夏の行方。

文字の大きさ
上 下
13 / 19
3章 消滅と発生

9話 君と私

しおりを挟む
この教室から3人の生徒が亡くなったが事件は捜査中のままで真相は誰も知らない。クラスメイトは3人の死を悲しむようなことは無かった。死が連鎖すると不思議と人間は慣れに近い感覚を覚えるのだろう。身内や友達の死とは違いクラスメイトの死はあまりにも軽視されているようだがこの感覚の麻痺は時に魔物を生み出す。

クラスメイトは3人の話題で持ちっきりになり、まるで推理小説を楽しんでいるような光景が日々繰り広げられている。そして夏休み直前ということもあり夏の肝試しに神社に行こうと計画を立てる生徒すら現れ始めた。そんな日々が続く様を目の当たりにし、胸を痛める生徒は麻里1人だけであった。

麻里はこの3人は何かとんでもないことに巻き込まれたのではないかとモヤモヤした気持ちに押し潰されそうになっていた。



昼間みになり、麻里はいつものように女子バスケットボール部の1つ歳上の先輩と裏庭の木陰でお昼を食べる。

相澤舞(あいざわまい)面倒見が良く、穏やかで優しいが時に厳しく後輩達から慕われている女子バスケットボール部のエースである。

舞は麻里の曇った表情をすぐに感じたが、麻里から話を切り出すまでは詮索しようとせずにいつものように優しく接した。

「相澤先輩...」
麻里は膝の上に弁当箱を置くとか細い声で舞を見つめた。舞は優しく微笑むと2回小さく頷いた。

麻里は紺色のスカートの裾をグッと握りながら口を開く。
「クラスメイトが3人亡くなったの知ってますか?」

舞はその話だということは分かっていた。話の流れ、麻里の心の状況を理解して再び優しく頷き、麻里の握り拳の上に手を置き優しく解いた。

「クラスメイトが3人もいなくなるなんて絶対何か変なことが起きてる気がするんです...みんなは肝試しだとか陰口とかいろいろ言ってるけど!あの3人のことを嫌いな人はクラスにはいっぱいいたけど私は好きな3人だったから...確かに3人共、他人に無関心だし冷たいけど正直に生きてるっていうか、素直っていうか...とにかくいまのクラスの雰囲気が嫌なんです」

涙ながらに語る麻里の肩を優しく掴んだ舞はゆっくりと口を開いた。

「事件のことを知らない人はこの学校にはいないからね。ニュースもだし全国的な事件なのは間違いないね。麻里は人のために涙を流せる優しさが素敵だよ。だけど前も向かなきゃね...私も...」

麻里は涙を拭いながら舞に問いかけた。
「相澤先輩は3人のことは知りませんよね?話したことないだろうし顔も知らないはずです。なので私のクラスメイトみたいな考え方って分かるんですか?」

「月也くんは昔も今も私の初恋の人だからね...この先もずっとね。」
「え...?相澤先輩?」
「ごめんね?今関係ない話だったね。」
「どういうことですか?話してください」
「お昼休み終わるからまたね...?それと、部活はちゃんと切り替えてね!いい?」
舞はそう言うと弁当箱を片付けて麻里を残して校舎に入っていった。

(相澤先輩の初恋が月也くん?)
麻里は舞が言っている意味が全く分からなかった。蒸し返すような暑さもジリジリと鳴き続ける蝉の鳴き声も耳に入らないほどに。

この話はまた時間がある時ゆっくり聞こう...)麻里も弁当箱を片付けて校舎に入って行った。

午後の授業も終わり、麻里は体育館に足早に入った。運動着に着替えた部員達は部活の準備を始めている。バスケットシューズが擦れる音や勇ましくも甲高い掛け声が体育館に響き渡る。

ここ四方南神高校(しほうなんじん)はスポーツが盛んで特に女子バスケットボール部は全国大会の常連校であり、気合いの入り方は段違いで部員達の汗は輝きに満ち溢れている。舞は2年生でありながら部長もエースも兼任しており、麻里の憧れの先輩だ。

麻里は練習に集中しているつもりだが舞の目には集中力の乱れからプレーがやや乱れていることに気付いた。
「紺野!ボーっとしない!!」
舞は麻里に力強い喝を入れた。
「はい!」
麻里も気を引き締め直し力強く返事をした。

辺りは薄暗くなり、オレンジ色の空をヒグラシの鳴き声が駆け巡り始める時間帯、この日の練習は終わった。片付けも終わりモップ掛けをしている麻里の元に舞がスタスタと走ってきた。
「紺野、お疲れ様。今日、一緒に帰らない?」
「お疲れ様です。もちろん!」

体育館の照明を消し、戸締りを済ませるのは舞の日常であり、麻里も今日は一緒に手伝った。体育館を出ると冷涼な風が2人の熱った体を撫でた。

麻理と舞は帰る方向が一緒で、たまにこうして一緒に帰るのだが麻里はこの時間が楽しくて仕方がない。今日、舞が麻里を誘ったのはお昼の話をしたかったからであり麻里もまた同じことを考えていた。

校門を出ると2人並んで歩く。麻里はお昼の話の続きをいつ切り出そうか舞にチラチラと視線を向けた。舞はしきりにそんな挙動になる麻里が面白くてクスクスと笑うと舞から話を切り出した。

「麻里、今回のこの事件をどう見る...?」
麻里は立ち止まった。舞は振り返り一歩二歩遅れた麻里を気に掛けた。
「私、3人のうち1人が不気味に笑ってるとこ見てしまったんです...あ、いやその人がどうこうってとこまでは分からないんですが...実際その本人も死んじゃったし...」
麻里は晴雄のにちゃりと笑う姿を目撃していたのだ。麻里は晴雄が危険だと感じ、海斗に助言したのだが結局海斗は神社に行ってしまったのだから麻里はもっと具体的に話すべきだったと後悔している。
「麻里はまだ何も知らないもんね...私ちょっとだけこの件知ってるから今それを聞いてなるほどねって思ったよ。」
「相澤先輩知ってるんですか!?」
「ちょっとだけね...」
「あと、聞きにくいんですが月也くんが初恋ってどういうことですか...?2人の接点が分からないんです...」
「小学生の頃から好きだったの。でも家はお父さんもお母さんもいなかったから中学生3年間は別の市で過ごしたんだけどね。麻里は高校入学のタイミングで家族で引っ越してきたんだったよね?」
「はい、そうです。」
「高校になった月也くん見てびっくりしちゃったよ。昔はよく笑うし優しくてカッコよかったんだから。月也くんが南高に入学してきた時は本当に嬉しくて一度話しかけてみたんだけどほぼ無視されちゃったよ。でも初恋は今でも初恋なんだ。」


「話してくれてありがとうございます。」
麻里はもっと聞きたいことはあったが自分の中で話がまとまらずに断念した。2人の別れ道となる十字路に差し掛かり麻里は舞に挨拶をしようとしたが舞が一言。
「今日は金曜だしウチ泊まってく?私1人で住むアパートだしあまり広くはないけどね」
「え!いいんですか?」
「もちろん」
舞は優しく麻里に微笑んだ。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...