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幕間-セーラ・エーテリア
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初めてのダンジョン探索課外授業で、教授からパーティを組めと言われた時に目が合ったのが、私と彼の出逢いだった。
最初の印象は『大人しそう』
彼の、突然知らない人達とパーティを組めと言われて困っているのが丸分かりのその様子は、孤児院で皆のお姉ちゃんをやっている自分の庇護欲を刺激するものだった。
ああいう大人しそうで自己主張が苦手っぽい子にはこっちから声をかけてあげないとダメなのよね!
驚かせないように話しかけたつもりだが、それでもかなり驚かせてしまい、あわあわとする様子は小動物か何かのようで、私は益々守ってあげなくては……と思っていた。
そんな彼だったが、自己紹介を交わした時に見せてくれたはにかんだような笑顔が、それまでの『大人しそう』とか『暗そう』とかの印象を覆すほどに可愛くて、私は隠された宝物を見つけたような気分になって密かに舞い上がった。
まぁ、その宝物はもうとっくの昔に他の人に見つけられていたのだけれど。
私が守る必要なんてないくらいに、とんでもない番犬が彼……レイルにはついていた。
ファルク・サンブール。シルヴァレンス王国の王女様の一人息子。その手の事に疎い私でも学園に三人しか居ない王族の面々くらいは知っている。
レイルを守るようにべったりと張り付き、警戒するような眼差しで私を見てくる彼を見て私は少し笑ってしまいそうになった。
一目見ただけで分かる溺愛っぷりに、私はレイルがこの年齢までこんな風にぽやぽやとしたまま育った理由を察した。
王子様と平民、というロマンス小説でしか見ないような組み合わせのその恋人同士は常に仲睦まじく、その手の創作物が大好きな私は二人をニコニコしながら見ていた。
あ、「ガサツなくせに?」って笑ったやつは容赦無くぶっ飛ばしに行きます。
それからなぜかレイルから友達になろうと誘われて、共に過ごすようになって、私は二人の関係がまだ恋人ではないという衝撃的な事実を知った。
レイルとファルク様の関係はなんというか、複雑だ。
どう見ても両想いなのに過去に色々あったとかで、お互いに一歩踏み出す事を躊躇しているようだった。
私は良い友人としてそんな二人を、というか何事にも一生懸命なレイルを見守ろうと思った。
レイルの助言もあって、ダンジョン探索で効率的にお金を稼げるようになり、孤児院の弟妹達に新しい服やおやつを買ってあげたり、ノートやペンなんかの消耗品にかかるお金を気にしなくて良くなり、私は順風満帆って感じで学園生活を送っていた。
しかし、レイルが時折見せる暗い表情だけはずっと気掛かりだった。しかも、頻度が日に日に増していくので私はその原因について考えてみる事にした。
本人に聞いても「大丈夫」とか「何でもないよ」とかしか言わないから。
まず分かりやすいのはダンジョン関連。私がたまたま見つけた昔の人の手記によって、ダンジョンの最下層に居るボスを倒さなきゃ魔物が溢れ出して大変になるって事が周知されてからは、特に切羽詰まったような顔をするようになった。
こんなのは国の偉い人がどうにかすれば良い問題で、私達にはそんなに関係ない事だと私は思ってたんだけど、レイルは違ったようだった。
まるで自分の責任みたいに国の問題を背負い込んでしまうレイルが不思議で、心配だった。
次点でファルク様の事。
レイルはファルク様の話題を出すと少し様子がおかしくなったり、切なそうな顔をしたりする。
私別にファルク様の事、悪く言ったりはしてないんだけどな。素敵な彼氏(彼氏じゃないけど)だねーって感じで話題を振っても、微妙な反応。
恋愛ものを読んだり見たりするのは好きだけど、現実の恋愛はさっぱり分からない。
ただ、ファルク様はいつまでもレイルにこんな顔をさせていないで、さっさと安心させてあげれば良いのにと思っていた。
レイルの肩を持ちすぎだと思われるかもしれないけど、私はレイルの友達なので仕方ない。
そんな中で、学園中に走ったファルク様とレイルの破局の噂。
どうしたって一挙一動に注目が集まるファルク様のせいで、距離感も空気も恋人同士のそれな二人は、学園では名物カップルとして結構知られていたから噂が回るのも早かった。
女生徒達の間で理想の恋人、としてダリオン様やルカス様を抜いてファルク様の名前があがりがちなのは、付き合ったら絶対に大事にしてくれそうってポイントが大きかったから勝手にショックを受けている子も多かった。
時折突飛な行動をするレイルはともかくとして、あの恐ろしい番犬がレイルを手放すのが信じられなくて、最初私は噂を信じていなかった。
でも、実際に二人の仲睦まじい姿を学園内で見る事がなくなり、レイルは変わり者の上級生のカイル様の研究室やダンジョン近くの騎士団の詰所に入り浸るようになってしまって、私が話しかけるタイミングすら中々得られなかった。
合同授業の時。遠くの席から見かけたレイルの表情は私が心を奪われたあの笑顔とはかけ離れていて、何とかしなくてはとお節介にも思った。
しかし、どうにもタイミングが悪いのかレイルは中々捕まらなくて私は苛立ちのままにもう一人の方をあたる事にした。
番犬の方はすぐに捕まった。
というか元々ダンジョンの入り口付近でよく見かけていたので、声をかけるだけだった。
「ファルク様、素材集めなら私もご一緒してよろしいですか」
ファルク様は私の前では猫を被る気も無いのか露骨に胡乱げな目をしたが、了承してくれた。
ダンジョン内部に入ると、さっきまでの彼はまだ一応取り繕っていたのだな、と分かるくらいにファルク様の表情が無になった。
最初は『レイルにあんな顔させてるんじゃないわよ!バシーン!』ってやってやろうかなと思っていたのだけど、ファルク様の余りにもダメージを負っている様子に流石のレイル贔屓の私も不憫になってしまって、話を聞いてみる事にした。
ファルク様は断片的にしか語ってくれなかったけど、まー何と言うか拗れに拗れていた。
多分レイルの精神状況がよろしくなくて距離を置く事になってしまったのだけど、その時に言われた言葉がどうにもファルク様の急所を貫いたらしく、心を無にしてダンジョンで素材集めに精を出していたらしい。
「素材って『ぶきや』で作ってもらうやつの素材ですよね?」
「ああ、剣と盾だ」
「ふぅん、それ完成したらどうするんですか?」
ファルク様は不意を突かれたように黙ってしまうと、少ししてから口を開いた。
「……ダンジョンボスを倒す」
「それって、ノブレス・オブリージュってやつです?」
「いや、レイルが怖がってるから。ただそれだけだよ」
私は思わず笑みがこぼれてしまった。その答えは私の中で満点だったから。
好きな子の笑顔を守る為についでに国も救っちゃうなんて、なんてロマンチック。
そして、レイルの憂いの殆どを占めるであろう原因を取り除いてしまえば、この番犬との関係も少しは楽観的に考えられるかもしれない。
「私も協力しますよ、それ」
ファルク様が怪訝そうな表情を浮かべる。まぁ、いきなりなんだって思うよね。
「私も同じ目的なんで」
私がそう言うと、意味を正しく理解したのだろうファルク様は思いっきり眉を顰めて嫌そうな顔をした。
ダンジョンに入ってから殆ど無表情だった顔が初めて大きく乱れた瞬間だった。
しかし、ソロで攻略するよりも、事情を承知で同じ目的の私を引き入れた方が圧倒的に早く目的を達成出来る。イコールレイルの為になると考えたのだろう、嫌そうな顔を保ちつつもファルク様は「良いだろう」と了承してくれた。
──私も、たった一人の笑顔の為に魔王に挑んじゃうようなロマンチストな勇者様なのだ。
ーーーーーーーーーーーーーー
ファルク様とダンジョンに潜るようになってから飛躍的に攻略速度は上がった。
私もファルク様も能力的にソロ向きだから自分の事は自分でやる、で完結してるのがやりやすいんだと思われる。
ボス戦は流石に協力するけど、フロア探索は個々でやっているし。
そんな数少ない協力ポイントのボス戦後の休憩中、私はウエストポーチの中からある物を取り出した。
可愛らしくラッピングされたそれ。
「あー、お腹減っちゃったなぁ! クッキーでも食べようかな」
私の渾身のアピールに対して、ファルク様が面倒くさそうな顔をしてスルーを決め込もうとしていたので私は勝手に話を続けた。
「ねぇ、ファルク様。このクッキー……誰が作ったと思います?」
ファルク様の目の色が変わる。
私はにんまりと笑う。
「いただきまーす」
レイルらしい均一な形で綺麗な焼き色がついたクッキーを一口齧る。
少し日が経っちゃってるから、焼き立ての時のようなサクサク感はないけれど、噛むとほろほろと崩れて、バターの香りがふわっと香って美味しい。
こんなクッキーってお店じゃないと作れないと思ってたけど、レイルと私、何が違うのかな?
「……」
ファルク様が恨めしそうな顔でこちらを見ている。
パーフェクト・ボーイなんて呼ばれているのが嘘みたいに余裕のない顔。
見たかったものは見れたので、意地悪は止めにする。
「一枚、食べます?」
「……頂こう」
ファルク様にレイルお手製のクッキーを一枚渡す。ファルク様はクッキーを見つめて悩ましげなため息を吐くと、慎重な手付きでひとくち口に運んだ。
そして、項垂れてしまった。
「美味しいですか?」
「王都一番の職人が作ったサブレでさえ、この一枚には敵わないだろう……」
真剣なトーンで言うファルク様がおかしくて、私は笑った。
休憩後はまた探索だ。
私達は別れる前に騎士団から支給されているダンジョンに関する資料を床に広げて共に確認する。
これは写しだが、なんとこの資料レイルが作成しているらしく、今や攻略には欠かせないくらいに役立っていた。
レイルが妙にダンジョンや魔物に詳しいのはどうしてなのかしらね。本人は本で読んだって言ってるけど、本当にそうなのかな。
レイルがダンジョンの事で悩んでいるのと関係があったり……?
そんな事を考えていると、正面から「ぶはっ」と吹き出す声が聞こえて私は顔を上げる。
ファルク様は手の甲を口にあてて、肩を震わせている。
不思議がる私の視線に気付いて、ファルク様は資料の一枚を渡してくる。
「猫スライムは三回見逃してあげると色違いの猫スライムが出現する(かわいいので見る価値有)……?」
私が読み上げるとファルク様はまた笑い出した。
「くく、はははっ、絶対要らないでしょその情報。はは、すっげぇレイルっぽい」
ずっと沈んでいたファルク様をたった一行の文だけでここまで笑顔にさせてしまうのだから、凄いものだと思う。まぁ、沈んでいる原因もレイルなのだけど。
完全無欠の王子様は、レイルの事になるとこんなにも表情豊かになる。
私はあーあ、と思った。
私にとってレイルは可愛くて、守ってあげたくなっちゃうちょっと気になる男の子だ。まだその程度。引き返せる位置に居る。
でもこの人は違う。レイルじゃなきゃ駄目なんだ。
なら、一緒にいるべきだ。
……仄かに抱いていた淡い恋心に、なんだかすっかり諦めがついてしまった。
──私は孤児院で皆のお姉ちゃんをやっていて、面倒見が良い方だと自負している。
今は喧嘩中の二人の問題児が仲直りするまで、少しだけお節介をしながら見守ろうと思ってる。
最初の印象は『大人しそう』
彼の、突然知らない人達とパーティを組めと言われて困っているのが丸分かりのその様子は、孤児院で皆のお姉ちゃんをやっている自分の庇護欲を刺激するものだった。
ああいう大人しそうで自己主張が苦手っぽい子にはこっちから声をかけてあげないとダメなのよね!
驚かせないように話しかけたつもりだが、それでもかなり驚かせてしまい、あわあわとする様子は小動物か何かのようで、私は益々守ってあげなくては……と思っていた。
そんな彼だったが、自己紹介を交わした時に見せてくれたはにかんだような笑顔が、それまでの『大人しそう』とか『暗そう』とかの印象を覆すほどに可愛くて、私は隠された宝物を見つけたような気分になって密かに舞い上がった。
まぁ、その宝物はもうとっくの昔に他の人に見つけられていたのだけれど。
私が守る必要なんてないくらいに、とんでもない番犬が彼……レイルにはついていた。
ファルク・サンブール。シルヴァレンス王国の王女様の一人息子。その手の事に疎い私でも学園に三人しか居ない王族の面々くらいは知っている。
レイルを守るようにべったりと張り付き、警戒するような眼差しで私を見てくる彼を見て私は少し笑ってしまいそうになった。
一目見ただけで分かる溺愛っぷりに、私はレイルがこの年齢までこんな風にぽやぽやとしたまま育った理由を察した。
王子様と平民、というロマンス小説でしか見ないような組み合わせのその恋人同士は常に仲睦まじく、その手の創作物が大好きな私は二人をニコニコしながら見ていた。
あ、「ガサツなくせに?」って笑ったやつは容赦無くぶっ飛ばしに行きます。
それからなぜかレイルから友達になろうと誘われて、共に過ごすようになって、私は二人の関係がまだ恋人ではないという衝撃的な事実を知った。
レイルとファルク様の関係はなんというか、複雑だ。
どう見ても両想いなのに過去に色々あったとかで、お互いに一歩踏み出す事を躊躇しているようだった。
私は良い友人としてそんな二人を、というか何事にも一生懸命なレイルを見守ろうと思った。
レイルの助言もあって、ダンジョン探索で効率的にお金を稼げるようになり、孤児院の弟妹達に新しい服やおやつを買ってあげたり、ノートやペンなんかの消耗品にかかるお金を気にしなくて良くなり、私は順風満帆って感じで学園生活を送っていた。
しかし、レイルが時折見せる暗い表情だけはずっと気掛かりだった。しかも、頻度が日に日に増していくので私はその原因について考えてみる事にした。
本人に聞いても「大丈夫」とか「何でもないよ」とかしか言わないから。
まず分かりやすいのはダンジョン関連。私がたまたま見つけた昔の人の手記によって、ダンジョンの最下層に居るボスを倒さなきゃ魔物が溢れ出して大変になるって事が周知されてからは、特に切羽詰まったような顔をするようになった。
こんなのは国の偉い人がどうにかすれば良い問題で、私達にはそんなに関係ない事だと私は思ってたんだけど、レイルは違ったようだった。
まるで自分の責任みたいに国の問題を背負い込んでしまうレイルが不思議で、心配だった。
次点でファルク様の事。
レイルはファルク様の話題を出すと少し様子がおかしくなったり、切なそうな顔をしたりする。
私別にファルク様の事、悪く言ったりはしてないんだけどな。素敵な彼氏(彼氏じゃないけど)だねーって感じで話題を振っても、微妙な反応。
恋愛ものを読んだり見たりするのは好きだけど、現実の恋愛はさっぱり分からない。
ただ、ファルク様はいつまでもレイルにこんな顔をさせていないで、さっさと安心させてあげれば良いのにと思っていた。
レイルの肩を持ちすぎだと思われるかもしれないけど、私はレイルの友達なので仕方ない。
そんな中で、学園中に走ったファルク様とレイルの破局の噂。
どうしたって一挙一動に注目が集まるファルク様のせいで、距離感も空気も恋人同士のそれな二人は、学園では名物カップルとして結構知られていたから噂が回るのも早かった。
女生徒達の間で理想の恋人、としてダリオン様やルカス様を抜いてファルク様の名前があがりがちなのは、付き合ったら絶対に大事にしてくれそうってポイントが大きかったから勝手にショックを受けている子も多かった。
時折突飛な行動をするレイルはともかくとして、あの恐ろしい番犬がレイルを手放すのが信じられなくて、最初私は噂を信じていなかった。
でも、実際に二人の仲睦まじい姿を学園内で見る事がなくなり、レイルは変わり者の上級生のカイル様の研究室やダンジョン近くの騎士団の詰所に入り浸るようになってしまって、私が話しかけるタイミングすら中々得られなかった。
合同授業の時。遠くの席から見かけたレイルの表情は私が心を奪われたあの笑顔とはかけ離れていて、何とかしなくてはとお節介にも思った。
しかし、どうにもタイミングが悪いのかレイルは中々捕まらなくて私は苛立ちのままにもう一人の方をあたる事にした。
番犬の方はすぐに捕まった。
というか元々ダンジョンの入り口付近でよく見かけていたので、声をかけるだけだった。
「ファルク様、素材集めなら私もご一緒してよろしいですか」
ファルク様は私の前では猫を被る気も無いのか露骨に胡乱げな目をしたが、了承してくれた。
ダンジョン内部に入ると、さっきまでの彼はまだ一応取り繕っていたのだな、と分かるくらいにファルク様の表情が無になった。
最初は『レイルにあんな顔させてるんじゃないわよ!バシーン!』ってやってやろうかなと思っていたのだけど、ファルク様の余りにもダメージを負っている様子に流石のレイル贔屓の私も不憫になってしまって、話を聞いてみる事にした。
ファルク様は断片的にしか語ってくれなかったけど、まー何と言うか拗れに拗れていた。
多分レイルの精神状況がよろしくなくて距離を置く事になってしまったのだけど、その時に言われた言葉がどうにもファルク様の急所を貫いたらしく、心を無にしてダンジョンで素材集めに精を出していたらしい。
「素材って『ぶきや』で作ってもらうやつの素材ですよね?」
「ああ、剣と盾だ」
「ふぅん、それ完成したらどうするんですか?」
ファルク様は不意を突かれたように黙ってしまうと、少ししてから口を開いた。
「……ダンジョンボスを倒す」
「それって、ノブレス・オブリージュってやつです?」
「いや、レイルが怖がってるから。ただそれだけだよ」
私は思わず笑みがこぼれてしまった。その答えは私の中で満点だったから。
好きな子の笑顔を守る為についでに国も救っちゃうなんて、なんてロマンチック。
そして、レイルの憂いの殆どを占めるであろう原因を取り除いてしまえば、この番犬との関係も少しは楽観的に考えられるかもしれない。
「私も協力しますよ、それ」
ファルク様が怪訝そうな表情を浮かべる。まぁ、いきなりなんだって思うよね。
「私も同じ目的なんで」
私がそう言うと、意味を正しく理解したのだろうファルク様は思いっきり眉を顰めて嫌そうな顔をした。
ダンジョンに入ってから殆ど無表情だった顔が初めて大きく乱れた瞬間だった。
しかし、ソロで攻略するよりも、事情を承知で同じ目的の私を引き入れた方が圧倒的に早く目的を達成出来る。イコールレイルの為になると考えたのだろう、嫌そうな顔を保ちつつもファルク様は「良いだろう」と了承してくれた。
──私も、たった一人の笑顔の為に魔王に挑んじゃうようなロマンチストな勇者様なのだ。
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ファルク様とダンジョンに潜るようになってから飛躍的に攻略速度は上がった。
私もファルク様も能力的にソロ向きだから自分の事は自分でやる、で完結してるのがやりやすいんだと思われる。
ボス戦は流石に協力するけど、フロア探索は個々でやっているし。
そんな数少ない協力ポイントのボス戦後の休憩中、私はウエストポーチの中からある物を取り出した。
可愛らしくラッピングされたそれ。
「あー、お腹減っちゃったなぁ! クッキーでも食べようかな」
私の渾身のアピールに対して、ファルク様が面倒くさそうな顔をしてスルーを決め込もうとしていたので私は勝手に話を続けた。
「ねぇ、ファルク様。このクッキー……誰が作ったと思います?」
ファルク様の目の色が変わる。
私はにんまりと笑う。
「いただきまーす」
レイルらしい均一な形で綺麗な焼き色がついたクッキーを一口齧る。
少し日が経っちゃってるから、焼き立ての時のようなサクサク感はないけれど、噛むとほろほろと崩れて、バターの香りがふわっと香って美味しい。
こんなクッキーってお店じゃないと作れないと思ってたけど、レイルと私、何が違うのかな?
「……」
ファルク様が恨めしそうな顔でこちらを見ている。
パーフェクト・ボーイなんて呼ばれているのが嘘みたいに余裕のない顔。
見たかったものは見れたので、意地悪は止めにする。
「一枚、食べます?」
「……頂こう」
ファルク様にレイルお手製のクッキーを一枚渡す。ファルク様はクッキーを見つめて悩ましげなため息を吐くと、慎重な手付きでひとくち口に運んだ。
そして、項垂れてしまった。
「美味しいですか?」
「王都一番の職人が作ったサブレでさえ、この一枚には敵わないだろう……」
真剣なトーンで言うファルク様がおかしくて、私は笑った。
休憩後はまた探索だ。
私達は別れる前に騎士団から支給されているダンジョンに関する資料を床に広げて共に確認する。
これは写しだが、なんとこの資料レイルが作成しているらしく、今や攻略には欠かせないくらいに役立っていた。
レイルが妙にダンジョンや魔物に詳しいのはどうしてなのかしらね。本人は本で読んだって言ってるけど、本当にそうなのかな。
レイルがダンジョンの事で悩んでいるのと関係があったり……?
そんな事を考えていると、正面から「ぶはっ」と吹き出す声が聞こえて私は顔を上げる。
ファルク様は手の甲を口にあてて、肩を震わせている。
不思議がる私の視線に気付いて、ファルク様は資料の一枚を渡してくる。
「猫スライムは三回見逃してあげると色違いの猫スライムが出現する(かわいいので見る価値有)……?」
私が読み上げるとファルク様はまた笑い出した。
「くく、はははっ、絶対要らないでしょその情報。はは、すっげぇレイルっぽい」
ずっと沈んでいたファルク様をたった一行の文だけでここまで笑顔にさせてしまうのだから、凄いものだと思う。まぁ、沈んでいる原因もレイルなのだけど。
完全無欠の王子様は、レイルの事になるとこんなにも表情豊かになる。
私はあーあ、と思った。
私にとってレイルは可愛くて、守ってあげたくなっちゃうちょっと気になる男の子だ。まだその程度。引き返せる位置に居る。
でもこの人は違う。レイルじゃなきゃ駄目なんだ。
なら、一緒にいるべきだ。
……仄かに抱いていた淡い恋心に、なんだかすっかり諦めがついてしまった。
──私は孤児院で皆のお姉ちゃんをやっていて、面倒見が良い方だと自負している。
今は喧嘩中の二人の問題児が仲直りするまで、少しだけお節介をしながら見守ろうと思ってる。
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