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僕はドラキュラ 第一話
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日が落ちる瞬間の空を、僕はとても綺麗だと思う。
薄く残っていたオレンジ色が、すっと消え、みるみるうちに薄紫が濃くなっていく瞬間だ。
夜が来る。
僕はその頃、仕事に出かける。
家の近所にある、スーパーへと向かうのだ。
僕は窓のカーテンをシャッと閉め、上着を羽織り、家の鍵を掛ける。
スーパーと言っても、青果などの置いてある、いわゆるスーパーマーケットではない。
ディスカウントストアだ。
青果や肉などの生鮮食品は置いていないが、卵と牛乳、加工肉くらいは置いてある。
夏の友の、アイスなどもだ。
ひとり暮らしに人気の、冷凍食品なども。
近所の人が、ちょっと足りないものを買いに行くのに重宝する。
僕も、帰りに賞味期限が切れて売り物にならないものを、貰って帰ることもある。そこも、ここで働くのにいい理由だ。
朝は10時に開店し、夜は2時に閉店する。
インスタントラーメンや缶詰などを求めに、深夜にやって来る客もいる。通勤帰りの会社員も。
そうして、彼もやって来るのだ。
――あ……。
僕が商品の陳列をしていると、スーツ姿の年上の彼の姿が、今日も見えた。
もう、その背格好は見慣れているから、見かけると胸が跳ねあがる。
深夜は、シフトが一人のこともある。
店長がいることが半々だが、その時は急いでレジの近くに行くようにする。
彼のレジを打ちたいからだ。
「……いらっしゃいませー」
もちろん、彼が商品を物色している間に近くに行くこともできる。
でも、スーパーの店員と客が、普通話なんてしないだろ?
だから、少しでも接触できる機会を狙うのだ。
そんなことを狙っているなんて、本当に中学生並みかもしれない。
いや、まるで小学生か。
虚しい、あるいは、寂しいかもしれないが。
そう、僕は彼に恋をしている。
らんらんと蛍光灯が光るたもとで、僕は黙々と陳列をする、ふりをしている。
深夜の店の中は静かだ。
スーツ姿の彼は、インスタントラーメンのコーナーでカップ麺を選んでいる。
僕をちらっと見た気が、ちょっとだけした。
なに? ……まさかね。
僕が必死で下を向いていると、レジの方から「すみませーん」という声がした。
他の客に呼ばれたのだ。
「……はーい!」
僕は急いで行き、レジを打つ。
牛乳や洗濯洗剤など、数点を買った女性客は、さっさと店を出て行った。
僕はふう、と溜め息を吐く。そこに、「あの、すみませんけど」という声がした。
振り向くと、スーツ姿の彼だった。
「これ、新しいと思うんだけど、美味しいかな?」
彼がにっこりと笑って手にしているのは、ある時期、期間限定だったラーメンだった。
ここはディスカウントストアなので、スーパーやコンビニのように、最新の新作が置いてあるわけではない。
例えば夏に期間限定で出して売れ残った物が、格安で置いてあったりもするのだ。
僕はそれを自分で買って食べたことがあったから、急いで答えた。
「けっこう、美味しいです。でも、それ……去年の冬の新作で。ゆず風味だから。
今年の新しいのじゃないんですけど、まあまあ美味しいですよ」
「あ、そうなんだ。どおりで、どっかで見たことあると思った」
彼は、物腰も柔らかかった。いつもスマートな身なりで、でも深夜まで仕事しているらしく、少しやつれた顔色でもあった。僕は、そんなところに惹かれているのだ。
「でも、安いのはありがたいよね。よし、これにしよう」
彼は、それと牛乳と卵も買った。僕がそれを見ながらレジを打つと、彼は「カップ麺ばかりじゃ健康に悪いから、間に合わせでも、作らないとね」と、言い訳のように言った。
牛乳は、そのまま飲むのだろうか。卵は、目玉焼きにしてでも食べるのだろうか。
自分で作る?
と聞きたかったけど、そこまで聞くのは出しゃばりだから、聞かなかった。
「486円になります」
「いつも思うけど、安いよね」
彼は、そう言って革の財布を開いた。その財布はブランド物で高そうだけど、けっこう使い込まれてくたびれ始めている。
僕は、そういうところも好きだ。
「いつも、いるね」
それはこちらの台詞だ。
僕の胸は撥ね上がって、恥ずかしい話だけど、股間も少し熱くなった。
僕は、頬が少し熱くなるかも、と思ったけど、何とか平常心で話すように努力した。
「お、お客様こそ、よくいらしてますね」
「安いから。それに、遅くまで開いてるし」
僕はなぜ、彼と話しているんだろう。
彼はなぜ、僕と話しているんだろう。
舞い上がりそうな僕に、彼はとどめのひと言を言う。
「……それに、いつも君がいるからね」
僕はそう言われて、今度こそ返す言葉が見つからなかった。
薄く残っていたオレンジ色が、すっと消え、みるみるうちに薄紫が濃くなっていく瞬間だ。
夜が来る。
僕はその頃、仕事に出かける。
家の近所にある、スーパーへと向かうのだ。
僕は窓のカーテンをシャッと閉め、上着を羽織り、家の鍵を掛ける。
スーパーと言っても、青果などの置いてある、いわゆるスーパーマーケットではない。
ディスカウントストアだ。
青果や肉などの生鮮食品は置いていないが、卵と牛乳、加工肉くらいは置いてある。
夏の友の、アイスなどもだ。
ひとり暮らしに人気の、冷凍食品なども。
近所の人が、ちょっと足りないものを買いに行くのに重宝する。
僕も、帰りに賞味期限が切れて売り物にならないものを、貰って帰ることもある。そこも、ここで働くのにいい理由だ。
朝は10時に開店し、夜は2時に閉店する。
インスタントラーメンや缶詰などを求めに、深夜にやって来る客もいる。通勤帰りの会社員も。
そうして、彼もやって来るのだ。
――あ……。
僕が商品の陳列をしていると、スーツ姿の年上の彼の姿が、今日も見えた。
もう、その背格好は見慣れているから、見かけると胸が跳ねあがる。
深夜は、シフトが一人のこともある。
店長がいることが半々だが、その時は急いでレジの近くに行くようにする。
彼のレジを打ちたいからだ。
「……いらっしゃいませー」
もちろん、彼が商品を物色している間に近くに行くこともできる。
でも、スーパーの店員と客が、普通話なんてしないだろ?
だから、少しでも接触できる機会を狙うのだ。
そんなことを狙っているなんて、本当に中学生並みかもしれない。
いや、まるで小学生か。
虚しい、あるいは、寂しいかもしれないが。
そう、僕は彼に恋をしている。
らんらんと蛍光灯が光るたもとで、僕は黙々と陳列をする、ふりをしている。
深夜の店の中は静かだ。
スーツ姿の彼は、インスタントラーメンのコーナーでカップ麺を選んでいる。
僕をちらっと見た気が、ちょっとだけした。
なに? ……まさかね。
僕が必死で下を向いていると、レジの方から「すみませーん」という声がした。
他の客に呼ばれたのだ。
「……はーい!」
僕は急いで行き、レジを打つ。
牛乳や洗濯洗剤など、数点を買った女性客は、さっさと店を出て行った。
僕はふう、と溜め息を吐く。そこに、「あの、すみませんけど」という声がした。
振り向くと、スーツ姿の彼だった。
「これ、新しいと思うんだけど、美味しいかな?」
彼がにっこりと笑って手にしているのは、ある時期、期間限定だったラーメンだった。
ここはディスカウントストアなので、スーパーやコンビニのように、最新の新作が置いてあるわけではない。
例えば夏に期間限定で出して売れ残った物が、格安で置いてあったりもするのだ。
僕はそれを自分で買って食べたことがあったから、急いで答えた。
「けっこう、美味しいです。でも、それ……去年の冬の新作で。ゆず風味だから。
今年の新しいのじゃないんですけど、まあまあ美味しいですよ」
「あ、そうなんだ。どおりで、どっかで見たことあると思った」
彼は、物腰も柔らかかった。いつもスマートな身なりで、でも深夜まで仕事しているらしく、少しやつれた顔色でもあった。僕は、そんなところに惹かれているのだ。
「でも、安いのはありがたいよね。よし、これにしよう」
彼は、それと牛乳と卵も買った。僕がそれを見ながらレジを打つと、彼は「カップ麺ばかりじゃ健康に悪いから、間に合わせでも、作らないとね」と、言い訳のように言った。
牛乳は、そのまま飲むのだろうか。卵は、目玉焼きにしてでも食べるのだろうか。
自分で作る?
と聞きたかったけど、そこまで聞くのは出しゃばりだから、聞かなかった。
「486円になります」
「いつも思うけど、安いよね」
彼は、そう言って革の財布を開いた。その財布はブランド物で高そうだけど、けっこう使い込まれてくたびれ始めている。
僕は、そういうところも好きだ。
「いつも、いるね」
それはこちらの台詞だ。
僕の胸は撥ね上がって、恥ずかしい話だけど、股間も少し熱くなった。
僕は、頬が少し熱くなるかも、と思ったけど、何とか平常心で話すように努力した。
「お、お客様こそ、よくいらしてますね」
「安いから。それに、遅くまで開いてるし」
僕はなぜ、彼と話しているんだろう。
彼はなぜ、僕と話しているんだろう。
舞い上がりそうな僕に、彼はとどめのひと言を言う。
「……それに、いつも君がいるからね」
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