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ブルーシャドウ 山本青音(やまもと せいね)編

7 優奈の正体

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 ブラックシャドウであった黒彦が生みだした、怪人対策のために設置された防犯カメラの点検に青音は出かける。もう怪人はいないので撤去しても良いが、町に何かあれば駆け付けられるということもあり、そのままにしている。何台もあるが、こっそり取り付けられた極小サイズカメラなので町の人々は気が付いていない。点検は主に自由の利く青音が行っている。カメラが無事であることを点検し、帰宅したのち動画の整理をしようとパソコンに向かった。



 日常風景は録画されないが、何か出来事があった時は録画されるようになっている。怪人が現れたときと、シャドウファイブたちが戦っている様子は残されている。

一番初めに現れた腐臭マンはまだ未設置だったため撮られていないが、二体目のスピーカー怪人からは再生動画が見える。平穏な毎日に、懐かしい過去でもみるように歴代怪人を眺める。



また、スライミー怪人のときに桃香が新しくピンクシャドウになったのだと感慨深く見つめる。動画ではシャドウファイブと桃香が「みんなは1人のために! 1人はみんなのために!」と叫んでいるシーンだった。と、何か目に入った。この6人しかいないと当時は思っていたのだが画面のギリギリ隅に人がいる。



「ん? これ……」



顔も体も左半身だけしか映っておらず画像も鮮明ではないので見えにくい。しかしどこかで見覚えがある気もする。もう一度スピーカー怪人との戦いから見直すと、やはり端の方に同じ背格好の人物が映っていることに気づいた。キラキラ怪人、ムッキムキ怪人、スライミー怪人ジュニアとの戦いにも映っている。



「これは一体……」



 ベージュの作業服のような恰好で深く帽子をかぶっており、性別や顔立ちは判別しにくい。どうやら常にシャドウファイブの戦いを見ていた人物がいるようだ。気になる青音はその人物の静止画像を加工し始める。隠れた顔立ちは分からないが、顎のラインから察するにどうやら女性らしい。そして唯一の特徴かもしれない首の付け根に、ほくろがあることに気づいた。



「まあ人物が特定できたところで、何かになることもないか……」



この謎の女性は、単純にシャドウファイブと怪人の戦いを見学していただけかもしれない。気が付くと結構な時間が経っていて夕方になっている。

店の外にぼんやりとした灯りをともしていると、30メートルほど先に優奈が歩いているのが見えた。彼女は猫のように足音を立てずにそっと歩く。美術館でもそうだった。青音に見られていることに気づかない彼女は、チラチラ左右を見てから、道を曲がる。



「あれ? うちに寄ってくれるかと思たんだけど」



急いでいるのだろうか。もう目と鼻の先で声を掛けようとした瞬間に、彼女は店と反対側に行ってしまった。やはり謎めいた女性だなと改めて優奈に関心が沸いた。

 そこへ黒彦と桃香がやってきた。



「青音さん、こんばんは」

「湯呑とりにきた」

「いらっしゃい。じゃとりあえず中に入って」



仲良く腕を組んでいる二人を眩しく見つめながら店に招き入れる。



「いつもこのお店は雰囲気がありますね」



桃香はぐるりと店内を見まわし、天井のアンティークランプに目を止め微笑む。黒彦は彼女のそばにそっと立っている。

金継された湯呑を二人に見せると桃香は「すごーいっ」と声を上げ、黒彦は納得しているように頷く。



「なんだかカッコよくなりましたね」

「うむ。しぶいな」

「直したものも、なかなかいいでしょ」



雪のような白い湯呑の真ん中に、鈍い光沢を放つ金が一筋伸びている。



「これでまた美味しいお茶が飲めそうです」

「直し代はいくらだ」

「んー。カップ買ってくれたしサービスするよ」

「結構大変だろう。ちゃんと払う」

「じゃ、ちょっとお願いがあるんだけど……」



青音はちらりと桃香を見てから黒彦に視線を戻す。黒彦は「ちょっと青音と話があるから先に帰っててくれ」と桃香に言うと「はーい。じゃあ先に帰ってますね。青音さんありがとうございました」と頭を下げ店を出て行った。軽くクラフト紙にくるまれた湯呑を大事に手に持って、また二人で変な開発の話をするのだろうと、桃香は察してそそくさと帰宅した。



桃香が立ち去ったのを見計らい、青音は咳払いをする。



「何が欲しいんだ?」



仲間が黒彦に頼みごとをするときは、アイディアを求めることもあるが、主なものは薬品だ。



「体液を変化させられるものって何か作れるだろうか」

「うーん。質は厳しいかなあ。色は出来そうかな」

「味はどうだろうか」

「味か……。味ならできるかな」

「匂いは?」

「そうだなあ。無臭にするのは難しいが、付け足すくらいなら出来るかもな」

「なるほど」



黒彦は青音が恋人にごっくんさせるつもりなのだろうと理解しているので、理由をいちいち尋ねることもなかった。それよりも実験熱の方が高い。話をしながらもう頭の中では化学式が流れ実験が始まっている。



「好みの味や香りはあるのか?」

「俺の好みじゃなあ。でも女性はだいたい甘いものが好きだよね」

「まあな。フルーツっぽい感じか」

「一応毎日フルーツを食べてるからちょっとはいいと思う」

「そうか。それならフルーツでいこう」

「頼む」

「急ぐか?」

「いや。まだまだそんな風じゃないけどね」

「うまくいってるのか」

「そうだね。とても興味をそそられる女性だよ」

「ふーん。じゃ出来るだけ早く作るよ」

「ありがと」

「じゃこれで」

「またね」



話が終わると黒彦は桃香の元へ帰っていった。青音は婚活相手の優奈の事を考える。彼女には関心と興味がわくが出会った場所が婚活パーティーなので、恋愛感情はと思うとよくわからない。お互いに好意を持っていることは分かる。しかし黒彦と桃香の二人を見るといかにも恋人同士で、自分と優奈はと考えると何とも言えない。



「もしかして恋愛がしたいのだろうか……」



情熱的な探究心をもっている青音は自分自身の心まで深読みし過ぎる癖があるため、白亜や赤斗のように気楽に恋を楽しむことが出来なかった。それ故、自分とよく似ている黒彦の恋愛している様子が羨ましい。

 またいつの間にか時間が経っていて店をしまう時間になっていた。



「今日は一日が過ぎるのが早かったな」



外に出て灯りを消し、シャッターを降ろすとこで、遠くの方から「待ってー」と叫ぶ女性の小さな声が聞こえた気がした。振り返ると商店街を越えた奥の方で女性がダッシュしている。その先には小型犬が走っていた。



「犬が逃げたのか」



方向転換したのか、小型犬がこちらに向いて走ってきた。元気のよい柴犬だ。



「捕まえてえっー!」



女性はなんと優奈だった。青音は優雅に着物の袖を翻し、まるで日舞のような立ち振る舞いを見せさっと子犬を抱き上げた。



「きゅーん。きゅーん」



丸い目で青音を見て鳴く子犬を撫でていると、荒い息をしながらよろよろと優奈が駆けつけた。



「あ、は、はっ、はっ、あ、青音さん、ありがとうございます」



ベージュのパンツスーツにスニーカー姿で、膝に両手を置いて呼吸を整える。



「優奈さん、お茶でも飲んでいく?」

「あ、い、え、すみません。急いでて、本当に助かりました。じゃ、この子もらっていきます」

「あ、うん」



 全力疾走の後の疲労がどっと出ている優奈に、飲み物とタオルでもと思う青音だが、彼女はそれ以上に急いでいて子犬を抱いて、あっという間に駆けて行ってしまった。



「一体何だろう? 」



 あの子犬は優奈が飼っている犬ではないだろう。彼女に対して疑問が深まるばかりだった。
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