84 / 140
第二部
12 和夫
しおりを挟む
空が高く青く澄んでこれ以上ないくらいの快晴だ。
こんな素晴らしい秋晴れの日、小夜子の葬儀は行われた。
小夜子の親族は勿論のこと生前に交流のあった人たちが次々になだれ込むようにやってきた。
緋紗はこんなに大勢の人がやってくる葬儀を初めて見る。
悲しみよりも小夜子の今更ながらカリスマ性、人を引き付ける魅力に感嘆するのだった。
音楽関係者もそうだが福祉施設関係者も多く、全ての人が心から小夜子の死を悼み涙を流していた。
小さな和奏は少しやつれた和夫の横で、しっかりとした態度で挨拶をする人たちを見つめている。
三歳になった和奏はすでに小夜子の堂々とした風貌と態度を受け継いでおり、生まれながらの姫、いや女王だった。
この大勢の人たちがみな、小夜子の崇拝者であることを和奏は体感的に理解をしているようで、自分の母親の圧倒的存在を誇らしく思っているような様子だ。
三歳の子供が『死』についてどんな理解があるかわからないが、和奏を見ると小夜子がどれだけ素晴らしいかがよく分かる。
細い白い煙になった小夜子を見届けて緋紗と直樹は葬儀場を後にした。
一週間ほど緋紗は陶芸教室を休みペンションの掃除などをした。
ペンションはここ一か月休業をしていたのでなんとなく薄っすら埃がたまり暗い色合いになっている。
営業は小夜子の四十九日を済ませたら再開する予定だ。
葬儀のあと、和夫は和奏を連れて小夜子の実家に訪れていた。
男手一人で和奏をどうするかという親族会議がなされたようだ。
小夜子の両親は忘れ形見の和奏を手元に置いておきたい希望と、男一人でまともに育て上げることなどできないという理由で和奏を引き取ろうとした。
しかし和夫は譲ず、和奏もまた和夫から離れることを拒んだ。
今日話し合いを終えて帰ってくる予定だ。
直樹も少しだけペンションの営業を手伝うつもりでいるようで、もうすぐ仕事を終えてやってくるだろう。
「ただいま」
先に和夫と和奏が帰ってきた。
「お帰りなさい。お疲れさまです。和奏ちゃんおかえり。疲れたね。ちょっと休む?」
「ん」
和夫に抱かれて目をこすっている和奏を受け取って小夜子の部屋へ連れていき横にした。
戻ると直樹がやってきていた。
「ああ。直樹さん。おかえりなさい」
「ただいま」
「今お茶いれます」
和夫が「すまんな」と、かすれた声で言う。
緋紗も直樹もかける言葉が見当たらなかった。
三人で黙ってお茶を啜る。
ここに小夜子がいないのが不思議な感じだ。
「心配かけたな。大丈夫だとは言えないけどペンションは続けるし、和奏も俺が育てたいと思ってる」
「俺も協力しますよ」
「いや。お前も仕事も家庭もあるからそっちをしっかりやってくれ」
「無理はしませんよ。でも女王様から頼まれましたしね。逆らえないでしょ」
「そうなのか。なんだ一体」
直樹は立ち上がってピアノに向かい、少し埃をかぶったカバーを外して椅子に座り、そっと鍵盤に指を乗せた。
そして優しく『きらきら星変奏曲』を弾きはじめる。
可愛らしく明るく小さな金平糖がいくつも降ってきそうな演奏だった。
緋紗と和夫が聴き入っていると、いつの間にか和夫のそばに起きてきた和奏が立っていた。
嬉しそうな明るい表情で和奏は「ママ!」と叫ぶ。
直樹のピアノを聴きながら和奏うっとりし、天井をご機嫌よく見つめていた。
音の粒がキラキラと星に変わって小夜子の輝きのように周囲を明るく照らす気がした。
和奏の「ママはいつもいる。いっぱいいる」と嬉しそうに言うのを聞き、和夫は小夜子が死んで初めて泣いた。
嗚咽する和夫をそのままに直樹はピアノを弾き続ける。
緋紗も目を閉じて流れる涙をそのままにしながら小夜子の存在を感じている。
何曲か弾いて直樹は席を立ちまたピアノにカバーをかけ「また弾きに来るね」と、和奏の頭を優しく撫でた。
演奏の間に緋紗は夕飯の支度をして皆を食事に促した。
和奏は元気よく食べる。
和夫はそんな和奏を見つめながら言った。
「お前のママもよく食べた。だからとても美しかったんだよ」
直樹の方へ身体を向けて和夫は「ありがとな」と少しすっきりした表情を見せた。
「いえ。女王様の命令なんで」
和夫は笑って緋紗にも「これからもよろしく頼むな」と微笑みかける。
「もちろんです。オーナー」
緋紗も明るく応えた。
こんな素晴らしい秋晴れの日、小夜子の葬儀は行われた。
小夜子の親族は勿論のこと生前に交流のあった人たちが次々になだれ込むようにやってきた。
緋紗はこんなに大勢の人がやってくる葬儀を初めて見る。
悲しみよりも小夜子の今更ながらカリスマ性、人を引き付ける魅力に感嘆するのだった。
音楽関係者もそうだが福祉施設関係者も多く、全ての人が心から小夜子の死を悼み涙を流していた。
小さな和奏は少しやつれた和夫の横で、しっかりとした態度で挨拶をする人たちを見つめている。
三歳になった和奏はすでに小夜子の堂々とした風貌と態度を受け継いでおり、生まれながらの姫、いや女王だった。
この大勢の人たちがみな、小夜子の崇拝者であることを和奏は体感的に理解をしているようで、自分の母親の圧倒的存在を誇らしく思っているような様子だ。
三歳の子供が『死』についてどんな理解があるかわからないが、和奏を見ると小夜子がどれだけ素晴らしいかがよく分かる。
細い白い煙になった小夜子を見届けて緋紗と直樹は葬儀場を後にした。
一週間ほど緋紗は陶芸教室を休みペンションの掃除などをした。
ペンションはここ一か月休業をしていたのでなんとなく薄っすら埃がたまり暗い色合いになっている。
営業は小夜子の四十九日を済ませたら再開する予定だ。
葬儀のあと、和夫は和奏を連れて小夜子の実家に訪れていた。
男手一人で和奏をどうするかという親族会議がなされたようだ。
小夜子の両親は忘れ形見の和奏を手元に置いておきたい希望と、男一人でまともに育て上げることなどできないという理由で和奏を引き取ろうとした。
しかし和夫は譲ず、和奏もまた和夫から離れることを拒んだ。
今日話し合いを終えて帰ってくる予定だ。
直樹も少しだけペンションの営業を手伝うつもりでいるようで、もうすぐ仕事を終えてやってくるだろう。
「ただいま」
先に和夫と和奏が帰ってきた。
「お帰りなさい。お疲れさまです。和奏ちゃんおかえり。疲れたね。ちょっと休む?」
「ん」
和夫に抱かれて目をこすっている和奏を受け取って小夜子の部屋へ連れていき横にした。
戻ると直樹がやってきていた。
「ああ。直樹さん。おかえりなさい」
「ただいま」
「今お茶いれます」
和夫が「すまんな」と、かすれた声で言う。
緋紗も直樹もかける言葉が見当たらなかった。
三人で黙ってお茶を啜る。
ここに小夜子がいないのが不思議な感じだ。
「心配かけたな。大丈夫だとは言えないけどペンションは続けるし、和奏も俺が育てたいと思ってる」
「俺も協力しますよ」
「いや。お前も仕事も家庭もあるからそっちをしっかりやってくれ」
「無理はしませんよ。でも女王様から頼まれましたしね。逆らえないでしょ」
「そうなのか。なんだ一体」
直樹は立ち上がってピアノに向かい、少し埃をかぶったカバーを外して椅子に座り、そっと鍵盤に指を乗せた。
そして優しく『きらきら星変奏曲』を弾きはじめる。
可愛らしく明るく小さな金平糖がいくつも降ってきそうな演奏だった。
緋紗と和夫が聴き入っていると、いつの間にか和夫のそばに起きてきた和奏が立っていた。
嬉しそうな明るい表情で和奏は「ママ!」と叫ぶ。
直樹のピアノを聴きながら和奏うっとりし、天井をご機嫌よく見つめていた。
音の粒がキラキラと星に変わって小夜子の輝きのように周囲を明るく照らす気がした。
和奏の「ママはいつもいる。いっぱいいる」と嬉しそうに言うのを聞き、和夫は小夜子が死んで初めて泣いた。
嗚咽する和夫をそのままに直樹はピアノを弾き続ける。
緋紗も目を閉じて流れる涙をそのままにしながら小夜子の存在を感じている。
何曲か弾いて直樹は席を立ちまたピアノにカバーをかけ「また弾きに来るね」と、和奏の頭を優しく撫でた。
演奏の間に緋紗は夕飯の支度をして皆を食事に促した。
和奏は元気よく食べる。
和夫はそんな和奏を見つめながら言った。
「お前のママもよく食べた。だからとても美しかったんだよ」
直樹の方へ身体を向けて和夫は「ありがとな」と少しすっきりした表情を見せた。
「いえ。女王様の命令なんで」
和夫は笑って緋紗にも「これからもよろしく頼むな」と微笑みかける。
「もちろんです。オーナー」
緋紗も明るく応えた。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
完結【R―18】様々な情事 短編集
秋刀魚妹子
恋愛
本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。
タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。
好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。
基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。
同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。
※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。
※ 更新は不定期です。
それでは、楽しんで頂けたら幸いです。
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
【完結】Mにされた女はドS上司セックスに翻弄される
Lynx🐈⬛
恋愛
OLの小山内羽美は26歳の平凡な女だった。恋愛も多くはないが人並に経験を重ね、そろそろ落ち着きたいと思い始めた頃、支社から異動して来た森本律也と出会った。
律也は、支社での営業成績が良く、本社勤務に抜擢され係長として赴任して来た期待された逸材だった。そんな将来性のある律也を狙うOLは後を絶たない。羽美もその律也へ思いを寄せていたのだが………。
✱♡はHシーンです。
✱続編とは違いますが(主人公変わるので)、次回作にこの話のキャラ達を出す予定です。
✱これはシリーズ化してますが、他を読んでなくても分かる様には書いてあると思います。
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる