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楽しい焼肉回
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あれから一週間。優斗はヒートが終わったそうで、午前中に病院に行って、午後から大学に出席するとの事だ。
メッセージで確認したので間違いない。
しかし、残念ながら今日俺が入れている講義は朝一番の一コマしかないので、優斗と会う事はない。
俺は講義を終えると、父が経営する会社の企画会議に出席する為に、大学まで迎えに来ていた車へと乗り込んだ。
運転手の平川は俺が小さい頃から俺に付いてくれている、お目付け役兼秘書兼運転手みたいな存在だ。
なんなら両親より共に過ごした時間は長いだろう。
「……霧矢様、どこかそわそわしてらっしゃいますね」
バックミラー越しに平川が話しかけてくる。
「……そうか?」
「ええ、何かを待っているように見えます」
──優斗の事を言っているのなら大正解だ。頭の中は今日復帰するという優斗の事でいっぱいだった。
「……夕方、四時くらいからスケジュール空けられるか?」
「問題ございません。調整しておきます」
「助かる」
当然だがあれ以来一度も優斗の顔を見ていない。
変に気まずくならない為に早めに会っておきたいのと……純粋に優斗の元気な姿を見たかった。
俺は諸々のタスクをこなしてから、日が傾きかけた頃、平川に送られて再び大学へと戻ってきていた。
構内をぶらぶらして優斗が出てくるのを待つ。
……少し、ストーカー染みているかもな、と自嘲する。
窓ガラスに反射する自分の姿を見ながら、前髪を指先で整える。
こんな風に誰かを追いかけるような真似をするのは初めてだった。
優斗と居ると初めての事だらけで、自分自身にこんな一面があったのかと戸惑う事も多い。
これが全てアルファのオメガを求める本能によるものだとは考えたくないが、今までの自分と異なりすぎてそれを疑わざるをえない。
──だが、自分でも自分の行動が制御出来ない。
少し疲れた様子で廊下を歩く優斗を見つけて、俺は早足で近付き、後ろから声をかけた。
「優斗」
優斗はびくりと肩を跳ねさせるとギギギ、と錆び付いたロボットのようにゆっくりこちらを振り向いた。
「き、霧矢……。お前、水曜日の講義は朝一の一コマだけだろ。なんでまだ居るんだよ」
「……用事があって。で、たまたま優斗を見かけたから」
「そ、そうなんだ……」
下手な言い訳は特に不自然に思われる事はなかったようだった。
まぁ疑うとか以前に、優斗は俺と話すのが気まずくてそれどころじゃなさそうだ。
目は忙しなくきょろきょろと泳いでいるし、手は自身のシャツの裾を固く握りしめている。皺になってしまいそうだと思った。
予想していた反応とはいえ、……少し堪えるな。
「……身体はもう大丈夫か?」
「あ、あぁ。お陰様で……。あの時は迷惑かけて本当にごめんな。もう絶対、あんな事ないようにするから」
「いや、それは気にしなくて……」
俯き加減でされた謝罪に、思わず一歩近付くと不愉快な香りが鼻を掠めた。俺は眉根を寄せる。
──アルファのフェロモン……?
何故優斗から知らないアルファの香りがするのか。
「優斗。今日誰かと会ったか?」
「え? えっと、今日は病院行った後、従兄弟の家に行ったけど……」
「アルファの匂いがする」
特に右腕にべったりとマーキングするように付けられている。
俺は優斗に会えると上向いていた自身の機嫌がどんどんと急降下していくのを感じていた。
優斗は何のことだ、と言った様子で首を傾げていた。
──心当たりはないのか? ならば、知らないうちに付けられたと言う事だろうか。
「えっと……あぁ! 海くん?」
「海くん……誰だ?」
親しみを込めて呼ばれた知らない男の名前に俺の機嫌は益々降下する。
優斗が焦ったように両手を顔の前で振る。
「い、従兄弟の子供で……アルファって言ってもまだ小学生だよ」
「……そうか」
小学生。と言う事は意識的にフェロモンを操って優斗にマーキングした訳ではないのだろう。
少しだけ安堵するが、苛立たしい事には変わりない。小学生だろうとアルファはアルファだ。
俺は優斗の右腕を掴んで擦った。
優斗の右腕にべったりと付けられた、その海くんとやらのフェロモンを、俺のフェロモンで上書きする為だ。
優斗が困惑しているのが伝わるが、この匂いが消えるまで我慢して貰おう。
そんな事をしていると講義が終わった生徒達の波の中にアホの須藤も居たらしく、こちらに気付いて俺達に声をかけてきた。
「よー! 優斗、今日から復帰かぁ? 焼肉行こうぜ焼肉! おっ、明星も居るじゃん。焼肉行こうぜぃ!」
優斗はホッとしたような表情を浮かべた後、俺の手から逃れて笑顔で須藤へと駆け寄った。
あんな事があった後だから、俺と二人で居るのが気まずいのは分かる。分かるが……。
──気に入らない。
優斗は自然体で須藤と話していて、相変わらずデリカシーの欠片もない須藤の発言にもどこか楽しそうにしている。
焼肉に行こうと誘う須藤に対し、優斗が「……お前の奢りな」と言うと、須藤によって矛先は俺に向いた。
……確かに俺は他の一般的な学生よりも使える資産が多いが、だからと言ってたかられるのは好きじゃない。
まぁ須藤はアホ過ぎるが故に変ないやらしさみたいなものが無いので不快感はそれほど無いが。
「き、霧矢は関係ないだろ。それなら割り勘で……」
優斗がそんな事を言うので俺は反射的に「良いよ。奢る」と言っていた。
「よっしゃあ!! 流石明星様!! 金持ちは太っ腹だぜ」
「ただし、奢るのは優斗の分だけ。お前は自分で払え」
「なんで!!? 嘘だろ!? そりゃねぇだろ……。アタシと優斗の何が違うって言うのよ!!」
「全然違う。キモい」
くねくねとしなを作る須藤をどうやって排除しようかと考えていると、くいと優斗に服の裾を引かれた。
「霧矢、俺も自分で払うよ。奢られる理由ないし」
「……須藤には強請ってたのに?」
「え? それは、須藤だからで……」
──確かに俺はたかられるのは好きではないが、甘えられるのは嫌いじゃない。
そこの区別は俺の気分次第なので、難しい所ではあるが優斗が言うならば確実に後者だ。
普段なら、自ら奢ってとは言わなくとも奢ると言われたら「やったぁ! ありがと、霧矢」と素直に受け取るのに、今日はやっぱり距離を取られていると感じる。
アルファだと全く意識されないのも困ったものだが、意識されすぎるのもそれはそれで……寂しい。
「良いって。今日は俺の奢りだから、遠慮せずに沢山食べろよ」
優斗は相変わらず困ったような顔をしていたが、何を言っても無駄だろうと察したのか、こくりと頷いた。
俺達が向かったのはこれまでにも何度か食べに行った事がある焼肉店だった。
遠慮をしてか余り食べようとしない優斗の取り皿に焼けた肉を次々に放り込むと、優斗は「もぉー!」と言いながらも、与えられるがままにぱくぱくと食べてくれた。
一気に肉を詰め込みすぎて、頬を膨らませている優斗が可愛い。俺が思わず口元を緩ませていると、須藤が「牛だけに?」と呟き一瞬で萎えた。
俺と優斗は少しぎくしゃくしていたものの──認めたくはないが──間に須藤が居たからそれほど悪い空気にもならなかった。
しかし、ヒート明けで疲れていたのか、緊張していたからなのか……普段と変わらない酒量だったのに、気付いた時には優斗はふにゃふにゃになってしまっていた。
「優斗、もう帰るぞ」
「うん……かえる……」
肩を揺さぶりながら声をかけるが、優斗は壁にもたれ掛かりもう殆ど目を瞑っていた。とても一人で帰れそうにない。
俺は「仕方ないな」とため息を吐きながら、うつらうつらとしている優斗を見て小さく笑った。
上着を着せてやり、ふにゃふにゃの身体を抱き上げようとすると、ぐっと優斗の腕が突っ張るように伸びてきて胸を押される。
予想していなかった抵抗に俺は目を見張る。
「優斗……?」
「ただいまー。何やってんだお前ら」
トイレから戻ってきた須藤が不自然な体勢で固まる俺達を見て首を傾げた。
何やってんだとは言いつつ、須藤は特に返答を求めていた訳でもないようで、座敷に上がってくると優斗のそばで屈んだ。
「おーい、優斗起きろー」
「おきてるよ……おきて……る……」
「うん、ダメだな」
須藤が慣れた手つきで優斗の両脇に腕を通し、立ち上がらせようとするのを俺は手で制した。
「俺が運ぶ」
「ふぅん? まぁ、良いけどさ。ドーゾ」
須藤はキョトンとしていたが、特に異論はないらしく俺に場所を譲った。
俺は再び優斗を抱き上げようと腕を伸ばした……が。
「や……きりやはらめ……」
優斗は先程と同じように腕を突っ張ると、いやいやと言うように首を左右に振った。
俺が呆然としていると、隣で須藤がニヤニヤと笑っていた。
「明星フラれた?」
「……うっせぇ」
会計を終えて店の外に出る。
夜風は冷たかったが、暖房で暖められた店内より空気が新鮮な気がして一つ深呼吸をする。
──結局優斗は須藤の背中ですやすやと眠っている。俺はそれを苦虫を噛み潰したかのような気分で見ているしかなかった。
「……そんな殺意のこもった目で見んなよな。普通に考えてベータの俺が連れて帰った方が良いだろ。優斗だってそれが分かってんだよ」
「チッ……分かってる」
須藤は途方もないアホだが、今回ばかりは正論だった。優斗がオメガである以上、アルファの俺を頼るより、ベータの須藤を頼った方が良い。
……正しいが、すやすや眠る間抜けな寝顔に俺より須藤が良いのかと、理不尽に詰め寄りたくなる。
そもそも優斗がコイツをやけに信頼しているのが謎だ。
二十歳の祝いの飲み会で介抱して貰った事がきっかけだと言っていたが、その飲み会に俺が参加していたらそもそも吐くほど優斗に飲ませないし、もし同じような状況になったとしても俺が全部世話して他の人間には手出しさせなかった。
俺が口を真一文字に引き結んでいると、須藤がはぁ~~~と馬鹿でかいため息を吐いた。
「俺に見当違いの嫉妬してないでさっさと番になってやれば良いじゃん」
「……そういうのじゃねぇよ」
「拗らせてんなぁ。……じゃあ俺帰るわ。またな」
須藤は「よいしょ」と優斗を背負い直し、途端に俺への興味を失ったように身体を翻すと、駅の方向へと歩いて行った。
俺はその場に縫い付けられたかのように、二人分の後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた。
メッセージで確認したので間違いない。
しかし、残念ながら今日俺が入れている講義は朝一番の一コマしかないので、優斗と会う事はない。
俺は講義を終えると、父が経営する会社の企画会議に出席する為に、大学まで迎えに来ていた車へと乗り込んだ。
運転手の平川は俺が小さい頃から俺に付いてくれている、お目付け役兼秘書兼運転手みたいな存在だ。
なんなら両親より共に過ごした時間は長いだろう。
「……霧矢様、どこかそわそわしてらっしゃいますね」
バックミラー越しに平川が話しかけてくる。
「……そうか?」
「ええ、何かを待っているように見えます」
──優斗の事を言っているのなら大正解だ。頭の中は今日復帰するという優斗の事でいっぱいだった。
「……夕方、四時くらいからスケジュール空けられるか?」
「問題ございません。調整しておきます」
「助かる」
当然だがあれ以来一度も優斗の顔を見ていない。
変に気まずくならない為に早めに会っておきたいのと……純粋に優斗の元気な姿を見たかった。
俺は諸々のタスクをこなしてから、日が傾きかけた頃、平川に送られて再び大学へと戻ってきていた。
構内をぶらぶらして優斗が出てくるのを待つ。
……少し、ストーカー染みているかもな、と自嘲する。
窓ガラスに反射する自分の姿を見ながら、前髪を指先で整える。
こんな風に誰かを追いかけるような真似をするのは初めてだった。
優斗と居ると初めての事だらけで、自分自身にこんな一面があったのかと戸惑う事も多い。
これが全てアルファのオメガを求める本能によるものだとは考えたくないが、今までの自分と異なりすぎてそれを疑わざるをえない。
──だが、自分でも自分の行動が制御出来ない。
少し疲れた様子で廊下を歩く優斗を見つけて、俺は早足で近付き、後ろから声をかけた。
「優斗」
優斗はびくりと肩を跳ねさせるとギギギ、と錆び付いたロボットのようにゆっくりこちらを振り向いた。
「き、霧矢……。お前、水曜日の講義は朝一の一コマだけだろ。なんでまだ居るんだよ」
「……用事があって。で、たまたま優斗を見かけたから」
「そ、そうなんだ……」
下手な言い訳は特に不自然に思われる事はなかったようだった。
まぁ疑うとか以前に、優斗は俺と話すのが気まずくてそれどころじゃなさそうだ。
目は忙しなくきょろきょろと泳いでいるし、手は自身のシャツの裾を固く握りしめている。皺になってしまいそうだと思った。
予想していた反応とはいえ、……少し堪えるな。
「……身体はもう大丈夫か?」
「あ、あぁ。お陰様で……。あの時は迷惑かけて本当にごめんな。もう絶対、あんな事ないようにするから」
「いや、それは気にしなくて……」
俯き加減でされた謝罪に、思わず一歩近付くと不愉快な香りが鼻を掠めた。俺は眉根を寄せる。
──アルファのフェロモン……?
何故優斗から知らないアルファの香りがするのか。
「優斗。今日誰かと会ったか?」
「え? えっと、今日は病院行った後、従兄弟の家に行ったけど……」
「アルファの匂いがする」
特に右腕にべったりとマーキングするように付けられている。
俺は優斗に会えると上向いていた自身の機嫌がどんどんと急降下していくのを感じていた。
優斗は何のことだ、と言った様子で首を傾げていた。
──心当たりはないのか? ならば、知らないうちに付けられたと言う事だろうか。
「えっと……あぁ! 海くん?」
「海くん……誰だ?」
親しみを込めて呼ばれた知らない男の名前に俺の機嫌は益々降下する。
優斗が焦ったように両手を顔の前で振る。
「い、従兄弟の子供で……アルファって言ってもまだ小学生だよ」
「……そうか」
小学生。と言う事は意識的にフェロモンを操って優斗にマーキングした訳ではないのだろう。
少しだけ安堵するが、苛立たしい事には変わりない。小学生だろうとアルファはアルファだ。
俺は優斗の右腕を掴んで擦った。
優斗の右腕にべったりと付けられた、その海くんとやらのフェロモンを、俺のフェロモンで上書きする為だ。
優斗が困惑しているのが伝わるが、この匂いが消えるまで我慢して貰おう。
そんな事をしていると講義が終わった生徒達の波の中にアホの須藤も居たらしく、こちらに気付いて俺達に声をかけてきた。
「よー! 優斗、今日から復帰かぁ? 焼肉行こうぜ焼肉! おっ、明星も居るじゃん。焼肉行こうぜぃ!」
優斗はホッとしたような表情を浮かべた後、俺の手から逃れて笑顔で須藤へと駆け寄った。
あんな事があった後だから、俺と二人で居るのが気まずいのは分かる。分かるが……。
──気に入らない。
優斗は自然体で須藤と話していて、相変わらずデリカシーの欠片もない須藤の発言にもどこか楽しそうにしている。
焼肉に行こうと誘う須藤に対し、優斗が「……お前の奢りな」と言うと、須藤によって矛先は俺に向いた。
……確かに俺は他の一般的な学生よりも使える資産が多いが、だからと言ってたかられるのは好きじゃない。
まぁ須藤はアホ過ぎるが故に変ないやらしさみたいなものが無いので不快感はそれほど無いが。
「き、霧矢は関係ないだろ。それなら割り勘で……」
優斗がそんな事を言うので俺は反射的に「良いよ。奢る」と言っていた。
「よっしゃあ!! 流石明星様!! 金持ちは太っ腹だぜ」
「ただし、奢るのは優斗の分だけ。お前は自分で払え」
「なんで!!? 嘘だろ!? そりゃねぇだろ……。アタシと優斗の何が違うって言うのよ!!」
「全然違う。キモい」
くねくねとしなを作る須藤をどうやって排除しようかと考えていると、くいと優斗に服の裾を引かれた。
「霧矢、俺も自分で払うよ。奢られる理由ないし」
「……須藤には強請ってたのに?」
「え? それは、須藤だからで……」
──確かに俺はたかられるのは好きではないが、甘えられるのは嫌いじゃない。
そこの区別は俺の気分次第なので、難しい所ではあるが優斗が言うならば確実に後者だ。
普段なら、自ら奢ってとは言わなくとも奢ると言われたら「やったぁ! ありがと、霧矢」と素直に受け取るのに、今日はやっぱり距離を取られていると感じる。
アルファだと全く意識されないのも困ったものだが、意識されすぎるのもそれはそれで……寂しい。
「良いって。今日は俺の奢りだから、遠慮せずに沢山食べろよ」
優斗は相変わらず困ったような顔をしていたが、何を言っても無駄だろうと察したのか、こくりと頷いた。
俺達が向かったのはこれまでにも何度か食べに行った事がある焼肉店だった。
遠慮をしてか余り食べようとしない優斗の取り皿に焼けた肉を次々に放り込むと、優斗は「もぉー!」と言いながらも、与えられるがままにぱくぱくと食べてくれた。
一気に肉を詰め込みすぎて、頬を膨らませている優斗が可愛い。俺が思わず口元を緩ませていると、須藤が「牛だけに?」と呟き一瞬で萎えた。
俺と優斗は少しぎくしゃくしていたものの──認めたくはないが──間に須藤が居たからそれほど悪い空気にもならなかった。
しかし、ヒート明けで疲れていたのか、緊張していたからなのか……普段と変わらない酒量だったのに、気付いた時には優斗はふにゃふにゃになってしまっていた。
「優斗、もう帰るぞ」
「うん……かえる……」
肩を揺さぶりながら声をかけるが、優斗は壁にもたれ掛かりもう殆ど目を瞑っていた。とても一人で帰れそうにない。
俺は「仕方ないな」とため息を吐きながら、うつらうつらとしている優斗を見て小さく笑った。
上着を着せてやり、ふにゃふにゃの身体を抱き上げようとすると、ぐっと優斗の腕が突っ張るように伸びてきて胸を押される。
予想していなかった抵抗に俺は目を見張る。
「優斗……?」
「ただいまー。何やってんだお前ら」
トイレから戻ってきた須藤が不自然な体勢で固まる俺達を見て首を傾げた。
何やってんだとは言いつつ、須藤は特に返答を求めていた訳でもないようで、座敷に上がってくると優斗のそばで屈んだ。
「おーい、優斗起きろー」
「おきてるよ……おきて……る……」
「うん、ダメだな」
須藤が慣れた手つきで優斗の両脇に腕を通し、立ち上がらせようとするのを俺は手で制した。
「俺が運ぶ」
「ふぅん? まぁ、良いけどさ。ドーゾ」
須藤はキョトンとしていたが、特に異論はないらしく俺に場所を譲った。
俺は再び優斗を抱き上げようと腕を伸ばした……が。
「や……きりやはらめ……」
優斗は先程と同じように腕を突っ張ると、いやいやと言うように首を左右に振った。
俺が呆然としていると、隣で須藤がニヤニヤと笑っていた。
「明星フラれた?」
「……うっせぇ」
会計を終えて店の外に出る。
夜風は冷たかったが、暖房で暖められた店内より空気が新鮮な気がして一つ深呼吸をする。
──結局優斗は須藤の背中ですやすやと眠っている。俺はそれを苦虫を噛み潰したかのような気分で見ているしかなかった。
「……そんな殺意のこもった目で見んなよな。普通に考えてベータの俺が連れて帰った方が良いだろ。優斗だってそれが分かってんだよ」
「チッ……分かってる」
須藤は途方もないアホだが、今回ばかりは正論だった。優斗がオメガである以上、アルファの俺を頼るより、ベータの須藤を頼った方が良い。
……正しいが、すやすや眠る間抜けな寝顔に俺より須藤が良いのかと、理不尽に詰め寄りたくなる。
そもそも優斗がコイツをやけに信頼しているのが謎だ。
二十歳の祝いの飲み会で介抱して貰った事がきっかけだと言っていたが、その飲み会に俺が参加していたらそもそも吐くほど優斗に飲ませないし、もし同じような状況になったとしても俺が全部世話して他の人間には手出しさせなかった。
俺が口を真一文字に引き結んでいると、須藤がはぁ~~~と馬鹿でかいため息を吐いた。
「俺に見当違いの嫉妬してないでさっさと番になってやれば良いじゃん」
「……そういうのじゃねぇよ」
「拗らせてんなぁ。……じゃあ俺帰るわ。またな」
須藤は「よいしょ」と優斗を背負い直し、途端に俺への興味を失ったように身体を翻すと、駅の方向へと歩いて行った。
俺はその場に縫い付けられたかのように、二人分の後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた。
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