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9 反芻
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何度か店外で会ったがいつも同じで、公園で落ち合い、ファミリーレストランでのんびり過ごした。葵は大学院が忙しいようでアルバイトはもうしていなかった。
「で、女なろうか男のままでいようか迷ってるわけ?」
「う、うん……」
「あの店でのバイトって金のためって言ってたけど手術費用だったの?」
「そう」
「じゃあ、なんで今頃迷ってんの?」
「だよね。やっぱり」
「そもそもなんで女になりたいと思ったのさ」
「それは……」
自分を援助してくれた三島浩一郎が何の気なしに言った言葉のせいかもしれない。
『君はああいう格好も似あうだろうね』
柔らかい春風のようなラインのワンピースを見ながら彼はそう言った。
「その男が好きだったの?」
誰にも話したことのなかった三島浩一郎のことを葵に話すと、そうかもしれないと真琴はあいまいに頷いた。それまでの真琴はなんとか生きていくためだけに過ごしている日々だったので、自分がどうしたいかとか、何が好きだとか考える余裕はなかった。
母子家庭で身体の強くない母と生活しながら、アルバイトをして学校に通い真っ当な生活をおくることだけに行動していた。
三島浩一郎との出会いで、多少の余裕が生まれ、選択の基準が価格の安さから、真琴にとって好ましいものに変化した。
「そいつと会ってるときは、今みたいな恰好したことなかったの?」
「そりゃね。女装したいと思ったこともなかったし。そもそもファッションについて考える余裕なんてなかったから」
「マコさんてぱっとみお嬢さんぽいのに。苦労してんな」
「生活のことだけで生きてきたから。彼が喜んでくれたら嬉しいって思ったのかもしれない」
「そいつとは寝たの?」
「え? ま、まさか。そんな関係じゃないよ。彼には家庭もあったし」
「パパ活ってやつじゃない? それってさ」
「パパ活……」
とげのある言い方をする葵をすこし睨んで真琴はほろ苦いオレンジジュースを口に含む。
「ほんとはさあ、そいつゲイでやれるチャンス狙ってたんじゃないかな」
「絶対違うと思う!」
強い語気を放ち真琴は手を握りこんだ。三島浩一郎との優しい時間を穢された気がする。
「そんなに怒らなくったっていいじゃん」
強い感情を持つことがあまりないので、真琴はどうしたらいいのか今の気持ちを持て余す。だけど今はこれ以上葵と一緒に時間を過ごしたくないと思い、伝票をもって立ち上がった。
「じゃ」
返事を待たずに真琴は会計を済ませ、店を出た。
予定よりも早く帰宅したので真琴はぼんやり部屋で座り込む。
『何が食べたい?』
『趣味は?』
『どんなことにやりがいを感じる?』
『尊敬できる人はいるかい?』
三島浩一郎が食事の時に問いかけていた言葉を思い出す。
「お寿司が食べたかったな。今の趣味は、メイクの研究。お客さんが楽しかったって言ってくれるのが嬉しいかな。三島さん……」
当時はなんて答えただろう。緊張してきちんと答えていないかもしれない。
「三島さんのことってそういえばあまり知らないな」
真琴から三島浩一郎に対して質問することはほとんどなかった。彼とは庶民的なところから高級なところまで様々な店で食事をした。好き嫌いもなくなんでも食べていた。
趣味は何だったろうか。一度、食事の後ギャラリーに連れて行ってもらったことがある。小さなギャラリーだったが都内の一等地で、有名な陶芸家の展示会だった。
ちょうど作家が在廊していて細い花瓶を買った三島浩一郎に丁寧なお礼のあいさつをする。
スーツ姿の陶芸家は三島浩一郎とほとんど同年代の中年男性だが、恰幅よく赤ら顔で若々しい。ギャラリーをでた後で、苦労をしても好きな道を歩く彼がとても魅力的な人物だと話していた。
真琴はただ聞いていただけだが、心の中ではさっきの陶芸家より三島浩一郎のほうがずっと素敵だと思った。
「で、女なろうか男のままでいようか迷ってるわけ?」
「う、うん……」
「あの店でのバイトって金のためって言ってたけど手術費用だったの?」
「そう」
「じゃあ、なんで今頃迷ってんの?」
「だよね。やっぱり」
「そもそもなんで女になりたいと思ったのさ」
「それは……」
自分を援助してくれた三島浩一郎が何の気なしに言った言葉のせいかもしれない。
『君はああいう格好も似あうだろうね』
柔らかい春風のようなラインのワンピースを見ながら彼はそう言った。
「その男が好きだったの?」
誰にも話したことのなかった三島浩一郎のことを葵に話すと、そうかもしれないと真琴はあいまいに頷いた。それまでの真琴はなんとか生きていくためだけに過ごしている日々だったので、自分がどうしたいかとか、何が好きだとか考える余裕はなかった。
母子家庭で身体の強くない母と生活しながら、アルバイトをして学校に通い真っ当な生活をおくることだけに行動していた。
三島浩一郎との出会いで、多少の余裕が生まれ、選択の基準が価格の安さから、真琴にとって好ましいものに変化した。
「そいつと会ってるときは、今みたいな恰好したことなかったの?」
「そりゃね。女装したいと思ったこともなかったし。そもそもファッションについて考える余裕なんてなかったから」
「マコさんてぱっとみお嬢さんぽいのに。苦労してんな」
「生活のことだけで生きてきたから。彼が喜んでくれたら嬉しいって思ったのかもしれない」
「そいつとは寝たの?」
「え? ま、まさか。そんな関係じゃないよ。彼には家庭もあったし」
「パパ活ってやつじゃない? それってさ」
「パパ活……」
とげのある言い方をする葵をすこし睨んで真琴はほろ苦いオレンジジュースを口に含む。
「ほんとはさあ、そいつゲイでやれるチャンス狙ってたんじゃないかな」
「絶対違うと思う!」
強い語気を放ち真琴は手を握りこんだ。三島浩一郎との優しい時間を穢された気がする。
「そんなに怒らなくったっていいじゃん」
強い感情を持つことがあまりないので、真琴はどうしたらいいのか今の気持ちを持て余す。だけど今はこれ以上葵と一緒に時間を過ごしたくないと思い、伝票をもって立ち上がった。
「じゃ」
返事を待たずに真琴は会計を済ませ、店を出た。
予定よりも早く帰宅したので真琴はぼんやり部屋で座り込む。
『何が食べたい?』
『趣味は?』
『どんなことにやりがいを感じる?』
『尊敬できる人はいるかい?』
三島浩一郎が食事の時に問いかけていた言葉を思い出す。
「お寿司が食べたかったな。今の趣味は、メイクの研究。お客さんが楽しかったって言ってくれるのが嬉しいかな。三島さん……」
当時はなんて答えただろう。緊張してきちんと答えていないかもしれない。
「三島さんのことってそういえばあまり知らないな」
真琴から三島浩一郎に対して質問することはほとんどなかった。彼とは庶民的なところから高級なところまで様々な店で食事をした。好き嫌いもなくなんでも食べていた。
趣味は何だったろうか。一度、食事の後ギャラリーに連れて行ってもらったことがある。小さなギャラリーだったが都内の一等地で、有名な陶芸家の展示会だった。
ちょうど作家が在廊していて細い花瓶を買った三島浩一郎に丁寧なお礼のあいさつをする。
スーツ姿の陶芸家は三島浩一郎とほとんど同年代の中年男性だが、恰幅よく赤ら顔で若々しい。ギャラリーをでた後で、苦労をしても好きな道を歩く彼がとても魅力的な人物だと話していた。
真琴はただ聞いていただけだが、心の中ではさっきの陶芸家より三島浩一郎のほうがずっと素敵だと思った。
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