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グリーンシャドウ 高橋緑丸(たかはし ろくまる)編

5 理沙の特訓

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 『黒曜書店』はあと一時間ほどで閉店だが、理沙は朝から特訓をすると言って出掛けたきり帰ってこない。心配になった桃香は黒彦に探しに行ってくると告げる。

「黒彦さん、ちょっと店番しててください。理沙さん探しに公園に行ってきます」
「そろそろ暗くなるし一人じゃ危ないだろう」
「いえ。もう怪人も出ないことだし大丈夫ですよ」
「た、確かにそうだが、変質者がいるかもしれない」
「ちょっとそこの公園に見に行くだけですって」
「だめだ」

「うーん。あ、じゃあ黒彦さんが理沙さんを迎えに行ってくれません?」
「え……。俺がか……」
「ええ。それなら大丈夫でしょ?」
「まあ……、そうだが……。平気なのか」
「え? 何がです?」
「いや……。じゃあ行ってくる……」
「お願いします」
「もし。店に変なやつが来たら、そこのボタン、すぐ押すんだぞ。レジ周りがシールドされるから」
「わかりましたー」

複雑な表情をして出て行く黒彦を見送って、桃香は「ふふふっ。心配性だなあ」と笑った。
しばらくして、入れ違いのように『ヘアーサロン・パール』の松本白亜がやってきた。

「こんばんはー」
「あら白亜さん、いらっしゃいませ」
いたずらっぽいキラッとした瞳を見せ白亜は尋ねてくる。
「ねえ。なんか目新しい女性向け雑誌ないかなあ。ちょっとマンネリなんだよね」
「ああ。そうですねえ。この辺のネコ雑誌とかどうでしょう」
「ネコ雑誌かあ。ふーん。なかなか可愛いね」

表紙を飾っている気まぐれそうな白い猫は、なんとなく白亜に似ている。

「後はえーーと」
「ねえ。黒彦は今いないの?」
「ああ、今ですね」

桃香は最近の事情と、黒彦が理沙を迎えに行っていることを話した。すると白亜は怪訝そうな表情を見せ、ふうっと息を吐いた。

「ねえ。桃は前になんで失恋したか忘れちゃった?」
「え……。前の失恋?」
「ん。元カレにさあ、後輩の面倒見させちゃったでしょ?」
「あ……」

シャドウファイブのピンクになる前に、桃香は恋人を後輩に奪われていた。その理由は桃香にも大いに原因があった。後輩が桃香の恋人を好きだったことを知らなかったのはしょうがないが、彼と後輩が二人きりになることを容認していたのだった。

「女の子が危ないっていうのは勿論心配だけどさ。自分の恋人を他の女の子と二人っきりにさせるって、どうなのかなって思うよ?」
「わ、私ったら、また……。すっかり安心してて……」

「そののんびりしたところが桃のいいところでもあるけどね。もちろん黒彦に限って他の娘に目移りなんかしないけど。あいつはデリケートだからね。かまってちゃんだし」
「ええ……。分かってるつもりだったのに、平和ボケしちゃった……」

「フフッ。争うより平和でぼけてる方が俺もいいと思うけど。だめだよ? 黒彦を放っておくのは」
「白亜さん、ありがとうございます。ほんと、私のばかばかっ」

出かける前に黒彦の表情が複雑そうに見えたのは、気のせいではなかったのだ。白亜と話していると、黒彦と理沙が帰ってきた。

「ただいま。桃香。遅くなってすまなかった」
「あ、理沙さん良かった」

理沙の顔を見てホッとする桃香だった。
黒彦は白亜に気づき「来ていたのか」と扉を閉めると、桃香の目が赤く涙で潤んでいることに気づく。

「なんだ? どうしたんだ」
「黒彦さん、ごめんなさい」

桃香はするりとレジを飛び出し黒彦の胸に顔を埋める。何が起こっているのか分からなかったが、黒彦はハッとして白亜に詰め寄る。

「貴様! 間男か! 寝取らせたりしないぞ!」
「ええー! ちょっ! ちげええー! もう、なんなのこのカップル? 変な誤解すんなよ!」

白亜はいきなりあらぬ疑いをかけられ怒りだす。桃香は慌てて黒彦の誤解を解こうとする。

「ちがいますちがいます。白亜さんは私にお説教してくれてたんです。もっと黒彦さんを大事にするようにって」
「ん? なんだそれ」
「はあー。いいよいいよ、桃。まあ心配ないようだし、じゃ今度からヘアカタとこのネコ雑誌お願いするよ」
「あ、はい! ありがとうございました」
「じゃあねー」

面倒なことにならないうちに白亜はすぐに店を出て行った。理沙は何となく雰囲気で責任を感じ「すまなかった」と頭を下げる。

「あ、いえ。理沙さん強くても、やっぱり心配なので、明るいうちに帰ってきてください」
「うん。わかった」
「じゃあ、そろそろお店閉めてご飯にでもしましょう」
「俺が閉めておこう」
「お願いします。じゃ私ご飯してきますね」
「私も手伝おう」

桃香と理沙は家の中に入っていき、黒彦が店を閉めることになった。桃香と白亜が何を話していたか聞き出すことを、黒彦はもちろん忘れなかった。



 食事があまり進まない理沙に桃香は心配になる。

「あんまり好きじゃなかったですか? 水餃子。やっぱ餃子は焼いた方がいいかなあ」
「あ、いや、美味しいよ。さっぱりしてつるんと口に入るな」
「じゃあ、いいんですけど、どうかしたんですか?」
「うーん。あまり特訓が上手くいかなくてな。緑丸は相当の手練れだろうな」

赤斗から三節根の話を聞いてから、理沙はより真剣に思い詰めているようだ。

「黒彦さん、緑丸さんてやっぱり相当強いんですか?」
「ああ、俺より少し強いな」
「少しって……」
「黒彦も強いようだな」

理沙に突っ込まれて「まあな」と黒彦は威厳を見せる。

「桃香も朱雀仕込みなんだよな? 太極拳」
「ええ、ちょっと上達してきましたかね」
「どうだろう。私と戦ってくれないだろうか。二人同時に」
「え? 私たちと理沙さんですかあ?」
「うん。もう自主練じゃあ足りなくて。かと言って相手がいないから実践できないしな」

桃香は理沙に勝ってほしいような緑丸に負けてほしくないような複雑な想いがある。

「いいだろう。勝つために協力してやろう」

フェミニストな黒彦はどうやら理沙に協力するつもりのようだ。

「黒彦さんがそう言うなら……」

こうして理沙の実践練習に桃香と黒彦は付き合うことになり、外は危ないということでやはり『レモントイズ』の地下で行うことにした。


 三人で競技台の上に立つ。理沙は「どこからでも、どちらからでも、いいぞ」と上に向けた、てのひらの指をくいくいっと折り曲げ来るように促す。

「どれ、お手並み拝見」

黒彦がスッと足を出し、理沙の足をすくい上げ転ばせようとしたが、彼女は素早くジャンプしてかわす。更には後ろに回転して止まった反動で黒彦に頭突きを食らわせる。

「くっ! なかなかやるな!」

両手をクロスさせ衝撃をかわしたが、まるで小さなロケットが飛んできたような衝撃で黒彦は後ろに後退する。

「じゃ、じゃあ私も!」

桃香も応戦し、正統的な手刀を撃ち込むが全て受け止められる。

「うんうん。なかなかいいぞ。ただ撃っている間、足元がおろそかだ」
「え?」

あっという間に転ばされるが、理沙は桃香が痛くないように腰を打つ瞬間に起こして戻す。

「さて、同時に頼もう」

桃香と黒彦が左右から理沙に向かって蹴りを放ち、手刀を討つが、なかなか手ごわく攻め切れない。

「ちっ!」

桃香が疲労を見せ、「もうだめぇ」と手が止まった時、黒彦はとうとうしびれを切らし、ポケットから小さなボールペンサイズの筒を取り出し素早く理沙に向けた。
理沙の両手首が交差したモーションを見せた瞬間、プシュっと音がし透明なロープ状のものが巻き付いた。

「なっ!」
「クックック。どうだ。これで手がでまい」
「ちょ、ちょっと! 卑怯じゃないですか!」

戸惑う理沙を横目に、桃香は黒彦に抗議する。

「武道家はいかなる危険でも対処しないといけないだろ」
「もう! これは緑丸さんとの戦いの練習なんですよ!」

触手を外そうともがく理沙をすり抜け、桃香は黒彦に立ち向かう。

「クックック。俺とやろうというのか。いいだろう、来い」
「もう!」

随分と上達した桃香だったがやはり、黒彦には敵わず理沙と同じようにロープの餌食になった。

「ちょっと! これ、なんですか! とってください!」
「クックック」

そこへ同じように実践練習をしようと、カンフー服に身を包んだ緑丸がやってきた。

「黒彦も来てたのか。ん? 何してるんだ?」

触手にもがいている桃香と理沙を見て緑丸は動揺する。

「こ、これは一体」
「試作品の実験だ」
「え? 実験してるのか? 彼女たちで?」

得意げな黒彦に緑丸が尋ねていると、桃香が「ちがいます! 普通に戦ってたのに黒彦さんが卑怯なアイテム使うんですよ」と訴えかける。

「何してるんだよ。はやくとってやらないと」
「10分で溶けるから、もうそろそろだ」
「ああ、そうなのか」

溶けてなくなり自由になった桃香が怒ってやってくる。

「黒彦さん? ちゃんと戦ってあげてください。緑丸さんはこんな卑怯なことしないですよ!」

理沙が桃香をなだめる。

「桃香。いいんだ。私も確かに最初は驚いたが黒彦の言うことには一理ある。どんな戦いが待っているか分からないからな」
「ほらみろ」
「もう!」

自慢そうな黒彦とのんびりした桃香が怒っている様子を緑丸は微笑ましく見ていた。

「まあまあ二人とも。今日はありがとう。おかげで一人で練習するより良かったよ」
「ほんとですか?」
「うん。また良かったら明日も頼む。アイテムを使ってもらっても構わない」
「ほう。さすが、真の武道家だな」
「まったく、黒彦さんてば反省しないんだから……。じゃ緑丸さん、私たちはこの辺で帰ります」
「あ、ああ。またね」
「来週楽しみにしている」
「うん。正々堂々とやろう」

理沙と緑丸の間に火花が散ったようだった。黒彦も帰ろうとすると緑丸が呼び止める。

「黒彦、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「なんだ? 二人とも先に帰ってくれ」
「はーい。先お風呂はいってますねえ」

桃香と理沙が帰った後、「何が聞きたいんだ?」という黒彦に緑丸は「さっきのゼリーみたいな触手ってスライミー怪人?」と小声で尋ねた。

「あ、ああ。応用ヴァージョンだ」
「なるほどな。どおりで見覚えがあると思った」
「心配するな催淫剤は仕込んでない」
「わかってるよ」
「でも振動させたりできるんだぞ。ほら腕を出してみろ」

しっかりとした緑丸の腕にシュッと触手を巻き付かせる。

「うわっ! ほんとだ。ブルブルしてるな」
「さっきは振動させてなかったけど、ここのボタンで――」
「へえ。これって長さは最小どれくらい?」
「うーん。それはどれくらいかなあ。適当に巻き付く長さでしか作ってないしな」
「そっか。レシピ教えといて」
「ああ、じゃあ後でメールしとく。じゃあな」
「うん。また。俺はちょっと訓練して帰るよ」

緑丸はゆるゆると準備体操を始めた。

「さあて、どっちが勝つかなあ」

黒彦にも理沙と緑丸の勝敗の行方はまだ分からなかった。素手であれば理沙が有利かもしれない。

「しかし、素手じゃないとすると――」

ルール次第ではやはりどっちが勝ってもおかしくないだろう。ただ一つ黒彦が確信していることがある。

「触手が気に入ったみたいだな。むっつりめ。クックック」

緑丸が触手ロープをアダルトグッズに使いたいということだった。
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