異端の末裔

はぎわら歓

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 早朝、安定した寝息を立て始めたシャルロッタを認めてアンドレイは立ち上がる。ふらつきながら部屋を出ると年老いたシスターが手を組んで待っていた。

「アンドレイ様……」

 心配そうな目を向ける彼女に「もう大丈夫だ」と答えるとシスターの目に涙が光った。同時にアンドレイに疲労の色が見えるのを感じまた心配そうな瞳を見せた。

「このあたりに牧場はあるか。肉を分けてくれそうな」

 首を押さえながらアンドレイはシスターを正視せずに尋ねる。

「あ、あの、橋を渡って十字路を南に2キロのところで分けてもらえると思います。私たちはそこで乳製品を分けてもらっていますので」
「ありがとう。シャルはしばらく眠っていると思うが、誰も部屋に入らないように。すぐ戻るから」
「わかりました。お一人でいらっしゃるので? お疲れなら誰かをお連れに――」
「いや、私にも近づくな」

 素早く言ってアンドレはすぐに出ていった。

「アンドレイ様……」

 すぐ戻るアンドレイに名残惜しそうな声が耳の奥に響いた。

 アンドレイはまぶしそうに朝日を睨み、急いで馬車に乗る。

「さすがに飢えている……」

 シャルロッタと血の交換をし、どちらかというと多く与えたアンドレイは今までで一番渇きを覚えていた。老いたシスターと言えども処女であり清らかな心を身体を持つ彼女は食物に見えてしまった。うら若いシスターたちに会えばますます渇きを覚えるだろう。

 理性的で欲望の少ないアンドレイでも、吸血鬼化してしまえば目の前のごちそうを無視できない。小さな橋を渡りシスターの言った通りに進むとすぐに牧場が見えた。広い牧場にはまだ牛たちは出てきていない。それでも牧場の朝は早いので、老人が大きな銀のミルク缶をもってうろうろしていた。

「おはよう」

 アンドレイが声を掛けると老人は早朝なのに陽気な声を返す。

「やあ、おはよう。若いのに早いなあ」
「ちょっと急いでるのでね。ここでは肉を分けてもらえると修道院で聞いたのだが」
「ああ、肉がほしいのかね。あげられるよ。部位と予算でなんとでもなるさ」
「そうか。よかった」

 アンドレイはコートのポケットからピカピカ光る金貨を3枚取り出し老人に見せる。

「これで子牛の心臓と肝臓が買えるかい?」

 老人は目を見開いて金貨を見つめる。どうやら初めて見るようだ。

「ひやあ! これじゃあまるまる子牛三頭分だよ。たくさん持っていくかい?」
「いや沢山はいらない。新鮮じゃないと困るのでね。牛は沢山いるか?」
「まあこの村の中ではまあまあだけど」

 シャルロッタのことを考えると、しばらく新鮮な肉を買い続けなければならない。

「とりあえずこれで一頭分頼む」
「ああ、すぐに用意するよ」

 金貨を一枚渡すと老人は表裏に何度も返しながら牛小屋へ向かっていった。

 肉を受け取り馬車を走らせ、人目のつかない奥まった場所に向かう。渇きが最高潮に達する前にアンドレイは血の滴るレバーを嚙みちぎる。クチャクチャと咀嚼する彼の姿は、いつもの聡明な紳士の姿ではなかった。瞳は赤く燃え、口は裂け、鋭い牙を持つ異形だった。レバーが半分になったころ、アンドレイの熱気が冷えていくように渇きもおさまり、容貌も元に戻る。

「シャルが飢える前に食べさせとかないと……」

 今のシャルロッタは吸血鬼化したばかりで心も体も不安定だろう。少しの血と肉、人間以外のもので落ち着くにはしばらく時間がかかるかもしれない。食料の確保のために、もっと牧場の盛んな土地に二人で移る必要があるかもしれない。めぼしい土地を思い描きながらアンドレイは修道院に舞い戻った。
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