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第0章

日常

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俺は父さんとの約束を守り抜いた。
正確には、両親にバレないところで時々春希に怪我を治してもらっていたので守っていたかは微妙だが。
ただ春希も春希で自分から能力があると周りにいうこともなかったので、家族みんなで平穏な日常を謳歌していた。

そして俺は春希に怪我を治してもらうたびに春希の能力についてなんとなく理解できた。
春希の能力は自分の体力の代わりに人の傷を癒すことのできる治癒能力であった。
俺が転けて足を血まみれにしたときや顔をぶつけ鼻血を出したときにいつも「僕が夏兄の怪我を治す!」と言って聞かなかったので、両親にバレないよう治してもらっていた。そして治してもらった日は、春希が疲れたようにいつもより早く眠ってしまうのだ。

そこで俺は気づいた。
この治癒能力は無から治すのではなく、春希の体力を使って怪我を治しているんだということを。
そういえば、初めて春希が能力を使った日も、俺と父さんが話しているうちに春希は眠ってしまっていた。

春希の体力を使ってるしバレるかもしれないしで、俺はできれば春希には能力を使ってほしくない。そう考えるようになった俺は怪我をしないように気をつけるようにした。
危険だなと思ったこと避けたり事前に予測したりとしているうちに、なんとなくこれは危ないというものを感じ取れるようになった。
程なくして俺は怪我なんて知らないというぐらい危機管理ができる子になったのだが、俺が怪我をしなくなったのが面白くないのか春希が「つまんないから、夏兄大怪我して」と言ってきた時は正直怖かった。
お前、思ってても本人にそれを言うんじゃねぇよ。




***



春希の能力が発覚した日から10年後。
俺は18歳で大学1年生、春希は15歳で高校1年生になった。
俺は春希のような能力者について学ぶために生命科学部のある大学に進学した。まだ能力者が誕生して15年なので、かなり情報は少ないが、少しでも能力者について知っておきたい。そして、なぜ能力者が生まれたのかを発見できれば、春希を能力をなくし普通の子にできるのではないかと思った。そんなことができれば俺たち家族は秘密を隠すことなく平穏に暮らせるのだ。なんてことを夢に見ているのだが、そのことを春希に言ったら眉間に皺を寄せて「それはやだ」と返してきたので、春希普通の子計画は俺の中でしまっておくことにした。
それならばと、俺は能力者達も普通に暮らせる世の中にしたいとシフトチェンジした。実際にごく一部の地域では能力者と対等に暮らしているらしいので、かなりアリなのではと思っている。

春希は地元で最も偏差値の高い高校に進学した。あいつもすでに将来を決めており、医者になるための勉強をしている。
自分の治癒能力があるくせになんで医者なんだよなんてふざけて聞いたら、「俺の能力は怪我には使えるけど病気には効かないから」と春希は笑って返事をした。…あぁそういえば幼い頃に俺が風邪ひいた時、自分の治癒能力が効かなくてギャン泣きしてたっけ。まだあの時のこと気にしてたんだな~と他人事のように考えていると、春希がじっと俺を見つめていた。その顔があまりにも真剣だったので、気まずくなった俺は「そっか!じゃあ俺が長生きできるよう励みたまえ!」とおちゃらけて適当に話を終わらせた。俺に向けてくる春希の真剣な眼差しはどこか居心地が悪くて苦手だ。

突然話は変わるが、20XX年9月X X日に生まれた子供達つまり能力者達は皆一様に容姿が整っており、常人の4、5倍身体能力が高い。DNAの突然変異なのか、人間の何倍もの才能があり人間の持ち得ない超能力を授かっているのだ。
それは春希にも言えた。
俺の父さん母さんは普通の人だ。顔はテレビや雑誌で取り上げられるような美貌ではないし、別にこれと言って秀でてできるスポーツもない。そんな両親から生まれた俺ももちろん普通の子であった。
だけど、春希は違った。
父さんの遺伝子が本当に入っているのかと疑うぐらい身長は180cm超えと大きく育ち、顔も母さんの面影はあるがそれ以上に整った造形をしていた。
また、春希は運動もできた。これはなんとなく予感はしていたのだが、春希は小さい頃から力が強かったし、足もめちゃくちゃ早かった。春希に抱きしめられたら3歳上の俺が本気を出しても振り払えないし、鬼ごっこをしても俺はすぐに春希に捕まってしまうしと、兄としての尊厳を軽くへし折られたことが思い出深く残っている。
そんなパーフェクト人間な弟ということもあり、春希は学校でとてもモテていた。
だが、それが不幸を招くなんて誰が思っただろうか。



事件は春希が高校2年の夏に起こった。
その日は天気予報で水分をこまめに取りましょうと注意喚起が入るくらい暑い日だった。
いつも通り朝に起き、両親と春希と俺で食卓を囲み朝食を取っているとテレビで星座占いが流れていた。それをぼけっと眺めていたら、11位が俺の生まれた日のカニ座でテンションは2段階ぐらい下がった。アナウンサーのお姉さんが『忘れ物には注意してください』と読み上げているのを聞き流しながら、1位と12位の発表を見る。

『12位はてんびん座です!』

あ、春希の星座じゃん。俺は無意識に春希の方を見る。
春希はテレビなんぞ興味なさそうに、黙々と食パンを頬張っていた。

「春希~お前まずいぞ~今日の星座占い12位だって
えーと…足元に注意してくださいって、気をつけろよ」
「夏兄だって11位じゃん
夏兄っていつも忘れ物してるんだから
今更忘れ物に気をつけても意味なくない?」
「うぐっ、何も言い返せない」
「ほら喋ってないで早く食べなさい遅刻するわよ」

母さんに睨まれ慌てて朝食に手をつける。春希はすでに食べ終わったのか、颯爽と席を立つとリビングを出て行く。

「春希もう行くのか?いってらっしゃい!」
「うっさい」

最近は声をかけただけですぐこれだ。
喋ってくれたりはするんだが、春希はどこか棘のある言い方ばかりしてくる。思春期か反抗期か知らないが、そんな態度を取られると普通に傷つくんだが。

「春希ね、夏彦が大学入ってから構ってもらえなくて不貞腐れてるのよ」
「え?」

母さんは俺の大好物の水羊羹を冷蔵庫から取り出し、俺の前へと置く。
もしかして俺ってあからさまに落ち込んでいたのだろうか、置かれた水羊羹を食べながら、母さんの話を聞いた。

「夏彦が春希のために能力者のことを調べているのは分かるよ
でも、たまには春希と遊んであげたりしてほしいかな」
「……春希のことは構っているつもりだけど…」
「まぁ…そのね……
あの子…部活がない日は友達とも遊ばずにまっすぐ家に帰ってくるのよ
たぶん夏彦と遊びたいからなんだけど
でもあなた、講義終わった後も帰ってこないでしょ?
だからたぶん不満なんだと思う」

まじか弟よ、俺のこと大好きだな。
母さんはその後も何か話していたが、その時にはすでに俺のキャパは越えていたので右から左へと話を聞き逃していった。
春希……お兄ちゃんはお前の将来が心配だよ……。華の高校生なんだから兄なんて放っておいて、彼女の1人や2人は作って青春を謳歌してくれ。いや俺を放置するのは許せん、普通に喋ってくれ。あと彼女を2人以上作るな、せめて別れてからまた作れ。
勝手に脳内で弟に説教をしつつ、俺は春希に嫌われていないことを知り安堵した。

「んーそうだな、今日ぐらいは早く帰ってみるわ」

春希の喜ぶ顔も見たいしな。
その言葉を聞いた母さんはどこか嬉しそうに笑った。


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