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【終】スタッフロール後のやつ
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「明星くん、最近ご機嫌ですね」
いつものように教授の研究室で蔵書を物色していると、先程までPCに向かって熱心に何かを打ち込んでいた筈の教授に突然そんな事を言われて、俺は目を瞬かせた。
鳥の巣を連想させるボサボサの髪と適当に剃られたであろうまばらな髭、スクエアの黒縁メガネは傾いてしまっている。ネジが緩んでいるのだろう。
そのくせワイシャツはきっちりとアイロンがかけられていて、皺一つ無いのがアンバランスだ。
この間還暦を迎えたという俺のゼミの教授は、何が楽しいのかやけにニコニコとしながらこちらを見ていた。
「そんな風に見えますか?」
「うん。絶好調って感じです。やっぱり番が出来たからですかね」
「あぁ……俺は別に良いですけど、それ、セクハラになりますよ」
教授は俺の指摘に動揺したようで「えっ、あ、そんなつもりでは……!」と手をぶんぶんと振り、机の上のペン立てに肘をぶつけてひっくり返していた。
俺の進路を決めさせたこの尊敬すべき教授は稀にいる特化型のアルファで、自身の研究分野以外ではとことんポンコツだった。
「う、訴えないでください……!」
眉を落として情けない声で懇願する尊敬する教授に、俺はため息を吐いてしまう。
「訴えないですよ。俺は別に良いって言いましたし──確かに、少し浮かれてたんで」
教授はホッとしたように息を吐くと、散らばってしまったペン類を拾い集めはじめた。
「良いですよね、番。私もね、明星くんと同じ歳くらいの時に妻と出逢いましてね。あの時は世界が変わったような気分だったなぁ」
教授の番への惚気は今まで耳にタコが出来るほど何度も聞かされていたが、番を得た今聞くと自分と重なる部分があると思い、俺は本棚を漁る手を止めた。
優斗と出逢ってから、俺の世界は一変した。
初めての感情を沢山知った。正の感情も、負の感情も。
「……確かに、世界は変わりましたね」
「ふふふ、そうでしょうそうでしょう。明星くんの番の子は、瑞谷優斗くんですよね」
俺が同意した事で教授は気分を良くしたのか、すっかりお喋りモードに入ったようだった。この話題をしたくて仕方なかったのだろう。
「優斗の事、ご存知だったんですか?」
「もちろんです。元々我々教員達はオメガの生徒に対しては慎重な配慮をするようにキツく言われてます。特に瑞谷くんは大学入学後にオメガになった前例のないケースだったので、気にかけるようにとの御達しがありましたから」
それもそうか、と俺は思った。
大企業や学校では、未だ差別される事が多いオメガを保護する為の取り組みが行われているのが当たり前だった。
「そ、こ、で、なのですがね!」
教授はズレた眼鏡を直しながら、講義の最中に講義内容に関係の無い専門的な話を延々とする時に決まって言う口癖を放った。
「瑞谷くんの事は私も非常に気になりましてね、個人的に調べてたんです。……実は分化せずに生涯を終える事自体はそう珍しくないんですよ。そういった人達は未分化ではなく、そもそも第二性を持たない頃の人類と同じ身体で生まれてきたと言われています。なので、彼らはベータでも微量に感じ取れるフェロモンを一切知覚出来ない。それを親知らずが生える生えないのと同じだなんて言う輩もいますが、私は遺伝的多様性によるものだと」
「教授、脱線してます」
ヒートアップしそうな気配を感じて俺が声をかけると、教授は咳払いをし、再び眼鏡の位置を直してから落ち着いた様子で話を再開した。
「私が調べてみたのは、身体が成熟しきってから分化したケースがどの程度あるのかです。その結果なんですが、なんと瑞谷くんを含めたとしても五例。日本国内だと瑞谷くんが初めてなんですよ。もちろん、データに集計されていないケースもあるとは思いますが」
「五例……本当にかなりのレアケースなんですね」
珍しい事だろうとは思っていたが、ここまで稀なケースだとは思わなかった。世界で五例って、そんなのほぼゼロと変わりないじゃ無いか。
優斗がそんな特異な体質だった事に驚く。
「そしてここからが本題なのですが、その五人にはある共通点がありましてね」
「共通点……?」
すぐにべらべらと語りたがる教授にしてはやけに溜めた言い方に、俺は首を傾げる。
「皆オメガになってから早くて即日、遅くても一年以内に番を見つけています。──推測ですが、元々アルファの恋人が居た、もしくは瑞谷くんのように親しいアルファがそばにいたんじゃないでしょうか」
「……そうなんですか」
──まさか。
心臓がざわめく。
この情報だけで、これから教授が立てるであろう仮説が分かってしまって、俺はこめかみにじっとりとした汗が滲むのを感じた。
「察しの良い明星くんならもう分かってますよね。ごく稀に、格上のアルファに強い執着を向けられた格下のアルファやベータがオメガへと転換する事があります。私は彼らにもそれが起こったんじゃないかと考えます」
「……でも、分化せずに成熟した人々は、そもそも第二性を持たないんですよね。フェロモンだって感じ取れない」
「そう! だからこそ奇跡なんですよ」
教授が目を輝かせて楽しそうに言うが、俺は血の気が引くような気がしていた。
──俺が。
「俺が優斗をオメガにしてしまった……?」
優斗をあれだけ悩ませて、泣かせて、苦しめたのが、俺のせいだと言うのか。
無意識だったとしてもそんな身勝手な事が許されるのか。人の人生を丸ごと変えてしまうような、そんな勝手が。
青褪める俺を見て、教授が慌てて「あくまでも私の仮説ですから!」とフォローしてくれるが何の慰めにもならなかった。
確かに執着、していた。初めて会った時からずっと。
「そ、それに、他の第二性へと転換するのにはある条件があるんですよ! 明星くんは知ってますか?」
「……知りません」
「それは……──」
ーーーーーーーーーーーーーー
「転換する側も、アルファからの強い執着を受容しないと転換は起こらない、らしい」
就寝前、ベッドでまったりと寛ぎながら霧矢に「前言ってた俺が選んだ運命ってどう言う事?」と尋ねてみたら、とんでもない答えが返ってきた。
「要は霧矢が俺を好きで、俺も霧矢が好きだったから俺はオメガになったってこと?」
俺は困惑で目を瞬かせながら首を傾げる。
「参考に出来るケースが少ないから、あくまでも仮説にすぎない。ただの偶然って事もある。──ただ、俺はそうなんじゃないかと思ってる」
霧矢は確信があるような口振りだ。だが、俺はあまり納得出来なかった。
だって、そんな身体を造り変えてしまうような奇跡が起こるほど霧矢に執着されていた覚えはないし、俺だって普通に仲の良い友達だと思っていた。
大体一体俺のどこに一目惚れするような要素があるって言うのか。
「そうかなぁ……?」
目線だけで俺が何を思ったのかが伝わったのか、霧矢が薄く苦笑いを浮かべた。
「優斗は優斗に会う前の俺を知らないからな。高校の同級生辺りがお前と居る時の俺を見たら死ぬほど驚くと思うぞ」
「そんな大袈裟な……でも、高校生霧矢くんはちょっと見てみたいなぁ。お前絶対学園の王子様みたいな感じだったんだろー」
俺はリムジンで登校して、男女問わずキャーキャー言われている霧矢を想像してふふっと笑った。もちろん制服は白の学ランだ。
そんな俺を見て、霧矢は酷く驚いたような顔をしていた。
「……怒らないのか」
「何を?」
「俺のせいでオメガになったかもしれない事だ」
何故か霧矢の方が怒ってるみたいな調子で、俺はたじろいだ。
「って言われても……あんまり実感がないんだよなぁ。それになっちゃったもんは仕方ないし、今はこうやって丸く収まったんだから良いじゃん」
俺は隣で横たわる霧矢の首筋に顔を近付けて、ほろ苦く甘いカラメルソースのような香りを嗅いだ。俺の大好きな霧矢のフェロモン。
オメガにならなければ、この香りに包まれながら愛される喜びを知らなかったと思うと、なって良かったとさえ思える。
くんくん、と嗅いでいると手首を掴まれ、がばっと霧矢がのし掛かってきた。
いつ見ても端正な顔が近付いてきて、唇をぺろりと舐められた後、霧矢の唇が俺のそれに押し付けられた。
じゃれあいのようなキスに幸福を感じていると、霧矢の手がTシャツの裾の中から侵入してきて、胸の粒をきゅっと摘まれた。
以前より少しふっくらとしたそこは、刺激を与えられればすぐにぴんと立ち上がってしまう。
「ンッ、ふ、ぁ……」
思わず鼻にかかったような甘えた声が出てしまって、恥ずかしくなる。
こんな時ばっかり見せる霧矢の良い笑顔が憎らしくて、俺は霧矢をギロリと睨みつけるが、向けられた本人はなんのそのと言った様子で楽しそうに俺の身体を撫で回している。
「ひぁ、う、んんっ……、霧矢、も、どこでスイッチ入ったんだよ……」
「……優斗の事が好きだなと思って」
霧矢は俺の手を取ると、愛おしげに指先にちゅっと口付けた。
そんな気障な仕草も最高に様になってて、イケメンはずるいなと思いつつ、例によって俺はキュンキュンとときめいていた。悔しいけど、嬉しい。
「……やっぱり、まださっきの仮説の事は半信半疑だけどさ。──でも、オメガになったって診断された時、最初に霧矢の顔が思い浮かんだんだ。だから、確かに俺は前からお前の番になりたかったんだと、って、うわっ!」
霧矢が興奮した様子で俺の首筋にがぶがぶと噛み付いてきた。片手は下着の中へと入ってきて、やわやわと俺のモノを扱く。
ぶわっと増した霧矢のフェロモンの香りに頭がクラクラする。
突然の性急な行為に驚いた俺は、両手で霧矢の肩を押して抵抗した。
「や、あっ、いや、ほんと、スイッチわからんって」
「今のは完全に煽りにきてただろ。お前が可愛いのが悪い」
「あぅ、んっ、だめだって……」
さっきの俺の発言のどこに劣情を誘うような要素があったんだよ。
俺より俺の感じる所を知ってそうな霧矢の手によって、良い所を刺激されて身体が熱くなる。じわりと後ろが濡れるのを感じてしまい、唇をきゅっと結んだ。
俺はいよいよ流石にまずいと力の入らない手で必死に霧矢の肩を押した。
「ふ、明日、朝から企業説明会あるから、ぁん、しない、ってばぁ」
俺のささやかな抵抗も虚しく、霧矢の長い指が尻の肉の間に差し込まれ、穴のふちをふにふにとなぞる。
雄を受け入れる快感を知っているそこが俺の意思とは関係なく、霧矢の指を誘うようにひくひくと震えるのを感じて、俺は情けなく眉を八の字に下げた。
何の躊躇もなく霧矢の指がつぷりと穴の中へと入ってくる。ぞくりと背筋が震えて、俺は細く息を吐いた。
「就活なんてしなくても、一生俺が養ってやる」
他人の尻の穴に指を突っ込みながら、ギラギラした目でそんな事を言ってくる霧矢を俺は呆れた目で見る。
「……就職決まらなかったら、頼むわ」
「ああ」
霧矢の冗談はともかく、──なんか目が本気っぽいのは置いておいて、説明会には行かなくてはならない。
でも、俺もこのまま寝るなんて事は出来ないくらいに身体に火がついてしまったのも事実で。
「もぉ~……一回だけ、一回だけな!」
霧矢がこくりと頷いたのを見て、俺は霧矢の背に腕を回した。
ーーーーーーーーーーーーーー
──結局、一回で終わる筈もなく。
俺は腰の怠さに耐えながら説明会に駆け込む事になったし、霧矢のあの冗談が本気だった事を後々思い知らされる事になるのだったが、それはまた別のお話。
おわり。
いつものように教授の研究室で蔵書を物色していると、先程までPCに向かって熱心に何かを打ち込んでいた筈の教授に突然そんな事を言われて、俺は目を瞬かせた。
鳥の巣を連想させるボサボサの髪と適当に剃られたであろうまばらな髭、スクエアの黒縁メガネは傾いてしまっている。ネジが緩んでいるのだろう。
そのくせワイシャツはきっちりとアイロンがかけられていて、皺一つ無いのがアンバランスだ。
この間還暦を迎えたという俺のゼミの教授は、何が楽しいのかやけにニコニコとしながらこちらを見ていた。
「そんな風に見えますか?」
「うん。絶好調って感じです。やっぱり番が出来たからですかね」
「あぁ……俺は別に良いですけど、それ、セクハラになりますよ」
教授は俺の指摘に動揺したようで「えっ、あ、そんなつもりでは……!」と手をぶんぶんと振り、机の上のペン立てに肘をぶつけてひっくり返していた。
俺の進路を決めさせたこの尊敬すべき教授は稀にいる特化型のアルファで、自身の研究分野以外ではとことんポンコツだった。
「う、訴えないでください……!」
眉を落として情けない声で懇願する尊敬する教授に、俺はため息を吐いてしまう。
「訴えないですよ。俺は別に良いって言いましたし──確かに、少し浮かれてたんで」
教授はホッとしたように息を吐くと、散らばってしまったペン類を拾い集めはじめた。
「良いですよね、番。私もね、明星くんと同じ歳くらいの時に妻と出逢いましてね。あの時は世界が変わったような気分だったなぁ」
教授の番への惚気は今まで耳にタコが出来るほど何度も聞かされていたが、番を得た今聞くと自分と重なる部分があると思い、俺は本棚を漁る手を止めた。
優斗と出逢ってから、俺の世界は一変した。
初めての感情を沢山知った。正の感情も、負の感情も。
「……確かに、世界は変わりましたね」
「ふふふ、そうでしょうそうでしょう。明星くんの番の子は、瑞谷優斗くんですよね」
俺が同意した事で教授は気分を良くしたのか、すっかりお喋りモードに入ったようだった。この話題をしたくて仕方なかったのだろう。
「優斗の事、ご存知だったんですか?」
「もちろんです。元々我々教員達はオメガの生徒に対しては慎重な配慮をするようにキツく言われてます。特に瑞谷くんは大学入学後にオメガになった前例のないケースだったので、気にかけるようにとの御達しがありましたから」
それもそうか、と俺は思った。
大企業や学校では、未だ差別される事が多いオメガを保護する為の取り組みが行われているのが当たり前だった。
「そ、こ、で、なのですがね!」
教授はズレた眼鏡を直しながら、講義の最中に講義内容に関係の無い専門的な話を延々とする時に決まって言う口癖を放った。
「瑞谷くんの事は私も非常に気になりましてね、個人的に調べてたんです。……実は分化せずに生涯を終える事自体はそう珍しくないんですよ。そういった人達は未分化ではなく、そもそも第二性を持たない頃の人類と同じ身体で生まれてきたと言われています。なので、彼らはベータでも微量に感じ取れるフェロモンを一切知覚出来ない。それを親知らずが生える生えないのと同じだなんて言う輩もいますが、私は遺伝的多様性によるものだと」
「教授、脱線してます」
ヒートアップしそうな気配を感じて俺が声をかけると、教授は咳払いをし、再び眼鏡の位置を直してから落ち着いた様子で話を再開した。
「私が調べてみたのは、身体が成熟しきってから分化したケースがどの程度あるのかです。その結果なんですが、なんと瑞谷くんを含めたとしても五例。日本国内だと瑞谷くんが初めてなんですよ。もちろん、データに集計されていないケースもあるとは思いますが」
「五例……本当にかなりのレアケースなんですね」
珍しい事だろうとは思っていたが、ここまで稀なケースだとは思わなかった。世界で五例って、そんなのほぼゼロと変わりないじゃ無いか。
優斗がそんな特異な体質だった事に驚く。
「そしてここからが本題なのですが、その五人にはある共通点がありましてね」
「共通点……?」
すぐにべらべらと語りたがる教授にしてはやけに溜めた言い方に、俺は首を傾げる。
「皆オメガになってから早くて即日、遅くても一年以内に番を見つけています。──推測ですが、元々アルファの恋人が居た、もしくは瑞谷くんのように親しいアルファがそばにいたんじゃないでしょうか」
「……そうなんですか」
──まさか。
心臓がざわめく。
この情報だけで、これから教授が立てるであろう仮説が分かってしまって、俺はこめかみにじっとりとした汗が滲むのを感じた。
「察しの良い明星くんならもう分かってますよね。ごく稀に、格上のアルファに強い執着を向けられた格下のアルファやベータがオメガへと転換する事があります。私は彼らにもそれが起こったんじゃないかと考えます」
「……でも、分化せずに成熟した人々は、そもそも第二性を持たないんですよね。フェロモンだって感じ取れない」
「そう! だからこそ奇跡なんですよ」
教授が目を輝かせて楽しそうに言うが、俺は血の気が引くような気がしていた。
──俺が。
「俺が優斗をオメガにしてしまった……?」
優斗をあれだけ悩ませて、泣かせて、苦しめたのが、俺のせいだと言うのか。
無意識だったとしてもそんな身勝手な事が許されるのか。人の人生を丸ごと変えてしまうような、そんな勝手が。
青褪める俺を見て、教授が慌てて「あくまでも私の仮説ですから!」とフォローしてくれるが何の慰めにもならなかった。
確かに執着、していた。初めて会った時からずっと。
「そ、それに、他の第二性へと転換するのにはある条件があるんですよ! 明星くんは知ってますか?」
「……知りません」
「それは……──」
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「転換する側も、アルファからの強い執着を受容しないと転換は起こらない、らしい」
就寝前、ベッドでまったりと寛ぎながら霧矢に「前言ってた俺が選んだ運命ってどう言う事?」と尋ねてみたら、とんでもない答えが返ってきた。
「要は霧矢が俺を好きで、俺も霧矢が好きだったから俺はオメガになったってこと?」
俺は困惑で目を瞬かせながら首を傾げる。
「参考に出来るケースが少ないから、あくまでも仮説にすぎない。ただの偶然って事もある。──ただ、俺はそうなんじゃないかと思ってる」
霧矢は確信があるような口振りだ。だが、俺はあまり納得出来なかった。
だって、そんな身体を造り変えてしまうような奇跡が起こるほど霧矢に執着されていた覚えはないし、俺だって普通に仲の良い友達だと思っていた。
大体一体俺のどこに一目惚れするような要素があるって言うのか。
「そうかなぁ……?」
目線だけで俺が何を思ったのかが伝わったのか、霧矢が薄く苦笑いを浮かべた。
「優斗は優斗に会う前の俺を知らないからな。高校の同級生辺りがお前と居る時の俺を見たら死ぬほど驚くと思うぞ」
「そんな大袈裟な……でも、高校生霧矢くんはちょっと見てみたいなぁ。お前絶対学園の王子様みたいな感じだったんだろー」
俺はリムジンで登校して、男女問わずキャーキャー言われている霧矢を想像してふふっと笑った。もちろん制服は白の学ランだ。
そんな俺を見て、霧矢は酷く驚いたような顔をしていた。
「……怒らないのか」
「何を?」
「俺のせいでオメガになったかもしれない事だ」
何故か霧矢の方が怒ってるみたいな調子で、俺はたじろいだ。
「って言われても……あんまり実感がないんだよなぁ。それになっちゃったもんは仕方ないし、今はこうやって丸く収まったんだから良いじゃん」
俺は隣で横たわる霧矢の首筋に顔を近付けて、ほろ苦く甘いカラメルソースのような香りを嗅いだ。俺の大好きな霧矢のフェロモン。
オメガにならなければ、この香りに包まれながら愛される喜びを知らなかったと思うと、なって良かったとさえ思える。
くんくん、と嗅いでいると手首を掴まれ、がばっと霧矢がのし掛かってきた。
いつ見ても端正な顔が近付いてきて、唇をぺろりと舐められた後、霧矢の唇が俺のそれに押し付けられた。
じゃれあいのようなキスに幸福を感じていると、霧矢の手がTシャツの裾の中から侵入してきて、胸の粒をきゅっと摘まれた。
以前より少しふっくらとしたそこは、刺激を与えられればすぐにぴんと立ち上がってしまう。
「ンッ、ふ、ぁ……」
思わず鼻にかかったような甘えた声が出てしまって、恥ずかしくなる。
こんな時ばっかり見せる霧矢の良い笑顔が憎らしくて、俺は霧矢をギロリと睨みつけるが、向けられた本人はなんのそのと言った様子で楽しそうに俺の身体を撫で回している。
「ひぁ、う、んんっ……、霧矢、も、どこでスイッチ入ったんだよ……」
「……優斗の事が好きだなと思って」
霧矢は俺の手を取ると、愛おしげに指先にちゅっと口付けた。
そんな気障な仕草も最高に様になってて、イケメンはずるいなと思いつつ、例によって俺はキュンキュンとときめいていた。悔しいけど、嬉しい。
「……やっぱり、まださっきの仮説の事は半信半疑だけどさ。──でも、オメガになったって診断された時、最初に霧矢の顔が思い浮かんだんだ。だから、確かに俺は前からお前の番になりたかったんだと、って、うわっ!」
霧矢が興奮した様子で俺の首筋にがぶがぶと噛み付いてきた。片手は下着の中へと入ってきて、やわやわと俺のモノを扱く。
ぶわっと増した霧矢のフェロモンの香りに頭がクラクラする。
突然の性急な行為に驚いた俺は、両手で霧矢の肩を押して抵抗した。
「や、あっ、いや、ほんと、スイッチわからんって」
「今のは完全に煽りにきてただろ。お前が可愛いのが悪い」
「あぅ、んっ、だめだって……」
さっきの俺の発言のどこに劣情を誘うような要素があったんだよ。
俺より俺の感じる所を知ってそうな霧矢の手によって、良い所を刺激されて身体が熱くなる。じわりと後ろが濡れるのを感じてしまい、唇をきゅっと結んだ。
俺はいよいよ流石にまずいと力の入らない手で必死に霧矢の肩を押した。
「ふ、明日、朝から企業説明会あるから、ぁん、しない、ってばぁ」
俺のささやかな抵抗も虚しく、霧矢の長い指が尻の肉の間に差し込まれ、穴のふちをふにふにとなぞる。
雄を受け入れる快感を知っているそこが俺の意思とは関係なく、霧矢の指を誘うようにひくひくと震えるのを感じて、俺は情けなく眉を八の字に下げた。
何の躊躇もなく霧矢の指がつぷりと穴の中へと入ってくる。ぞくりと背筋が震えて、俺は細く息を吐いた。
「就活なんてしなくても、一生俺が養ってやる」
他人の尻の穴に指を突っ込みながら、ギラギラした目でそんな事を言ってくる霧矢を俺は呆れた目で見る。
「……就職決まらなかったら、頼むわ」
「ああ」
霧矢の冗談はともかく、──なんか目が本気っぽいのは置いておいて、説明会には行かなくてはならない。
でも、俺もこのまま寝るなんて事は出来ないくらいに身体に火がついてしまったのも事実で。
「もぉ~……一回だけ、一回だけな!」
霧矢がこくりと頷いたのを見て、俺は霧矢の背に腕を回した。
ーーーーーーーーーーーーーー
──結局、一回で終わる筈もなく。
俺は腰の怠さに耐えながら説明会に駆け込む事になったし、霧矢のあの冗談が本気だった事を後々思い知らされる事になるのだったが、それはまた別のお話。
おわり。
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