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イエローシャドウ 井上黄雅(いのうえ こうが)編

7 女子会vs男子会

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 気分転換に太極拳教室を覗くと、小柄だが活力のある女性が、やはり女性たち4人を指導している。高橋朱雀はどこだろうかときょろきょろしていると後ろから「よく来たの」と声を掛けられた。



「あ、高橋先生。ご無沙汰しております」



その声に女性たちの手が止まり、菜々子と朱雀の周囲に近寄ってきた。



「朱雀老師。その女性は?」



理沙が尋ねると、菜々子を緑丸たちの同級生だと紹介する。



「ほう! 緑丸の同級生かー。色々聞いてみたいものだな」

「えー、白亜さんはどうだったんだろう」



面識のある桃香以外は自分の恋人たちの小学生時代が知りたくて騒めいていた。



「おほんっ」



朱雀が咳払いをして「今日はとりあえず見学していくといい」と折りたたみいすを出してきて菜々子を座らせた。



「ありがとうございます」



菜々子は昔と変わらず、穏やかで紳士的な雰囲気の朱雀に心から礼を言う。桃香たちはいつもと朱雀の様子が違うと思いながら練習を続ける。

菜々子は無音の中ゆるゆると動く姿を見ながら、やはり自分には合っていないかもと思い始めた頃、理沙が「よし。組手を始める」と指示を出す。



「え? 組手? 太極拳で?」

「そうじゃよ。うちのは武術じゃからの。戦うんじゃよ」

「そうなんですか」

「まあ今は戦う試合はないがのう」



寂しげな眼をする朱雀に理沙が「老師、お願いします」とやってきた。組手は桃香と茉莉、ミサキと優奈が組んでいる。



「あんまり本気ださんでくれよ?」

「短時間だから多少は本気を出してほしい」

「うーん。まあ菜々子ちゃんもみてることだしのお」



よっこらせっと朱雀は立ち上がり、理沙とあいさつを交わした後、組手を始める。



「ハイッヤッ!」

「ほう、ほっ、ほいっ」



見事な攻防に他の者たちも手を止めて見入る。素早く鋭い動きをする理沙に、柳のようなしなやかさで朱雀はかわす。



「こ、こんなにすごいものなんだ……」



健康体操だとばかり思っていたが、全然違う。完全に武術だと認識する。



「私たちも頑張りましょー」

「はーい」



4人の女性たちも、理沙には及ばないが綺麗なフォームで素早い動きを見せている。小学生の頃、50メートル走のタイムを体育で測った時、黄雅に「走るフォームが綺麗だね」と社交辞令を言われた事を思い出した。社交辞令だとわかっていても、その言葉のおかげで陸上部に入ったのかもしれない。



「もう、走れない膝だけど……」



右膝をさすり、彼女たちの光る汗を見ながら太極拳教室に通ってみようと菜々子は決めていた。練習が終わるころ緑丸が飲み物を持ってきてみんなに勧めた。



「委員長もどうぞ」

「あ、ありがと。緑丸くん」

「どう? 太極拳」

「なんかびっくりしたわよ。イメージ全然違ってて」

「ああ、うちが武術系ってもしかして知らなかったの?」

「知らない知らない。普通知らないでしょ」

「そういうものかあ」



汗を拭きながら理沙が「よかったら一緒に鍛錬しないか」と菜々子を誘う。



「ええ。素晴らしかったです。私もお仲間に入れてください」

「そうか! じゃ歓迎会だな!」

「わーい。歓迎会ー」

「どこでしますー?」



早速、女子会が開かれそうな様子を緑丸は温かい目で見守った。ふっと祖父の朱雀に目をやると真剣な眼差しでどこか遠くを見ている。

緑丸はまた祖父が変なことを考え始めたんだと思い、放っておくことにした。





 菜々子の歓迎会を兼ねた女子会に、皆で肉バルへとやってきた。待ち合わせると勿論カンフー服ではないので、教室であったイメージとは違う。菜々子は1人、硬いスーツだったので少し浮いている気がした。一番後に来た理沙がブラウスにタイトスカートで自分と近い服装かと思ったが、広く空いた胸元とスリットの入ったタイトスカートに、やはり自分とは違うと思った。

 席に着き、飲み物を注文するとみんなバラバラで乾杯するまでに時間がかかる。古い体制の会社勤めである菜々子にとってこの女子会は新鮮だった。いつも、『とりあえずビール』だったからだ。



「じゃ、新メンバーの山崎菜々子さんにかんぱーい!」

「かんぱーい!」

「乾杯っ」

バラバラのグラスで乾杯し合い、すぐにおしゃべりに花が咲く。

「菜々子さんは婚活しているそうだな」



理沙は年上の菜々子に敬意を払って尋ねる。



「ええ。そういうつもりはなかったんだけど黒彦くんに、お願いというか、是非というか」

「で、お相手できたんですよねえー。どうです?」



みんな新しい恋の話に興味津々だ。



「それが、もうお会いするの止めようかと」

「えー」

「どこがだめですかあ?」

「不審なところがあれば身辺調査しますよ?」



菜々子は、相手がしっかりした職業で収入も外見も良いが、男尊女卑で偏見が強く思いやりがないと話した。



「あー、それはだめだな」

「ダメダメ」

「ありえないですよねえー」



女性たちのダメ男診断に、菜々子は自分の判断が間違っていないと思い安心する。



「黒彦くんは俺様だけど優しいものね」

「えへっ、そうですね」

「ああ、でも桃香さんが全部やって上げてるんでしょ? 家事」

「ええ、でもイヤイヤじゃないですよ。家事好きなので」

「そっか」

「家事が嫌だって言ったら多分全自動化しようとすると思います。料理も仙種とかいうものになりそう……」

「あははっ、ありうるわね」



スペアリブをかじった理沙が骨をこつんと置き「野生の肉と違って飼育された肉は美味いな」とワインをグイッと飲む。



「理沙さんはワイルドね。緑丸くんって大人しいから物足りないとかはないの?」

「ん? 緑丸は確かに静かだが、あれだ。どっかりした山みたいな大きさがあるんだ」

「そっか。いい人に会えてよかったわね、緑丸くん」

「いや、それは私のほうさ。気は優しくて力持ちってやつで、理想の男だ」

「そうなのね。でもその服装って緑丸くんの趣味?」

「ああ、そうだ。私は服装に頓着がないのでな、緑丸の好きな恰好をしている」

「へ、へえ……」



胸元から少しだけ黒いレースが見える。スリットのはいったスカートは椅子でめくれ上がりちらりと黒のガーターベルトが見えた。

菜々子は大人しい誠実そうな緑丸が実はけっこうむっつりスケベなのではないと思った。

 皆それぞれ恋人の話を始め、うちはこう、そっちはどうかと情報交換が始まった。



「うちの金田一さ、じゃなかった青音さんとは一緒に料理作りますよ」

「青音くんって結構共同作業が好きなのね……」

「私たちは交互ですねー。赤斗さんがイタリアン、私が和食」

「いいなあー」

「2人ともプロだもんねえー」

「しかし飽きっぽい白亜くんが一人の人に決まるなんてねぇ」



ミサキが美味しそうにカツオのタタキを食べている様子を感慨深く眺める。



「肉バルでカツオのタタキかあ。ん、ん、むぐっ。う、うまいゼヨ!」

「ぜ、ゼヨ?」

「あ、私郷土料理食べるとそこの言葉出ちゃうんですよー。家が転勤多かったので」

「へ、へえ」



ツヤツヤの天使の輪のついた綺麗なストレートの髪を持つ清楚なミサキから、土佐弁を聞くとギャップが凄いがドキッとした。



「な、なんとなく白亜くんの気持ちわかるかも」



個性的な女性たちと個性的な同級生たちに、菜々子は自分がいかに平凡なのかと実感する。



「みんな自分ってものがあっていいわね」

「そうですかあ? 菜々子さんだって。聞いてますよー学級委員で責任感が強くて勉強も出来て立派でって」

「うーん。勉強は黒彦くんたちの方が良くできてたし。私はただがり勉で融通が利かなかっただけなんだけどな……」

「まあ、楽しもう! 飲もう飲もう! それともデザート頼むか」

「スィーツ! スィーツ!」



こうして女子会はますます盛り上がっていった。





 同じころ、恋人たちがみんな出かけて行ったので、久しぶりに黄雅の店の地下室で商店街の仲間たちは集まることにした。



「ビール配るねー」

「ワインも持ってきた」

「俺、焼酎」

「お、サンキュー」

「なんかつまみある?」

「珍味屋で乾きもの買ってきた」

「乾杯するか」

「そうだなー」

「乾杯!」

「乾杯ー」



 地下室の一角には畳敷きの場所があり、宴会にもってこいだった。



「最近、筋肉が落ちて来ちゃってさ」

「そう言えばちょっと赤斗太ってね?」

「かなー。食べすぎかもなあ、飯が美味くて」

「ここんとこ運動あんましてないんじゃ?」

「青音はなんか痩せたな」

「うん。夜の尾行じゃない、散歩してるから」

「仕事どう?」

「今月ちょっと客足少ないかもね」



ビールがなくなり、ワインに移行する頃、白亜は畳みにごろりと横たわる。



「なんか酒も弱くなってきちゃったなー」

「もう無駄に消費できないってこった」

「また戦隊ごっこでもやんない? 彼女たち交えて」

「まあ華やかだな」

「そういえば黄雅は婚活相手とどうなってる?」

「ん。会ってるよ」

「そうか」



穏やかな表情を見せる黄雅に黒彦は心配をするが、それ以上尋ねることはなかった。そのうち戦隊ごっこで使うアイテムや、装備についての話で盛り上がる。



「そういえば、じいいちゃんがさあ。次世代ハーレム戦隊を作る気みたい」

「なんだそれ」

「いつの間にか教室に委員長も加わって女性6人になったんだよね。それでなんかじいちゃん、盛り上がっててさ、名前考えてる」

「まったくいい年して元気な爺さんだな」

「俺たちより溌剌してんな」

「まったくだ」

「まだまだ長生きするぜ?」



こうして盛り上がる男子会は終焉がなく、朝方飲み物がなくなるまで続いた。帰宅した彼らの顔には、しっかりと畳の跡がついている。
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