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21 激闘の末に

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 白いベッドの上で黒彦さんの目が開いた。

 「黒彦!」
 「ん……。ここは」
  起き上がり、きょろきょろとあたりを見渡している彼に緑丸さんが「俺んちだ」と温かいお茶を渡す。

 黒彦さんは大人しく受け取り「ありがとう」と呟き、一口、一口と飲み始める。戦いが終わり、息を吹き返した彼を『もみの木接骨院』に運び、介抱した。

もうみんな話さなくてもわかり合えているらしく、何も言及せずに一緒に時間を過ごした。
それでもメンバーはそれぞれお店があるので順番に帰っていき、黒彦さんが再び眠りにつくと、私に後を任せる。

 「しばらく、ついててやってくれる?」
 「はい」
 「じゃ、また後で来るよ」

 緑丸さんも施術するために席を立つ。

 眠っている黒彦さんの横顔を眺める。耳の下まで伸びている、真黒な硬そうな髪と長いまつ毛を見ていると、苦しげな表情で寝言を言い始めた。

 「か、母さん、父さん、うっ、ううっ」

おでこに汗をかき始めたので、私はそっとタオルで拭き取る。彼を見つめ、こうやって汗を拭いていると、今までのシャドウファイブのメンバーに対する気持ちとは違うものが生まれてくる。

 最初は彼に対してものすごく怒りが湧き、次にとても悲しい思いをした。亡くなったと思ったときは絶望を感じ、生き返った時には無上の喜びを得た。どうしてこの人はこんなに私にいろんな感情を味合わせるんだろう。
  そして今、ずっとこの人の側に居たいと思い始めている。この気持ちはなんだろうか。
ふうっとため息をついていると緑丸さんのおじいさんがやってきた。

 「どうじゃ? クロの様子は」
 「あ、ちょっとうなされたりしてますけど大丈夫だと思います」
 「そうか、落ち着いたか。しかし今度はお前さんが落ち着かんようじゃのう」
 「え? それって?」
 「ふぉっふぉっ。わしの孫の嫁にと思っておったが残念じゃわい」
 「あ、あのお」
 「隠さんでええ。クロが好きになったんじゃろう」
 「え? す、好き? なのかな……」

 好きと自覚するには出会い方もよくないし、時間も足りないし、何よりも彼に否定的な言葉を投げ付けられたことで、心が頑なになっている。
それでも他の人に感じたことのない深いものが募っているのは確かだ。

 「おじいさん。私は黒彦さんを最初すごく感じ悪いなって思ったんです。今まで知ってる人の中で一番。彼もそう思っているはずです。あの、私の事、汚らわしいって……」
 「やれやれ。クロの奴は本屋の息子で、本ばっかり読んでおったからのお。ちと、寛容さが足りん」
 「商店街の本屋? もしかして黒曜書店ですか?」
 「そうじゃそうじゃ」

 私が子供の頃よく行った本屋さんが『黒曜書店』だった。それで、あの時私の話を聞き入ったのだろうか。

 「しかしなあ、一緒になる相手と言うのは、どっちかというと最初は印象が良くないもんじゃよ。わしらもそうじゃった。ばあさんはわしを『やりチンのいけ好かない奴』と言っておったし。わしもばあさんをきつくて恐い女じゃと敬遠したもんじゃ」

おじいさんは優しい目をして過去を懐かしむ。

 「そうなんですか」
 「まあ、出会いが最低じゃとあとは上がる一方じゃって。ふぉっふぉっ」
 「はあ」

 何となくおじいさんの言うことがわかる。いつの間にか好きになっているのかもしれない。だけど、彼の方は?流石に嫌われているだろう相手に好きだと告白する勇気はない。とりあえずこれからの事は黒彦さんが回復してからだろう。

 「あ、そうだ。おじいさん、私ちょっと出てきてもいいですか? 一時間くらいで帰ってきますから」
 「おう? いいぞ。ゆっくりしておいで」
 「ありがとうございます」

 私はちらりと眠る黒彦さんを見てから接骨院を後にした。


ちょうど一時間で接骨院に戻ることができた。黒彦さんのいるベッドに顔を出すと、彼は起きていてベッドのそばの椅子には緑丸さんが座っていた。

 「ただいま」
 「桃香さん、おかえり」
 「……。おかえり」

 黒彦さんもぼそっと挨拶をしてくれた。それがなんだかとても嬉しかった。そして私はそっと彼に分厚い本を差し出す。

 「これ、は……」
 「忘れていたので、取って来ました。大切なものですよね」
 「ああ。ありがとう……」

 黒い革表紙の分厚い本を、黒彦さんは大事そうに愛しむように撫でる。

 「そうか。桃香さんは廃墟に行ってたのか」
 「ええ」
 「あとでまたじいちゃんが中華粥持ってくるから、一緒に食べるといいよ」
 「ありがとうございます」
 「じゃ、俺はまた施術してくるよ」
 「いってらっしゃい」

 緑丸さんが去ると、また黒彦さんと二人きりになる。彼が起きていると思うと少し緊張するが、身体の調子が良さそうなので安堵もする。
 何を話すでもなく静かにしていると黒彦さんが口を開いた。

 「この本は、父と母の形見なんだ」
 「そうなんですか」
 「中には二人が大事だと思う言葉や、読んだらいい本などが書かれてる」
 「へえー。ジョルジュ・サンドの名言も書いてあるんですね」
 「ああ。それは母だ」
ちらりと見えた中身は、確かに印刷されたものではなく手書きでだった。本ではなく日記帳のようなものだろう。

 「1人になった時、いつもこれを読んでいた」

 彼がご両親を亡くした時の悲しみ、そして仲間を失ったと思った時の悲しみを想像するが、経験のない私には無理だ。それでも彼が命を失ったと思った時の、私の悲しみが相当するのかもしれない。

 「でも、もう1人じゃないですよ。またみんなと楽しく仲良くやっていけますよ」
 「そうだな」

もう一つ言いたいことがあるけれど、やはり言い出せない。『私も一緒に居ます』心の中でつぶやいた。沈黙を破る様に白亜さんがやってきた。

 「桃、お疲れ様。黒彦。調子はどうだ?」
 「ん。もうほとんどいいよ。薬ももう抜けたし」
 「そか。よかったな。どうする? 実家に戻るか? 俺んちにでもしばらく居てもいいし」
 「ありがと。一度家に戻る」
 「そっか。調子が戻ったならみんなで一度集まろう。快気祝いってやつだな」
 「ふふっ。自分が蒔いた種で快気祝いをしてもらうって言うのはなんだかな」
 「まあまあ。もういいじゃん。さっそく今晩、イタリアントマトでな。桃もきてね」
 「あ、はい」
 「じゃ、そんだけ。またね」
 「お疲れ様です」

 白亜さんが去った後、「もうついていなくても大丈夫だ」と黒彦さんが言う。確かにもう平気そうだ。ここに居る意味が無くなった。
もうシャドウファイブの活動もなくなるだろうと同時に、私がピンクシャドウとして役割も終わる。これからどうしようかな。また考えないといけなくなってきた。仕事の事、人生の事。

 「どうしてシャドウファイブのメンバーになったんだ?」

 考え込んでいるところに黒彦さんが質問をしてきた。

 「えっと」

 私はスライミー怪人に捕まり、シャドウファイブに助けてもらってから、メンバーになるまでの経緯を話す。

 「ぷっ! 白亜の奴、抜けてんな! デカパイにしなくてもピンクなだけで女だって思うっつーの!」

 話がウケたようで彼はクックックと笑い始める。初めて見る屈託のない笑顔が少年のようにあどけない。

そこへ赤斗さんがお見舞いにやってきた。

 「やあ。どう? 調子。んん? やけに元気そうだな黒彦」
 「ぶっ、ぷっ、くくっ。今、白亜の、ピンクの、話聞いて。ぷっ!」
 「あ、ああ、あれか。あれはちょっとまずったよな」
 「あー、面白かった。そばで見てればよかった。でもよく見ず知らずの人間をメンバーに加えたな」

 黒彦さんはちらっと私を一瞥して赤斗さんに顔を戻す。

 「その時は口封じのためと思ったけど、改めてお前とこうして会うと理由がわかるよ。桃香ちゃんはお前の亡くなったお母さんに似てるんだ」
 「え……」
 「どこがだよ」
 「なんとなくだけど感じがさ。俺、おばちゃん好きだったしさ」
 「何!? お袋に懸想してたのか?」
 「してないしてない! 優しくて温かくて、うちの母親とも違うふんわりとした感じが好きだっただけ」
 「それならまあ、いいか」
 「とにかく桃香ちゃんのおかげでこっちは非常に助かったわけだ。本当にありがとうね」
 「いえ」

 改めて御礼を言われて照れ臭い。こちらこそ、色々な経験をさせてもらって感謝している。

 「じゃ、あとでね」

 赤斗さんと入れ違いに青音さんと黄雅さんもやってきた。

 「ほら、これ」

 青音さんがポケットから星型のタイルを取り出し、黒彦さんに渡した。

 「サンキュ」
 「良く持ってたな」
 「ん。いつもポケットに入れてた」

 黄雅さんが星型のタイルを見つめる黒彦さんに「お前も物持ちいいよな」と優しく笑んだ。

 「気に入ったものだけはな」
 「お。閉店時間だ。店閉めてくる」
 「こっちもそろそろだ。じゃまた、イタリアントマトで」
 「ん」
 「桃ちゃん、あとでね」
 「はい」

2人が去ると緑丸さんが黒彦さんの洋服を持ってきた。

 「これでいいか?」
 「ああ、なんでもいい」

 黒のカンフー服だった。パジャマを脱ぐと、筋肉質で鍛えられた身体が現れドキッとする。素肌に黒いカンフー服を纏う。なんか昔見た中国映画の『アチョ―!』とか叫んでいた俳優さんみたいでかっこよかった。

 「じゃ、そろそろ出かけようか」
 「ああ」

 緑丸さんもちょこちょこ黒彦さんの様子を見に来ていた。一時は一方的にこじれていたけれど、根本的には変わっていない彼らの友情は素晴らしいなと、私は温かい気持ちになっていた。
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