スカーレットオーク

はぎわら歓

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第一部

64 門出

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 来週から備前焼祭りだ。
そのための窯をここ十日ほど焚いている。
 今日で最終日だ。
 緋紗は松尾の指示で最後の五十本を窯の正面から突っ込み、蓋をして泥を塗った。
そろそろ鈴木と谷口が横焚きにやってくるだろう。
  真夜中になり、予定通り窯焚きは終わった。
 松尾の最終チェックのあと、片付けをし打ち上げが始まる。

 「乾杯」
 「お疲れ様。」
  しばらく美紀子の料理を堪能し、飲む方に落ち着いてくると谷口が、
 「今回は大友さん来なかったんじゃね」
  と、言い出した。緋紗は、
 「そうだね」
  と、一言だけ言った。

  松尾と美紀子は盆明けから緋紗の元気のない様子に何かあったのだろうとは思っていたが、あえて聞かなかった。
それを谷口が口火を切ったので二人は緋紗を気遣って聞こえないふりをする。
 「宮下さんなんか暗いしな。喧嘩でもしたん?」
  谷口は遠慮なく聞いてくる。
  誤魔化しても谷口には無駄だと思ったので正直に、
 「お別れした」
  と、言った。
 谷口も、「え?」 と、聞き返したがまず美紀子が反応した。
 「そうなの?喧嘩じゃないの?」

  松尾は黙って見守り、鈴木も押し黙ったままだ。
 緋紗は沈黙に耐えられずこの夏のことを簡単に説明すると谷口が珍妙な顔をする。
 「なんかよくわからんけどそれでええん?」
 「うーん。いいもなにもねえ」
  緋紗は他人事のように言う。
あのまま将来を見ないようにして関係を続けられるほど退廃的な二人ではなかった。
 松尾がゆっくり口を開いて、「おめえらの世代は諦めやすいけーの。悟り世代じゃったかの」 と、寂しそうな顔をする。
 鈴木は緋紗を擁護するように、
 「緋紗ちゃんたちはバブルも知らんし、震災とか辛いことばっかり知っとる世代じゃもんな」
  と、酒を飲みながら言った。
 美紀子が、
 「好きなんでしょう?」
  と、優しく聞くので緋紗は思わず涙をこぼしてしまった。
 谷口は余計な話をしてしまったというバツの悪い顔をしている。

 「静岡か。産地でもないし知り合いもないし。うーん。いきなり窯もつけんしなあ。陶芸教室とかねえんか」
  松尾の言葉を聞いているうちに緋紗はペンションでのことを思い出し冬にそこで過ごした話をしてみた。

 「そこを足掛かりにしてみたら」
  谷口が慎重な態度で言った。
 「だめならまた考えりゃええ」
 「このままにしてしまったらだめよ」
 「もう一回頑張ってみようかな」
  緋紗は少し前に向けそうな気持ちが湧いてきた。
 「一回と言わず何べんでも頑張ったらええよ」
  鈴木も応援してくれた。
 「いつでもここに帰ってくりゃええから、やってみられ」
  みんなから背中を押されて緋紗はまた嬉しくて涙をこぼした。

 「明日にでもペンションに連絡してみます。でも大友さんには内緒にするつもりです。とりあえず自分でやってみようと思います」
  緋紗の意志を尊重してそれ以上とやかくは言わなかった。
ただ「乾杯!」 と、これからの門出を祝ってくれたのだった。
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