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グリーンシャドウ 高橋緑丸(たかはし ろくまる)編

7 理沙vs緑丸

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 とうとう最強が決まる日がやってきた。桃香は縁起を担いで朝からトンカツを揚げる。

「さあ、理沙さん。トンカツ食べて勝ですよ! 召し上がれ!」
「ありがとう! 力が湧いてくるよ」

理沙は小柄だが筋肉の維持にエネルギーが必要なのかよく食べる。

「おかわりもどうぞ」
「うん。頼む」

テーブルの向かいでは眠そうな黒彦が「朝からトンカツか……」とぶつぶつ呟いている。桃香はさっと青汁を差し出し「朝しっかり食べないとだめですよ!」と元気よく言う。

「うぅ……」

生活リズムも食事の仕方も人それぞれだと思いながらも、黒彦は大人しくもそもそトンカツを食べた。


 理沙と緑丸の勝負は午前9時から始まる。食事が済んだ後、理沙はしばらくゆっくりし、瞑想をしたり深い呼吸を繰り返している。恐らく精神面のコンディションを整えているのだろう。桃香はお弁当と飲み物を用意しながら、今日の勝負の行方を想像するが全く予想できなかった。それでも桃香は理沙に勝ってほしいと思っている。緑丸の事も好きだが、やはり同じ女性として強くあってほしいと思うのだった。

「よし! ベストコンディションだ」

三人で『レモントイズ』の地下の会場に向かう。すでに緑丸と祖父の高橋朱雀が待っていた。

「今日はよろしく頼む」
「こちらこそ」

理沙と緑丸は礼儀正しく礼をし、いつでも戦えるという構えをとっている。競技台の上で審判の黒彦が先週と同じルールを告げる。そして合図と共に試合が開始された。

「おじいさん、どっちが勝つと思います?」
「そりゃあ、わしの孫のロクに決まっておろう」
「えー。そうですかあ? 理沙さんなんかすっごい強いのに、特訓もハードでしたよ」
「そりゃ、うちのロクじゃって、わしと毎日激しい組手をしたんじゃぞ」

桃香と朱雀は危なくないように少し距離をとって見学している。
理沙と緑丸はじりじり間合いを詰めていたかと思うと、突然理沙から素早い動きを見せた。

「アイヤー!」
「くっ!」

鋭い跳び蹴りはまるで高速の矢のように放たれる。緑丸は腕を交差させガードするが、理沙の細い爪先は隙間に食い込む。爪先が触れた瞬間に更にガードをきつくしなかったら緑丸の心臓に相当な打撃があっただろう。

「うーん。リサちゃんは小柄な体をよく生かしておるのお!」

朱雀が感心して声を上げる。緑丸の大きな体格に対して、小柄な理沙は全く不利ではないように感じる。むしろスピードと急所をポイントで突く点において有利かもしれない。
しかし緑丸も大柄なのに敏捷だ。理沙の素早い動きにちゃんと応じている。更に身も軽くジャンプ力も凄まじい。

「うわー! なんかワイヤーアクションみたいですよ!」

若い二人は空中戦ともいえる軽い動きを見せる。見ごたえのある試合はなかなか勝負がつかない。

「うーむ。二人とも体力があるのう」
「これは勝敗が見えませんねえ」
「まあ、これは隙を見せたほうが負けるじゃろうなあ」
「隙かあ」

二人に隙が生まれるのだろうかと桃香はじっと見つめる。鋭く風を切る音と、打撃をうける鈍い音が響く。
理沙と緑丸が同時に手刀を放ったときだった。

「やあっ!」
「うっ」

一瞬、緑丸の動きが遅く、理沙の手刀が寸止めで喉元に刺さった。黒彦が両手を上げる。

「そこまでだ」
「……」

とうとう理沙の勝利で決着がついた。しかし理沙本人の納得がいかないようだ。

「緑丸。なぜ、あそこで止まったんだ。まだまだこれからのはずだ」
「……」

黒彦も実際、このような形で勝負がつくと思わなかったので釈然とはしていない。黒彦が緑丸の視線を追い、そっと指先を地面に置く。

「こいつのせいか」
「ん……」

黒彦の指先に一匹の7星てんとう虫が乗せられている。

「まさか、そいつを踏まないようにしたのか?」

理沙は唖然として、てんとう虫を眺める。

「一寸の虫にも五分の魂ってやつだ。おっと、飛ぶなよ」

黒彦は外に逃がしに行く。
桃香は「さすが緑丸さんですね! てんとう虫に気づくなんて」と感心しているが、理沙は唸っていた。

「私なら、気づかずに踏みつぶしていたかもしれない……。しかしこれで私が勝ちというのは……」
「まあまあリサちゃん。これも時の運じゃって」

朱雀が声を掛けるが理沙はやはり複雑な表情をする。おそらくてんとう虫に、誰も気づかなければ、緑丸は黙って立ち去るだろう。また負けた言い訳をてんとう虫のせいにはしないはずだ。帰ってきた黒彦に理沙は告げる。

「さっきの試合をやり直してはくれないだろうか?」
「ん? うーん。一応、あの手刀は有効打だしな。どうする緑丸?」
「俺の負けは負けだと思う」
「むぅ……」
「と、いうことだ」

真の武術家である理沙にしてみると、心から勝ったと思えず喜ぶことが出来なかった。

「じゃ、じゃあ、もう一度、今度別の形で試合させて欲しい」
「別の形?」
「ああ。お互い武器の使用を認めてくれ」
「え?」
「頼む。もう一度だけ緑丸と戦いたい」
「どうする? 緑丸」
「頼む! 一生のお願いだ!」
「うーん」

悩んでいる緑丸の肩を朱雀がポンと叩く。

「ロクよ。女の子のお願いくらい、さっと聞いてやらんか」
「じいちゃん……」
「頼む! この通りだ」

頭を下げる理沙に「わかった」と緑丸は承知した。

「よし、じゃ昼を挟んで午後からにする。お互い武器を持ってくるように」
「ありがとう!」
こうしてランチの後、再試合をすることになった。


 武器を手に持ち競技台に立つ。
理沙の手にはヌンチャク、緑丸の手には三節棍が握られている。

「再戦を引き受けてくれてありがとう」
「いや、いいんだ」
「正々堂々戦いたい。よろしく頼む」
「こちらこそ」

挨拶が済み、黒彦が開始の合図を始めると、すばやい動きで二人は間合いを取った。理沙はぶんぶんとヌンチャクを振り回し、緑丸は両手で三節棍を持ち、コの字で構えている。
桃香と朱雀は息をのんで二人を見守る。

「うごくぞい」

朱雀のつぶやきと同時に、理沙が飛び出し、二度三度攻撃を加える。

「アタッ! ホワッ!」

カツッカツッと攻撃を棍棒が受ける音が鳴り響く。
防御一辺倒かと思われる緑丸が三節棍で攻撃を受けずに、さっと身をかわした。そして頭の上で一旋回させたかと思うとひゅんと一本の棍棒になり理沙の肩を突いた。

「ぐうっ!」

続いて、しなった三本の棍棒が変則的な動きを見せ、理沙の二の腕と背中を殴打する。

「くっ!」

ヌンチャクを落とし、両膝をついてしまった理沙は「まいった……」と呟いた。
黒彦が「そこまで」と試合終了の合図をした。

「理沙さん!」

桃香は駆け寄って理沙の身体の様子を心配する。

「大丈夫だ。衝撃はすごかったが痛みはもうない」
「そうですかあ。ならいいんですけど」

立ち上がろうとする理沙に緑丸が近づいて手を差し伸べる。

「一人で立ち上がれるさ」
「そう」
「強いな。あっという間だった」
「いや、武器の間合いの差だと思う。どっちが勝ってもおかしくないよ」
「そんなことはない。それを扱えるだけでも大したものだ。最初の試合だって……」

負けたが理沙は清々しい表情を見せる。

「ありがとう。手加減なしで戦ってくれて」

緑丸は何も言わずに静かに微笑んでいる。


 桃香はそんな二人のやり取りを見ながら、恋が生まれないかと秘かに期待する。

「ねえ、おじいさん、あの二人いい感じじゃないですか?」
「うーん。いい感じだけで進みそうにないのう」
「えー」
「リサちゃんは奥手っぽいし、ロクは受け身じゃからのう」
「うー。最強カップルって感じでいいのになあ」
「そうじゃのう。リサちゃんが嫁に来てくれたら安泰じゃがのう」

ひそひそと朱雀と話しているうちに、理沙と緑丸は技について語り合っていて、ますます恋愛から遠のいた雰囲気を見せる。

「ありゃー、強敵が友になってる。恋人になんないのかなあ」

ため息をつく桃香に黒彦が「あの二人がくっついて欲しいのか?」と尋ねてきた。

「そうですねえ。お似合いじゃないですか?」
「まあ、そうだな。理沙は緑丸を本気にさせることが出来るようだし」
「ああ、そうかも、あんな真剣な緑丸さん初めて見たかも」

いつも優しい癒しを感じさせる緑丸は、戦っている最中でも穏やかな雰囲気があった。しかし理沙との戦いで彼は熱い男らしさを見せつけていた。

「なんか、かっこよかったなあー」
「むっ! 浮気性なやつめ」

桃香の何気ない一言で黒彦は、理沙と緑丸をくっつける作戦を考え始めていた。
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