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第1章
同居人
しおりを挟む帰路の途中、俺は109号室の能力者について思い返していた。
資料によれば、ヤグチ双子は望が動物・植物など生きている物の時を戻す能力、叶がその逆の時を進める能力、アヤザキは炎を操る能力だった。ナカモトとミナミダの2人はもう知っているので割愛する。
俺はそこからヤグチたちが何故あんなに幼かったのか理解できた。ヤグチ望の能力で自分達を若返らせているのだろう。なぜそんなことをしているかは分からないが、実年齢はしっかり20歳みたいなので安堵した。
そして、資料には俺が気になっていたA15などの番号についても記載されていた。
ナカモトが言っていた通りにAが最も危険性が低く、AからDへと能力の危険度が上がっていくみたいだ。A15のナカモトは寝なければ能力が使えないので問題ないし、寝ても実害はないことから危険性が低いと見られている。
逆に1番危険視されているのはD01のアヤザキだ。どうやらアヤザキの出す炎はライターみたいな可愛らしい火ではなく、街を火の海にできるぐらいの大規模のようだ。
その能力はアヤザキ本人にも操ることは難しく、政府の監視下に置かれている今は能力の使用を禁じていると資料には書かれてあった。
生まれ持った能力なのに扱えない能力者もいるんだなと不思議に思いつつ、アヤザキのような強い能力を持った者に会ったことがないのでそういうものなのだと自分で自分を納得させた。
政府で管理しているDクラスの能力者は少なく、他地区と合わせても8人だけだという。
そんな危険な能力者を俺に任せて大丈夫なのか?監視班入りたてなんだが。
監視班への不信感を抱きながら、俺はマンションのエレベーターへと乗り込んだ。自室の階に登るエレベーターの中で、監視班について今一度考え直してみる。
監視班の仕事は坂上さんがざっと教えてくれたことしか今のところ知らない。明日、教育係になった原田が詳細を教えてくれるだろうが、仕事自体は1人でやっていかないとだから中々にハードだ。それに監視班の人手不足も気になるし、監視班の人たちを辞めさせた能力者が誰なのか教えてもらっていない。……なんか俺への扱いが悪い気がする。
『6階です』と無機質なアナウンスで我に返った。
こんなことを考えている場合ではないと、慌ててエレベーターから降りて自室まで早歩きをする。
自室に着き、鍵を開けて中に入った。
つ、つかれた…。
灯りのない暗い玄関で靴を脱いでいると視界に人影が入ってくる。咄嗟に俺は視線を影へ向けると、そこには同居人である川谷が微笑んで立っていた。
「おかえり」
「ただいま。今日は帰ってきてたんだな」
「うん、コンクールに出す絵を描こうと思って」
この川谷という男は美大に通っている学生で、俺が住んでいる部屋の主人でもある。そして、川谷は路頭で迷っていた時に助けてくれた命の恩人だ。
川谷との出会いは5年前と遡る。
春希が政府に、両親が警察に捕まってしまった時、俺は住む場所がなく困り果てていた。実家は常に反能力者団体や記者が周辺を徘徊しており帰るに帰れなく、ずっとホテルに泊まれるほどの資金もなかった。
ネカフェとかだと多数の人たちに顔を見られる可能性もあって使えないので、とりあえずいわくつきでもいいから身を置ける部屋を借りようと思ったんだが、収入のない俺はどこも門前払い。両親もいないのでかわりに契約をしてくれる人もいない。
不動産の前で途方に暮れていたそんな時に声をかけてたのが川谷だった。
「お兄さんどうしたの?何か困りごとかな」
そう言いながらこちらに手を差し伸べてくれた川谷の姿を今でもしっかりと覚えている。
事情を聞いた川谷は、部屋を定期的に掃除する代わりに住んで良いという条件で4年近くこの部屋に俺を住まわせてくれている。それに川谷はこの部屋をアトリエとしてだけで使っているみたいで、たまにしか帰ってこない。なのでルームシェアというより、一人暮らしに近い。
「どう?仕事の方は」
他愛のない話をしながら適当に夕飯を作っていると、川谷は藪から棒に仕事について聞いてくる。
「まあ結構忙しいな、突然どうした」
「たまに帰ってきても夏彦がいないから心配だったんだよね」
「…すまない」
能力者保管部署に入ってからは夜勤務の仕事が多くて家に帰れていなかったからか、川谷とこの部屋で会うことが少なくなっていたな。たまに顔を合わせたとしても俺がこれから出かけないといけなかったり、川谷が大学に行く時間だったりとお互い話す時間がなかった。
川谷に能力者保管部署で働いていることは言っていないから、普通の会社なら家に居ないとおかしいのに帰れていない俺を川谷は心配していたのだろう。夜遅くまで働かせる会社なんてブラックでしかないからな。
「ここ2年は忙しかったけど、今日から仕事場が変わったから早めに帰れると思う」
「そうなんだ。無理しない程度に頑張ってね」
「おう、程々に手を抜くわ」
「あともし辞めるなら言って、俺が夏彦を養うよ」
「それは申し訳なさすぎて無理」
大学生に養われる23歳無職の絵面は流石にキツすぎる。俺は自分がヒモになっている姿に鳥肌を立てながら、できた料理を皿に盛り付けた。
川谷は時々変な事を言うんだよな。養うとか、まだ会って5年ぐらいの男に対して優しすぎるだろ、懐がデカすぎるわ。
「炒飯できたぞ」
「ありがとう」
椅子に座り机に置いた料理に手をつける。
うんまぁ…俺が作っただけあってパッとしない味のザ・男飯だな。黙々と微妙な味の炒飯を口に運んでいく。川谷も一言も喋らず静かに料理を食べている。
最後の一口を頬張ると、「そういえば」と川谷が話し始めた。俺はなんだ?と思い、口の中の物を飲み込んで視線を川谷へと向けた。
「帰ってきてからずっと暗い顔をしているね。何か悩み事?」
「え…俺そんな顔に出てた?」
「うん、俺でよければ相談に乗るよ」
あぁなるほど。仕事について唐突に聞いてきたなと思ったが、俺が暗い顔をして帰ってきたから川谷は気になって聞いたのか。
できることなら監視班のことやこれから監視しなければいけない能力者のことなど色々相談をしたい。だけど、これらのことは外部に漏らすことはできない。
俺が言い淀んでると川谷が困ったように笑った。
「もしかして相談できないことだったかな」
「あ、いや」
仕事についても悩みはあるが、仕事以外に昨日から悩んでいたことが一つあった。ただ、川谷に相談して良いのか分からない内容だから、口に出すか迷ってしまう。
…でも川谷は優しいからきっと相談に乗ってくれるんだろうな。
自分1人で考え込んでも仕方がない、俺は思い切って川谷に聞いてみることにした。
「……川谷はさ、もし身内に告白とかされたらどうする」
「それはどういう告白なのかな?」
「その…『好き』って…愛の告白なんだけど…」
先日の夢を見たことによって呼び起こされた過去の記憶。
俺が高校3年生で春希が中学3年生の時に、密かに春希から「好きだ」と告白された事を思い出した。
俺は春希の気持ちに今後どう答えれば良いのか思い悩んでいた。このまま春希を助けられたとして、春希とどんな顔をして暮らしていけば良いのか分からないんだ。
こんな弟の隠してきた秘密を漏らすようなことをしちゃいけないなんて分かってはいるが、どうしても俺1人では抱えきれない。
気まずさで無意識に逸らしていた目を川谷へ向き直す。
視界に映った川谷は目を見開いていたかと思った途端、眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。
「…………もしかして弟くんに?」
「いや、えっと…俺の知人の話なんだけど。
そいつの兄妹がそいつに好きだって言ったみたいでさ…」
咄嗟に誤魔化してしまった。川谷の引き気味な反応が怖かったからだ。
川谷の視線から逃れるように再び目を逸らした。
やはり同性で、しかも血の繋がった相手に告白されたなんて話されたら誰でも気持ち悪がるよな。…言わなければよかった。
「実は俺にも兄さんがいるんだ」
「………え?」
川谷に兄がいるなんて意外だ、勝手に一人っ子だと思っていた。そういえば川谷から家族の話なんて一度も聞いたことがなかったな。川谷は今どんな気持ちで兄弟がいることを教えてくれているのだろうか。
バレないようにそっと川谷の顔を見てみると、先ほどの嫌悪を表していた顔はいつもの優しげな表情に戻っていた。
「昔は全然話せなかったけど、最近やっと仲良くできてすごく嬉しいんだ。そんな兄さんが急によそよそしい態度で接してきたらかなり傷つくかも」
「そう…だよな…」
「半端な態度を取るぐらいなら、告白をしっかり受け止めて欲しいと俺は思うかな。嫌ならもう関わらない、そのぐらいはっきりしたほうがお互いに後を引かなくて良いし」
川谷の意見を聞いて、俺は忘れたふりをした自分の態度を振り返った。今までの俺は、寝ていると勘違いして告白した春希に付け込んで告白をなかったことにしていた。でも、実際は春希の口から聞こえる「好き」という言葉に敏感だったり、こちらを見る春希の真剣な眼差しから逃げたりとしていた。
春希は傷ついていただろうな、そんな俺の態度に。
俺自身も、もうこの告白を忘れるふりはできない気がする。
川谷の言う通り、春希の想いにケジメをつけないとな。
「ありがと川谷」
「どういたしまして」
椅子から立ち上がり、食べ終わった食器をシンクで洗う。抱えていたことを聞いてもらったら、綺麗になっていく皿と共に色々スッキリした。
「じゃあ明日に備えて早めに寝るわ」
「分かった、俺はアトリエに戻るね」
「お~美大生は忙しいな、あんま無理すんなよ」
「ありがとう、また完成したら一番最初に見せてあげる」
「楽しみにしてるな」
アトリエへと入っていく川谷を見送り、俺も自室へと足を進めた。
明日から本格的に監視班の仕事が始まる。気乗りしないが、川谷と話したことで頑張ろうという気持ちになれた。
「よし、やってやる」
ナカモトやヤグチ双子なんてどうって事ない!俺ならできる!
そう自分自身に喝を入れ、俺はベッドの中でゆっくりと眠りに落ちていった。
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