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オールド・トレント

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木の根で出来たような狭いトンネルを抜けると、背の低い草が一面に生えた不自然に広い空間が広がっており、呼吸をする度体内から草が生えてきてしまうんじゃないかと心配になるくらいに緑の匂いが濃かった。
中央には四から五メートルくらいの大きな樹木が一本鎮座していて、あからさまにヤバい雰囲気を放っている。

あれが、オールド・トレント。中級者の壁。五十階層のボス。

そ、想像してたよりデカいなぁ……。

ディスプレイから俯瞰的に観ていたのと実際に相対するのとじゃ迫力が段違いだ。
広い空間の入り口で僕が怯んでいると、ファルクが大丈夫、と言うようにぽんぽんと背中を叩いてくれた。

……うん。大丈夫だよな。
近接職二人が恐がっていないのに、僕が恐がっててどうするんだ。

迷いなく突き進むアルバートの背中と隣で微笑むファルクに勇気を貰い、僕は杖を両手で持ち直すと前へと歩みを進めた。

「じゃあ、作戦通りに」
「うん、了解」
「了解だ」

中央の大きな樹木から百メートルくらい離れた所で僕とファルクは立ち止まり、大剣を携えたアルバートだけが樹木へと近付いて行く。
僕はその様子を固唾を飲んで見守った。

アルバートが樹木の前へと辿り着き、精神統一するように一呼吸おいてから大きな剣を振りかぶる。
剣先が樹木を切り裂いた瞬間、樹皮に薄気味悪い隆起がボコボコっと現れて顔としか思えない形を形成した。
顔の瞼に相当する部分が開いてギョロっとした目玉がぐるぐると忙しなく動いた後、攻撃を仕掛けてきたアルバートを捉える。
根だと思われていた部分は、バキバキと音を立てながら手脚のように動き出し、ただの樹木だったそれが『オールド・トレント』という魔物に変貌するのを僕らは見ていた。
トレントは文字では表せない切り裂くような甲高い咆哮をあげながら、手を振り回してアルバートを狙う。
アルバートはその攻撃を難なく避けると、カウンター気味に大剣をトレントの腕部分の枝に振り下ろした。切断するには至らないが、着実にダメージは入っている。
次に行われた突進攻撃もアルバートは最小限の動きで躱すと、すかさずトレントの無防備な背中に【火弾】を叩き込んでいた。

うん、アルバートは大丈夫そうだ。
ふー、冷静に。冷静に。

僕は深呼吸をすると【闇の矢】という魔力を固めて飛ばすだけの基本の魔法攻撃をトレントに向かって放った。
僕の少し前に立つファルクも同様に【光の矢】と呼ばれる似たような魔法をトレントに向かって撃っていた。
僕と違うのはファルクは一気に十本ずつ展開して撃っているって所。くそぉ、魔力大富豪め。

しばらくそのまま攻撃を続けていると、トレントが一瞬動きを止める。そして、ぶるぶると身体を震わせて自らの葉っぱを地面に落とす。
落ちた葉っぱ達は瞬きの間に人間の子供くらいの大きさまで成長し、ミニチュア版トレントが大量に生まれた。

『オールド・トレント』の何が厄介なのか。
その答えがこれだ。
オールド・トレントは一定以上のダメージを与えると、自分の分身を大量に召喚する。
大抵の挑戦者はトレント本体の相手をしながら、ちょっかいをかけてくるちびトレントの相手もしなくてはならない為苦戦する。
ちびトレントを全て倒してから集中して本体を叩こうと考える者も多いだろうが、ちびトレントは無限に召喚されるし、本体の攻撃もばんばん飛んでくる為にその作戦も厳しい。
パーティで分担するにしてもちびトレントの数が多過ぎて結局はリソースを削られて敗退する事になる。
うん、割とクソゲーだね。
でもある程度の技量があり、トレントとちびトレントの特性を知っていれば、こいつは決して攻略不可能な敵ではない。

「アルバート! 回避優先で!」

僕はちびトレントとトレント本体に集中攻撃されているアルバートに声をかける。
アルバートは重そうな大剣でちびトレントの集団を薙ぎ払うと、左手を挙げて応えてくれた。

「じゃあファルク、よろしくな」
「うん。絶対に撃ち漏らさないから安心して」

随分とのんびりとした返事である。
しかし、こちらに向かってきていた大量のちびトレントは、ファルクが剣を虚空で一回転させる事で現れた大きな風の渦により遥か上空へと巻き上げられ、地面に叩き付けられて全て塵となった。

【大旋風】をこんな風にサラッと使うの本当に凄いよなぁ。

改めて我が幼馴染の才能と積まれた研鑽に脱帽してしまう。

魔法というのはその種類によって、最低このくらいの魔力を注げば発動するというラインがある。
その魔力を込める量(魔力を練ると表現する人も居るけど)は任意で変える事が出来る。
例えば昔、僕が【灯火】で魔獣を追い払った時なんかは馬鹿みたいに魔力を込めたおかげで、一般的に使われる【灯火】とは比べ物にならないくらいの光量が発生した。
さっきからファルクが撃ちまくっている【大旋風】は最低魔力消費量が高い魔法で、更にファルクは魔力の上乗せもしているので範囲も威力も桁外れな事になっている。
魔力大富豪だから出来る贅沢な魔法の使い方だ。
だけどいくら富豪でも普通だったらこんな戦い方はしない。
最小限の魔力で確実に敵を仕留めていくのがスマートな魔法使いの戦い方だ。
だが、今回僕がファルクにお願いした役割ではこの湯水のように魔力を使うやり方が正しい。

僕はアルバートの方をちらりと見た。
最早アルバートの近くにちびトレントは居らず、本体と一対一でやり合う事が出来ている。
召喚される全てのちびトレントは僕とファルクの方へと近付いてきては、ファルクの魔法の餌食になっている。

──ちびトレントは魔力を感知してそちらに向かう習性がある。
これを知っているのと知らないのでは、対トレント戦での難易度が大きく変わる。

だから、僕はファルクには派手な魔法を使ってちびトレントを引き付けてもらい、アルバートには魔力を一切使わずに剣技だけで本体と戦ってもらう事にした。

魔力大富豪のファルクと、並外れた身体能力と優れた技量を持つアルバートの二人が居るからこそ出来る作戦だ。

しかし、いくら優れた技量だからと言って剣技だけで本体を倒すのは厳しい。
このままではジリ貧。そこで僕の出番である。
何にもしてないように見えたかもしれないが、実はある魔法にずーっと魔力を込め続けていたのだ。途中、腰につけた魔力ポーションの瓶を二本飲むくらいには全力で。

「う、ぷ……よし、行きます!!」

僕は二人に聞こえるように大きな声で宣言する。
魔力ポーションを一気に飲んだせいで少し気分が悪いが、お陰で魔力は充分込められた。


「と、まれっ!!!」

叫びながら魔力をたっぷりと上乗せした【暗い牢獄】を展開する。
すると、トレント本体が立つ地面に真っ黒な沼が出現し、その中から黒い手のような物体が無数に出てきてトレントの身体に絡みついた。
トレントは身体を捩って抵抗するが、動けないでいる。
こうなればもう殆ど無力化したも同然で、出来るのは精々頭の葉っぱを飛ばしたり、近付いてきた相手に噛み付いたりするくらいだ。

やった、成功だ……!

【暗い牢獄】は敵をその場に拘束する闇魔法だ。
魔力を込めている間、拘束している間どちらも術者は動く事が出来ず、攻撃する事も出来ないので完全に味方頼りのサポート技。
リスクが高い魔法なので安全な所で使う事が推奨されている。戦場で安全な場所っていうのも中々難しいのでは? と思うけど。

オールド・トレントくらいの大物を拘束するとなると必要な魔力量も込めるのにかかる時間も桁違いだった。
当然リスクも跳ね上がるけど、ファルクが守っててくれているのなら大丈夫だ、と安心してチャージが出来た。
さっきの話じゃないけど僕にとって、戦場で唯一安全だと思える場所だから。

トレント本体が拘束されたり無力化されると、本体は力を自身に集中させる為に召喚されたちびトレント達を一気に消す。
──ここが最大のチャンス。

「さぁ、ファルク。行け! 総攻撃だ!」

ファルクは僕を見て頷くと、素早くトレント本体に向かって駆け出した。
アルバートは既にトレントの弱点属性である火の魔法を剣の攻撃に絡めながら、猛攻に転じている。

僕はここから動けないし、攻撃に参加する事も出来ないので、後は二人がトレントをボコボコにするのを見守ろう。

……こんな事考えてる状況じゃないと思うんだけど。でも……。
推し二人の共闘、めちゃくちゃカッコいいな!!!
僕の背丈くらいある大剣を軽々と振り回して荒々しく戦うアルバートも、華麗にロングソードを操りながら光魔法を放つ正に勇者様って呼びたくなるようなファルクもどっちもカッコいい。
もちろん【暗い牢獄】への集中を疎かにする事はないけれど、思わず見惚れてしまうのは仕方ないと思う。

殆ど一方的な蹂躙が続き、そろそろ倒せそうかなと思った時。
決して僕を狙った訳では無いトレントの遠距離葉っぱ攻撃が、運悪く僕の方へと飛んできた。
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