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今更過ぎる性徴

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小学五年生の時、人には生まれ持った性別とは別に、もう一つの性があると保健の授業で習った。

第二性と呼ばれるそれは、α、β、Ωの三つに分かれていて、大体十歳から十二歳ごろまでに確定する。

アルファと呼ばれる性を持つ人々は、いわばこの世界のリーダーたる種で、男女共に優秀で容姿も美しい人が多く、女性でも他の女性やオメガを妊娠させることができるらしい。
オメガと呼ばれる性を持つ人々は、男女共に妊娠することが可能で、身体が小さかったり、力が弱かったりなど身体的なハンデを持った人が多いみたいだ。
そして、大多数を占めるベータと呼ばれる性を持つ人々にはこれといった特徴がない。

じゃあ第二性って結局アルファなのかオメガなのかの二択じゃん、と当時の俺は思った。

アルファとオメガは互いと同性にしか感じられないフェロモンを放出していて、特にオメガはヒートと呼ばれる発情期には大量のフェロモンを放出してアルファを惹きつけるらしい。
過去にはそのせいで不幸な事故が多発したけど、現代ではヒートを和らげる薬が開発されて、かなり環境が改善されたと教科書に書いてあった。
また、アルファとオメガには『番』という特別な繋がりを持つ事が出来て、『番』になるとお互いのフェロモンしか感じられなくなるらしい。
中でも非常に相性の良いアルファとオメガの事を『運命の番』なんて呼称する場合もあるとか。

俺も十二歳で初めて第二性検査を受けた。
ドキドキしながら結果を待つ俺の元に届いた診断結果は未分化。
『未分化』というのはまだ性が確定していない状態の事。発育の状態によってそういう結果が出る事は珍しくないらしい。
正直な所俺は、アルファだのオメガだのよく分からない何かにならなくて済んで、どこかホッとしていた。

それから毎年第二性検査を受けさせられたけど結果はいつも未分化だった。
二十歳というお酒を飲める年齢になってもそれは変わらず、俺はもう一生未分化のままなのかも! と日々を呑気に過ごしていた。
稀にそういう人も居るとお医者さんも言ってたし。
ただ便宜上、周囲にはベータだと言ってあった。
まぁ俺にはアルファのような突出した能力や美貌、オメガのような儚げな美しさや可愛らしさなんかは無いので、言わずともベータだと思われているだろうが。

ーーーーーーーーーーーーーー

今日も今日とて、俺のマンションでは仲の良い友人達が集まって飲み会が行われていた。

そのうち数人はうちに来る前にBBQをやってきたとかで既に床に転がっている。
大学は実家からでも通えなくはない距離だったが、一人暮らしに憧れていた事もあり、俺は大学の近くのマンションで一人暮らしをさせてもらっていた。
大学近くで一人暮らし……なんて条件が揃えば、こんな風に皆の溜まり場になるのは必然的だった。

「……女が欲しい。こんな所で男友達と飲んだくれるだけで大学生活終わりたくねぇ……もう二年の後半だぞ? 大学入ったらエロい彼女出来る予定だったのになぁ」

BBQ参加組の癖にザル過ぎてピンピンしてる須藤が、焼酎の水割りが入ったグラスをマドラーでかき混ぜながらぼやいた。

「こんな所で悪かったな」

俺はレンジで温めた冷凍唐揚げをテーブルの上に置くと、どかっと床の上に胡座をかいた。
早速須藤が唐揚げを頬張る。手で掴むな、箸を使え箸を。

「なんだよ、優斗だって彼女欲しいだろ?」
「まぁ、欲しくないとは言わないけど……。でも『彼女』が欲しいから彼女を作るってなんか違う気がするっていうか……相手にも失礼な気がして」

古風かもしれないけどお互い自然と好きになってお付き合い、っていうのが俺の理想だ。

「めんどくせー事考えてんなぁ、優斗は。今時女児でもそんな夢見てないぞ。だ、か、ら、お前には女が出来ないんだよ」

小馬鹿にするように油のついた指でさされて、俺はムッとする。

「お前にだけは言われたくない」

須藤はよくよく見れば顔立ち自体は悪くないんだけど、雰囲気と見た目がイカつくて恐い。
なんて言ったって青い髪で片モヒカンで、ピアスがそこら中についてる。洋ゲーで武器とか売ってくれるキャラみたいだ。
そしてとにかくデリカシーが無く、欲望に忠実で、思った事を直ぐに口に出すから女性にモテない。

──まぁ、だけど悪い奴じゃない。……髪の毛青くて片モヒカンでピアスすごいけど。

俺とこの路地裏でドラッグを売買してそうな風貌の須藤が仲良くなったのには理由がある。

それは俺達の代が二十歳になった祝いで行われた飲み会。
俺は自分のアルコールへのキャパを見誤って、具合が悪くなり吐いてしまった。
その時参加者の一人だった須藤は、嫌がる様子を少しも見せずに吐瀉物の処理をして介抱してくれた。
その時俺と須藤は一度も話した事が無かったのにだ。
やってしまった、と青褪める俺の背中を「大丈夫、大丈夫。気にすんな」とさすってくれた手の温かさを忘れる事はないだろう。

後日お礼と謝罪をしに行くと、須藤は「俺ねーちゃんが夜職だから酔っ払いの面倒見るの慣れてんだ」なんて笑っていた。

それが縁で俺と須藤は友達になった。
話すようになってからまだ日が浅いが、信頼出来るヤツだと思ってる。


「大学生といえばエロい彼女と乾く暇ないくらいにエロエロ三昧な日々を送るのが健全な青春だろ……! なんで俺はそんな当たり前を享受出来ねぇんだ……!」
「カラダ目当てだからだろ」
「じゃあ優斗は彼女出来たらどんな事したいんだよ。どうせお前もエロい事のクセに」

下卑た笑いをする須藤にカチンと来る。失礼な。

「……俺は、別にエロい事とかより、デートしたり、あーんさせあったりとか、くっついて映画観たりとか、抱き締め合いながら寝たりとかそういう……普通にイチャイチャしてみたい」

……なんか言ってて恥ずかしくなってきた。顔が赤くなりそうだ。
思わずもじもじと手を擦り合わせてしまう。

「ウワッ、童貞くさ」

俺は須藤の頭を丸めた雑誌でべしべしと叩いた。

「──そこでスカしてっけどさぁ、明星。お前はすげー美人の彼女居るから、俺ら非モテ組の悩みなんか分からないんだろうな」

人を勝手に非モテ組の一員扱いしやがった須藤は次に、俺の隣に座っている男……今居る面子の中で間違いなくぶっちぎりのモテ男である『明星霧矢』にターゲットを移したようだった。


明星霧矢みょうじょうきりや。俺と同じ二十歳で同じ大学に通っている同期生。

正確な数字は分からないけど、おそらく百八十センチは確実に超える長身。アッシュグレーの髪にはゆるいウェーブがかかっていて、前髪を真ん中あたりで分けていた。
顔立ちは非常に端正で、スッと通った鼻筋とくっきりとした二重で切れ長の目、丁度いい厚さの綺麗な形の唇……と、同じ男から見ても間違いなくイケメンだと言えるタイプの真のイケメン。
いつも着けている黒のフープピアスが霧矢のトレードマークで、そんな所もオシャレだなと俺は思っていた。

なので霧矢は当然モテる。大学外からも女の子が霧矢を見に来てたりする。
フィクションかってくらいにモテてて、少し引く。

見るからにアルファな彼は、そのまま見た通りアルファだった。

成績だって当然優秀で、二年だっていうのに既に卒業に必要な単位を殆ど取っていて、今は純粋に学びたい講義を受けているらしい。
……単位を取得する為に毎日ヒィヒィ言ってる俺や須藤と本当に同じ人間なのだろうか。
運動については知らないが、多分なんでもそつなくこなしそうな気がする。アルファとはそういうものだ。
うちの大学だってそう悪い所じゃないが、霧矢ならもっと上を狙えた筈。
それなのにどうしてうちに通っているのか謎だったが、直接本人に聞いてみた所、好きな書籍の著者である教授が教鞭をとっているからという意外だけど普通の理由だった。

霧矢と俺が友達になったきっかけは一年の時の共通科目で、たまたま席が隣だったというありふれたものだ。

その時俺は『隣にえらいイケメンがいる……!』とドキドキしていたものだが、何故か霧矢の方から気さくに話しかけてきてくれて、それ以来ずっとつるんでいる。
霧矢はイケメンでアルファだが、それをひけらかしたりはしないし、いつもクールで他人に迎合しない芯の強い人間で、ついつい何にでも流されやすい俺にとって尊敬出来る友人だった。

……女性を取っ替え引っ替えしてる所を除けば。

──俺達の下らない話に加わる事なく静かにグラスを傾けていた霧矢だったが、須藤のウザ絡みに冷ややかな目を向けると静かにグラスをテーブルに置いた。

「あいつとは二週間前に別れた」
「は? マジで? あんな美人と?」

霧矢のその発言には俺も驚いて口をぽかんと開けて間抜け面を晒してしまった。
確か、まだ付き合い始めてから二ヶ月くらいしか経ってなくないか。

「なんで別れたの?」

俺が尋ねると霧矢は感慨も何もなさそうに「性格があんまり合わなかった」とクールに答えた。
じゃあなんで付き合ったんだよ、と言いたくなるが、まぁ付き合ってみないと分からない事もあるか……?

「やっぱさ、アルファ同士だから駄目なんじゃねぇの? よく言うじゃんアルファ同士は合わないって。お前の彼女いっつもアルファで美人で気が強そうな女だし」
「うちの両親は二人ともアルファだし、上手くいってる」

須藤の言う通り、霧矢の歴代の彼女は分かりやすく皆同じタイプで、なんというか……自分に自信がありそうなアルファの美女だった。
そして俺の知っている限り、その誰とも三ヶ月と続いた事が無かった。

「オメガとは付き合わんの?」

よくそういうセクシャルな事をずかずか聞くなこいつは……。
俺は須藤のデリカシーの無さに呆れながら、気を悪くしていないだろうかとチラッと霧矢の方を見た。
霧矢は特に気にしていないようで、表情を変えないまま「ないな」と首を振った。

「えー、なんでだよ。アルファとオメガのセックスってヤバいくらい良いって言うじゃん」
「おい、お前良い加減に……」

須藤のあんまりな発言に流石に止めに入ろうとしたが、霧矢が普通に答え始めてしまったので俺は口を噤んだ。

「──それが嫌なんだ。別に差別的な意味で言う訳じゃないが、オメガって苦手なんだよ。フェロモンを浴びると理性を失って自分が何をしでかすか分からなくなるって恐いだろ」

なるほど。常に理性的な霧矢らしい意見だ。俺はアルファといえばオメガと番うのが当たり前、みたいなステレオタイプなイメージを持っていたから少し驚いた。
あまり変わらない霧矢の表情が珍しく分かりやすく嫌、という感情に溢れていたので苦手を通り越して嫌いなんだろうな。

「そうかぁ? 良いじゃん天然のキメセクみたいで」
「……お前がモテないのはそういう所だ」

うわ……と俺がドン引きしていると、霧矢が須藤の事を生ゴミを見るような目で見ていた。当然だな。

──でも、アルファとかオメガって大変なんだな。
運命の番とか、俺らベータ(厳密にはベータじゃないけど)からしたらロマンチックだなと思うけど当人達からしたら意外と良い迷惑だったりするのかもな。
アルファはともかくオメガに対しては上の世代だと未だに差別的な意識が抜けなかったりするみたいだし、定期的に薬を飲まなきゃいけないとかで苦労も多そうだ。

まぁ、『未分化』の俺には関係の無い話だけど。

俺は立ち上がり、冷蔵庫から麦茶を取り出すとグラスに入れて自分の定位置へと戻った。

「──あれ、優斗。麦茶か?」

俺の持つグラスの中身に霧矢がいち早く気付く。

「うん、最近なんかずっと熱っぽくてさ。酒は早めにやめておこうと思って」

霧矢が心配そうに眉を顰めて、手を俺の額に当てた。霧矢の手はひんやりしていて気持ち良い。俺は思わず目を細めた。
霧矢はいつもクールで誰に対してもそっけないんだけど、俺にだけほんのり優しいのは自惚れじゃないと思う。
誰にも懐かない猫ちゃんが自分にだけ懐いてくれてるみたいな感じで、ちょっと嬉しい。

「確かに、少し熱いな。酒のせいかもしれないけど……。ちゃんと病院に行けよ」
「うん。明後日、午前中講義ないから行こうと思ってるよ」

霧矢に「絶対行けよ」「なんかあったら連絡しろ」と念を押されたので、俺は「分かってるって」と何度も頷いた。

ーーーーーーーーーーーーーー

瑞谷みずたにさん、瑞谷優斗さん。診察室にお入り下さい」
「はい」

宣言通りやってきた病院。
採血をされた後、待合室で二十分くらい待ってから名前を呼ばれた。
俺は診察室の引き戸を開いて、医師の前に設置された丸椅子に座った。
ただの風邪だろうなと思っていても、この診断結果を告げられる前はドキドキしてしまうな。

「瑞谷さん、血液検査の結果ですが……」
「はい」
「オメガ性の数値が基準値を超えています。発熱もそのせいでしょう。瑞谷さんは長らく未分化でしたから、戸惑う事も多いでしょうが、今は沢山良い薬も出ています。安心して……」
「え、え、あの、ちょっと待って下さい。え? どういう事ですか? オメガ?」

俺は言われた事が理解出来なくて、先生の言葉を遮って質問する。
なんでこのタイミングでオメガなんて単語が出てくるんだ?
小さい頃からのかかりつけ医の初老の医師は一瞬黙って眼鏡の位置を直すと、真剣な眼差しで俺の目を見た。

「瑞谷さん。瑞谷さんの第二性がオメガであることが確定しました」
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