スカーレットオーク

はぎわら歓

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第二部

12 和夫

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 空が高く青く澄んでこれ以上ないくらいの快晴だ。
こんな素晴らしい秋晴れの日、小夜子の葬儀は行われた。

  小夜子の親族は勿論のこと生前に交流のあった人たちが次々になだれ込むようにやってきた。
 緋紗はこんなに大勢の人がやってくる葬儀を初めて見る。
 悲しみよりも小夜子の今更ながらカリスマ性、人を引き付ける魅力に感嘆するのだった。
 音楽関係者もそうだが福祉施設関係者も多く、全ての人が心から小夜子の死を悼み涙を流していた。

  小さな和奏は少しやつれた和夫の横で、しっかりとした態度で挨拶をする人たちを見つめている。
 三歳になった和奏はすでに小夜子の堂々とした風貌と態度を受け継いでおり、生まれながらの姫、いや女王だった。
この大勢の人たちがみな、小夜子の崇拝者であることを和奏は体感的に理解をしているようで、自分の母親の圧倒的存在を誇らしく思っているような様子だ。
 三歳の子供が『死』についてどんな理解があるかわからないが、和奏を見ると小夜子がどれだけ素晴らしいかがよく分かる。
  細い白い煙になった小夜子を見届けて緋紗と直樹は葬儀場を後にした。


  一週間ほど緋紗は陶芸教室を休みペンションの掃除などをした。
ペンションはここ一か月休業をしていたのでなんとなく薄っすら埃がたまり暗い色合いになっている。
 営業は小夜子の四十九日を済ませたら再開する予定だ。

  葬儀のあと、和夫は和奏を連れて小夜子の実家に訪れていた。
 男手一人で和奏をどうするかという親族会議がなされたようだ。
  小夜子の両親は忘れ形見の和奏を手元に置いておきたい希望と、男一人でまともに育て上げることなどできないという理由で和奏を引き取ろうとした。
しかし和夫は譲ず、和奏もまた和夫から離れることを拒んだ。

  今日話し合いを終えて帰ってくる予定だ。
 直樹も少しだけペンションの営業を手伝うつもりでいるようで、もうすぐ仕事を終えてやってくるだろう。

 「ただいま」
  先に和夫と和奏が帰ってきた。
 「お帰りなさい。お疲れさまです。和奏ちゃんおかえり。疲れたね。ちょっと休む?」
 「ん」
  和夫に抱かれて目をこすっている和奏を受け取って小夜子の部屋へ連れていき横にした。
 戻ると直樹がやってきていた。

 「ああ。直樹さん。おかえりなさい」
 「ただいま」
 「今お茶いれます」
  和夫が「すまんな」と、かすれた声で言う。
 緋紗も直樹もかける言葉が見当たらなかった。
 三人で黙ってお茶を啜る。
ここに小夜子がいないのが不思議な感じだ。

 「心配かけたな。大丈夫だとは言えないけどペンションは続けるし、和奏も俺が育てたいと思ってる」
 「俺も協力しますよ」
 「いや。お前も仕事も家庭もあるからそっちをしっかりやってくれ」
 「無理はしませんよ。でも女王様から頼まれましたしね。逆らえないでしょ」
 「そうなのか。なんだ一体」
  直樹は立ち上がってピアノに向かい、少し埃をかぶったカバーを外して椅子に座り、そっと鍵盤に指を乗せた。
そして優しく『きらきら星変奏曲』を弾きはじめる。
 可愛らしく明るく小さな金平糖がいくつも降ってきそうな演奏だった。
 緋紗と和夫が聴き入っていると、いつの間にか和夫のそばに起きてきた和奏が立っていた。
 嬉しそうな明るい表情で和奏は「ママ!」と叫ぶ。

  直樹のピアノを聴きながら和奏うっとりし、天井をご機嫌よく見つめていた。
 音の粒がキラキラと星に変わって小夜子の輝きのように周囲を明るく照らす気がした。
 和奏の「ママはいつもいる。いっぱいいる」と嬉しそうに言うのを聞き、和夫は小夜子が死んで初めて泣いた。
 嗚咽する和夫をそのままに直樹はピアノを弾き続ける。
 緋紗も目を閉じて流れる涙をそのままにしながら小夜子の存在を感じている。
 何曲か弾いて直樹は席を立ちまたピアノにカバーをかけ「また弾きに来るね」と、和奏の頭を優しく撫でた。

  演奏の間に緋紗は夕飯の支度をして皆を食事に促した。
 和奏は元気よく食べる。
 和夫はそんな和奏を見つめながら言った。
 「お前のママもよく食べた。だからとても美しかったんだよ」

  直樹の方へ身体を向けて和夫は「ありがとな」と少しすっきりした表情を見せた。
 「いえ。女王様の命令なんで」
  和夫は笑って緋紗にも「これからもよろしく頼むな」と微笑みかける。
 「もちろんです。オーナー」
  緋紗も明るく応えた。
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