2 / 9
ちぐはぐ。第二話
しおりを挟む
引っ越してきた彼に、恋人が出来たようだ。
ここ最近の、上階からの音漏れと声漏れがひどい。
「……あーっ、あーっ、ヒロくん♪」
「……あっ……マリエちゃん、……あっ、あーっ!!……(沈黙)」
これの繰り返しだ。
これが夜毎に聞こえてきて、俺はPCに向かって仕事をしながら、手元のメモ用のシャープペンシルをばきりと折りたくなる。
前にも言ったが、俺は彼女と別れたばかりなのだ。
自分の境遇のせいで他人の幸福を妬みたくはない。だが、実際に仕事の邪魔ではある。平日も休前日も関係なく、宵も早いうちから、たまには昼夜も問わず、だからだ。
しかし、お盛んなことだ。付き合ったばかりだと、そんなこともあるだろうが。
などと、俺は経験者は語るのような、上から目線で漏れてくる喘ぎ声と、ベッドの軋み音をどうにかやり過ごす。
耳にヘッドホンを付けながらだ。
しばらくして、仕事の件で出掛けようとエレベーターを待っていると、上から降りてきた台の中に、見知った顔が乗っていた。
「…………前城さん。」
「あっ桂木さん! どうもこんにちは!」
……件の、上の階の男である。
しかも、隣には噂の彼女らしき女性が腕を組んで乗っていた。
俺は忘れ物をしたふりでもして、階段ででも下りようかと思ったが、あまりにもわざとらしすぎる。下のエレベーターホールで鉢合わせしても気まずいし。
大体、何で俺が割りを食って遅れないといけないのだ。俺は気を取り直し、彼らと一緒のエレベーターに乗ることにした。
すると、奴が話しかけてきた。
「桂木さん、何だかかっこいいですねぇ。お仕事ですか!?」
「……ええ、まあ」
仕事用のジャケットを着こんで髪をセットした俺に、前城が言ってくる。奴は、逆に私服であった。
「あっ、今日、僕有給なんです~」
それは別に聞いちゃいない。
「それから、あの、この子彼女なんです~」
……それも別に、聞いちゃいねー。
彼氏の友人だと思ったのか、栗色のセミロングヘアの彼女は、俺に向かって、こんにちは、と頭を下げてきた。俺もどうも、と軽く頭を下げる。
今日は厄日か。こっちは仕事が締め切り前で忙しいというのに、そっちは彼女連れで有給デートか。
全く、ちぐはぐである。
何とか息苦しい密室をやり過ごし、一階に着いた。
俺は 「それでは、さようなら」と彼らに言った後で、俺はなけなしの社交辞令と積もり積もった嫌みをこめ。
「よい休日を」と言ったのだが、彼らは「ありがとうございます!」と意気揚々と去って行った。
嫌味は全く通じなかった。
全く、息の合わない相手というのは、いるものである。
俺は気分のリフレッシュのために、ポケットから出したミントを数粒、口の中に放り込んで思った。
前城よ。残念ながら、その彼女とはきっと、長続きしない。
よく手入れされた髪も、淡い色が似合う身体も。ブランドでないバッグも、嫌みでない小さなアクセサリーも。
残念ながら、彼女には隙がなさすぎる。彼女はきっと相当の手練れだ。
今はきっと、そのピンクが似合う唇の微笑みに惑わされ、理性がきかなくなっていると思うが、彼女にとってお前は、ただの遊びかほんの息抜きの相手だ。
そういう女が一番質が悪いということを、お前は近々、身をもって知るだろう。
その日が来たら、俺は一体どういう顔をして会おうか。
俺はそんなことを考えながら、地下鉄までの道を急いだ。
ここ最近の、上階からの音漏れと声漏れがひどい。
「……あーっ、あーっ、ヒロくん♪」
「……あっ……マリエちゃん、……あっ、あーっ!!……(沈黙)」
これの繰り返しだ。
これが夜毎に聞こえてきて、俺はPCに向かって仕事をしながら、手元のメモ用のシャープペンシルをばきりと折りたくなる。
前にも言ったが、俺は彼女と別れたばかりなのだ。
自分の境遇のせいで他人の幸福を妬みたくはない。だが、実際に仕事の邪魔ではある。平日も休前日も関係なく、宵も早いうちから、たまには昼夜も問わず、だからだ。
しかし、お盛んなことだ。付き合ったばかりだと、そんなこともあるだろうが。
などと、俺は経験者は語るのような、上から目線で漏れてくる喘ぎ声と、ベッドの軋み音をどうにかやり過ごす。
耳にヘッドホンを付けながらだ。
しばらくして、仕事の件で出掛けようとエレベーターを待っていると、上から降りてきた台の中に、見知った顔が乗っていた。
「…………前城さん。」
「あっ桂木さん! どうもこんにちは!」
……件の、上の階の男である。
しかも、隣には噂の彼女らしき女性が腕を組んで乗っていた。
俺は忘れ物をしたふりでもして、階段ででも下りようかと思ったが、あまりにもわざとらしすぎる。下のエレベーターホールで鉢合わせしても気まずいし。
大体、何で俺が割りを食って遅れないといけないのだ。俺は気を取り直し、彼らと一緒のエレベーターに乗ることにした。
すると、奴が話しかけてきた。
「桂木さん、何だかかっこいいですねぇ。お仕事ですか!?」
「……ええ、まあ」
仕事用のジャケットを着こんで髪をセットした俺に、前城が言ってくる。奴は、逆に私服であった。
「あっ、今日、僕有給なんです~」
それは別に聞いちゃいない。
「それから、あの、この子彼女なんです~」
……それも別に、聞いちゃいねー。
彼氏の友人だと思ったのか、栗色のセミロングヘアの彼女は、俺に向かって、こんにちは、と頭を下げてきた。俺もどうも、と軽く頭を下げる。
今日は厄日か。こっちは仕事が締め切り前で忙しいというのに、そっちは彼女連れで有給デートか。
全く、ちぐはぐである。
何とか息苦しい密室をやり過ごし、一階に着いた。
俺は 「それでは、さようなら」と彼らに言った後で、俺はなけなしの社交辞令と積もり積もった嫌みをこめ。
「よい休日を」と言ったのだが、彼らは「ありがとうございます!」と意気揚々と去って行った。
嫌味は全く通じなかった。
全く、息の合わない相手というのは、いるものである。
俺は気分のリフレッシュのために、ポケットから出したミントを数粒、口の中に放り込んで思った。
前城よ。残念ながら、その彼女とはきっと、長続きしない。
よく手入れされた髪も、淡い色が似合う身体も。ブランドでないバッグも、嫌みでない小さなアクセサリーも。
残念ながら、彼女には隙がなさすぎる。彼女はきっと相当の手練れだ。
今はきっと、そのピンクが似合う唇の微笑みに惑わされ、理性がきかなくなっていると思うが、彼女にとってお前は、ただの遊びかほんの息抜きの相手だ。
そういう女が一番質が悪いということを、お前は近々、身をもって知るだろう。
その日が来たら、俺は一体どういう顔をして会おうか。
俺はそんなことを考えながら、地下鉄までの道を急いだ。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説


十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿

フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる