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レッドシャドウ 田中赤斗(たなか せきと)編

6 公園で

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 赤斗に自宅まで送ってもらい、別れた茉莉は、あっと思い出す。

「今日食べた、チーズって名前なんだっけ?」

 まかないで食べたハードチーズがとても美味しく、しかも腹持ちが良いので茉莉はそのチーズを冷蔵庫にストックしておきたいと思った。明日は休みなので買っておきたかったのだ。
今すぐ走って追いかければ赤斗に追いつくかもしれないと思い、茉莉は駆けだす。

「あ、公園通って帰ってるかも」

帰り道を戻らずに途中の公園に入ってみた。

「あ、やった!」

茉莉が予想したとおりに公園のベンチで赤斗は黄昏ているようだ。

「なんて……カッコいんだろう……」

厨房で活動している赤斗も勿論だが、じっと物思いにふけっている静かな様子の彼もとても様になっている。
見れば見るほどかっこいいと茉莉はため息をついた。少しだけ彼を遠目から眺めて、そして目的を思い出したので近づき声を掛ける。

「赤斗さん!」
「あ、茉莉ちゃん。どうしたの?」
「はい!」

元気よく返事を返す茉莉に、赤斗はすっと立ち上がり、茉莉の肩をぐっと抱き、人差し指を立て彼女の唇に当てる。

「ふっ、あ、あの……」
「しっ! こっちおいで」

赤斗は茉莉の肩を抱いたまま、場所を変え、ベンチから芝生の生えた場所へ移り座らせる。茉莉は肩を抱かれ、されるがままになっている。こんなにそばに寄ったのも、勿論触れられるのも初めてで、心臓がバスケットの試合よりもドキドキしている。
芝生に一緒に座ると、赤斗は周囲を伺い静かな声で話す。

「どうしたの?」
「え、とあの、ちょっと聞きたいことがあって」
「何かな?」
「さっき食べたチーズの名前、忘れちゃって」
「ああ。チェダーチーズだよ」
「そうでした、そうでした」
「気に入ったのかな?」
「はい。美味しくて、うちでも買っておこうかなって思ったので」
「そっか。チーズは美容と健康にもいいし、ちょっと小腹が減った時なんかにもいいよ」

優しく穏やかに説明する赤斗に茉莉は心臓が落ち着いてきた。

「赤斗さんはここで休憩してたんですか?」
「ん? ああ。休憩というか――」

その時、二人の前をいきなりカップルが横切った。

「あれ? どこから出てきたんだろ?」

降ってわいたようなカップルの登場に茉莉が驚く。そしてまた、別のカップルも茂みからガサガサ出てきた。

「え? なんであんなところから?」

情事を終えたカップルが出てきただけであったが、茉莉には不思議な光景でしかなかった。

「そろそろ、終わりっぽいな」

公園の時計は午後10時前だった。

「?」

呆然としている茉莉に赤斗は説明する。

「ここはね。カップルの憩いの場なんだよ」
「憩いの場?」
「うん。怪人もいないし、外での解放感を味わっているんだろうな」
「茂みの中でですか?」
「さすがにプライベートなことだから人目は避けてるんじゃないかな」

茉莉は要領を全く得ない。
そこへ、また別のカップルが何やら話しながら歩いている。

「なあ、もう一回どうかな」
「ええぇ、もう一回ぃ? どうしようかなぁ」
「いいだろ?」
「もうっ、しょうがないなぁ」
「ヘヘッ、あっちの茂み行こうぜ」
「ほんとっ、えっちなんだからぁ」

2人とも髪も着衣も乱れている。暗がりでよくわからないが何枚か落ち葉がくっついているようだ。
そんな2人に赤斗は「うんうん。元気だな」と喜びの表情を見せる。

「あ、あの、あのカップル今から何するんですか?」
「ん? 何って? ナニだよ」

爽やかに言われてもよく分からなかったので、茉莉は再び尋ねた。

「ナニ、ですか?」

茉莉が理解していないことに気づいた赤斗ははっきり言った。

「うん、セックス」
「ああ、セック、スー!?」
「しっー! 駄目だよ、そんな大きい声出したら、みんなびっくりしてしまうよ」
「え、あ、はい、すみません」

実際は茉莉の方がびっくりしていた。赤斗は優しく笑んで「やっぱり驚くのかな?」と茉莉を見つめる。

「え、っといえ、あの、その、ところで、赤斗さんはここで、カップルだらけのところで一人でいるんですか?」

動揺と困惑が茉莉を混乱させる。

「俺はね。ここでカップルの平和を守っているんだ」
「平和?」
「うん。怪人はいなくなったけど、油断して危ない人が出たらまた恋人たちは行き場を無くすからね」
「は、はあ」
「変だと思う? 俺って」
「い、いえ」

茉莉は真面目に話す赤斗を見ていると、変に思うのが変ではないかと思い始めていた。

「茉莉ちゃんは、最初からなんか他の女の子たちと違うって思ってたんだ。なんて言うのかな。信頼できるっていうか」
「え」
「人に話すのは初めてなんだけど。驚かないで聞いてくれるかな」
「は、はい(なんだろう)」

茉莉はごくりと息をのみ赤斗の次の言葉を待つ。

「俺、実はシャドウファイブのレッドシャドウだったんだよね」
「っ!!!」

心構えがあったので声をたてずに済んだが、非常に驚いた。

「赤斗さんが、あ、あの正義の化学戦隊シャドウファイブのメンバー……」

茉莉は怪人騒動があった時にこの町を離れていたので見たことがなかったが、家族はシャドウファイブの話をよく聞かせてくれていた。
町の平和を守るシャドウファイブの活躍ぶりを。特にリーダーのレッドシャドウは長身で格好良く、いい声で、しかも市民にとても優しいと母親は目を輝かせて話していた。そのレッドシャドウが目の前にいる。そういわれると確かに赤斗は話に聞いていたレッドシャドウそのものだと茉莉は実感する。
カッコイイだけでなく誰にでも優しくて正義感にあふれている。

「俺はこの外で、大らかに動物たちのように愛し合う恋人たちの平和を守りたいんだ」
「!!!」

もう茉莉は赤斗の言葉がストレートに心に響いて、ときめきを覚えずにはいられなかった。さらにこの話を知っている人はメンバー以外茉莉しかいないのだ。まるで自分が赤斗の特別な人間になったかのようだ。

(赤斗さんてなんて素晴らしいんだろう。素敵すぎる。しかも私だけが知っている秘密……)

「あの、私も赤斗さんのお手伝いがしたいです」
「え。手伝い?」
「はい。だめですか?」
「うーん。だめじゃないけど」
「カップルを邪魔したりする不審者がいないか私も見回りたいです」

なんだか変な方向に話がいっている気がしたが、のんびりとして人のいい、断ることをあまりしない赤斗はオッケーする。

「じゃあ、出来るときにだけね。毎日見張る必要はないから」
「はい」
「もう今夜は遅いから帰ろう。送っていくよ」
「いいですいいです」
「ダメダメ。送らせないなら、この話はなかったことにするよ」
「え、は、はい」

赤斗の手を煩わせることになってしまったと、少し茉莉は罪悪感を感じる。それでも仕事とは別に赤斗と同じ目的のために頑張ろうと意欲もわいてきた。

(赤斗さんと一緒に恋人たちの営みを守るんだ!)

元々茉莉も、思考はシンプルだった。二回目のさよならを赤斗に告げて茉莉はまた「やるぞ!」と前向きな気持ちが沸いた。


 茉莉は赤斗に聞いたチーズを購入してから、のんびりと休日を過ごした。時計を見るとまだ午後6時だった。もう日は高くこの時間でも明るい。

「まだまだカップルの時間帯じゃないよなあ」

夜に赤斗と公園の見回りをすると思うと、居ても立っても居られない。すでに夕飯は終えてしまった。

「あー、暗くなるまでにまだまだ時間あるなあ。そうだ」

茉莉はクローゼットからバスケットボールを取り出す。公園には一つだけ、バスケットのゴールがあった。久しぶりにバスケットでもして時間をつぶそうとジャージに着替えてボールを持って出かけた。


公園では人はもういなかったが、カップルもいない。

「ちょうど誰もいない時間帯なんだなあ」

ダムッダムッっとボールをドリブルしながら茉莉はゆっくり歩く。

「あー、すっごい久しぶり。たまにやると楽しいもんだなあ」

何年かぶりにドリブルをしてゆっくりシュートを決める。

「よーし。ランニングシュートはまだ入るな」

調子に乗ってダンクシュートを決めようと思ったが、やはり体が重くジャンプできなかった。

「やっぱ無理かあ」

バスケットボールに未練はちっともなかったが、こうして以前キメることが出来たダンクシュートが、全くできない自分に情けない思いがする。

「こんなに……衰えちゃうんだ……。タバコとか吸ってないのにな……」

それでも走ってゴールにボールが入ると気持ち良かった。暗くなって、ゴールが見えにくくなったころ赤斗に声を掛けられた。

「茉莉ちゃん」
「あ、赤斗さん、こんばんは。見回りご苦労さまです!」
「ん。君はずっとここに居たの?」
「はい! なんか早く着すぎちゃって」
「そっか。やる気満々の茉莉ちゃんに会うと俺もなんだか、もっとやる気になったよ」

爽やかな赤斗に、茉莉は走っているときよりも心臓がどきどき鳴っている。

「じゃ、まだそんなに人はいないみたいだしブラブラしようか」
「はい!」
「ははっ。小声でね」
「あ、はぁーぃ」

ゆるゆると公園を歩く。茉莉はこうしてのんびり公園を歩くことはなかったが、赤斗と一緒だと何かとても刺激的な場所に思えてくるから不思議だ。

「茉莉ちゃんってほんとにバスケットマンだったんだね」
「えっ」
「さっき見てたんだ。君がゴールを決めるところ何度も」
「えー、見てたんですかあ。恥ずかしいなあ」
「恥ずかしいの?」
「え、そ、そりゃあ」
「なんで?」
「だって、あの、私、太ってるじゃないですか。ドスドス走ってるの自分でもわかってるし」
「そう? カッコよかったよ。実はしばらく見惚れてた」
「え?」
「俺、好きだよ」
「えっ?」
「バスケ」
「ああ、バスケ……」
「今度1オン1やらない?」
「えー。赤斗さんとですかあ? すぐ取られそう」
「そんなことないよ」

バスケットボールの話ででも盛り上がれたことが茉莉には嬉しい。しばらくして赤斗はベンチに座ろうと促した。

「そこの裏が結構なスポットなんだ。茂みと低い木のおかげかなあ、2,3メートルごとにカップルがいるんだよ」
「へー」

まるでカラオケボックスの個室でも並んでいそうな状況だ。
声を出さないように無言で押し黙っている茉莉に「小声でならおしゃべりしたっていいんだよ」と赤斗が言う。

「え、でも」
「ははっ。案外少し話し声が聞こえている方がカップルも安心するみたいで、すぐ始まるんだ」
「へえー。そういうのものですかあ」
「うん。一組が始まると、なんていうのかなあ。連帯感だろうか。別の組も始めて、連鎖反応が起こるね」
「ほえー」

理知的な解説にますます茉莉は感心し、この茂みの中の恋人たちを赤斗と一緒に守りたいと思った。

「なんか茉莉ちゃんがいてくれると安心感があるよ」
「え、ほんとですか?」
「うん。一人でも平気だったけど、よく考えると周りカップルだらけだったしね」
「お役に立ててうれしいです」

実際には違っても、赤斗と恋人同士のようにベンチに座っていられることが嬉しい。赤斗のそばにいると夜なのに温かい陽だまりの中にいるような気持ちになってくる。
優しい胸のドキドキはまるで爽やかに走った後のようだった。
そこへカップルの喘ぎ声とガサガサなる茂みの音が聞こえ、茉莉はハッとする。

『だめえぇー(ハート)』『ほんとにダメなのかぁ?(ニヤニヤ)』『あん、いやいやぁーん(おんぷ)』

茉莉には刺激が強すぎた。カップルの甘い声が聞こえるたびに身体が緊張し、硬くなってきた。その茉莉の固く握られた手の上にそっと赤斗の手が乗せられる。

「あ、赤斗、さん」
「茉莉ちゃん……」

2人は見つめあった。茉莉は赤斗の綺麗な濃い茶色の瞳に吸い込まれるような気がしていた。赤斗がすっと顔を近づけて囁く。

「ちょっとこのカップル、声が大きいね。聞いてると思われるといけないから場所を変えよう」
「え、あ、はい」

違うベンチに移る。
茉莉は肩透かしを食らったような気持ちと同時に安心感も得た。

(やっぱり赤斗さんは、カップルの治安を守っているだけで、決して覗こうとはしていないんだ)

赤斗の紳士っぷりに茉莉はますます恋心を募らせていくのだった。
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