をさすために振り向くと、目にちらちらと灯りのようなものが飛び込んできます。
 「あれは……」
 気付いた私はサツキの手を取って歩き出しました。

 「警戒をしていたものですみません」
 先ほどの老人が家から出てきて、こちらに向かって灯りで知らせてくれていた様です。
 「いえ。構いません」
 「顔見知り以外は無視とこの区画の者たちには告げていたもので。ささ。上がってください。大したもてなしはできませんが、外よりは安全ですので」
 老人に案内され私達は家にあげてもらいました。

 「そちらに座ってください」
 「おい! 区長! そいつらはあいつらの仲間じゃねぇのか!?」
 どこからか現れた青年が私達に包丁を向けながら、大声で騒ぎます。
 「静かにしなさい。聞かれていたらどうするのですか。ふぅ。仕方ありません。お二方、お手数ですが、もう一度ついて来てくれますか?」
 「はい」
 「ああ。構わない」
 「ありがとうございます。ではこちらです」
 立ち上がった老人は家の最奥まで歩いていき、床の扉を開けました。
 するとそこには階段があり、地下へと通じているようでした。
 「驚きましたか? この都市は暴龍や狂龍が出ますので、区長の家の下は広大な避難所になっているのです」
 説明しながら下りていく老人の話を聞いて納得しました。
 「だから外に人が全然いなかったんですね。これは誰の命令なんですか?」
 都市の長などがいるのならその人でしょうが、どうも違うような気がしているので聞きました。
 「私の独断です。元よりこの都市には決まった統治者がいるわけではなく、区画の代表同士が集まり、物事を決めているので誰が都市の長というわけでもないのです」
 なるほど。長はおらず、複数の区長で管理していると。
 「幸い私の区画はほとんど被害にあわず皆を避難させることができました。地下避難所は全ての区画をつなぐ通路がありますので、若い衆に他の区画の様子見をさせたのですが、まともに避難できたのは私の区画だけのようです」
 「それは……なんというか……。すまない。ワタシ達がもっと早く来ることができれば少しは変わっていたかもしれないな」
 サツキもショックを受けているらしく、天井を見ながらそう言っていました。

 「皆さん、聞いてもらえるでしょうか」
 階段を降り切った老人はすぐに声を上げます。
 「先ほど私はとある外の人達に、悪魔の集団を追い払ってくだいとお願いをして参りました。紹介させてください」
 そう言って老人は私達を招きます。
 「こちらの方々が悪魔討伐の為に奮起してくださった正義の使者様です」
 性向度今マイナスですけどね。
 「信用できるんだろうな!?」とか「仲間だったらどうするんだ!」とか声が聞こえてきます。無理もありませんね。私が同じ立場だったらそう思うでしょうし。
 「皆さんの不安も分かります。ですが先ほど彼女達の仲間が他に6名居りました。しかし彼女たちは私に害をなすことなく、お願いを聞いてくれました。これだけで信じるに値すると私は思います」
 「ちょっといいだろうか」
 サツキが一歩踏み出して、そう声を上げます。
 「ワタシはサツキという。まぁしがない旅人なんだけれどね。ワタシ達は偶然この都市に来ただけの、いうなればよそ者だ。信用できない気持ちは十分にわかる。だから信用しろ、とは言わないし、それを求めない。それでも、待っていてくれないだろうか。必ずここにいるみんなが、日の光を浴びて歩くことができる未来を、かならじゅ……必ず取り戻すと」
 直後、空気を割るかのような音量の拍手が響きます。なかなかいい演説でした。
 噛まなければ最高にかっこよかったよ。
 そしてサツキが私の方を向いて手をクイクイと前に突き出します。
 はっ? 私にも演説しろと?
 顔でそう訴えかけると、サツキはニコッと笑いウィンクをしました。
 いいでしょう。見せてあげますよ。大学の授業でどこかの企業の社長がしていた演説を睡眠聴取していた私の本気を。
 「私はチェリーです。えー。とにかくがんばりまし……ます」
 避難所の空気が凍ります。
 あれ? 私いつの間に氷属性魔法を無詠唱で発動できるようになりましたっけ?
 そう考えているとまばらな拍手が聞こえてきます。
 「では皆さん不安でしょうが、待ちましょう。明るい未来を信じて」
 そう老人が言って締めてくれました。

 「おう! サツキさん! 飲んでるか?」
 先ほど老人の家で突っかかって来た青年がサツキのグラスに酒をドボドボと注ぎます。
 「あぁ。だがこの一杯だけにしてくれ。このあとまだやることが残っているからね」
 「おおっとそりゃすまねぇな! よろしく頼むぜ!」
 そう言って青年は去っていきました。
 ちなみに私の周りには誰もおらず、完全に空気と同一化しています。
 「チェリー。あまり拗ねないでくれ。皆には内緒にしておこう。でも意外だったな。チェリーが絵意外に苦手なものがあるなんて」
 「ちょっとまて。どこでそれをしった?」
 突然、絵のことに触れられたことに驚き、語気が強くなってしまいました。
 「エルマがここだけの話、と言って広めていたが?」
 「それをさ。本人にいったら駄目だよね?」
 「おや。それもそうだね。失礼。忘れてくれ」
 「忘れられるわけないよね?」

 ある程度辺りも落ち着き、老人としっかり話す場が設けられました。
 「すいません。このような宴に巻き込んでしまって」
 「気にすることはない。ワタシは嫌いじゃないんでね。〔龍の恵〕について知ってることを聞かせてもらえないだろうか」
 サツキが本題に入ります。
 すると老人がピクリと眉を動かし、サツキを睨みます。
 「その名をどこで聞いたんですか?」
 「友人がこの都市での依頼をこなし、その報酬でもらった地図にそのようなことが書いてあったそうです」
 石碑のことは隠すつもりですね。
 「ほう。由々しき事ですね。ガリザさん」
 「はい」
 老人がガリザと呼ぶとすぐに女性がそばにやってきます。
 「案内所が契約違反をした可能性があります。早急に確認をお願いします」
 「はっ」
 ガリザという女性はすぐに走り出し消えていきました。
 「そんなに貴重な情報なのだとしたら安易に発言して悪かった」
 ちょっとまずいですよね。実際は表の石碑に書いてあった事なのですが、依頼でとなると案内所に濡れ衣が……。
 「仲間から聞いた話だから齟齬があったらすまない」
 ナイス逃げ道! こういう逃げ道を用意するのは大事です。
 「いえ。ですが〔龍の恵〕は私達にとって、命よりも大切なものなのです」
 『龍恵都市 ドラグニア』ですもんね。
 「良かったら詳しく聞かせて欲しい。あなたが悪魔の集団と呼ぶ外の輩がそれを探しているんだ」
 そうサツキが言うと、老人は深く考え込みました。

 やがて老人は口を開きます。
 「〔龍の恵〕はこの都市に住む、【龍神 ドラグジェル】様の眼球です。そしてそれを持つ者にはこの都市の全権を与える事になっています。住まう者の魂から、法則まで全てです」
 「法則?」
 「空気の有無などまで自在にすることができます」
 「都市を滅ぼすも、豊かにするもそれ次第というわけだね。ではなぜ統治者を作り、それを扱わせないのだろうか」
 「危険だからです。強大な力は身を滅ぼします」
 「一理あるね。だが、それを用いれば悪魔とやらを追い払えるのではないか?」
 サツキの言う通りですね。使えるなら使っちゃえばいいのに、なんて思ったりします。
 「我々には強大過ぎて扱えないのです。それに我々にはもう場所が分からないのです」
 「場所がわからないというと?」
 「すでに途絶えてしまったのです。その行方を知る唯一の一族が」
 「そうだったのか。それを探し出して、私達が使ってここを豊かにすると約束したとしたらどうだろうか」
 「さすがにそれは看過できません」
 「そうか。そうだろうね。すまない下らない事を言った。忘れてくれ」
 「サツキ。そろそろ」
 すでに夜の8時を大きく回り、あと10分前後で夜9時になってしまいます。
 一度待ち合わせをしているので戻らないといけません。
 「あぁ。そうだな。ご老人。また何か知っていることがあったら教えてくれると助かる。また来るよ」
 「どちらへ行かれるのです?」
 「あぁ。仲間と待ち合わせなんだ。情報交換というわけだ」
 「くれぐれも〔龍の恵〕のことは内密にお願いします」
 「あぁ。無論そうする」

 地下の避難所を抜ける際、多くの見送りにもみくちゃにされましたが、何とか抜け出し、待ち合わせの酒場まで向かうことができました。
                                      to be continued...
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