スカーレットオーク

はぎわら歓

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第三部

5 沢田雅人

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 ペンションの周りをのんびり散歩して紅葉したスカーレットオークを眺める。
 真っ赤なギザギザした長細い葉が、他の木々の葉と違った個性的な様子で静かに存在感を主張している。(綺麗だな)

  沢田は陶芸教室のアトリエの方を向き、窓からそっと中を覗き見た。
 緋紗がロクロを回している。
 女性の割にごつごつした手が粘土を、一定の速度で滑らかに螺旋状に引き上げる。
そしてまた下げる。
 沢田はため息をつきながら(綺麗だ)と心の中で呟いた。


  沢田雅人は作業療法士で病院勤務だ。
 色々な症状の様々な年代の男女のリハビリを行っている。
 特に手を使うこと、日常生活への復帰に向けてサポートすることが多い。
 初めて緋紗のロクロを回す姿を見たときには、無理や無駄のない自然な指先の動きが、自分の仕事に使えそうな作業だと思い関心をもってみた。
そのうちに緋紗の指先の力強いしなやかさ、更には粘土に向かう集中力や真剣さに目を奪われ始めていて、気が付くと沢田は緋紗に恋をしていた。

  もう緋紗と知り合って十二年になり親しくもなっているが、気持ちを告げることはなかった。
 告白したくならない訳ではないが、緋紗を困らせるだけなのはわかっていたし、緋紗の夫、直樹の存在が大きすぎた。

  一度、小夜子に自分のピアノを聴いてもらった時の感想が『誠実ね』だった。
 怪我で引退を余儀なくされたとはいえ、本職のピアニストである小夜子に技術の評価ではなく感想を言われただけで沢田は嬉しかった。
そんな小夜子が直樹のことを『正確なロマンチスト』と言っていた。
 小夜子が亡くなった後、沢田がこのペンションにピアノ演奏のオーディションを受けに来た時、合格をもらえて浮足立ったが、直樹のピアノを聴いたとき感心し、小夜子の評価を納得する。
 無機質で機械的な精度の高さで楽譜通りの正確な演奏なのに、甘く心に響くのだった。(なんか。敵わないなあ)
 自分のほうがピアノ歴が長いとは思ったが当時は率直にそんな感想を持った。

  今ならわかる。
 直樹の演奏は緋紗の影響なのだと。
  沢田も所謂『草食男子』で奪う恋愛など到底できなかった。
しかも緋紗は全く沢田の気持ちに気づいていないようだ。


  緋紗の手つきを見つめているところに、パシッと小枝を踏む音が聞こえ、振り向くと直樹が立っていた。
 沢田が緊張したように挨拶をする。
 「あ、こんにちは」
  直樹は沢田の緋紗を見つめる様子を少し観察していた。

 「こんにちは。ちょっと和奏にピアノ弾きに来たんだ。まだ時間良いよね?」
 「ええ。いいです。僕ちょっと早く来ただけなので」
  直樹より背が十センチほど高く、痩せ型の繊細そうな沢田は静かに頭を下げた。

 「沢田君。君、緋紗が好きなの?」
  直樹の率直な物言いに沢田はたじろいだ。
 「え、あ、あの。すみません。はい」
 「いつから?」

  レンズ越しの冷たいまなざしを感じて沢田はまた緊張する。
 誤魔化すことはできないし嘘は見破られるだろうと思い正直に直樹の問いへ答えた。

 「いつからかはわかりません。緋紗さんの仕事をしているところを見ていたらいつの間にか……。好きになってました」
 「責めてるんじゃないよ。俺も緋紗を愛してるから気になっただけ」
  堂々とした直樹に沢田はやはり敵わない気持ちを露呈しながら言った。

 「ただの片思いです。告げる気もありませんしましてや大友さんから奪おうとも思いません」
  (絶対に無理なことはわかっている……)
 沢田は緋紗と直樹の愛情の結びつきの強さをよくわかっていた。
もしかしたら『緋紗』ではなく二人の愛し合っている姿に憧れているのかもしれない。

 「うん。君がそんなことをしない人間だってことくらいわかってるよ。人の心だから好きになるなとも言えないしね」
  沢田はほっとして緊張を解いた。
 「すみません」
 「いいんだ」

  直樹は沢田の肩をたたいて言った。
 「きみのベストもどこかにちゃんといると思うよ」
 「だといいですけどね」
  沢田は寂しく微笑して言った。
 直樹はなんとなく『草食』の沢田に親近感を感じている。
 同じ女を愛しているからかもしれない。
 他の男からの好意は決して嬉しいものではないが、外見ではなく緋紗の本質を愛する沢田にはいい人と巡り合ってほしいものだと直樹は思って立ち去った。
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