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第一部
18 厨房
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アトリエはペンションの雰囲気を変えてしまわない程度の木造プレハブだ。
「和夫さん、入るよ」
「おう。あがれ」
「失礼します」
広さは八畳程度で、真ん中に大きい一枚板の作業台があり、手回しロクロが四台のっていて、少し離れたところに電動ロクロが一台ある。
奥のムロから粘土を取り出している和夫に直樹は話しかけた。
「和夫さん、ひさは今、備前焼の修行中なんですよ」
「え!?そうなの?早く言ってよ」
「じゃ、今、弟子とかしてるってこと?」
興味津々な様子で和夫は緋紗に聞いてくる。
「あ、はい。そうです」
「へー。じゃあロクロとか得意?」
横から直樹が口を出す。
「本場ですからね」
――ちょっと勝手に言って……。
「なんだよ。彼女自慢かよ」
そう和夫に言われても直樹はしれっとした態度だ。
緋紗は二人を交互に見ている。
「で、ひさちゃんロクロできる?」
彼女と言われても否定しないことが気になったが、「ええ。一応できます」 と、答えた。
「明日さあ。今晩泊まる家族連れが帰る前に陶芸したいって言ってるんだよ。よかったら手伝ってくれないかな。朝飯の後の十時過ぎだから時間は空いてると思うんだが」
「あの。ほかにお仕事ないでしょうか」
直樹を横目で見ながら和夫に聞いてみる。
「たぶん片付けやら掃除やらも終わってると思うからないと思うがなあ。直樹どうだ?」
「大丈夫ですよ」
「ひさ。手伝ってやるといいよ」
「え、あ、はい。じゃあ明日お手伝いさせていただきます」
直樹の高慢そうな態度と打って変わって低姿勢な様子で緋紗は頭を下げた。
「頼むね」
和夫は親しみのこもった笑顔で言った。
「じゃ、そろそろ夕飯手伝ってきますよ」
「おう。俺もすぐ行く。後でな」
「失礼します」
ペコっと頭を下げて緋紗は直樹について行った。
厨房へ戻ると小夜子がメニューをメモしている。
「戻りました。今日は何をします?」
「今夜のバイキングメニューはサラダバー、煮込みハンバーグ、ボルシチ、鹿カレー、ピザ、冷製パスタ、山菜おこわ、ジェラートね。直君は和夫とハンバーグ担当して、ひさちゃんは私と野菜の用意ね」
「わかりました。ひさ、エプロン貸すからこっちにおいで」
「はい」
緋紗は直樹から割烹着のようなエプロンを受け取り身に着けた。
「じゃ小夜子さんについて頑張って」
直樹は優しく言い冷蔵庫のほうへ向かった。
「ひさちゃん、こっち来て」
小夜子に呼ばれて緋紗は外へ出、さっきの菜園へ向かう。
「ここの大根と水菜を使うわね。大根を三本くらい抜いてもらっていい?」
「はい」
小さなスコップを渡されて緋紗は少し土を掘ってすぐ抜いた。
「すごーい。抜くの上手ねえ」
大根を抜いただけで大喜びしてくれる小夜子に照れながら、「え、いやー」と続けて二本抜いた。
小夜子は水菜をボールにいっぱい摘んでから、興味津々な様子で尋ねる。
「ねえねえ。直君いつもあんななの?」
――あんなってどんなだろう。
「あんなに優しそうなの初めて見たわよ~」
「え、そうなんですか?私はいつも優しいとばっかり……」
「へ~。いつも素っ気ない感じなのにねえ。ううん。悪い子じゃないのよ?なんていうか冷めてるというかねえー」
「ああ。草食男子ってやつですよね」
「そうそう。なんか男らしくないというか」
男らしくないという言葉に反応して直樹の身体を思い出していた。
「でも彼女ができると違ってくるものね」
小夜子は緋紗ににっこり笑いかける。
そして、「今夜が楽しみ~」と、ニヤッとして言った。
菜園から帰るとデミグラスソースのいい匂いが漂っている。
和夫がソースの味を見ている横で直樹はハンバーグを焼いていた。――料理できるんだ。
女二人で野菜を洗い皮をむく。
どうやら小夜子は料理はあまり得意ではないらしい。
それでも調理道具を洗ったり片付けたり下仕事を一生懸命やっている。
「――ちょっと休んでいい?」
小夜子の言葉に和夫が飛んできて「大丈夫か?座ってろよ。何か飲むか?」と、矢継ぎ早に言い小夜子に寄り添った。
「平気平気。五分座れば大丈夫。心配しないで。今妊娠二か月なの。ちょっと気分が悪くなるだけなのよ。大げさでごめんね」
小夜子の顔は少し青ざめている。
「そうなんですか。あの、なんでもしますので言ってください」
「ありがとう。じゃあ、そこの食器棚から食器とカトラリー全部出してくれる?」
「はい。わかりました」
直樹がレモン水をもってきた。
「あら、ありがとう。気が利くじゃない」
そして少し笑ってすぐに自分の作業に戻った。
フロントからチンッ!と音が鳴る。
一組目が到着したようだ。
和夫が、「案内してくるからあとよろしく」と、手際よくこなす直樹に任せて行ってしまった。
ディナータイムは十八時から十九時半の間と決まっている。
短いようだが料理の質をバイキングだからと言って低下させないために設定してあるらしい。
今は十六時を回ったところなのでディナーまで余裕があるが緋紗は要領をつかんでおらず、言われたことを言われるようにやるのに一生懸命だ。
そんな緋紗を優しく見る直樹をまた優しいまなざしで小夜子が見ていた。
「和夫さん、入るよ」
「おう。あがれ」
「失礼します」
広さは八畳程度で、真ん中に大きい一枚板の作業台があり、手回しロクロが四台のっていて、少し離れたところに電動ロクロが一台ある。
奥のムロから粘土を取り出している和夫に直樹は話しかけた。
「和夫さん、ひさは今、備前焼の修行中なんですよ」
「え!?そうなの?早く言ってよ」
「じゃ、今、弟子とかしてるってこと?」
興味津々な様子で和夫は緋紗に聞いてくる。
「あ、はい。そうです」
「へー。じゃあロクロとか得意?」
横から直樹が口を出す。
「本場ですからね」
――ちょっと勝手に言って……。
「なんだよ。彼女自慢かよ」
そう和夫に言われても直樹はしれっとした態度だ。
緋紗は二人を交互に見ている。
「で、ひさちゃんロクロできる?」
彼女と言われても否定しないことが気になったが、「ええ。一応できます」 と、答えた。
「明日さあ。今晩泊まる家族連れが帰る前に陶芸したいって言ってるんだよ。よかったら手伝ってくれないかな。朝飯の後の十時過ぎだから時間は空いてると思うんだが」
「あの。ほかにお仕事ないでしょうか」
直樹を横目で見ながら和夫に聞いてみる。
「たぶん片付けやら掃除やらも終わってると思うからないと思うがなあ。直樹どうだ?」
「大丈夫ですよ」
「ひさ。手伝ってやるといいよ」
「え、あ、はい。じゃあ明日お手伝いさせていただきます」
直樹の高慢そうな態度と打って変わって低姿勢な様子で緋紗は頭を下げた。
「頼むね」
和夫は親しみのこもった笑顔で言った。
「じゃ、そろそろ夕飯手伝ってきますよ」
「おう。俺もすぐ行く。後でな」
「失礼します」
ペコっと頭を下げて緋紗は直樹について行った。
厨房へ戻ると小夜子がメニューをメモしている。
「戻りました。今日は何をします?」
「今夜のバイキングメニューはサラダバー、煮込みハンバーグ、ボルシチ、鹿カレー、ピザ、冷製パスタ、山菜おこわ、ジェラートね。直君は和夫とハンバーグ担当して、ひさちゃんは私と野菜の用意ね」
「わかりました。ひさ、エプロン貸すからこっちにおいで」
「はい」
緋紗は直樹から割烹着のようなエプロンを受け取り身に着けた。
「じゃ小夜子さんについて頑張って」
直樹は優しく言い冷蔵庫のほうへ向かった。
「ひさちゃん、こっち来て」
小夜子に呼ばれて緋紗は外へ出、さっきの菜園へ向かう。
「ここの大根と水菜を使うわね。大根を三本くらい抜いてもらっていい?」
「はい」
小さなスコップを渡されて緋紗は少し土を掘ってすぐ抜いた。
「すごーい。抜くの上手ねえ」
大根を抜いただけで大喜びしてくれる小夜子に照れながら、「え、いやー」と続けて二本抜いた。
小夜子は水菜をボールにいっぱい摘んでから、興味津々な様子で尋ねる。
「ねえねえ。直君いつもあんななの?」
――あんなってどんなだろう。
「あんなに優しそうなの初めて見たわよ~」
「え、そうなんですか?私はいつも優しいとばっかり……」
「へ~。いつも素っ気ない感じなのにねえ。ううん。悪い子じゃないのよ?なんていうか冷めてるというかねえー」
「ああ。草食男子ってやつですよね」
「そうそう。なんか男らしくないというか」
男らしくないという言葉に反応して直樹の身体を思い出していた。
「でも彼女ができると違ってくるものね」
小夜子は緋紗ににっこり笑いかける。
そして、「今夜が楽しみ~」と、ニヤッとして言った。
菜園から帰るとデミグラスソースのいい匂いが漂っている。
和夫がソースの味を見ている横で直樹はハンバーグを焼いていた。――料理できるんだ。
女二人で野菜を洗い皮をむく。
どうやら小夜子は料理はあまり得意ではないらしい。
それでも調理道具を洗ったり片付けたり下仕事を一生懸命やっている。
「――ちょっと休んでいい?」
小夜子の言葉に和夫が飛んできて「大丈夫か?座ってろよ。何か飲むか?」と、矢継ぎ早に言い小夜子に寄り添った。
「平気平気。五分座れば大丈夫。心配しないで。今妊娠二か月なの。ちょっと気分が悪くなるだけなのよ。大げさでごめんね」
小夜子の顔は少し青ざめている。
「そうなんですか。あの、なんでもしますので言ってください」
「ありがとう。じゃあ、そこの食器棚から食器とカトラリー全部出してくれる?」
「はい。わかりました」
直樹がレモン水をもってきた。
「あら、ありがとう。気が利くじゃない」
そして少し笑ってすぐに自分の作業に戻った。
フロントからチンッ!と音が鳴る。
一組目が到着したようだ。
和夫が、「案内してくるからあとよろしく」と、手際よくこなす直樹に任せて行ってしまった。
ディナータイムは十八時から十九時半の間と決まっている。
短いようだが料理の質をバイキングだからと言って低下させないために設定してあるらしい。
今は十六時を回ったところなのでディナーまで余裕があるが緋紗は要領をつかんでおらず、言われたことを言われるようにやるのに一生懸命だ。
そんな緋紗を優しく見る直樹をまた優しいまなざしで小夜子が見ていた。
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