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第二章
part.7 わた雲
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「ヨハネく~ん、これ固まっちゃったんだけどー」
「あっはい、どれどれ」
ヨハネが事務所に加わってから、数週間が過ぎた。パソコンでわからないことがあると、今ではすっかり呼ばれるヨハネである。
ヨハネは数度キーを叩くと、言った。
「あ~これは、ここまでくると再起動ですね」
「えーエクセル残ってるかしら……」
「多分少し前のが自動保存されてるとは思うんですけど、念のために細かく保存しといた方がいいですね。定期的に保存する設定にしておくか、タイミングを見てコントロール+Sで……」
机の向こうで話すヨハネの声を、シュウウはそ知らぬふりをして聞いていた。
初めはノリが軽くてふざけた奴かと思っていたが、仕事の時は案外真面目だった。頭が良いと聞くだけあって、仕事がよく出来た。
時々変なことを言い出したりするが、それを差し引いてもシュウウは真面目に仕事をする相手には好感を持てた。近視なのかそれともブルーライトを遮るためか、仕事の時に掛ける大きめのメタルの丸眼鏡が少し可笑しく見えて、シュウウの頬が緩んだ。
「ヨハネはパソコン詳しいね」
「いやー、好きで自分でちょっと使うだけで、専門的には全然」
デスクでは飲み物を飲むことは可能だが、廊下の奥にはベンチと飲み物の自販機が置いてある狭い休憩スペースがある。
シュウウは缶コーヒーを買い、ベンチに腰掛けている。眼鏡をかけたままのヨハネは後から来て、炭酸を買ったところだ。ヨハネが缶をプシュ、と開けたタイミングでシュウウはヨハネに話しかけた。
「何て言うの、教科書みたいな知識より、仕事で使えるライフハックみたいのを知ってるのがいいよね」
「お、見直しましたか」
「うん、第一印象を覆す仕事ぶり」
「えー……俺の第一印象って一体」
そう嘆くヨハネを面白がり、シュウウはフフ、と笑った。
「ノリの軽いふざけた奴。かつ良い大学に行ってるっていうムカつく奴」
「ええー最悪……」
「あと背が高くてイケメン……おっと」
シュウウは言った後でしまったと思った。つい本音が口を滑らせて出てしまった。これまで、面と向かってヨハネを褒めたことはなかったからだ。ヨハネを見ると、意外という顔でシュウウを見ていた。
それから、頬を綻ばせてニヤッと笑った。
「え~俺のことそんな風に思ってくれてたんですか~……」
「……ふん。それから、おかしなことばかり言ってる、ヘンな奴」
シュウウは慌てて付け足したが、もう遅い。まんまと本音をヨハネに漏らしてしまった。
……まあ、嘘ではないから仕方がない。
勢いよく缶コーヒーをグッと持ち上げると、口元にコーヒーがやや零れた。
「あっと……」
そう言うと、頬を拭おうと俯いたシュウウに、影が重なった。
「何慌ててんの」
顔を上げようとしたシュウウの、唇の横をヨハネの唇が掬った。
「……ミルク入りの、甘いの飲むの、珍しいじゃん?」
身体を元に戻したヨハネは、そう言って、自分の唇をペロリと舌で舐めた。シュウウの唇のほんのすぐ横を掠めた、唇を。
「っっ……×〇△□◎▲■……ッ!?」
シュウウが舐められた頬を押さえて呻いていると、ヨハネは飲み干した炭酸の缶を、ゴミ箱にガコンと入れた。それから、
「急がなくても、まだ休憩時間はありますよ~」
そう言って、背中越しにシュウウにヒラヒラと手を振って行ってしまった。シュウウはそれを見て呆気に取られていた。
(何……何なん、今の!)
キス? 今のはキスのうちに入るのだろうか? ー―いや違う!!
きっと違うはずだ。頬がカーッとなって、口をぱくぱくさせるシュウウは頭の中でそう必死に唱えていた。
「あっはい、どれどれ」
ヨハネが事務所に加わってから、数週間が過ぎた。パソコンでわからないことがあると、今ではすっかり呼ばれるヨハネである。
ヨハネは数度キーを叩くと、言った。
「あ~これは、ここまでくると再起動ですね」
「えーエクセル残ってるかしら……」
「多分少し前のが自動保存されてるとは思うんですけど、念のために細かく保存しといた方がいいですね。定期的に保存する設定にしておくか、タイミングを見てコントロール+Sで……」
机の向こうで話すヨハネの声を、シュウウはそ知らぬふりをして聞いていた。
初めはノリが軽くてふざけた奴かと思っていたが、仕事の時は案外真面目だった。頭が良いと聞くだけあって、仕事がよく出来た。
時々変なことを言い出したりするが、それを差し引いてもシュウウは真面目に仕事をする相手には好感を持てた。近視なのかそれともブルーライトを遮るためか、仕事の時に掛ける大きめのメタルの丸眼鏡が少し可笑しく見えて、シュウウの頬が緩んだ。
「ヨハネはパソコン詳しいね」
「いやー、好きで自分でちょっと使うだけで、専門的には全然」
デスクでは飲み物を飲むことは可能だが、廊下の奥にはベンチと飲み物の自販機が置いてある狭い休憩スペースがある。
シュウウは缶コーヒーを買い、ベンチに腰掛けている。眼鏡をかけたままのヨハネは後から来て、炭酸を買ったところだ。ヨハネが缶をプシュ、と開けたタイミングでシュウウはヨハネに話しかけた。
「何て言うの、教科書みたいな知識より、仕事で使えるライフハックみたいのを知ってるのがいいよね」
「お、見直しましたか」
「うん、第一印象を覆す仕事ぶり」
「えー……俺の第一印象って一体」
そう嘆くヨハネを面白がり、シュウウはフフ、と笑った。
「ノリの軽いふざけた奴。かつ良い大学に行ってるっていうムカつく奴」
「ええー最悪……」
「あと背が高くてイケメン……おっと」
シュウウは言った後でしまったと思った。つい本音が口を滑らせて出てしまった。これまで、面と向かってヨハネを褒めたことはなかったからだ。ヨハネを見ると、意外という顔でシュウウを見ていた。
それから、頬を綻ばせてニヤッと笑った。
「え~俺のことそんな風に思ってくれてたんですか~……」
「……ふん。それから、おかしなことばかり言ってる、ヘンな奴」
シュウウは慌てて付け足したが、もう遅い。まんまと本音をヨハネに漏らしてしまった。
……まあ、嘘ではないから仕方がない。
勢いよく缶コーヒーをグッと持ち上げると、口元にコーヒーがやや零れた。
「あっと……」
そう言うと、頬を拭おうと俯いたシュウウに、影が重なった。
「何慌ててんの」
顔を上げようとしたシュウウの、唇の横をヨハネの唇が掬った。
「……ミルク入りの、甘いの飲むの、珍しいじゃん?」
身体を元に戻したヨハネは、そう言って、自分の唇をペロリと舌で舐めた。シュウウの唇のほんのすぐ横を掠めた、唇を。
「っっ……×〇△□◎▲■……ッ!?」
シュウウが舐められた頬を押さえて呻いていると、ヨハネは飲み干した炭酸の缶を、ゴミ箱にガコンと入れた。それから、
「急がなくても、まだ休憩時間はありますよ~」
そう言って、背中越しにシュウウにヒラヒラと手を振って行ってしまった。シュウウはそれを見て呆気に取られていた。
(何……何なん、今の!)
キス? 今のはキスのうちに入るのだろうか? ー―いや違う!!
きっと違うはずだ。頬がカーッとなって、口をぱくぱくさせるシュウウは頭の中でそう必死に唱えていた。
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