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第一部
47 祝福
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四月に入った。
窯詰めは予定通りに終わり、今、ガスで窯の中をあぶっている状態だ。
備前ではゴールデンウイークに合わせて春と備前焼祭りに合わせて秋の二回くらいが窯焚きシーズンとなる。
三月から四月にかけてと九月から十月にかけて、いずれかの備前焼作家の煙突から黒い煙がモクモクと立っている景色がほぼ毎日見られる。
三月はほぼ休みなしで、やっとあぶりに入って緋紗は休むことができた。
今夜は何ヶ月かぶりに友達の倉田百合子と食事に出かける。
出かけるといっても近所のファミレスで待ち合わせだ。
百合子は来週には備前市を去ってしまう。
結婚というおめでたい理由だが少し寂しい。――今日はいっぱいおしゃべりしたいな。
緋紗は少し早目に支度をしてアパートを出ると、店を挟んだ向こうの道から百合子がやってくるのが見えた。
「おーい」
緋紗が手を振ると百合子も大きく手を振った。
「ちょうどやなあ」
「うん。早めに着たつもりだったんだけどね」
「うちもや」
笑いながら二人で店内に入った。
店員に奥の方の静かそうな席を案内してもらう。
二人で色々と注文してドリンクバーのジュースで乾杯した。
「百合ちゃん、おめでとう」
「ありがとな」
「今日はおごらせてよ」
「えー。うちがおごろうかと思ってたんだけど」
「いいじゃんいいじゃん。お祝いさせて」
「じゃお願いしようかな。ありがとう」
「今日はあぶり休み?」
「うん。明後日から焚きだすよ。今回は昼間担当だから、夕方からは鈴木先輩で深夜が谷口君」
「そっか。うちんとこは先週終わってん。今日窯出ししたよ。実は結婚式の引き出物入れててな。ええ焼けだった」
「へー。それすっごいいい記念だね。なに作った?」
「こてこてやけど、ペアグラス。紫蘇色が綺麗に出たで。ちょっと温度高めでギラついてるけどおめでたいからええやろ」
「うんうん。いいと思うよ」
「で、緋紗ちゃんのほうはどないなってんねん」
「そうじゃなあ」
緋紗は、かいつまんでこれまでのことを話した。
「やっぱりペンション行ったんか。しかも趣味があってええなあ」
「うん。大友さんは私のこと、どう思ってるのかわからないけど……。私は好きになったみたい」
「最初っから好きやろ。それ一目惚れってやつやで」
百合子は鋭く突っ込んだ。
「ああ。今思えばそうなんかなあ」
「相手もたぶん好きやとは思うけど。そういうときの男って、どうしたいんかが、わからんよなあ」
「うーん。私もどうしたいんかわからんもん」
「そうなん?結婚したいとか思わへんの?」
「正直そこまではちょっと思ったことないよ。なんか想像つかないし。大友さんは一人が好きそうでさ。私は一緒におられたらええかもって思うこともあるけどね」
「そうやなあ……。でも緋紗ちゃんは陶芸できんとあかんやろ?静岡ってなんかあったっけ?」
「特に何にもないわ。近い窯業地になると多治見か益子か越前かなあ」
「全然近くないやん」
二人で笑った。
「今はまだどういう関係かもはっきりしないしさ。そんなこと考えてもね」
実際に正直な気持ちだった。
「会いたいとは思うけど先のことまでちょっと考えられないかな。自分のことすらあんまり考えてないし。そろそろどうにかしなきゃな、とは思うんだけど」
「そうやなあ。男ならもう作家になるとか窯元に永久就職って考えるんだろうけど。女がここで一人で作家やっていくってものすごいバイタリティーいるで」
「うん。私は野心もお金もないから備前焼作家ってのはないかな。窯元で職人ってのも合ってないし。この前ペンション行ってさ。陶芸教室手伝ったんだよ。それが結構面白くてね。特に子供に教えるのが。これって私のハマリかもって思うことはあったんだ」
緋紗は思い出して興奮気味に百合子に話した。
「うんうん。そういうのってええよなあ。緋紗ちゃんに合ってる気がするわ」
「備前は好きだし窯も焚きたいけど唯一思うのが、こんなに焼き物の数って必要なのかなあって」
「今時、引き出物の数も少ないしな」
「ね。ちょっと大友さんのことは保留かな。考えてもどうなるものでもないし。自分のことが先かな」
「陶芸教室なら産地じゃない方がええんやない?静岡とか」
「だーかーらー。そっち方面は保留だってば」
「ごめんごめん」
百合子も同じように自分のこれからを考えることが緋紗と同様あったのだ。
今は人生のパートナーに巡り合い、これからは二人の人生を二人で考えていくのだろう。
「百合ちゃんが幸せそうで嬉しい」
緋紗はポツリと言った。
「ありがとな。緋紗ちゃんだって好きな人ができて幸せそうやけどな」
「うん」
そう。緋紗は今幸せだった。
だからこそ、これより先のことや今以上のことが想像できない。
「もしなんか変わったら教えてや」
「もちろん。真っ先にね」
緋紗は自分と同じような状況で気持ちもよくわかってくれる百合子が居なくなってしまうことに改めて寂しさを感じたが、百合子の新しい門出を心から祝福した。
窯詰めは予定通りに終わり、今、ガスで窯の中をあぶっている状態だ。
備前ではゴールデンウイークに合わせて春と備前焼祭りに合わせて秋の二回くらいが窯焚きシーズンとなる。
三月から四月にかけてと九月から十月にかけて、いずれかの備前焼作家の煙突から黒い煙がモクモクと立っている景色がほぼ毎日見られる。
三月はほぼ休みなしで、やっとあぶりに入って緋紗は休むことができた。
今夜は何ヶ月かぶりに友達の倉田百合子と食事に出かける。
出かけるといっても近所のファミレスで待ち合わせだ。
百合子は来週には備前市を去ってしまう。
結婚というおめでたい理由だが少し寂しい。――今日はいっぱいおしゃべりしたいな。
緋紗は少し早目に支度をしてアパートを出ると、店を挟んだ向こうの道から百合子がやってくるのが見えた。
「おーい」
緋紗が手を振ると百合子も大きく手を振った。
「ちょうどやなあ」
「うん。早めに着たつもりだったんだけどね」
「うちもや」
笑いながら二人で店内に入った。
店員に奥の方の静かそうな席を案内してもらう。
二人で色々と注文してドリンクバーのジュースで乾杯した。
「百合ちゃん、おめでとう」
「ありがとな」
「今日はおごらせてよ」
「えー。うちがおごろうかと思ってたんだけど」
「いいじゃんいいじゃん。お祝いさせて」
「じゃお願いしようかな。ありがとう」
「今日はあぶり休み?」
「うん。明後日から焚きだすよ。今回は昼間担当だから、夕方からは鈴木先輩で深夜が谷口君」
「そっか。うちんとこは先週終わってん。今日窯出ししたよ。実は結婚式の引き出物入れててな。ええ焼けだった」
「へー。それすっごいいい記念だね。なに作った?」
「こてこてやけど、ペアグラス。紫蘇色が綺麗に出たで。ちょっと温度高めでギラついてるけどおめでたいからええやろ」
「うんうん。いいと思うよ」
「で、緋紗ちゃんのほうはどないなってんねん」
「そうじゃなあ」
緋紗は、かいつまんでこれまでのことを話した。
「やっぱりペンション行ったんか。しかも趣味があってええなあ」
「うん。大友さんは私のこと、どう思ってるのかわからないけど……。私は好きになったみたい」
「最初っから好きやろ。それ一目惚れってやつやで」
百合子は鋭く突っ込んだ。
「ああ。今思えばそうなんかなあ」
「相手もたぶん好きやとは思うけど。そういうときの男って、どうしたいんかが、わからんよなあ」
「うーん。私もどうしたいんかわからんもん」
「そうなん?結婚したいとか思わへんの?」
「正直そこまではちょっと思ったことないよ。なんか想像つかないし。大友さんは一人が好きそうでさ。私は一緒におられたらええかもって思うこともあるけどね」
「そうやなあ……。でも緋紗ちゃんは陶芸できんとあかんやろ?静岡ってなんかあったっけ?」
「特に何にもないわ。近い窯業地になると多治見か益子か越前かなあ」
「全然近くないやん」
二人で笑った。
「今はまだどういう関係かもはっきりしないしさ。そんなこと考えてもね」
実際に正直な気持ちだった。
「会いたいとは思うけど先のことまでちょっと考えられないかな。自分のことすらあんまり考えてないし。そろそろどうにかしなきゃな、とは思うんだけど」
「そうやなあ。男ならもう作家になるとか窯元に永久就職って考えるんだろうけど。女がここで一人で作家やっていくってものすごいバイタリティーいるで」
「うん。私は野心もお金もないから備前焼作家ってのはないかな。窯元で職人ってのも合ってないし。この前ペンション行ってさ。陶芸教室手伝ったんだよ。それが結構面白くてね。特に子供に教えるのが。これって私のハマリかもって思うことはあったんだ」
緋紗は思い出して興奮気味に百合子に話した。
「うんうん。そういうのってええよなあ。緋紗ちゃんに合ってる気がするわ」
「備前は好きだし窯も焚きたいけど唯一思うのが、こんなに焼き物の数って必要なのかなあって」
「今時、引き出物の数も少ないしな」
「ね。ちょっと大友さんのことは保留かな。考えてもどうなるものでもないし。自分のことが先かな」
「陶芸教室なら産地じゃない方がええんやない?静岡とか」
「だーかーらー。そっち方面は保留だってば」
「ごめんごめん」
百合子も同じように自分のこれからを考えることが緋紗と同様あったのだ。
今は人生のパートナーに巡り合い、これからは二人の人生を二人で考えていくのだろう。
「百合ちゃんが幸せそうで嬉しい」
緋紗はポツリと言った。
「ありがとな。緋紗ちゃんだって好きな人ができて幸せそうやけどな」
「うん」
そう。緋紗は今幸せだった。
だからこそ、これより先のことや今以上のことが想像できない。
「もしなんか変わったら教えてや」
「もちろん。真っ先にね」
緋紗は自分と同じような状況で気持ちもよくわかってくれる百合子が居なくなってしまうことに改めて寂しさを感じたが、百合子の新しい門出を心から祝福した。
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