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第0章
事件
しおりを挟むやばい。
携帯、忘れてきた。
大学の講義が終わった俺は早速『今から帰るよ』なんてメッセージを春希に送ろうと思い、携帯を探したが見つからない。
星座占いで『忘れ物には注意してください』と言われている手前、準備を万端にしたつもりだったが、いつも持ってきている携帯を逆に忘れてきてしまった。
「マジかよ俺…」
朝、弟に言われた言葉が脳内によぎる。
『夏兄っていつも忘れ物してるんだから
今更忘れ物に気をつけても意味なくない?』
本当にその通り過ぎます。春希なんかごめん。
俺は諦めて『もうサプライズってことにしてやる!』とやけくそで家に帰ることにした。
帰路の途中、歩いているとふと俺と同じ方向に向かっている人たちや車などが多いことに気づく。この辺りの住宅街に暮らしている人なら気にしないのだが、あからさまにスマホやカメラを掲げながら走り去る者もいたので、ここら辺でイベントなんてやってたっけ?芸能人でもいたのか?と思いながらも、何故だか胸のモヤモヤは晴れなかった。
もう少しで家に着くというところでパトカーが俺の横を通り過ぎる。
なんだ事件があったから野次馬が集まってたのかと考えながらパトカーを眺めていると、そのパトカーは春希が通っている高校の方向へと走らせていった。
なんだろう、先ほどのモヤモヤに加えて胸騒ぎもしてきた。
良くない予感。
俺のこういう予感ってだいたい当たるんだ。
「春希が心配だし迎えに行くか」
そう思い、高校へと向かう俺の足はいつもより早歩きであった。
「見た!?この動画!やばくない!?能力者って本当にいたんだ!」
「てか突き落としたのって能力者なの?やっぱ異常なんだな能力者は」
高校へと向かう野次馬らしき人を追い越すたびに、能力者の話が耳に入る。どうやら高校で起こっていることを動画にあげた輩がいたらしい。まさか春希に限ってそんなことはないだろう。なんて思いながらも明らかに鼓動が早くなる。確認したい、だが俺は生憎にも携帯を持ちあわせていない。本当にこういう大事な時に限って俺は!
「で、能力者ってどんなやつ?」
「ほらこいつ、えーと名前は……」
その名前を聞いた瞬間、俺は高校へと走り出していた。
高校に着くとすでに事件は解決したあとだったのか、止まっていたパトカーが先ほどまで俺が歩いていた道へ走り去っていた。それを見ていた野次馬がつまらなそうに帰っていく。
先ほどの名前を聞いても実感が湧かない。何かの間違いだよな。
そうだ、春希。こんな状況できっと疲れているかもしれない。あいつ見た目に対して意外と小心者なんだよな、しょうがないから一緒に帰ってやるか。そう思い俺は高校の正門前で春希を待つ。
「うちの学校に能力者が出たんだって」
「えーやだー怖い」
目の前で女子高生2人が何やら事件についてを話している。
俺は無意識に聞き耳を立てた。話の内容は以下の通りだ。
放課後にとある男の子を巡って2人の女の子が喧嘩をしていたらしい。それを男の子が止めようとし、さらに女の子たちはヒートアップして揉めて、揉めてた女の子の1人が足を滑らせ階段から転落。その子の頭と足は変な方向に曲がっていたらしい。それを男の子が能力を使って治したので、周りに能力者だとばれてしまった。先生はすぐさま政府へ連絡。たまたま居合わせた学生は遠目から携帯で撮って拡散したりと瞬く間に情報は広がっていった。そして警察と政府共々、到着次第その能力者を連行したらしい。
「で、その能力者の情報がネットに上がってたんだけど」
「へー誰だったの」
「えーと……え、本当?」
「なになに見せてよ」
携帯を見ていた女子高生の1人が呆然と携帯を眺めていた。
それをもう1人の子が覗き込む、その子もまた目を見開いていた。
大丈夫違うはずだ、先ほど野次馬が言ってた人物なはずがない。
いつも通り帰ってくるはずだ。
女子高生2人は向かい合って目を見合わせて、静かに口を開いた。
「…宮迫春希だ」
俺が1番聞きたくなかった名前を2人は呟いた。
俺はもうすでに春希のいない学校を背にして家へと帰る。
春希が政府に連れ去られてしまった。その事実に俺は悔しさで唇を噛み締める。
…俺はまた春希から目を離してしまったのか。
春希は忽然といなくなるから目を離しちゃいけないのに。
何が能力者達も普通に暮らせる世の中にしたいだ、肝心の春希がいなければ意味がないだろ。
春希との思い出が走馬灯の如く流れる。
夏兄と満面の笑みで笑う春希、小学校に上がって小生意気に一人称を僕から俺へと変える春希、中学生の大人ぶってる春希、最近冷たい高校生の春希。
ボロボロと涙がこぼれ落ちる。
政府に捕まり能力者収容施設に入れられた子供たちは2度と外に出れないのは本当だ。万が一出られる時なんて殺処分された死体だけだ。
次春希と会えるのはすでにこの世を去ったあとだと思うと吐き気を感じる。もう会えないなんて嫌だ。嫌だ。嫌だ。
気がつけば俺は自分の部屋のベットで横になっていた。
先程まで泣いてはずの瞳はすでに乾いており、真っ白な壁をただ見つめていた。
ピコンッ
ベットに置いてあった携帯から通知音が鳴る。
あぁそうだ、携帯忘れてたんだった。
そう思い携帯の画面をつけるとそこには春希からのメッセージが届いていた。
アプリを開き、春希のメッセージを見る。
『不在着信』
『夏兄どうしよ』
『人が階段から落ちた』
『不在着信』
『たすけて』
『不在着信』
『不在着信』
『不在着信』
『不在着信』
「春希、お前動揺しすぎだよ…」
春希さ、俺に助けを求めず真っ先に119番で救急車を呼べばよかったのに。いや確か落ちた女の子って変な方向に頭と足が曲がってたんだっけ。そりゃー焦るか。
でも、勝手に喧嘩始めた女の子たちが悪くない?そんな子達無視すればよかったのに、なんて俺は思ったが春希はそれができなかったのだろう。自分に人間の心がなくて笑えてくる。春希の方がよっぽど人間味があって優しい子なのに。
とりあえず父さんと母さんと話し合いたい。これは家族の問題なんだから。それに父さんは一応政府で働いているし、もしかしたら春希に会えるかもしれない。母さんの父親も政府で結構偉い人だ。なんだかんだ許されるかもしれない。
なんて期待しながら両親を待ったが、2人は次の日の朝になっても帰ってこなかった。
その後のことは大変だった。
朝にテレビをつけたら、父さんと母さんが能力者蔵匿罪で捕まったと報道されていた。能力者は基本赤ん坊のうちに回収されているので、匿うこと自体珍しいから報道されたのだろう。
そして先ほどから窓ガラスに石が当たる音や外から罵倒などが聞こえる。どうやら野次馬や能力者反対派が能力者の家として我が家に押し寄せてきているみたいだ。締め切ったカーテンの隙間から外を覗くと沢山の人で外はひしめき合っていた。
まだ家に入ってこようとする気配はないが、一部の人が明らかにこちらへ危害を加えようとするものを持っていたので、俺は慌てて家を出ることにした。
両親の通帳や印鑑などの貴重品、アルバムなどの思い出のものを鞄に詰めれるだけ詰めて裏口から家を飛び出した。何人かは俺に気づいて追いかけてきたが、地元の人ではなかったようですぐに撒くことができた。
そこから俺は格安ホテルで身を隠していた。
なぜか俺だけは能力者蔵匿罪にかけられず、指名手配になったわけでもないので外を出ても良いのだが、能力者の家族を晒したい輩が執拗に追いかけてきたので怖くなった俺は外に出ることができなかった。すでにネットには春希の個人情報と俺たち家族の情報が上がっていた。
俺に至っては通っている大学の知人という名でインタビューされている動画もあった。大学は一緒みたいだが会ったことのない奴が俺について語っている。……なんだこれ、捏造ばっか。
というか俺はすでに大学から退学処分を受けたから、もう他人のようなもんじゃん。
先日、電話越しに言われた話を思い出した。
大学側から能力者の親族かつ匿った疑いのある俺を大学には置いておけないという内容を如何にもな感じに説明を受けた。正式な書類は落ち着いたら送るといわれそのまま一方的に切られたことを忘れられない。
両親についてもそうだ。
両親と話したくて人目を避けて刑務所へ行ったら、両親との面会はできないと窓口の人に言われた。後で知ったのだが、能力者を匿った人は能力について外部に漏らされないように、警察側から面会できないようにされているらしい。
「はぁ……もうどうすればいいか分かんないよ…」
することもないのでネットを巡回する。
つい1週間前までは春希のことについてで盛り上がっていた記事も今では別のことで盛り上がっている。
なんだよ、こっちは大事な家族を奪われ、家を追われ、身を隠しているというのに。
苛立ちながらも真新しい情報はないかスクロールすると一つの記事に目が止まる。内容を読むと政府が"能力者保管部署"を新しく作ると発表したと書かれていた。そして現在、求人を募集しているらしい。
「これじゃん!!!」
この部署ならきっと春希にも会えるし、能力者についても知れるしで一石二鳥じゃん!そう思い俺はすぐさま募集要項を読んだ。
えーと、条件は高卒から大丈夫で、必要資格は危険物取扱者と防災管理者と英検1級とあとは……。
「うわーめっちゃ資格いるのかよ」
最後らへんの資格とか絶対いらんだろ。狩猟免許ってなんだ、鹿でも狩るのか?
「もう無駄に考えてもダメだ!全部取ればいいんだろ取れば!」
こうして毎日勉強に取り組んだりなんなりして資格をとって政府の面接を受かった俺は、無事に能力者保管部署へ所属することとなった。
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