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悪魔

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ぱちりと目が覚めると真正面に神のように美しい顔があって、僕は一瞬自分が死んだのかと思って息を呑んだ。

いや、なんだ……ファルクか。
たまに顔が良過ぎて見慣れてる筈なのに新鮮にびっくりするんだよな。

よくよく見れば真正面にあったのは約一ヶ月ぶりに再会した幼馴染の顔で、カーテン越しに入ってくる柔らかい朝の日差しに照らされて銀色の髪や伏せられた長い睫毛がキラキラと輝いている。
その神々しさに一瞬現実感を失くしてしまったのだろう。

ようやく頭が覚醒してくると、次に気になるのは今自分が置かれた状況である。
ここはファルクのベッドで、昨日多分僕はあのままソファで寝落ちしてしまったんだろうな。
そしてファルクはそんな僕を自分のベッドまで運んでくれたんだろう。
そしてベッドは一つしか無いので、一緒の布団に入った……そんな感じかな?
僕は結構寝相が悪いので何かやらかしてないかと不安になったけど、借りたナイトシャツもきっちり着てるし、普通に並んで寝ているだけなのでひとまず安心した。
いや、というか……。

「門限!!」

ガバッと起き上がると隣で寝ていたファルクを起こしてしまったようで「レイル……?」とぼんやりした声で名前を呼ばれる。

「あっ、ご、ごめん。起こしたよね」

にゅっと伸びてきた力強い腕によって僕の身体は再び布団の中へと引きずり戻され、ファルクの腕の中に閉じ込められる。

「まだ早いだろ。もう少し寝てよう」
「い、いや、僕帰らなきゃ。無断外泊しちゃった」
「連絡してあるから大丈夫だよ」

くす、と笑われる。
よくよく話を聞いてみるとなんと昨日僕が風呂に入っている間に既に外泊の許可を得ていたらしい。

いや、言えよ!

不満を露わにした目を向けると、額に口付けられて微笑まれた。
笑顔の美しさにぽうっとしてしまい、一瞬流されそうになってしまったが、なんだかんだで小さい頃から顔の良さには耐性をつけられているので誤魔化されないぞ!
僕は布団の中でげしげしとファルクの脛を蹴った。
ファルクはなんか嬉しそうだった。

「──そうだ、僕寝相悪いからファルクの事蹴っ飛ばしちゃったりとか変な寝言言ったりとかしてない?」

脛を蹴った事で浮かび上がった気になる事を聞いてみる。

「……可愛かったよ?」

あからさまに目が泳ぐファルク。こちらの顔を見ようとしない。

──絶対何かやらかしてる!!

「え、何!? 何やったの僕!」
「いや、別に。可愛かったし、俺は得しかしてないから」
「得!? 本当に何したの僕?!」

起き上がってファルクの肩をガクガク揺らしても薄く笑うだけで、教える気は無いと言うのが丸分かりの態度。
クソ、絶対言わないヤツだこれ。

「……迷惑かけてない?」

具体的な内容は教えてくれないにしてもそれだけは聞いておくべきだろう。
あー、でも前世の事とか言ってたらどうしよう……。

「かけてないよ。得しかしてないって言ってるだろう?」
「だからその得が一番分からないんだよ。得する寝相ってなんだよ。寝惚けてお金でも渡してたの?」
「うーん、とりあえず今度レイルが泊まりに来た時の為にパジャマを用意しておこうかなとは思った」
「ますます分からなくなったんだけど!?」

楽しそうに笑うファルクに僕は頬を膨らませた。

……めちゃくちゃ気になるが、本人が得したって言ってるならもう良いや。
めちゃくちゃ気になるが!!

僕は再び布団に潜り込み、ため息を吐きながらもぞもぞと落ち着く場所を探す。

腕枕というか肩枕というか、抱き寄せられた結果頭の収まりが良いのがその辺りだったので、そこに頭を乗せて起床時間まで微睡む事にした。
ファルクの腕は僕の肩と腰を抱いていて、互いの吐息の温かさが伝わるくらいにぴったりとくっついていた。
……距離感がおかしいのは分かってる。重々承知しております。
分かってるけど、こうやってファルクとくっついてるの嫌じゃない……というか好きなんだよな。
冷静になって絵面のキツさを想像すると逃げ出したくなるんだけど、まぁ今はまだ寝起きなので。
ハグをする事で脳内にオキシトシンという幸せホルモンが分泌されるらしいが、そのせいなのかな。


「ファルクもオキシトシン出てる?」
「何だい? それ」
「……なんでもない」

異世界で脳科学分野は発展していないようだ。

ーーーーーーーーーーーーーー

身支度を整えて、浄化をかけた制服に着替える。
ファルクの部屋には風呂と同様に洗面所もついているので朝の洗面所の行列と無縁なのは羨ましいなと思った。
浄化で綺麗に出来るとはいえ、朝は特に気分的にさっぱりさせたいのか洗面所は大人気だ。僕もその一人。
その事を伝えると「今からでも引っ越してきなよ。話はつけておくから」と言われて困ってしまった。
正直朝にまったり出来るのは惹かれない事も無いのだが、明確にルールを捻じ曲げてしまうと流石に反発が起きそうだ。

入学当初はこんな風に分かりやすくファルクと親しくしてたら「身の程を弁えなさいよ平民!!」みたいな事言われたりするんじゃないかなって思ってた。
ゲームではそういうシーンもあったから。
しかし、その手の輩は思っていたよりずっと少ない。
たまーに下級貴族の生徒にチクリと遠回しな嫌味を言われるくらいで実害はほぼ無いと言って良い。
これは多分セーラと違って親しいのが幼馴染のファルクだけなのと、ヴァンスタイン家が長い歴史を持つ大きな商会だからだと思われる。
ただ、全く無い訳じゃないし、言わないだけで反感を持ってる人は沢山居ると思うから刺激しないにこした事無いと思うんだよな。

なので、ファルクには丁重にお断りした。

僕は悪口を言われたら普通に傷付くし、なんなら泣くので平和的に暮らしたい。

「毎日お風呂にも入れるよ? 髪も乾かしてあげるし、マッサージもしてあげる。課題も手伝うし、レイルの好きなおやつも毎日用意する。どう?」

う、ううう……。
神々しい見た目のくせに、こちらを誘惑してくる様はまるで悪魔のようだ。
先程の決意が呆気なくぐらぐらと揺れてしまう。
余りにも魅力的過ぎる。至れり尽くせりだ。

「だめ!!」

ギリギリ、本当にギリギリの所で僕は誘惑に打ち勝った。
ファルクは『チッ、後少しだったのに』みたいな顔をしていた。なんて恐ろしい男なんだ。
本当に僕を堕落させる為に現世に降り立った悪魔なのでは……。
可能性はある。ファンタジー世界だし。
いくらなんでも見た目が良過ぎるし、僕に都合良く甘過ぎる。

真剣な眼差しで「ファルクってもしかして悪魔……?」と聞くと呆れたような顔をしたファルクに「レイルは小悪魔だよね」と言われた。

小悪魔て。小悪党的な感じで言ってるんだろうけど、意味合いが変わってきちゃうぞ。

「小悪魔より下級悪魔とか言った方が分かりやすいと思う」

僕のアドバイスにファルクは遠い目をしていた。
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