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先輩①
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北の国境近くの森での魔物征伐作戦は順調のようだ。
大きな怪我人も出ておらず、予定通り後二週間程度で帰れそうだとファルクから鳥を使っての文が届いた。
『早くレイルに会いたいよ。帰ったら一日中抱き締めさせて。 愛を込めて ファルク・サンブール』
その手紙の文末にはこう綴られていて、僕は思わず便箋を顔に押し当てて悶えた。
な、なんでこんなドキドキしてるんだろ……。
あの日、ファルクとキスをする想像をしてからファルクの事を妙に意識してしまう自分が居る。
いや、でもただの幼馴染相手にこんな恋文のような言葉を書くファルクが悪くないか?
だって……あんな見た目も中身も良い男に毎日毎日甘やかされてたら、同性相手だとしてもなんか変な感じになっちゃうだろうが!
小さい頃、初めてファルクという存在を意識した時のレイル少年のときめきみたいなものは未だ心の中の奥底で燻り続けているのだ。
僕は悪くない、ファルクが悪い。もっと自分がどう思われているかを自覚して行動するべきだ。
むしろ僕はこうやって勘違いするなと自省出来てるだけ褒められても良いと思う。
今は居ない幼馴染に全ての責任を押し付けて僕は溜飲を下げた。
──長い前髪に隠された傷痕に人差し指で触れる。溝のように少し凹んだ傷痕の部分は、他の場所よりも皮膚が薄くツルツルとした感触だ。痛みはもう無い。
これがある限り、ファルクは僕の望みを全て叶えようとするだろう。
前にこの世界がファルクエンディングを迎えたら、ファルクがどこかに行ってしまうかもしれないと考えた事があったが、冷静に考えれば杞憂だったなと思う。
例えセーラと結ばれたとしても、僕が行かないでと一言言えばどんなに重荷に感じていてもファルクは僕のそばに居続ける。そういう損な性格だ。
……そういう性格だから、ファルクの好意のように見える行動の全てをそのまま受け取る事は出来ない。
二度と僕にそれを悟らせるような失敗はしないだろうから、それはもう真実と言って差し支えないのかもしれないけど、それでもだ。
悩んだ結果文の返事は少しの近況報告と『元気な姿で帰ってくるのを待ってます。 君の友人 レイル・ヴァンスタイン』という無難なものに落ち着いた。
ーーーーーーーーーーーーーー
僕は出来る限りの急ぎ足で次の授業が行われる教室へと向かっていた。
本日提出しなければならないレポートを寮に忘れてしまい、取りに帰っていたら時間がギリギリになってしまったのだ。
既に廊下を歩いている生徒は殆ど居ない。
こういう時に走れないのが辛い所だな、と考えていたら何者かに背後からいきなり制服の襟首を掴まれて、僕は大きく身体のバランスを崩した。
あ、転ぶ。と思って反射的に目を瞑ると予想していたような衝撃は来ず、代わりにぽふっと地面の固さとは違うものにぶつかった。
疑問に思って恐る恐る目蓋を開けると、眼鏡をかけたオリーブ色の癖っ毛の青年に上から覗き込まれていた。
僕は驚きの余り口をぽかんと開けた。
「すまない、思わず掴んでしまった。だがしかし、君に聞きたいことがあるのだ」
「……か、カイル先輩……!?」
「む、僕のことを知っているのか」
知ってるも何も……!
攻略対象の一人、カイル・ドノヴァン。ドノヴァン辺境伯の養子で学園では変人の異名を持つ彼。そしてチルドさんの推し。
何故か僕は今、そんな彼の腕の中にいた。
推測するに僕はカイル先輩に背後から引っ張られてバランスを崩し、そのカイル先輩によって抱き止められたっぽい。
「あっいえ、あ、あの、な、何か御用でしょうか」
僕は慌ててカイル先輩の腕の中から飛び出すと、乱れた髪や制服を直して改めて先輩に向き合った。
「──あぁ、そうだ。聞きたいことがあるのだ。二日前の夜、ダンジョンそばの交換所でルミナスソーラマンの光玉を持ち帰ったのは君か?」
「え、ええ。そうですが……」
ガシッと両肩を掴まれ、カイル先輩の顔が間近に迫る。顔が近ぇ。
「頼む! その光玉を僕に譲ってくれ!!」
カイル先輩は大きな声でそう叫ぶと勢い良く頭を下げた。僕はぎょっとする。
変人とはいえ一応上級貴族のご子息だ。間違っても僕のような平民に軽々しく頭を下げて良い存在ではない。
「あ、頭を上げて下さい。光玉ならお譲りしますから」
僕がそう言うと、カイル先輩はばっ!と顔を上げて「本当か!?」とヘーゼルの大きな瞳を輝かせた。
僕はコクコクと何度も頷く。
「よし、では早速譲ってくれ! もちろん、無料で寄越せなんて言わない。相場以上の金額は支払うし、僕に用意出来るものならなんでも渡そう」
「あ、いや、お譲りするのは良いんですがその……」
タイミングよく始業の鐘が鳴り響く。
「まだ授業が残っているので……放課後でも良いですか?」
カイル先輩はようやく僕の肩から手を離してくれた。
放課後に先輩の研究室に光玉を持って行く事を約束して、別れる。
僕は結局授業に遅刻した。
ーーーーーーーーーーーーーー
カイル先輩節炸裂してたなぁ。あの自分の言いたい事をガーッて言って相手を困惑させる感じ。
面白いキャラだけど実際に対面するとやっぱり面食らっちゃったな。
僕はサイドテーブルに置きっぱなしだった光玉を手に取ると、引き出しの中から出したハンカチで包んだ。
先輩が光玉を求める理由はなんとなく予想出来る。ダンジョンを作る為の材料にしたいんだろう。
そう、カイル先輩の夢はダンジョンを造る事である。
──ダンジョンは神の御業によって造られた。
そんな説が最も有力な中で、本気でダンジョンを作ろうとしているカイル先輩はかなりクレイジーなお方だ。神に対する冒涜だ、と言う人もいる。
実際は古代のアーティファクトで、神様は何にも関係ないんだけどそれを知る人は居ないから仕方ない。
カイル先輩は元々隣国の国境近くにある小さな町の町長さんの息子で、父と母と妹の四人で平和に暮らしていた。
だがそんな平和も、町が魔物のスタンピードに巻き込まれてしまい呆気なく崩れ去る事となった。
カイル先輩はスタンピードの時、町外れの教会に大掃除の手伝いに来ていて家に居なかった。
教会の辺りには町の中心部ほど多くの魔物が来たわけではないが、それでも一般人ではとても太刀打ち出来そうにもない程の数の暴走した魔物が現れた。
それでも、神父様やシスターが命懸けでカイル先輩を地下の隠し部屋へと逃してくれたお陰で、生き残る事が出来たそうだ。
そしてスタンピード発生から二日後、隣国から救援要請を受けたドノヴァン辺境伯が自ら兵を引き連れてカイル先輩の町にやってきた時に、カイル先輩以外の生存者は誰も居なかった。
教会の地下で一人震える先輩を哀れに思ったドノヴァン辺境伯は彼を養子として迎え入れる事にした……というのがカイル先輩の生い立ちだ。
シルヴァレンス王国があるアルタランディア大陸には他にもいくつか国があるが、圧倒的にシルヴァレンス王国が栄えている。
それは何故か。魔物による被害が非常に少ないからである。
それは何故か。ダンジョンがシルヴァレンス王国に発生する瘴気を吸い取っているからである。
瘴気の事やダンジョンボスを倒さないと云々などは、まだ知られていない情報だけど、シルヴァレンス王国にあって他の国に無いものと言えばダンジョン。
ダンジョンのお陰でシルヴァレンス王国には魔物が少ないという仮説は誰にでも立てられる。
魔物によって大切な物を全て失ったカイル先輩は、各国にダンジョンを人工的に造る事で、世界中の魔物の被害を減らしたいと思っているのだ。
だが、些かその夢に情熱を注ぎすぎて周囲からは基本的に変人扱いされているのがカイル先輩だ。
寮の庭で人面花を育てたり、噴水をショッキングピンクに染めたり、彼が研究室と呼んで勝手に使ってる教室を爆発させたりなど話題には事欠かない。
ゲームでもセーラはカイルに振り回される事になるのだが、好感度が高まると逆にセーラの言動や行動にカイルが過剰反応する童貞ムーブが面白すぎて、チルドさんの心を掴んでいた。
そんなはちゃめちゃな人なので正直深く関わりたいとは余り思わないけど、僕も魔物の被害に遭った一人としてカイル先輩の夢の役に立てるのなら素材の提供くらいは喜んでするさ。
レオニスとポムもきっと納得してくれると思うしね。
大きな怪我人も出ておらず、予定通り後二週間程度で帰れそうだとファルクから鳥を使っての文が届いた。
『早くレイルに会いたいよ。帰ったら一日中抱き締めさせて。 愛を込めて ファルク・サンブール』
その手紙の文末にはこう綴られていて、僕は思わず便箋を顔に押し当てて悶えた。
な、なんでこんなドキドキしてるんだろ……。
あの日、ファルクとキスをする想像をしてからファルクの事を妙に意識してしまう自分が居る。
いや、でもただの幼馴染相手にこんな恋文のような言葉を書くファルクが悪くないか?
だって……あんな見た目も中身も良い男に毎日毎日甘やかされてたら、同性相手だとしてもなんか変な感じになっちゃうだろうが!
小さい頃、初めてファルクという存在を意識した時のレイル少年のときめきみたいなものは未だ心の中の奥底で燻り続けているのだ。
僕は悪くない、ファルクが悪い。もっと自分がどう思われているかを自覚して行動するべきだ。
むしろ僕はこうやって勘違いするなと自省出来てるだけ褒められても良いと思う。
今は居ない幼馴染に全ての責任を押し付けて僕は溜飲を下げた。
──長い前髪に隠された傷痕に人差し指で触れる。溝のように少し凹んだ傷痕の部分は、他の場所よりも皮膚が薄くツルツルとした感触だ。痛みはもう無い。
これがある限り、ファルクは僕の望みを全て叶えようとするだろう。
前にこの世界がファルクエンディングを迎えたら、ファルクがどこかに行ってしまうかもしれないと考えた事があったが、冷静に考えれば杞憂だったなと思う。
例えセーラと結ばれたとしても、僕が行かないでと一言言えばどんなに重荷に感じていてもファルクは僕のそばに居続ける。そういう損な性格だ。
……そういう性格だから、ファルクの好意のように見える行動の全てをそのまま受け取る事は出来ない。
二度と僕にそれを悟らせるような失敗はしないだろうから、それはもう真実と言って差し支えないのかもしれないけど、それでもだ。
悩んだ結果文の返事は少しの近況報告と『元気な姿で帰ってくるのを待ってます。 君の友人 レイル・ヴァンスタイン』という無難なものに落ち着いた。
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僕は出来る限りの急ぎ足で次の授業が行われる教室へと向かっていた。
本日提出しなければならないレポートを寮に忘れてしまい、取りに帰っていたら時間がギリギリになってしまったのだ。
既に廊下を歩いている生徒は殆ど居ない。
こういう時に走れないのが辛い所だな、と考えていたら何者かに背後からいきなり制服の襟首を掴まれて、僕は大きく身体のバランスを崩した。
あ、転ぶ。と思って反射的に目を瞑ると予想していたような衝撃は来ず、代わりにぽふっと地面の固さとは違うものにぶつかった。
疑問に思って恐る恐る目蓋を開けると、眼鏡をかけたオリーブ色の癖っ毛の青年に上から覗き込まれていた。
僕は驚きの余り口をぽかんと開けた。
「すまない、思わず掴んでしまった。だがしかし、君に聞きたいことがあるのだ」
「……か、カイル先輩……!?」
「む、僕のことを知っているのか」
知ってるも何も……!
攻略対象の一人、カイル・ドノヴァン。ドノヴァン辺境伯の養子で学園では変人の異名を持つ彼。そしてチルドさんの推し。
何故か僕は今、そんな彼の腕の中にいた。
推測するに僕はカイル先輩に背後から引っ張られてバランスを崩し、そのカイル先輩によって抱き止められたっぽい。
「あっいえ、あ、あの、な、何か御用でしょうか」
僕は慌ててカイル先輩の腕の中から飛び出すと、乱れた髪や制服を直して改めて先輩に向き合った。
「──あぁ、そうだ。聞きたいことがあるのだ。二日前の夜、ダンジョンそばの交換所でルミナスソーラマンの光玉を持ち帰ったのは君か?」
「え、ええ。そうですが……」
ガシッと両肩を掴まれ、カイル先輩の顔が間近に迫る。顔が近ぇ。
「頼む! その光玉を僕に譲ってくれ!!」
カイル先輩は大きな声でそう叫ぶと勢い良く頭を下げた。僕はぎょっとする。
変人とはいえ一応上級貴族のご子息だ。間違っても僕のような平民に軽々しく頭を下げて良い存在ではない。
「あ、頭を上げて下さい。光玉ならお譲りしますから」
僕がそう言うと、カイル先輩はばっ!と顔を上げて「本当か!?」とヘーゼルの大きな瞳を輝かせた。
僕はコクコクと何度も頷く。
「よし、では早速譲ってくれ! もちろん、無料で寄越せなんて言わない。相場以上の金額は支払うし、僕に用意出来るものならなんでも渡そう」
「あ、いや、お譲りするのは良いんですがその……」
タイミングよく始業の鐘が鳴り響く。
「まだ授業が残っているので……放課後でも良いですか?」
カイル先輩はようやく僕の肩から手を離してくれた。
放課後に先輩の研究室に光玉を持って行く事を約束して、別れる。
僕は結局授業に遅刻した。
ーーーーーーーーーーーーーー
カイル先輩節炸裂してたなぁ。あの自分の言いたい事をガーッて言って相手を困惑させる感じ。
面白いキャラだけど実際に対面するとやっぱり面食らっちゃったな。
僕はサイドテーブルに置きっぱなしだった光玉を手に取ると、引き出しの中から出したハンカチで包んだ。
先輩が光玉を求める理由はなんとなく予想出来る。ダンジョンを作る為の材料にしたいんだろう。
そう、カイル先輩の夢はダンジョンを造る事である。
──ダンジョンは神の御業によって造られた。
そんな説が最も有力な中で、本気でダンジョンを作ろうとしているカイル先輩はかなりクレイジーなお方だ。神に対する冒涜だ、と言う人もいる。
実際は古代のアーティファクトで、神様は何にも関係ないんだけどそれを知る人は居ないから仕方ない。
カイル先輩は元々隣国の国境近くにある小さな町の町長さんの息子で、父と母と妹の四人で平和に暮らしていた。
だがそんな平和も、町が魔物のスタンピードに巻き込まれてしまい呆気なく崩れ去る事となった。
カイル先輩はスタンピードの時、町外れの教会に大掃除の手伝いに来ていて家に居なかった。
教会の辺りには町の中心部ほど多くの魔物が来たわけではないが、それでも一般人ではとても太刀打ち出来そうにもない程の数の暴走した魔物が現れた。
それでも、神父様やシスターが命懸けでカイル先輩を地下の隠し部屋へと逃してくれたお陰で、生き残る事が出来たそうだ。
そしてスタンピード発生から二日後、隣国から救援要請を受けたドノヴァン辺境伯が自ら兵を引き連れてカイル先輩の町にやってきた時に、カイル先輩以外の生存者は誰も居なかった。
教会の地下で一人震える先輩を哀れに思ったドノヴァン辺境伯は彼を養子として迎え入れる事にした……というのがカイル先輩の生い立ちだ。
シルヴァレンス王国があるアルタランディア大陸には他にもいくつか国があるが、圧倒的にシルヴァレンス王国が栄えている。
それは何故か。魔物による被害が非常に少ないからである。
それは何故か。ダンジョンがシルヴァレンス王国に発生する瘴気を吸い取っているからである。
瘴気の事やダンジョンボスを倒さないと云々などは、まだ知られていない情報だけど、シルヴァレンス王国にあって他の国に無いものと言えばダンジョン。
ダンジョンのお陰でシルヴァレンス王国には魔物が少ないという仮説は誰にでも立てられる。
魔物によって大切な物を全て失ったカイル先輩は、各国にダンジョンを人工的に造る事で、世界中の魔物の被害を減らしたいと思っているのだ。
だが、些かその夢に情熱を注ぎすぎて周囲からは基本的に変人扱いされているのがカイル先輩だ。
寮の庭で人面花を育てたり、噴水をショッキングピンクに染めたり、彼が研究室と呼んで勝手に使ってる教室を爆発させたりなど話題には事欠かない。
ゲームでもセーラはカイルに振り回される事になるのだが、好感度が高まると逆にセーラの言動や行動にカイルが過剰反応する童貞ムーブが面白すぎて、チルドさんの心を掴んでいた。
そんなはちゃめちゃな人なので正直深く関わりたいとは余り思わないけど、僕も魔物の被害に遭った一人としてカイル先輩の夢の役に立てるのなら素材の提供くらいは喜んでするさ。
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