夏の行方。

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1章 波紋

4話 1つじゃなく3つ、3つじゃなく1つ

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「月也!学校は!」

夜勤から帰宅した母親は、いつもなら学校へ行く時間だが部屋から出てくる気配の無い月也の掛け布団を力強く引っ張った。しかし月也は項垂れながら母親をグッと睨み大きなあくびを一つ。

母親は月也のまぶたが腫れていることに気付くとそれ以上は起こそうとはせずに

「行かないのは良いけどお母さんが学校に電話しなきゃなんだからね!?行かないの!?」

その問いかけに月也はコクリと頷くと同時に外から聞こえる学校へ向かう生徒たちの声が耳に入る。こんなんで良いのかという気持ちと何もしたくない気持ちが交錯する中、ゆっくりとまた眠りに落ちていった。

しかし、ゆっくりと寝れるかと思いきやそうでもなく海斗からのメールと電話で早々に起こされた。月也は「寝る。連絡すんな」とメールを返すとムクっと起き上がり無造作に散らばったTシャツを手に取った。

リビングの台の上にはメモが置いてあった。

【お小遣いあげるから息抜きしてね。悪さしちゃだめだよ。】
そして1000円札が3枚

いつもならメモをゴミ箱に放り込むのだが、月也はそのメモをそっとたたみ再び台の上に置いた。現金を財布に入れると、そのままサンダルを履き家を出た。

ジリジリと照り付ける日光とその熱を倍増させるかのような蝉の鳴き声が月也の肌と耳を刺す。アスファルトからブワッと伝わる熱はサンダルを溶かしてしまうんだろうかと錯覚させる。

その頃、海斗も晴雄も頬杖をつきながらぼんやりと黒板を眺めていた。カツカツとペンが走る音、黒板に次々と刻まれる文字。2人には呪文に聞こえるほど居心地が悪かった。

いつもなら振り返れば月也がいるため退屈しなかった海斗は不機嫌そうにジッと黒板を睨み付けている。晴雄はなんとなくノートを取る素振りこそ見せるがパフォーマンスと化したそれは意味のない時間をただただ垂れ流しているに等しい。

「渡辺~!Xには何が当てはまるか答えみろ~中学数学の応用だ~」

教師は不機嫌に黒板を睨み付ける海斗を不意に指したが海斗は返事を返さなかった。教師は眉間にシワを寄せながらチョークを乱暴に置いて腕を組んで海斗をじっと睨み付ける。しかし海斗は相変わらず応じる様子がない。

「お前なぁ...そんな態度取ってたらロクな大人にならんぞ?いいから答えろ」

「分かりません」

食い気味に答えた海斗に対して教室内からいくつか上がったコソコソ話が海斗の耳に届いた。教師は深いため息をつくと今度は晴雄を差したのだが晴雄はこれ以上事を大きくしないようにと分かりもしない答えにデタラメな数字で答えた。宝くじを当てる感覚で答えたハリボテの解答はクラスメイトの笑いを呼んだが、その嘲笑はクラスメイト全員から2人へ向けられたものだ。

「みんなはこうならないように勉強しろ。じゃあこれ誰か答えれるかー?挙手しろ。」
教師は授業を続行しようとしたが海斗はそんな嘲笑もものともせずに教師に問いかけた。
「せんせー!ロクな大人ってなんですかー?」

一瞬にして教室が静まり返った。

教師は海斗の問いかけを無視すると再びチョークを手に取り、黒板に向かった。

「さっき僕が無視したからロクな大人になれないって説教して威張ってたけどそんな大人が無視するってことはロクでもない大人のお手本を見せてくれてるんですかー?」

教師の怒号が教室を揺らした。


「おーい!また結局早退しちまったなー!」
海斗は玄関でローファーに履き替えながら陽気に笑っているが晴雄の表情は曇っている。

「僕たちこのままで大丈夫かな...毎日こんなんで...」
晴雄は苦笑いを浮かべながら頭をぽりぽりと掻く。

「俺は今日はお前にも黙って早退したんだぜ?俺の後を追って付いてきて言うセリフじゃねぇだろー!俺のせいみたいにすんなよー!」
海斗はそう言うと笑いながら晴雄の背中をペシペシと叩いた。

「月也の家寄るか!」
「そうだね...」


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