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第0章

夢の中2

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ここは夢の中だろうか。
先ほどまでの森の中と違い、俺はベッドで横になっていた。
目を開けたいが何故か目を開けることができない。
そんな何も見えない視界にも関わらず、今いる場所が昔家族で住んでいた家の自室だとわかった。

ガチャッと静かに扉が開かれる音がする。

「夏兄寝た?」

春希がどうやら部屋に入ってきたようだ。声の低さから中学2年生以降の頃の春希だと窺えた。
俺は春希に返事をしようとしたが、声が出ない。
口を開けようとしても一向に動かなく、起きてると一言発することもできなかった。
春希は俺が寝てると判断したのか音を立てないように部屋へ入ってくる。そしてベッドに腰かけた。
ギィッと2人分の体重でベッドが軋む。

「夏彦」

いつもの夏兄呼びではなく夏彦と、春希は俺を呼ぶ。
春希が俺のこと名前で呼ぶことなんてあっただろうか。これが夢だから春希は俺をいつものように呼ばず夏彦と呼んでいるのか?

……いやあったな。思い出した。
以前にも同じようなことがあった。


「夏彦」

春希がもう一度名前を呼ぶ。
だめだ、これはあの時の記憶だ。
この後のことを俺はよく知っている。

ゆっくりと春希の顔が俺の顔へ近づいてくる。春希の吐息が顔にかかりくすぐったい。
春希は俺の顔にかかっていた髪をはらう。

…これ以上は言うな。聞きたくない、知りたくない。
そんなことを思う俺に対し、無慈悲にも春希の口は動いていく。

「夏彦、好きだ」

とても小さい囁き声。
あぁ…なんで今、あの時の記憶の夢を見ているのかわかった。
先ほどの森の中での出来事とひどく似ているからだ。
得体の知れないものに触れられる感覚。

そうだ怖かったんだ、弟の本当の気持ちを知ったのが。
だから忘れたふりをしたんだ。

「愛してる」

そっと唇に何かが触れる。
そして程なくして頬にポタポタと水滴が落ちてくるのを感じた。きっとこれは春希の涙だろう。
涙拭いてやらないと。
無意識に春希の顔があるであろう方向へ手が伸びる。
春希の頬に触れた途端、ぐにゃりと視界に映る暗闇が歪む。

いやだ、起きたくない。まだ春希が泣いているんだ。

そんな俺の気持ちとは反対に意識が遠ざかっていく。
あぁ、なんで俺はいつもいつも春希を助けられないんだ。

顔だけでも見たいと目を開こうとしたが最後まで開くことは叶わなかった。




***



ぐるりと視界が明るくなる。
眩しい、ここは本当に先ほどの薄暗い森林の中であろうか。
誰かが俺の腹の上で馬乗りしているのか非常に重い。仰向けで倒れている俺の背中は地面に押し付けられており、ぐちゃぐちゃと乾いていない土の感触がする。これは非常に気持ち悪い。

「夏兄♡」

口元に何かがあたり、唇からチュッと可愛らしいリップ音を奏でなでる。
誰かにキスをされたと気づいた俺は驚いて瞼をあげる。眩しさでぼやけた視界には木々が揺れ動いているのが見えた。

「おはようございます♡夏兄♡」

頭上で爽やかなボーイソプラノの声が聞こえる。
そちらへ視線を向けると透き通った海のような髪色をした少年がこちらへ微笑んでいた。
少年の頬には、俺が夢の中で春希に伸ばしていた手が添えられている。
名も知らぬ少年の頬を触っていたことに気づき、俺は慌てて手を離そうとした。
しかし、少年はそれを許さないとでも言うように俺の手を握りしめて、少年自ら俺の手へと顔を擦りつけた。

何どういうこと、俺なんで知らない子に押し倒されているの?
混乱している俺に少年は再びキスをする。

「んっ、ふふっキスで目を覚ますなんて御伽話みたいですね♡」
「はっ、おまえ、なにやって」
「何って、普通にキスですよ」

少年は唇に軽くチュッチュッとバードキスを繰り返す。

「やっ、ん、やめ、っやめろ!」

キスを止めるために少年から顔を逸らす。
突然のキスで息もできなかった俺は荒げた呼吸を整えた。

「はっ、はぁ…はぁ…」
「ふふふっ夏兄かわいい~♡」

少年は楽しげに笑う。
笑顔の少年は天使のようだが、今の状況は地獄だ。
俺は何故、年端もいかない少年に好き勝手されているんだ。
先ほどから起きあがろうと体を持ち上げているのに、一向に少年を押し退けられない。…悔しい、俺の方が明らかに体格がいいのに。

「……おまえ、一体なんなんだよ…」

「え……
……僕のことわからないのですか?」

咄嗟に出た言葉に少年はどこか驚いた声を上げる。
なんでお前が驚いてるんだよ、驚きたいのは俺の方なんだけど。
心で悪態をつく俺をよそに、少年は何か思案している。

「本当に僕のこと知らないのですね?」
「……そうだけど」
「そういうことなら」

少年はそう一言述べると、パッと魔法のように姿を変えた。
水色の髪は桜色に、アメシストの瞳はアクアマリンに。

「ナカモト…」
「は~い♡夏兄♡」

少年の姿から変化したナカモトは蕩けるような甘い笑顔を俺に向けた。


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