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7 店外
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一月に一回来る客は珍しくないが毎週来る客は、今の時代珍しい。高い店ではないが、大学生で、バイトもしているという彼に真琴は心配になった。
「葵君、こんなに来てくれて大丈夫なの?」
「大丈夫って?」
「あの、お金かかるでしょ」
「俺、ここでそんなに金使う客じゃないし」
「負担じゃなきゃいいけど」
「マコさん、俺が貧乏学生だと思ってるんだ」
「そういうつもりじゃないけど……」
真琴自信が苦学生だったため、同様に思ってしまったが、バイトは彼にとってお小遣い稼ぎかもしれない。気を取り直して新しい飲み物を作ることにした。
昼休みに弁当を買いにコンビニへ向かう途中、窓の清掃をしている葵を見かけた。ゴンドラが下がってきたときに、葵がちらっと真琴のほうを一瞥したがすぐに前を向いた。
「店じゃないから、ばったり会ってもわからないかな」
ブルーの作業服の背中を見ながら、真琴ははや足でその場を去った。
「そろそろ卒業なんだ」
葵が誇らしい表情をみせる。
「もうそんな時期なのね。就職先は?」
「俺、就職しないよ。言ってなかっけ? 院に行くんだ」
とにかく就職して生活の安泰を求めていた真琴と違う余裕さをうらやましく感じた。
「喜んでくれないの?」
「あ、ううん。院って何するのかなっておもっちゃって。ごめんね。何かプレゼント用意しとくね」
「プレゼントよりさあ、どっかでご飯でも食べさせてよ」
「どっかで」
もう何度も店で会ってはいるが、店外であったことはなかった。特に禁止されているわけでもないが、だれもこの店では外で会おうという客まではいなかった。
「あの、外で?」
「そうだよー。ここのメニューはもういいよ」
「えっと、外か……。何食べたい?」
「考えとく」
初めて客と外で会うことになる真琴はすでに緊張し始めていた。
明るい昼間からウィッグを被り、濃いめの化粧を施すのは初めてだった。袖を通すことになるのも初めてのワンピースを体に当ててみる。
「本当は術後に着ようと思ってたんだけど。まあいいか」
人込みを避け、公園で待ち合わせをした。店の中の照明ではなくて、自然光の中の自分を見たら葵はがっかりするのじゃないだろうか。店に出るときよりはアイメイクを控えめにしている。ワンピースはゆるっとしたラインで真琴の骨っぽい体格をカバーする。ブラジャーに詰め込んだパッドのおかげでできた胸も自然な感じだった。
「体型カバー力がすごいって口コミほんとね」
誰もいない公園で真琴はくるっと回ってスカートを翻してみた。そこへちょうど葵がやってきた。
「何してんの?」
笑いながら葵はかけよった。
「あ、いや、別に。こんにちは」
「へー、いいじゃん」
葵は上から下まで真琴を見て笑んだ。その様子に真琴は少しほっとした。それと同時に葵のジャケットもパンツもカジュアルなのに上質なもので品が良く、やはり苦学生ではないのだなと思わせた。
「ディナーまでまだ早いけど、どこかいく?」
「そうだなあ。どこか行きたいところがあるわけじゃないし。ファミレスでたむろってもいいよ。そのままそこで飯でも」
「え? ファミレスでディナー?」
「うん。嫌?」
「嫌じゃないけど、お祝いだし」
真琴は多少覚悟をしてきたので、給料日後に食事に行こうと日取りを決めていた。まさかファミレスで全部のメニューを頼むと言われたりしないだろうかとそんなことがちらっと頭をよぎった。
「いつも忙しいしさ、ファミレスでだべろうよ」
おもむろに真琴を手をとられたので、そのまま一緒に歩く。しばらく歩いて最初に見つけたファミリーレストランは葵が高くてまずいというので二件目の店に入った。中途半端な時間帯で店は空いていて、静かで広々とした席で二人はくつろいだ。
葵はドリンクバーでウーロン茶を選んだとき、真琴はオレンジジュースを選んだ。葵がエビフライを食べる姿にやはり三島浩一郎の面影を感じる。
「葵君ってエビフライをちゃんとナイフで切って食べるんだね」
「え? 普通じゃないの?」
「普通なの? あまりナイフとか使ったことないから」
学生食堂でナイフとフォークを使って食事をしている学生がいただろうかと思いだそうとしたが、ゆっくり味わえることもなかった真琴には何も浮かんでこなかった。
それよりも、一口サイズにカットされた食べ物を静かに口元に運ぶ三島浩一郎の姿を思い出した。
「何考えてんの?」
「ううん、何も……。あの、葵君はその、彼女とかいないの?」
品良く咀嚼する葵に思わず質問する。
「ん? ああ、いるよ?」
「え!?」
その返答に自分で聞いておいてびっくりした。どうして彼女がいるのに店に来たり、外で会ったりするのだろうか。
「ダメ? 彼女いたら」
「そんなことないけど。あの、彼女に怒られないかなって」
「そんなのないしょに決まってるじゃん。店の客だって結婚してるやつだって来てるでしょ?」
言われてみればその通りだが、葵は店に来るには若すぎる気もする。
「ところでさ、なんであの店で働いてるの? 本職あるんでしょ? 金? 男?」
「お金、かな」
「マコさんって男好きには見えないもんな。でも他に割のいいバイトなかったの?」
「警備とかはちょっと怖くて無理だし、コンビニとかでワンオペも自信ないしさ」
「まあ、でも合ってるかな。その格好もよく似合ってる。俺の彼女より可愛いよ」
「えっ」
ドキッとした。初めて葵に。彼女よりも可愛いと言われて、複雑だけど嬉しかった。そのまま他愛のない話をする。葵が院で何を研究するのかとか、真琴の職場の話だとか。会計は安かった。若くても育ちの良さそうな葵は、おごりだからと言っても無駄に食べることも、値段を高いものをわざと注文することもなかった。また店で会おうと口約束をして別れた。
「葵君、こんなに来てくれて大丈夫なの?」
「大丈夫って?」
「あの、お金かかるでしょ」
「俺、ここでそんなに金使う客じゃないし」
「負担じゃなきゃいいけど」
「マコさん、俺が貧乏学生だと思ってるんだ」
「そういうつもりじゃないけど……」
真琴自信が苦学生だったため、同様に思ってしまったが、バイトは彼にとってお小遣い稼ぎかもしれない。気を取り直して新しい飲み物を作ることにした。
昼休みに弁当を買いにコンビニへ向かう途中、窓の清掃をしている葵を見かけた。ゴンドラが下がってきたときに、葵がちらっと真琴のほうを一瞥したがすぐに前を向いた。
「店じゃないから、ばったり会ってもわからないかな」
ブルーの作業服の背中を見ながら、真琴ははや足でその場を去った。
「そろそろ卒業なんだ」
葵が誇らしい表情をみせる。
「もうそんな時期なのね。就職先は?」
「俺、就職しないよ。言ってなかっけ? 院に行くんだ」
とにかく就職して生活の安泰を求めていた真琴と違う余裕さをうらやましく感じた。
「喜んでくれないの?」
「あ、ううん。院って何するのかなっておもっちゃって。ごめんね。何かプレゼント用意しとくね」
「プレゼントよりさあ、どっかでご飯でも食べさせてよ」
「どっかで」
もう何度も店で会ってはいるが、店外であったことはなかった。特に禁止されているわけでもないが、だれもこの店では外で会おうという客まではいなかった。
「あの、外で?」
「そうだよー。ここのメニューはもういいよ」
「えっと、外か……。何食べたい?」
「考えとく」
初めて客と外で会うことになる真琴はすでに緊張し始めていた。
明るい昼間からウィッグを被り、濃いめの化粧を施すのは初めてだった。袖を通すことになるのも初めてのワンピースを体に当ててみる。
「本当は術後に着ようと思ってたんだけど。まあいいか」
人込みを避け、公園で待ち合わせをした。店の中の照明ではなくて、自然光の中の自分を見たら葵はがっかりするのじゃないだろうか。店に出るときよりはアイメイクを控えめにしている。ワンピースはゆるっとしたラインで真琴の骨っぽい体格をカバーする。ブラジャーに詰め込んだパッドのおかげでできた胸も自然な感じだった。
「体型カバー力がすごいって口コミほんとね」
誰もいない公園で真琴はくるっと回ってスカートを翻してみた。そこへちょうど葵がやってきた。
「何してんの?」
笑いながら葵はかけよった。
「あ、いや、別に。こんにちは」
「へー、いいじゃん」
葵は上から下まで真琴を見て笑んだ。その様子に真琴は少しほっとした。それと同時に葵のジャケットもパンツもカジュアルなのに上質なもので品が良く、やはり苦学生ではないのだなと思わせた。
「ディナーまでまだ早いけど、どこかいく?」
「そうだなあ。どこか行きたいところがあるわけじゃないし。ファミレスでたむろってもいいよ。そのままそこで飯でも」
「え? ファミレスでディナー?」
「うん。嫌?」
「嫌じゃないけど、お祝いだし」
真琴は多少覚悟をしてきたので、給料日後に食事に行こうと日取りを決めていた。まさかファミレスで全部のメニューを頼むと言われたりしないだろうかとそんなことがちらっと頭をよぎった。
「いつも忙しいしさ、ファミレスでだべろうよ」
おもむろに真琴を手をとられたので、そのまま一緒に歩く。しばらく歩いて最初に見つけたファミリーレストランは葵が高くてまずいというので二件目の店に入った。中途半端な時間帯で店は空いていて、静かで広々とした席で二人はくつろいだ。
葵はドリンクバーでウーロン茶を選んだとき、真琴はオレンジジュースを選んだ。葵がエビフライを食べる姿にやはり三島浩一郎の面影を感じる。
「葵君ってエビフライをちゃんとナイフで切って食べるんだね」
「え? 普通じゃないの?」
「普通なの? あまりナイフとか使ったことないから」
学生食堂でナイフとフォークを使って食事をしている学生がいただろうかと思いだそうとしたが、ゆっくり味わえることもなかった真琴には何も浮かんでこなかった。
それよりも、一口サイズにカットされた食べ物を静かに口元に運ぶ三島浩一郎の姿を思い出した。
「何考えてんの?」
「ううん、何も……。あの、葵君はその、彼女とかいないの?」
品良く咀嚼する葵に思わず質問する。
「ん? ああ、いるよ?」
「え!?」
その返答に自分で聞いておいてびっくりした。どうして彼女がいるのに店に来たり、外で会ったりするのだろうか。
「ダメ? 彼女いたら」
「そんなことないけど。あの、彼女に怒られないかなって」
「そんなのないしょに決まってるじゃん。店の客だって結婚してるやつだって来てるでしょ?」
言われてみればその通りだが、葵は店に来るには若すぎる気もする。
「ところでさ、なんであの店で働いてるの? 本職あるんでしょ? 金? 男?」
「お金、かな」
「マコさんって男好きには見えないもんな。でも他に割のいいバイトなかったの?」
「警備とかはちょっと怖くて無理だし、コンビニとかでワンオペも自信ないしさ」
「まあ、でも合ってるかな。その格好もよく似合ってる。俺の彼女より可愛いよ」
「えっ」
ドキッとした。初めて葵に。彼女よりも可愛いと言われて、複雑だけど嬉しかった。そのまま他愛のない話をする。葵が院で何を研究するのかとか、真琴の職場の話だとか。会計は安かった。若くても育ちの良さそうな葵は、おごりだからと言っても無駄に食べることも、値段を高いものをわざと注文することもなかった。また店で会おうと口約束をして別れた。
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