ちぐはぐ。

くるみ最中

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ちぐはぐ。第五話

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 前城の彼女は、どうやら俺が想像したよりも、さらに手練てだれだったのかもしれない。
 マリエと呼ばれていたその彼女は、クリスマス直前に前城に別れを告げた。
 クリスマス当日にならなかったのは、彼女の情けなのだろうか。
 クリスマスプレゼントをもらって、ハイさよなら、といかなかったまでも、かなりの悪女だったと思わざるを得ない。
 プレゼントなんかを受け取ってしまっていたら、別れにくくなるからだ。
 物目当てだったんじゃないだけでも、救いか?
 いや、前城の身体目当てだったんだとしたら、もっとたちが悪かった――だよな?
 とにかく、マリエちゃんというその女は、クリスマス前日の天皇誕生日に、前城の前から姿を消した。

 俺は、前城の部屋でいま彼を懸命に慰めている。
「前城……とりあえず、部屋に入ろう」
「うっうっ」
 白い息を吐いて泣き声を漏らす彼に、俺は一体何ができるのだろうか。
 彼は電話を握り締めたまま、玄関の前の手すりに寄りかかっている。
 寒いだろうから、俺は彼を連れて部屋に入ろうと頑張った。とりあえずは、それだけに集中した。

 入れば、部屋は暖房が付けっぱなしだ。
 きっと、彼女と温かく過ごそうと、準備をしていたに違いない。
 とにかく、このホリデーをどうにか、乗り切らなければ。なあ、前城。

「……もしかしてお前、ケーキとか予約してたりするか」
「うっうっ、はい、駅前のケーキ屋で」
 あそこ美味いんだよな。確かに。
 それから?
「チキンは?」
「うっうっ……、それも、駅前のケン○ッキーで」
 お前、万全だったな。
 きっとそれなら、プレゼントもあるな。
 でも、それは今、触れないでおいてやるよ。

「ケーキとチキンは、今日か、明日か」
「ううっ……りょ、両方とも、明日です」
「そうか」
 だったら今日は、飲んで飲んで飲みまくろう。

「ううっ……俺、俺、本当に好きだったんです」
「そうか」
「彼女、本当に俺には出来過ぎた彼女で。だから、仕方がなかったのかなあ」
 前城、それは違うぞ。
 お前が純粋すぎたから、彼女にはもったいなかったんだ。俺はそう、思うけどな。
 前城は酒はまあまあ飲めた。俺が、下のコンビニで山ほど買って来た缶チューハイを、端から開けていって、今、三本目くらいだ。

「テレビ、面白くねーなあ……」
 俺がチャンネルをザッピングしている間に、前城は独り言のようにだらだらと彼女との思い出を話している。
 こういう時には、全部話してしまうのがいいんだよ。
 俺が彼女と別れた時は、誰にも話さなかったけどな。
 まあ、俺は長く付き合ってたから……全ては俺の胸の中で解決してしまったようなものだったけれど。
「桂木さん……ありがとうございます」
 やがて、真っ赤になった前城が泣きはらしたひどい顔で俺に言うから、俺はチャンネルの手を止めて、やつを見た。
「俺、越してきてから、ずっと、桂木さんにお世話になってばかりで」
 うん、それなりに、世話してやったような気もするぞ。
 お前は、全く困ったやつだ。

 前城は、初めて俺に礼を言った。
 でも、俺は思う。
 俺も彼女と別れてから、お前のおかげでもしかしたら気が紛れていたのかもしれない。
 お前のおかげだよ。言わないけどな。

 俺がたらチーズの袋を開けて、つまみに食べようとすると、すっかり泣き終わった前城が言ってきた。
「俺も、それ、好きなんです~!」
 お前、何でもうそんなにこにことしてんだ?

 俺とお前で、ちぐはぐじゃないところもあるんだな。
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