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ブルーシャドウ 山本青音(やまもと せいね)編

3 反芻

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 自宅まで送るという青音に、近所のスーパーで買い物をするという口実をつけ別れた。彼が帰ったのを見計らって佐々木優奈はアパートに戻った。
部屋に入りふーっと緊張の息をはき出し、床にしゃがみ込んだ。

「ふあっー!!! つっかれたあっー!!!」

食器棚から常備してある栄養ドリンクを取り出し一気飲みする。

「ぐううぅ! ぷはっ! はあーやれやれ!」

背中のファスナーをやっとの思いで降ろし、ストッキングを丸めないように脱いで横たわる。

「ふー。効いてきた効いてきた」

30分ほどゴロゴロしているとドリンクが効いてきたようで疲労が軽減する。風呂を貯めている間に優奈は青い大学ノートを取り出し、今日の出来事をメモする。
「ワインはフルボディが好き。チーズにも詳しい。えーっと、コーヒーより紅茶派――」
集めたデータを書き終えた頃、湯が貯まったと音声が流れたのでノートを閉じた。

 ざぶざぶと洗面器で荒々しく掛湯をし全身を洗ってから、ざぶんと湯船につかる。疲労した身体に温かい湯が浸み込むようだ。

「うー! やっぱ浸からないとねえー!」

土踏まずを揉んでからふくらはぎを触るとパンパンに張っている。

「はあー、ヒール辛かったなあー」

優奈は普段スニーカーしか履かないのでこれからヒールに慣れていかなければと思った。

「間近で見るとかっこよかったなあー! ほんと今回、一生あるかないかの大チャンスだった。成功してよかった! 万歳! 万歳! 万歳!」

誰も見ていないと思い、万歳三唱した後拍手する。この快挙を自画自賛した。
青音とは実際に初対面にはなるが、優奈は以前から彼の事を知っていたのだ。しかし知らないふりをして、青音に近づいた。
なんとかカップルになれたが、これからどうなるかは優奈にも想像することは出来ない。しかし出来る限り長く青音と関わりたいと願っている。

十分長湯をしてから風呂から上がってバスローブを羽織り、スケジュール帳を眺め休みの日を確認する。

「えーっと次会えるとしたら、ちょうど一週間後かあ。んー、仕事の合間に、えーっと明後日なら1時間くらい平気かな」

いつもより真剣にスケジュール帳を睨みつける。不定休で仕事の内容次第ではいつ休みが取れるか分からなかった。とりあえず10日くらいは予定が確定している。

「一週間後にデートするとしたら……」

優奈はパソコンですぐさま検索をかけると美術館で古代エジプト展が行われているようだ。

「これは青音さんなら興味あるかも」

青音にお任せするのではなく一応企画はしておく。彼は受け身すぎる女性は好みではないことを知っている。

「もっともっと知りたいなあ。でも、慌てない慌てない。今日は1メートル以内に入ったんだし」

今までは青音の100メール以内の範囲に入ったことがなく、見つめるだけだった。

「生の声もかっこよかったなあー!」

脳内で青音の声を再生される。

「『佐々木優奈さん、素敵な名前ですね』かー! くぅー! なんで録音しとかなかったんだろう! 今日に限ってー! あ、まてまて、録音すると生声じゃないよね」

興奮するところを我に返りたしなめる。

「匂いちゃんと嗅いでなかったなー。チーズの匂いが結構きつめだったし。うーん。次回は匂い嗅いでおこう!」

新たな目標が出来、優奈はスケジュール帳にメモを残した。顔立ちもクリアに脳内で再生する。シャープな頬、引き締まった口元、鋭いが温かい眼差し、軽く分けた黒く短い柔らかそうな髪。すらっとした長身にしっかりした肩、短く切り揃えられた長い爪甲の指先と喉ぼとけ。

「はあはあっ。は、鼻血でそう……」

再生をやめてパジャマに着替えベッドに潜り込む。布団をかけ天井の大きな青音の写真に「おやすみなさい」と声を掛け優奈は眠りについた。
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