スカーレットオーク

はぎわら歓

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風の住処(番外編)

22 クリスマス

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 クリスマスがやってきた。
 颯介は早苗のためにリングを買った。

 絵里奈から早苗の誕生日は五月だと言う事を聞いていたので、ありきたりだがエメラルドがついたものにした。
いつまでも新芽のように初々しい早苗には良く似合うだろう。

  もうすぐ早苗が仕事から帰ってくる。
 今日はちゃんとプロポーズをして返事をもらおうと頭の中では何度も何度もシミュレーションをしていた。
 (プロポーズをしてリングをはめてワインで乾杯だ。完璧。)

  ニヤニヤして早苗のアパートの付近で待っている。
 通りがかりの人に変な顔をされたので口笛を吹いてごまかし少し歩いた。
 (今日遅いな。)

  颯介は早苗の職場のほうへ向かって歩く。
 早苗の職場はアパートから歩いて十五分くらいのところにあり通勤ラッシュの中、
 車で行くよりも歩いたほうが早かった。

  五分ほど歩きドラッグストアの前を通りがかる。
 店の明るさに思わず目をやると、駐車場で早苗と男が向き合っていた。

  紺のスーツ姿の男は早苗よりも頭一つ大きく痩せ型だ。
こちら側からだと男の顔は良く見えないが、早苗が嬉しそうに微笑んで話しているのが見えた。
 (何してんだ……?)

  男が早苗の肩と頭に手を置いた。
 早苗が男に触れられた瞬間に、颯介は走り出して男のほうへ向かった。
 「おい」
  颯介は男の肩をつかんで早苗から引き離す。

 「あ。颯介」
 「ああ。君が」
  興奮している颯介を早苗が男との間に割って入る。
 「落ち着いて。私の恩師なんだよ」

 「初めまして。田中と申します。牧村くんの昔の担任です」
 「大友です……」
  少しだけ落ち着いた颯介は名前を言ったが(早苗の昔の男かよ)とむしゃくしゃする気持ちも沸いていた。

 「先生、会えてよかったです。さよなら」
  早苗は颯介をこれ以上刺激しないように、そそくさと立ち去ろうとした。
 「牧村くん。頑張ってね。じゃ大友さんよろしくお願いします」
  静かに頭を下げて田中正孝は去った。

  さっきまでの甘いシミュレーションが消えて颯介は心がざらついている。
 「待たせてたのね。ごめん。帰ろう」
  早苗は颯介の手を握り引っ張って歩き始めた。
 颯介はなんとなくうなだれてそのまま手を引かれてついて行った。
 (園児みてえ)

 早苗のアパートに着き部屋に入った。
 颯介は部屋に上がったが押し黙ったままだった。

 「颯介。たまたま会ったんだよ。先生から声を掛けられるまで私は気づかなかったんだ。怒らないで」

  颯介は深呼吸をしてから言った。
 「俺。お前が他の男に触られてるのを見てすっごい嫌な気持ちになった。
お前もそうだったんだなって初めてほんとにわかったよ」

  颯介はまっすぐに早苗を見て、
 「ほんとにごめん」
  心から謝った。
 「颯介。ありがとう。とても嬉しい」
  早苗の目は涙で潤んでいて、流れた涙と共にやっと色々な感情が浄化されていく気がする。

  そして颯介の手を取り一緒に座った。
 「クリスマスケーキ食べようか」
 「うん」
  二人はクリスマスだと言う事を思い出した。
 「メリークリスマス」

 甘いクリームを二人で頬張ると幸せな気持ちが湧いてくる。
 「こんなクリスマスって自分にはないことだと思ってた。
ドラマとかじゃよく見るけどね」
  心から嬉しそうな早苗に颯介はもっと喜んで欲しい気持ちが芽生える。
こそこそとリングを取り出して早苗の左手を取り薬指にはめた。

 「あ」
  早苗は虚を突かれたような間を置いた後、左手を目の前にかざして指輪を眺めた。
 「綺麗な緑色」
  ぼんやりと眺めている早苗に颯介は言った。

 「婚約指輪のつもりなんだ」
 「え」
 「だめか?」
  早苗は首を大きく振った。
 「だめじゃない。だめじゃないよ。でもこんなにいっぺんに嬉しいことがあるとわけわかんなくなっちゃうよ」
  夢を見ているように早苗は言う。

 「俺だっておんなじだよ。好きになって結婚したくなって一生一緒にいたいなんて、初めて思ったんだ。
あー。なんか子供欲しくなってきたなあ」

  盛り上がってきた颯介に早苗は慌てて言った。
 「待って。そんな。性急だよ。まだお互いのことあんまり知らないじゃない」
 「うーん。これまでのことなんか知ったって大したことないって。
これから過ごしていけばわかっていけると思うんだ。早苗とは」

  颯介の持論に早苗はあっけにとられた。
 感心するような言い包められるような不思議な感じだった。

 「まあ、こまかいことはいいんだよ。こんな気持ちになったことが俺にとって大事だからさ。
なあ結婚してくれよ。お願い」

  ねだるような甘い声を男から聞かされて、早苗は胸の奥がぎゅっと熱くなるのを感じた。
 (こんな想いはきっと颯介にしかしないんだろうな)
のぼせてきたような早苗の頬を颯介は両手で優しく包んで口づけをする。

  そのまま床になだれこんで二人は抱き合った。
 早苗は身体も心も委ねてしまい溶ける。
 目が合うと磁石のように唇が引っ付き合う。

  今この瞬間の歓びを二人で分かちあいながら未来の歓びも感じ取った。
 二人の熱気が窓ガラスを曇らせ、雪の夜のように見えた。
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