頑張って番を見つけるから友達でいさせてね

貴志葵

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おそらく一目惚れってヤツ

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 全学共通科目の講義の教室。
 たまたま座った前から三番目、窓際から二番目の席。
 
 その隣の席に彼は居た。
 
 窓からの光を受けて柔らかく光るココアブラウンの髪。
 それほど高くない小さめな鼻と薄い唇。
 未だ幼さの残る丸い頬。
 物凄く美形という訳では無いが、子犬のようなくりくりとした目は可愛らしいし、万人から好感を持たれそうな顔立ちだ。
 おそらくベータであろう隣に座る彼を何の気なしに見つめていると、俺の視線に気付いたのか、こちらを向いた彼と目が合う。
 彼は眉尻を下げて照れ臭そうに笑うと、俺に向かってぺこりと小さく会釈をした。
 その時俺は殆ど無意識に「名前は?」と身を乗り出して聞いていた。

「えっ!? み、瑞谷優斗です。……君は?」
「明星霧矢」
「わ、すごい、芸能人みたいな名前だね。カッコいい」
「そうか? 優斗はイメージ通りの名前だな」
「おぉ、いきなり下の名前呼び捨て……。じゃあ俺も霧矢って呼んでいい?」
「いいよ」

 俺が頷くと、優斗は人懐っこく笑った。
 少し高めで聞き取りやすい声もイメージ通りだった。

 俺は別に人見知りという訳ではないが、昔から他人に対する興味が薄かった。
 それに自分から声をかけなくとも向こうから勝手に寄ってくるので、自ら初対面の人間にこんな風に声をかけるなんて初めての経験だ。
 
 自分で自分の行動に驚きつつも、俺はスムーズに学部や住んでいる所などを聞き出し、トドメに「連絡先を交換しよう」と彼、瑞谷優斗のスマホの電話番号とメッセージアプリのIDとSNSのアカウントを教えて貰うことに成功したのであった。
 
 完全にナンパだった。
 
 俺と優斗。性格は全然似ていないのに、妙に気が合って、出会ってから割とすぐに一緒に映画を観に行ったり、食事をしたりする仲になった。
 
 ──ある日、優斗のマンションで肩を並べながらタブレットで映画を観ていると、優斗がこんな事を言い出した。
 
 「サブスクも良いけどさ、やっぱ大きい画面で映画観たいよなぁ」
 「……なら俺の家で観るか? 映画館のスクリーンほどじゃないけど、テレビ、八十五インチだからそこそこデカいぞ」
 「はちじゅうごいんち……? そ、そこそこどころじゃないだろそれ!! デッカ!! もー、早く言ってくれよそういう事は。俺ん家でこんなちっちゃいタブレットで映画観るより全然良いじゃん」
 
 優斗がバシバシと俺の背中を叩いた後、脱力したようにだらっと俺の肩にもたれかかってきた。
 触れ合ってる所が温かくて、なんだかむず痒いような気になる。
 
 「……そうだな」
 
 俺はパーソナルスペースが広い。それ故、今まで他人を自宅に招くという発想が無かった。
 確かに、優斗のマンションにはこうやって足を踏み入れているのだから、自分のマンションにも呼ぶのが公平だろう。
 優斗は嬉しそうに「楽しみだなー」と言っているが、俺は優斗と肩と肩がくっつきそうなくらいに近くで、小さな一つの画面を観るのも嫌いじゃなかったから、少し複雑だった。
 
 ……パーソナルスペースが広い、というのは偽りではない、筈だ。
 
 
 友人どころか恋人ですら招いた事のない自宅に、初めて他人がやってくる。
 
 その日、俺は少しだけ緊張しながら優斗を迎えた。しかし、それは杞憂に終わった。
 
 俺のテリトリーである自宅に優斗が居るのは、不快どころかむしろ自然で、そこに居るのが当然と言っても良いくらいに、優斗は部屋に馴染んでいた。
 動物ドキュメンタリーや映画など色々観ているうちに夜も更けてしまい、そのまま優斗が泊まる事になった。
 俺は手料理を振る舞い、着替えを貸し、我ながら甲斐甲斐しく優斗の世話を焼いた。
 ただ、困ったのは寝床だ。当たり前だが俺の家に客用布団なんて物は無い。
 どうしようかと考えていると優斗が「ソファで大丈夫」と言い出した。
 確かに寝れなくはないだろうが、折角初めて招いた友人をそんな風に寝かせるのは気が引ける。
 「広いから」と自分のベッドで一緒に寝る事を提案すると、流石に優斗も少し渋ったが、無理矢理布団に引きずり込んで並んで寝た。
 渋っていた割に、優斗はすぐにすやすやと寝息を立て始めた。その寝顔を眺めながら、俺はようやく気付いた。
 
 ──ああ、俺って優斗の事かなり気に入ってるんだな、と。
 
 家に泊まらせるのも、手料理を振る舞うのも、自分の服を貸すのも。
 ましてや自分のベッドで一緒に寝るのなんて、家族や恋人ですら、想像しただけで寒気がする。絶対に嫌だ。
 
 しかし、何故か優斗なら全てが平気だった。
 
 優斗がたわむれにじゃれついてくるのだって、心地良いと思っていた。
 不思議な感覚だった。これが、親友というやつなのだろうか。
 こんな稀有けうな存在に出会えると思ってなかったので、俺は周囲の反対を押し切ってこの大学に来て良かったと思った。
 
 ーーーーーーーーーーーーーー

 身内は大体アルファというアルファ一家に生まれた俺だったが、実はベータの姉がいる。
 
 姉には長い間交際しているアルファの恋人がいて、たまに家にも連れて来ていた。
 二人は仲睦まじく、俺は当然のようにいずれ結婚するのだろうと思っていた。
 
 しかし、二人は破局した。
 
 理由はアルファである恋人がオメガの突発的なヒートに巻き込まれ、相手の項を噛んでしまったからだった。
 事故とはいえ番になってしまったオメガを見捨てる訳にもいかず、アルファの恋人は姉との別れを選択した。
 姉は突然恋人を奪われたショックでしばらく塞ぎ込んでいた。
 俺と姉は特別仲が良い訳でも悪い訳でもない普通の姉弟だったので、同情はすれども殊更特別に姉の事で彼に憤ったりはしなかった。
 
 ──ただ、あんなに仲睦まじかったのにあっさりと別れを選べてしまえるのだなと、姉の恋人に対して同じアルファとして落胆や失望にも似た感情を抱いたのだ。
 
 結局アルファはオメガという存在には抗えない。
 
 その現実をまざまざと見せつけられた事で、自分もそうなのかとアルファという性に対して忌避感きひかんを抱くようになった。
 高校に入る頃には、俺の家や容姿に釣られて媚びたような目つきや仕草で俺の気を惹こうとするオメガにうんざりすると同時に恐怖した。
 だから、理性を掻き乱す存在であるオメガとは関わらずに生きていきたかった。
 
 それを信条としていたからか、俺が交際するのは決まってアルファの女性ばかりだった。
 オメガでなければ別にベータでも良かったが、付き合っても良いと思えるのがアルファばかりだったので、結果的にそうなった。
 須藤にも指摘されたが、付き合うのが皆プライドが高そうで、自我が強そうなタイプばかりだったのは、別れても後腐れがなさそうだったからだ。
 ハナから別れた後の事を考えて付き合っているのだから、長続きしないのは当たり前だ。
 
 他人に興味が抱けないくせに、それでも誰かと付き合うのをやめないのは、いつかオメガじゃない誰かの事を好きになれる筈だと信じたかったからだ。
 俺の人生に番なんか必要ないのだと。
 
 ──オメガとは関わりたくない。しかし、そんな思いは呆気なく崩れる事となる。
 

「優斗が……オメガ……」

 病院へ行ったきり一週間ほど姿を見せず、俺を心配させた優斗が久々に大学に姿を見せた。
 須藤と共に連れ去り訳を聞くと優斗にオメガだった、と告白をされた。
 
 俺はしばらく頭が回らなくて呆然としていたと思う。冗談だと思いたかったが、優斗はそんな冗談を言うタイプではないし、何より沈んだ表情がそれが真実なのだと物語っていた。
 
──ショックだった。

 優斗に抱いていた特別な感情の全てはアルファの本能によるものだったのか?
 優斗のオメガ性を感じ取った俺のアルファとしての本能が、優斗の事を特別に感じさせていたんじゃないのか?
 
 今まで優斗と過ごして来た全てが否定されたような気分だった。
 
 俺が狼狽ろうばいしている間、須藤は凹む優斗を不器用に慰めていた。
 
「じゃあさ、明星に貰ってもらえよ。な、明星。優斗の事嫁に貰ってやれよ」

 話の流れで須藤がそんな事を言い出したので、俺の心臓が跳ねる。
 優斗がオメガになったと聞いた時、まず真っ先にその可能性を考えなかったとは言えない。
 しかし、それこそアルファの本能で優斗に近付いたと認める事になるのではないか。
 
「なっ、ナイナイナイナイ!! あり得ないって!! 友達なんだから、なっ!?」
「あ、ああ……」

 だから優斗がこう言ってくれて、正直ホッとした。
 ……だが、身勝手にも一抹の寂しさも覚えた。
 優斗にとって俺は、おそらく一番身近なアルファであるにもかかわらず番の対象外なのだな、と。
 
 受け入れたくないくせに、本当に身勝手だ。
 
 「……そんなに焦る必要も無いだろ。優斗なら、きっと良い人間と巡り会える」
 「いーや甘いな。出逢いは待ってるだけじゃ訪れないぞ。自分から掴みに行かねぇと」
 
 アホの須藤の言葉に、俺は眉を顰める。
 確かにオメガにとってアルファと番う事はメリットしかないが大きなリスクもある。
 焦って探して優斗がロクでもないアルファに引っかかったらどうする?
 優斗は人を信じやすく、流されやすい所があるのに。
 
「確かに、そうかも。……よし、俺やるわ。俺と番ってくれるアルファ見つける!!」

 須藤にけしかけられて何を思ったのか、優斗が拳を握りながらそんな宣言をする。
 
 ほら、また流されている。
 
 優斗は変にポジティブで行動力があるから、普段から危なっかしくて目が離せないのだ。
 もし、優斗が誰かと番うとしたら相手は俺以上のアルファで、俺以上に優斗を大切にしてくれる人物でなくてはいけない。……そんな奴が居るかどうかは知らないが。
 
──優斗がオメガだった事は確かにショックだった。

 だがしかし、これまで通り仲の良い友人として付き合っていくのならば、アルファとして好みのオメガに近付いたのではなく、俺が俺の意思で友として優斗を選んだと言えるのではないか。
 
 ……それが、優斗から離れたくないが為の詭弁だという事が分からないくらいに馬鹿な頭だったらよかったのにな。
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