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ブルーシャドウ 山本青音(やまもと せいね)編

8 探し物は何ですか

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 逃がさないように慎重に連れ帰った柴犬を飼い主に戻す。初老の女性はほっとした様子で両手を広げ、柴犬を抱きしめた。



「ありがとうありがとう。タロウや、もうどこもいかないでね」

「じゃあ、私はこれで」



頭を下げる優奈に飼い主の女性が封筒を渡す。



「もう報酬頂いてますよ」

「ううん。これはあんたに。若いお嬢さんをこんなに走らせてしまって。何か精のつくものでも食べて頂戴」

「えーっと嬉しいですけど一応会社員でお給料もらってるからなあ」

「いいからいいから。お年玉だと思って」



手に封筒を載せられ握り込まされたので、優奈はもう一度礼を言い受け取った。そして柴犬に「もうおばあさんを困らせたらだめだよ」と告げた。柴犬は分かったのかどうか「わぉん!」と鳴いた。

庭から外に出てブラブラ歩きながら、さっき会った青音のことを思い出す。



「あーあ。次、誘いにくいなあ。何か聞かれるかなあ」



色々考えている間に勤め先に戻ってきていた。ふーっとため息をつきながら自社の『青川探偵事務所』の看板を見上げる。

キョロキョロと周囲を見渡してから中に入った。



ためらいはあったが、せっかくの休日なので思い切って青音の店に行く。



「もうちょっとまともな休みが欲しいなあー」



先日も帰宅しようかと思った矢先、所長に急な依頼が入ったと残業を命じられた。仕事の内容は浮気調査だった。以前も調査した人物だったので証拠をつかむのは簡単だった。ただ深夜にラブホテルの前に張り込むのは寒い季節は辛い。



「そろそろコート出さないとなあ」



眠い目を擦ってあくびをすると『アンティークショップ 紺碧』の看板が見えてきたので、優奈は気持ちを切り替え始めた。

そっと引き戸を開き「ごめんください」と落ち着いた声をかける。店の中で大きな壺を磨いている青音が「やあ、優奈さんいらっしゃい」と手を止めた。



「あの、今日突然ですけどお休みもらえたので」



取り繕うようにしなしなした態度で優奈は話す。



「そうなんだ。ちょっと待ってて。この壺を磨き終えたら、どこかいこうか」

「あ、いえ。どこも行かなくても別にいいんです。お話でもできればって」

「んー。とりあえずじゃ、そこへ座っててください」



小さなスツールに優奈は腰かけ、青音の作業を見守る。黒っぽい焦げたような壺が磨かれて光沢が出始める。



「よし、終わった」

「素敵ですね。備前ですか?」

「ん? ああ、よくわかったね」

「名前だけですよ。岡山のものですよね」

「うん」

「岡山いいですねー」



青音は焼き物の事を考えているが、優奈は名探偵の聖地として捉えている。



「今度一緒に岡山に行ってみようか」

「素敵っ!」



勿論二人の思う行き先は全然違う方向だった。青音は備前焼の里である岡山県の東部を考えており、優奈は名探偵・金田一生誕の地である中部を想像している。

 手を拭こうとキョロキョロする青音に、優奈は「そこに手拭いありますよ」と壺の隣を指さす。



「ありがとう」

「いえ」



優奈にこの間の犬の事を聞いてみようかと思っていると、奥からパタパタと早歩きの足音が聞こえて、青音の母、桂子が現れた。



「ねえねえ。青音。あら、お客様だったのね」



優奈に気づき桂子は胸元を整える。優奈は立ち上がり「佐々木優奈と申します」と頭を下げる。



「今、親しくさせてもらっている人だよ」



青音が紹介すると桂子は「まあっ!」と興味津々で優奈に近づき始める。が、はっと息子の邪魔になったらいけないと思ったらしく、こほんと咳払いをして「仲良くしてやってね」と微笑む。そして青音にハサミのありかを尋ねた。



「昨日、裁縫箱にあったと思ったのに。あなた知らない?」

「さすがに裁縫箱の中のハサミは知らないね」

「そうよねえ」



困り顔をしている桂子に優奈は遠慮がちに声を掛ける。



「あ、あの。失礼ですが、昨日裁縫箱をお使いになったんですか?」

「え、ええ。アンティーク着物のお直しをしていてね」

「作業中に誰か来ませんでした?」

「そうねえ。ああ、宅配便の人がきたわね」

「なるほど……」



首を少し傾け、少し考え込んだのち優奈はポンと手のひらにこぶしをのせて叩く。



「ハサミはきっと玄関の靴箱のうえです」

「え? 玄関?」

「お母さん、行ってみるといいですよ」

「ええ、そうね。ちょっと見てくるわ」

パタパタと桂子は奥に入っていった。優奈と青音は静かに行方を見守る。そこへまたパタパタとスリッパの音を立て桂子が戻ってきた。



「あったわ! すごいわねえっ!」



桂子は興奮して糸きりばさみを振り回す。



「お母さん、危ないって」

「オホホッ。失礼。助かったわ。優奈さんだったわよね。これからもよろしくね」

「あ、はい。こちらこそ」

「じゃあね」



桂子は奥に戻る前に、青音に頑張れと目配せをした。



「よくわかったね、ハサミのありかなんか。さすが謎解きが好きなだけあるね」

「いえ。結構よくあるんですよ。作業中に何か別の用事のせいで、いつもと違うところに持っているものを置いちゃうって」

「ううん。すごいよ。お母さんも君の事気に入ったみたいだ」

「え、そうですか?」



いつの間にか優奈の息ががかるほど近くに青音はいる。



「もっと君のことが知りたいな」

「青音さん……」



青音はさっき小首をかしげた優奈の首の根元にあるほくろを見逃がさなかった。もう一度青音は確かめるべく彼女の頬をそっと撫で、顎をもち顔を上に向けさせる。やはりシャドウファイブと怪人の戦いの動画に映っていた女性と、同じところにほくろがある。さらにフェイスラインがよく似ている。優奈はキスをされると思っているらしく目を閉じている。もちろん青音は期待を裏切ることなくそっと唇を重ねた。



軽く重ねただけで青音は離し、じっと優奈を見つめる。何からどう聞こうかと思っていると優奈が先に口を開いた。



「あの、この間は犬を捕まえてくれてありがとうございました」

「ん。ううん。あの犬は君の?」

「いえ、知り合いの犬です」

「そう」



お互いにうまく会話をすることが難しい雰囲気になり始めた。優奈は言い難く、青音は聞きにくい。しかし青音はクールな外見と違い、切り込み隊長だった。



「優奈さん。君はほんとうに婚活するためにあのパーティーにきたの?」

「え? そうですけど」

「君は僕の事を何も聞こうとしないけどどうして? 婚活してたら色々気にならないのかな」

「え、えーっと。段々知っていけたらいいかなーって」

「そうか。あまり焦ってはいないのかな。僕が性急なんだろうか。君がどこで何をしているのか、いつか知れるんだろうか」



自分でも不自然なことが多いのは分かっている。騙している行為もそろそろプレッシャーになっている。優奈はもうこれ以上隠し通せないと覚悟を決めることにした。



「青音さん。私の事お話しします……」

「そう。じゃ、こっちの応接室で」



シャドウファイブの会議室でもある応接室に通し、ソファーに優奈を促したのち青音はとりあえずお茶を淹れに立った。

緊張している優奈の前に、そっとお茶を差し出す。



「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」



喉が渇いた優奈はすぐに小さな茶器を手に取り、こくりと飲む。甘く香りの高い玉露がほど良い温度で喉を流れていった。はあっと香気をはき出し優奈はバッグから名刺を取り出した。



「これ、名刺です。どうぞ」

「ありがとう」



受け取って青音はしげしげと眺める。『青川探偵事務所 調査員 佐々木優奈』



「優奈さんは探偵なのか」

「はい……。嘘ついてすみません」

「どうして? 正直に言ってくれても良かったのに」

「あの、その、引かれるかと思って……」

「で、僕の事をどれくらい知ってるのかな」

「えっ?」



いつもは追う側である優奈が、これから青音に追われる気がしてごくりと息をのんだ。

青音はそっと手を伸ばし優奈の頬に指先を滑らせ、あごをくいっとあげる。



「あ、青音さん?」

「このほくろ。これだけが手がかりだった」



目を細め青音は発見の喜びを感じている。優奈には何のことかわからず黙っている。



「あのパーティーで初めて会ったと思っていたけど、優奈さんはもっと前から僕たちの事を知っていたんだよね」

「……」

「君はいつもシャドウファイブと怪人を見てたんだろう?」

「ど、どうしてそれを……」



青音は動画の整理をしていて、この結論に至ったことを話す。



「そうですか……。映っていましたか……」

「シャドウファイブのことをスクープしたかったのかな?」

「い、いえ! それは決してそんなつもりじゃないんです! 単純にファンになって……。特にブルーシャドウが好きで……」



優奈は持ち前の調査力と実行力でブルーシャドウが青音だと調べ上げていた。



「そうか。ファン、か」



「すみませんすみません。本当はファンで終わるつもりだったんですけど、いつの間にか怪人が出なくなっちゃって、もうブルーシャドウの戦いが見れないと思うと居ても立ってもいられなくって。それで青音さんが婚活パーティーに出席するってわかったから……。そばに行ってみたくって……。ストーカーみたいな真似をして本当にすみません……」



「なるほど。よくわかったよ」

「ドン引きですよね。すみません、もう近づきませんから……」



席を立とうとする優奈を青音は優しくまたソファーに座らせる。



「僕の事、どれだけ知ってるの?」



気が付くと優奈のすぐ隣に、端正な青音の顔があった。



「あ、あの、身長とか体重とか、趣味とか、えっとあの……」



視界が真っ暗になるほど青音の顔が近づく。これまで軽く触れるだけのキスだったが、優奈の唇はそっと開かれ、温かい青音の舌がゆるゆる忍び込み、探る様にかき回し始める。



「ん、んっ、あ、ふぅっ、むぅ」



濃厚な口づけを交わした後、青音は優奈を抱き起し「もうこれ以上僕の事を知りたいとは思わないの?」と耳元で囁いた。

予想外の展開に優奈は心臓が早鐘をうつ。ピッとボタン音がしたかと思うと応接室は暗い密室になる。青音の眼鏡のレンズだけが光った。優奈は青音の上に後ろから抱きかかえられるように座らされていて、身体中を弄られているところだった。すでにブラジャーとパンティーは定位置にない。



「僕も君の事を知っていきたい」



青音は紳士だが、自分に好意があると確実に分かれば容赦しないのであった。
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