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4 初出動!

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 美容室『ヘアーサロン・パール』でアルバイトをして一週間目、今日で一応区切りになり、来週はまた別のところで働くことになる。特訓の成果もあり、随分とシャンプーが上達した。また白亜さんがくれたお手製のシャンプーのおかげで私の髪もツヤツヤになっている。明美さんの怪我はすっかり治ったが「またいつでもバイトに来てね」と言ってくれている。今日の最後のお客さんに縮毛矯正の薬剤を白亜さんがちょうど塗り終えたところで、天井の片隅にあるライトが赤く点滅する。
「あっ。母さん、ちょっと後、頼むよ」
明美さんは様子を察して「いいわよ」とそれ以上何も言わず、お客さんの髪に「失礼します」とシートを巻き始める。これから長い時間かけて薬剤の効果を出す様だ。

白亜さんが目配せして店の奥に入るように促す。あの天井の赤いライトの点滅は怪人が現れたということなのだ。私は初めてのピンクシャドウとしての任務に緊張して足が震えてきた。
店の奥の小さな3畳ほどの部屋にパソコンと大きなモニターとヘッドホンや、見てもよくわからない機材が壁一面を埋め尽くしている。この部屋が白亜さんの怪人に対するモニター室のようで、シャドウファイブは町のあらゆるところに、小さな怪人発見用の監視カメラを設置している。モニターを見ると、この商店街から3キロほど離れたスポーツクラブ付近に怪人が現れたようだ。
「ちょっとどんな怪人が来るかは予想が立ってなかったからなあ。桃はみんなの後ろに立ってるだけでいいからね」
「は、はい」
緊張が伝わっているのだろうか、硬くなっている私の頭を白亜さんは優しく撫でる。
「大丈夫だよ。心配しないで。どんな怪人が来ても桃に手出しさせることはないからね」
「あ、ありがとうございます」
白亜さんはパチッとウィンクする。ウィンクなんて実際、人がするのを初めて見たし、本当に似合っていて閉じた瞬間に星が出て来そうだった。おかげで緊張が変なドキドキに変わる。密室で二人きりと思っていると「さあ、出動だ! 服脱いで、マスクかぶって」と急がされる。
私は部屋を出て、また隣の個室に行き、さっと服を脱いで、ピンクシャドウスーツ姿になり首にしまわれているマスクをかぶる。すっかりピンクシャドウになると、ノックが聞こえ「そのまま、反対側の扉から出て」と言われ、指示に従い出ると、そこはガレージだった。
「ここに乗って」
ホワイトシャドウになった白亜さんが、サイドカーに乗る様に指をさす。ピンクのヘルメットを渡され乗り込むと白亜さんはバイクのエンジンをかける。シャドウファイブはみんなバイクに乗っているのだが、私がバイクに乗れないのと、二人乗りは禁止区域があるといけないということで、サイドカーを用意してくれたのだ。
「いくよ」
「はい!」
発進され、人通りのない道をしばらく抜け、目的地に向かう途中でレッドシャドウが合流する。到着するころには、ちゃんと全員揃っていた。
ブルーシャドウが目ざとく怪人をスポーツクラブの駐車場で発見する。
「たぶん、あれだ」
「ん? あの大男か?」
「今回はやけにシンプルだな」
「うーん。スポーツクラブに通ってる人じゃないよねえ」
確かに一般人に見えないこともない。ただ遠目からでもわかるガタイの良いムッキムキの、胸も肩も腕も膨れ上がった上半身が裸で、下半身だけぴったりとしたメタリックな金色のタイツなのだ。
「バカンスでたまにいたよなあ」
「ああ、確かに」
海外暮らしの長かったシャドウファイブはこの明らかにおかしいと思える格好に、あまり不信感を抱かない。私は思わず「あんな格好の人は日本じゃ絶対変です!」と叫んでいた。
「え、そうなの?」
「はい! 絶対、怪人か、やばい人なのでお巡りさん呼ばなきゃ!」
「じゃ、いこうか」
その不審な人物に、シャドウファイブよりも先にクラブ帰りの若い男が近づいてしまう。日焼けして細いタンクトップ姿の若い男は気軽に声を掛ける。
「お? もう脱いでんの? やる気満々じゃん」
その瞬間、マッチョな怪人が「フシュウウウウウウっ!」と叫び声をあげ、若い男の両肩をつかみ持ち上げる。
「なっ、なんだよ! おいっ! 離せよっ!」
身悶えするががっちりと捕まえられ男は身動きすることが出来ない。
怪人が「ホソーイ! ホソーイ!」とその男を上下に上げ下げする。
「急ごう!」
レッドシャドウが素早くそのの前に立ちはだかる。ムキムキのその不審者は近くで見ると身長は2メートル越えで人間の容姿をしてはいるが、髪は生えておらず、眉も、まつ毛もなく、目の色が真っ赤でやはり怪人だった。
「おい! 彼を離せ!」
「フシュウウウウウウウウウっ」
ちらっとレッドシャドウを怪人が見るが、無視して若い男をまるで赤ちゃんをあやす様に高い高いする。可哀想に若い男はされるがままで半泣きのままぐったりと諦めている。
人質をとられていると手を出せない。そこでいつものパターンである、ピンクシャドウに怪人の気を逸らせることにする。
「ピンク。 ここでいいから怪人の視界に入ってくれ」
「えっ」
「大丈夫。何もしなくていいから『ピンクシャドウ! 見参!』とだけ叫んでくれ」
「わ、わかりました」
ピンクシャドウがやってくると怪人たちは気が緩み、そこの隙を他のメンバーがつくのだ。
とりあえず、左手を腰に当て、右手を上げてポーズらしいものをきめ「ピンクシャドウ! 見参!」とできるだけ大きな声で叫ぶ。普段の私なら、こんな恥ずかしい事などできないだろうが、シャドウファイブのメンバーの一人だと思うとできるから不思議だ。
ムキムキ怪人はちらりと私を一瞥するが興味なさそうにまた「ホソーイ! ホソーイ!」と男をおもちゃにする。
「うーん。これは新手か?」
「まさか、前回の戦いでピンクが男だってことが怪人に伝わってるのか?」
「いや、それはないだろう」
いつものピンクシャドウによる陽動作戦が使えないため、シャドウファイブたちは考え込む。こうしている間にも若い男は連れ去られそうだ。
そこへまた別の若い男がクラブから出てきて通りがかる。口笛を吹き薄っぺらいTシャツとショートパンツという軽装で近づき、シャドウファイブに気づく。
「あ! シャドウファイブだー! ぎゃーっ! 怪人!」
その声で、ムキムキ怪人はハッとその男に注目し、「フシュウウウウウウウウウっ!」と叫んだかと思うと、高い高いしていた男を放り出す。
「あっ!」
素早くグリーンシャドウが走り出し、投げ出された男を受け止める。グリーンシャドウはおっとりしているのに素晴らしい俊足と力強さで男を救った。
若い男は「た、逞しい!」と呟き、ガクッと意識を失った。気絶した男を一瞬で膨らんだ簡易ベッドに寝かせる。この簡易ベッドはシャドウファイブの開発品でマイナスイオンと高濃度酸素により心身ともに深いリラックスを得られ、高い回復効果がある。

ムキムキ怪人はまた別の男を捕まえ、高い高いをし、「マダ、ホソーイ!」と言っている。
ブルーシャドウが「あいつ、男のほうがいいんじゃないのか?」と言い始めた。
「男? それならシャドウファイブほとんど男じゃん」
「うーん」
寝ている男を介抱しながら、私は今日の人たちはみんな裸みたいな軽装で寒くないのかなと思い「今日って寒いですよね。こんなに薄着じゃなくても」と呟くと、ホワイトシャドウがハッと「肉か!」と叫んだ。
「肉か! 筋肉か!」
「たぶんそうだ。グリーン、ちょっと腕だけまくって怪人に見せてやってくれ」
「ああ、そうしてみるか」
グリーンシャドウがスーツの袖をまくり上げ、ノースリーブのような形にする。この特殊な強化スーツは打撃や温度差に強いだけでなく伸縮も自在なのだ。
ムキムキ怪人ほどではないが、逞しく、筋肉質で立派なグリーンシャドウの腕がむき出しになる。
「フシュウウウウっ!」
グリーンシャドウに気づいた怪人がやはり男を放り出しこちらへ向かってくる。投げ出された男はレッドシャドウが受け止めた。
「あ、ありがとうございます。レッドシャドウ!」
「平気?」
「はい! ぼ、僕、応援してます!」
「ありがとう。危ないからもう帰りなさい」
「はい!」
軽装の男はダメージが少なかったようで、よろけながらも急いで立ち去った。
その間にムキムキ怪人がグリーンシャドウの目の前にやってきていて、彼の両肩をつかもうとする。しかし、それをはねのけグリーンシャドウは怪人と両手を組み、力比べのような格好になる。いわゆるプロレスで見られる『手四つの力比べ』というものだ。
「くっ!」
「フシュウウウウっ!」
ぐーっと怪人が押し、グリーンシャドウの背中が後ろに反れそうになる。そこを巻き返し、グリーンシャドウがググっと怪人を力でねじ伏せようとする。
「いけー! そこだあ!」
いつの間にか気が付いた若い男がグリーンシャドウの応援をしていた。
私もこの力比べに熱く見入り、握った手を振り上げ、「がんばってー!」と声援を掛けていた。
膠着していたパワーバランスはやがて終焉を迎え、グリーンシャドウが優勢になってくる。
「フシュウウウウっ! フシュウウウウっ!」
気が付くと怪人の身体が小さくなっている。最初の頃のムキムキの筋肉が見る影もなくなっている。
すっかり細くなり、骨と皮ばかりになった怪人が「ホソーイ! オレ、ホソーイ!」と叫んだかと思うと身体をぐったりと二つに折り、ガクッと意識を失った。
「やっつけた! 」
「やったな! グリーン」
「うん。強かったな」
珍しく力だけの正統派のような怪人だったが、今回の怪人は消えてなくならない。
ばったりと倒れ込んだ怪人は、いつの間にか普通の老人になっている。金色のタイツも肌色の肌着ズボンになっている。そして首の後ろに、何か小さなボタンのようなものが付いていることに気づいた。
ホワイトシャドウが少し観察し、そっとつまんで抜き出す。
「どうやら、これでこのおじいさんを操っていたようだ」
「とうとう一般の人にまで」
「これは早く対処しないとな」
ブルーシャドウとイエローシャドウが若い男に軽くメンタルケアを施し、今回の事が心の傷にならないことを確かめて帰す。怪人に捕まったことがトラウマになりそうにないので、良かったと思うが、グリーンシャドウをやけに熱っぽく見つめ、後ろ髪惹かれるような様子で帰る姿にちょっと不安が残った。
操られていたおじいさんも気が付き、温かい洋服を着せ、話ができるようになったので事情を聴くことにした。
「いやあー。散歩してたら、転んでしもうてな。わしゃあ、こんなところで転んでしまって情けないわいと言っているところに一人の男が来たんじゃよ」

――転んで足をさすっているおじいさんの目の前に、全身黒づくめの男が現れ「若返りたいですか?」と尋ねてくる。
「そりゃあ、昔はマッチョでモテモテじゃったからの」
「じゃあ、これをあげましょう」
「ん?」
男はすっとおじいさんの首の後ろに、何かちくっとしたものを差す。
「いてっ、なんじゃあ?」
そう思った瞬間、おじいさんの身体は瞬く間に若返り、筋肉が増量したそうだ。

「それからのことは覚えておらん」
「男の特徴は?」
「うーん。逆光で顔は分からなかったし体形もとくに普通っぽいし」
「そうですか。家まで送りましょうか?」
「いやっ! 平気じゃ! 明日からちょっとこのスポーツクラブにでも通って鍛え直すかの!」
おじいさんは目標を見つけたと言わんばかりに、元気よく帰っていった。

とりあえず片が付いたので急いで帰宅し、それぞれの仕事場に戻ることにした。
私と白亜さんも、すっかり着替え、美容室に入るとちょうどお客さんのシャンプーが終わったところだった。
「母さん、ありがと。後は俺がやるよ」
「ん、じゃよろしく」
明美さんに代わり、白亜さんがお客さんの髪の調子を見、カットを始める。

日常に戻ったと、ほーっとため息をついていると、「桃香ちゃん、お疲れ様」と明美さんが奥の部屋を指さす。
「どうぞ、休憩して」
「ありがとうございます」
温かい紅茶とクッキーを差し出され、私はまた、はあーっとため息をついた。
「明日からどこでバイトする?」
「えーっと今夜また打ち合わせを軽くして、そこできめるかと思います」
「そう。色々やるのも大変だけど、きっと役に立つわよ」
目をくるくるさせ明美さんはにっこり微笑む。少し休んだ後、お店を掃除し、明美さんに挨拶をして店を出る。
そして今日の怪人の考察と、今後について話し合うべく、ブルーシャドウこと山本青音さんのお店、『アンティークショップ・紺碧』に向かった。
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