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22 逆ハー戦隊の解散

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 黒彦さんと緑丸さんについて『イタリアントマト』に向かう。体格のいい緑丸さんと、カンフー服姿の黒彦さんが並んで歩いていると、何かアクション映画の撮影でも始まりそうな雰囲気だ。
 商店街で行き交う人たち、特に女性がチラチラ彼らを見ている。女性が振り向くたびに、彼女は今、黒彦さんを見たのだろうかと、気になっていた。

 『イタリアントマト』につくと、ちょうど赤斗さんがメニューの書いた黒板を片付けて、クローズドのプレートを出しているところだった。

 「いらっしゃい」
 「こんにちは」
 「ちょっと早かったか?」
 「いや、もうこれ終うだけ。入って」

  店の中はがらんとしていて、4人掛けのテーブルを二つくっつけ、すでにグラスと取り皿と瑞々しいグリーンサラダがあった。

 「私、お手伝いします」
 「そう? ありがとう。じゃあ出してもらおうかな」
 「はい」

 私は手伝うため、厨房に入る。寸胴の大きな鍋がぐつぐつと音を立てている。マグマのように赤い、こってりしたソースが煮られている。

 「いい匂いですね」
 「うん。昨日から仕込んでおいたラグーソース。黒彦たぶん、まともなもの食べてなかっただろうからさ」

  赤斗さんは黒彦さんのために前もって準備しておいたのだ。真っ赤なラグーソースのかかったパスタとゴルゴンゾーラのピザを運ぶと、白亜さん黄雅さんと青音さんも座っていた。

 「やあ、桃ちゃんお手伝いご苦労様」
 「いえ。もうみんないるんですね」
 「うん。赤斗に揃ったって伝えて」
 「はーい」

 厨房に戻ると赤斗さんがふんわり焼き上がったスポンジケーキに、シロップをかけている。

 「わぁ、美味しそう!」
 「ババっていうケーキ。シロップにラム酒が入ってるんだよ」
 「へえー」
 「黒彦の好物なんだ。今度作り方教えるね」
 「はい、おねがいします。あ、もうみんな揃いました」
 「ん。じゃ、ワイン持っていくから席に着いてて」
 「はい」

 甘い香りを放つケーキを運び、黒彦さんの目の前に置くと彼は嬉しそうに目を輝かせた。私は黒彦さんのはす向かいで、青音さんの隣に座る。

 「おまたせ。さ、ワインで乾杯しよう」

 綺麗なルビー色のワインがグラスに注がれ、乾杯する。

 「乾杯!」
 「かんぱーい!」
 「さ、どんどん食べて」

 黒彦さんはワインを一口飲むと「うまいな」と呟き、そしてまずババに手を付ける。

 「さきにパスタ食べろよ。伸びちゃうだろー」

 白亜さんが取り分けて黒彦さんに渡す。

 「ん。ありがと」
 「どうせ、仙種食べて過ごしてたんだろ」
 「まあな」
 「センシュ?」
 「ああ、仙種っていうのはね。俺たちが開発していた非常食。一粒くらいで一日の栄養と満腹感を得られる優れものさ」
 「へええー」

どこかで聞いたことがあるような食べ物だ。豆だったかなと思っていると、青音さんが「これからどうする?」と黒彦さんに尋ねていた。

 「もう研究に戻るつもりもないしな。細々と本屋始めるかな」
 「そうか。それがいいかもな」

どうやら黒彦さんも他のメンバーと同様に商店街のお店を経営していくみたいだ。黄雅さんが私の方に向き「桃ちゃんは次どこで働く? もうピンクシャドウの活動はないけど、どこも忙しいからさ。歓迎するよ」と笑顔を見せる。他のメンバーたちもうんうんと頷いている。

どこのお店で働いても楽しかったし勉強になった。ずっと働き続けていたいような魅力的な店だった。

 「あの。もう一件働きたいところがあるんです」
 「もう一件?」
 「あの――『黒曜書店』です」
 「え……」

 黒彦さんの表情が曇る。やっぱり迷惑だったかな。

 「いいじゃん。そこも行っとかないとなー」
 「うんうん。いいと思うよ」
 「なっ、黒彦。桃に手伝ってもらえよ」
 「う、ん。何もすることがないと思うんだが……」

 嫌そうなところを、他のメンバーに押されてなんとか引き受けてくれたが、強引だっただろうか。来て欲しいとも言われていないのに、押しかけて嫌われただろうか。
 心配そうな表情をしていたのだろう。隣の青音さんが「嫌だったら黒彦ははっきり言う」とフォローを入れてくれた。


  白亜さんがワインを注ぎながら「ところでさあ、黒彦の実験データってイサベルのとこだよねえ。取り返さなくて平気?」と気軽に聞く。
 私はそんな大事なものが人の手に渡っているのを放置するなんて、大丈夫なのだろうかと他人事ながら心配になる。

 「平気だ。寧ろ使えるものなら使ってほしい。悪事には絶対に使えないからな」
 「そっか。じゃ、平気だなー」
 「でもさ、イサベルはそれを手に入れて一儲けしようと思ってたんだろ?」
 「さあな。儲けるも何も彼女は経済的に困ることはないだろうが」
 「よくわかんないよな」

  黒彦さんの実験は人の肯定的な感情、希望や愛情などを物質化し、植物を育成するものだったようだ。モーツァルトの音楽を、果樹園で流し美味しい実をつけさせるみたいな事を、もっと具体的に効果的にできるらしい。確かに欲望などの負のエネルギーは転換されないだろうから悪事には使えない。

 「だから彼女がなぜそれを持っていったのかよくわからない」
 「全くだな」
メンバーたちは不思議そうに話しているが、私にはなんとなくわかる気がする。

 「あの、イサベルさんは本当に黒彦さんが好きだったんじゃないでしょうか。実験データが目的なら、黒彦さんを生かさなかったかもしれないし」
 「ああー。なるほどねー」
 「お前がイサベルにつれなくするからだろう」
 「そういうつもりはなかったんだが」

 爆発まで彼女が仕組んだことがどうかは分からないけど、きっと二人で作り上げたデータを持っていたかったのではないだろうか。真相は闇の中だけど。

 「まあ、もうその件はいいだろう。再会を祝って乾杯しよう!」
 「そうだな!」
 「乾杯!」

  もう嫌なことは忘れて飲んでしまえということで、みんなどんどん飲んで食べた。黒彦さんは顔から険が取れ穏やかな表情になっていく。

  私はメンバーに加えてもらって日も浅いし、深く交わることは出来ないが、みんなを見ているだけで幸せな気分になる。

  シャドウファイブはこれで解散だが、また新しい日々がやってくると思うと私は明るい気持ちになった。
 明日からまた新しい職場だ。
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