ちぐはぐ。

くるみ最中

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ちぐはぐ。第二話

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 引っ越してきた彼に、恋人が出来たようだ。
 ここ最近の、上階からの音漏れと声漏れがひどい。

「……あーっ、あーっ、ヒロくん♪」
「……あっ……マリエちゃん、……あっ、あーっ!!……(沈黙)」

 これの繰り返しだ。

 これが夜毎に聞こえてきて、俺はPCに向かって仕事をしながら、手元のメモ用のシャープペンシルをばきりと折りたくなる。
 前にも言ったが、俺は彼女と別れたばかりなのだ。
 自分の境遇のせいで他人の幸福を妬みたくはない。だが、実際に仕事の邪魔ではある。平日も休前日も関係なく、宵も早いうちから、たまには昼夜も問わず、だからだ。

 しかし、お盛んなことだ。付き合ったばかりだと、そんなこともあるだろうが。
 などと、俺は経験者は語るのような、上から目線で漏れてくる喘ぎ声と、ベッドの軋み音をどうにかやり過ごす。
 耳にヘッドホンを付けながらだ。

 しばらくして、仕事の件で出掛けようとエレベーターを待っていると、上から降りてきた台の中に、見知った顔が乗っていた。

「…………前城まえしろさん。」
「あっ桂木かつらぎさん! どうもこんにちは!」

 ……件の、上の階の男である。
 しかも、隣には噂の彼女らしき女性が腕を組んで乗っていた。

 俺は忘れ物をしたふりでもして、階段ででも下りようかと思ったが、あまりにもわざとらしすぎる。下のエレベーターホールで鉢合わせしても気まずいし。
 大体、何で俺が割りを食って遅れないといけないのだ。俺は気を取り直し、彼らと一緒のエレベーターに乗ることにした。
 すると、奴が話しかけてきた。

「桂木さん、何だかかっこいいですねぇ。お仕事ですか!?」
「……ええ、まあ」

 仕事用のジャケットを着こんで髪をセットした俺に、前城が言ってくる。奴は、逆に私服であった。

「あっ、今日、僕有給なんです~」
 それは別に聞いちゃいない。
「それから、あの、この子彼女なんです~」
 ……それも別に、聞いちゃいねー。
 彼氏の友人だと思ったのか、栗色のセミロングヘアの彼女は、俺に向かって、こんにちは、と頭を下げてきた。俺もどうも、と軽く頭を下げる。
 今日は厄日か。こっちは仕事が締め切り前で忙しいというのに、そっちは彼女連れで有給デートか。

 全く、ちぐはぐである。

 何とか息苦しい密室をやり過ごし、一階に着いた。
 俺は 「それでは、さようなら」と彼らに言った後で、俺はなけなしの社交辞令と積もり積もった嫌みをこめ。
 「よい休日を」と言ったのだが、彼らは「ありがとうございます!」と意気揚々と去って行った。

 嫌味は全く通じなかった。
 全く、息の合わない相手というのは、いるものである。
 俺は気分のリフレッシュのために、ポケットから出したミントを数粒、口の中に放り込んで思った。

 前城よ。残念ながら、その彼女とはきっと、長続きしない。
 よく手入れされた髪も、淡い色が似合う身体も。ブランドでないバッグも、嫌みでない小さなアクセサリーも。
 残念ながら、彼女には隙がなさすぎる。彼女はきっと相当の手練れだ。
 今はきっと、そのピンクが似合う唇の微笑みに惑わされ、理性がきかなくなっていると思うが、彼女にとってお前は、ただの遊びかほんの息抜きの相手だ。
 そういう女が一番たちが悪いということを、お前は近々、身をもって知るだろう。

 その日が来たら、俺は一体どういう顔をして会おうか。
 俺はそんなことを考えながら、地下鉄までの道を急いだ。

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