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第一部
29 リクエスト
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直樹は緋紗をテーブルに着かせ厨房に入っていった。
ランチは今夜のディナーに出す鴨がメインの豆乳鍋の試食をする。
今日は女性客のみなので『女性ウケ』を狙ったものを出すらしい。
「緋紗ちゃん、お疲れ様。もうお皿作ってくれたんですってね。仕事が早いのね」
「いえ。まだ明日高台を削って仕上げします」
「いやー。早いよー。ロクロ」
思い出したかのように感心して和夫が言った。
「鍋来ますよ」
煮えたぎった大きな土鍋を直樹が運んでくる。
「お昼からすごいですね」
緋紗が目を丸くする。
「試食だし朝夕はゆっくりできないからせめてランチだけでもねえ」
小夜子が肩をすくめて言った。
「今日は女性が多いからデザートも増やしてね」
客層によって違う対応に緋紗は感心した。
どの道のプロもアマチュアとの違いは狙いや意志の明確さだと思う。
長い時間かけてもぼんやりやっていては、いつまでも素人なのだ。
彼女はまだ自分が好きなことをしてはいるが、その次のことを考えられなくて悩む。
習うことが好きでも、いつまでも修行中というわけにはいかない。
緋紗が考えていると小夜子が、「直君も少しは考えてくれるといいんだけど、曲」と、直樹を横目で見ながら言った。
「そういわれても弾けるものが限られてますからね」
素っ気ない直樹にぷうと小夜子は軽く膨れ、緋紗に振ってきた。
「緋紗ちゃんは好きな曲ある?」
「え、あ。えーっとあんまり詳しくないんですけどバッハが好きです」
「へー。意外~」
「繰り返す感じが好きで。ボレロも好きです」
「なるほどね。そういわれると緋紗ちゃんに合ってるかもしれないわね。直君なんか緋紗ちゃんの好きそうなの弾ける?」
「あの。お構いなく」
緋紗はたいして知らないのにリクエストだけしたような雰囲気に少し慌てた。
「んー。なんか考えときます」
さらっと答えて片付け始めた直樹が厨房に行っている隙に小夜子が、「もっとなんか色々わがまま言ったらいいわよ」 と、緋紗に耳打ちした。
「え。そうですか。なんかあまり言うことがなくて……」
「小夜子は女王様だからなあ。直樹も王様っぽいから、わがまま言うならあいつのほうだろ」
――そういえば直樹さんと小夜子さんは雰囲気似てる部分もあるかも。私と和夫さんは庶民派かな。
和夫になんとなく納得する緋紗だった。
ランチは今夜のディナーに出す鴨がメインの豆乳鍋の試食をする。
今日は女性客のみなので『女性ウケ』を狙ったものを出すらしい。
「緋紗ちゃん、お疲れ様。もうお皿作ってくれたんですってね。仕事が早いのね」
「いえ。まだ明日高台を削って仕上げします」
「いやー。早いよー。ロクロ」
思い出したかのように感心して和夫が言った。
「鍋来ますよ」
煮えたぎった大きな土鍋を直樹が運んでくる。
「お昼からすごいですね」
緋紗が目を丸くする。
「試食だし朝夕はゆっくりできないからせめてランチだけでもねえ」
小夜子が肩をすくめて言った。
「今日は女性が多いからデザートも増やしてね」
客層によって違う対応に緋紗は感心した。
どの道のプロもアマチュアとの違いは狙いや意志の明確さだと思う。
長い時間かけてもぼんやりやっていては、いつまでも素人なのだ。
彼女はまだ自分が好きなことをしてはいるが、その次のことを考えられなくて悩む。
習うことが好きでも、いつまでも修行中というわけにはいかない。
緋紗が考えていると小夜子が、「直君も少しは考えてくれるといいんだけど、曲」と、直樹を横目で見ながら言った。
「そういわれても弾けるものが限られてますからね」
素っ気ない直樹にぷうと小夜子は軽く膨れ、緋紗に振ってきた。
「緋紗ちゃんは好きな曲ある?」
「え、あ。えーっとあんまり詳しくないんですけどバッハが好きです」
「へー。意外~」
「繰り返す感じが好きで。ボレロも好きです」
「なるほどね。そういわれると緋紗ちゃんに合ってるかもしれないわね。直君なんか緋紗ちゃんの好きそうなの弾ける?」
「あの。お構いなく」
緋紗はたいして知らないのにリクエストだけしたような雰囲気に少し慌てた。
「んー。なんか考えときます」
さらっと答えて片付け始めた直樹が厨房に行っている隙に小夜子が、「もっとなんか色々わがまま言ったらいいわよ」 と、緋紗に耳打ちした。
「え。そうですか。なんかあまり言うことがなくて……」
「小夜子は女王様だからなあ。直樹も王様っぽいから、わがまま言うならあいつのほうだろ」
――そういえば直樹さんと小夜子さんは雰囲気似てる部分もあるかも。私と和夫さんは庶民派かな。
和夫になんとなく納得する緋紗だった。
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